なぜ人工衛星との通信状態は時間や観測場所によって変わるのか?

人工衛星との通信は、衛星が正常に動いていても、いつでも同じ強さ・同じ速度でつながるわけではありません。地上局の上空へ近づくにつれて受信しやすくなり、遠ざかると信号が弱くなります。低軌道衛星では数分から十数分ほどしか通信できないこともあり、同じ衛星でも地上局の場所が変われば通信できる時刻や回線品質も変わります。

結論からいうと、人工衛星との通信状態が時間や観測場所によって変わるのは、衛星と地上局の距離、仰角、見通しの有無、相対速度によるドップラーシフト、アンテナの向き、大気や雨による減衰が、衛星の移動とともに変化するからです。 特に低軌道衛星では、地上局から見た位置が短時間で大きく動くため、一回の通過中でも通信条件は絶えず変わります。

目次

まず「通信できる時間」は衛星が見えている時間で決まる

人工衛星と地上局が直接電波で通信するには、基本的に両者の間に見通し経路が必要です。地球は丸いため、低軌道衛星が地平線の下にある間は、地球そのものが電波を遮ります。

衛星が地平線から昇ると通信可能な領域に入り、地上局へ近づくにつれて仰角が上がります。最接近後は再び仰角が下がり、反対側の地平線へ沈むと直接通信できなくなります。

NASAのHESSI地上局の例では、地上局が衛星を追跡できる一回のパスは平均約9分程度とされていました。低軌道衛星では、このように一つの地上局と連続して通信できる時間が限られます。

一方、静止衛星は地上からほぼ同じ方向に見えるため、対応する地上局との見通しを長時間維持できます。この違いだけでも、低軌道衛星と静止衛星では通信運用の方法が大きく変わります。

仰角が低いと通信条件が厳しくなりやすい

衛星が地平線近くに見えるとき、地上局から衛星までの距離は長くなります。これを斜距離と呼びます。

同じ高度の衛星でも、頭上近くを通るときは比較的近く、低い仰角で見ると斜めに長い距離を通るため、地上局から衛星までの距離は大きくなります。

電波は距離が長くなるほど空間へ広がり、受信電力が弱くなります。そのため一回の通過では、地平線近くで弱く、地上局へ近づくにつれて強くなり、最接近後に再び弱くなるという変化が起こりやすくなります。

NASAの小型宇宙機向け地上システム資料でも、低軌道衛星の通信設計では地上局までの斜距離を含めてリンクバジェットを計算し、必要な回線余裕を確保すると説明しています。

「頭上を通る衛星」と「遠くを通る衛星」では同じ送信機でも受信強度が違う

人工衛星の送信電力が一定でも、地上局との距離が変われば受信強度は変化します。

たとえば同じ低軌道衛星でも、ある地上局のほぼ真上を通るパスでは短い斜距離で通信できます。しかし別の地上局からは低い空をかすめるだけで、通信中ずっと長い斜距離になることがあります。

そのため「同じ衛星、同じ無線機、同じ周波数」であっても、観測場所が変わるとリンクマージンが変わります。

低仰角では周囲の建物や山、樹木の影響も受けやすくなります。地上局が開けた場所に設置され、高い仰角のパスを優先するのは、このような条件を改善するためです。

人工衛星が高速で移動するとドップラーシフトが起きる

低軌道衛星は地上に対して秒速7km前後という高速で移動します。そのため、衛星と地上局の相対距離が変化すると、受信する電波の周波数もわずかにずれます。これがドップラーシフトです。

衛星が地上局へ近づいている間は受信周波数が高い側へずれ、最接近後に遠ざかると低い側へずれます。

JAXAの衛星搭載AIS実験SPAISEでも、衛星が地上に対して約7000m/sで移動するため、受信周波数にドップラーシフトが加わることが説明されています。

つまり、一回の衛星通過の中でも受信機が合わせるべき周波数は少しずつ変わります。固定周波数だけを狭い帯域で待ち受けると、信号が受信帯域の外へずれてしまうことがあります。

深宇宙通信でもドップラー補償が重要になる

ドップラーシフトは低軌道衛星だけの問題ではありません。月・惑星探査機でも、探査機と地上局の相対運動によって受信周波数が変化します。

JAXA宇宙科学研究所の深宇宙追跡地上局では、非常に弱い信号を受信するため受信帯域を狭くし、その際に軌道予報値を使ってドップラーシフトを補償しています。

狭い帯域ほど雑音を減らせますが、そのぶん周波数ずれへ敏感になります。そこで「今この時刻なら探査機はどれくらい近づき、どれくらい遠ざかっているか」を予測し、受信周波数を追従させます。

通信状態が時間によって変わるのは、単に信号強度だけでなく、周波数の見え方も変わるからです。

アンテナの向きが少しずれるだけでも通信品質は変わる

人工衛星には、広い方向へ弱く電波を出す低利得アンテナと、狭い方向へ強く電波を集中させる高利得アンテナがあります。

高利得アンテナは遠距離通信や高速通信に有利ですが、電波のビームが細いため、地上局へ正確に向ける必要があります。

NASAの小型宇宙機通信資料では、通信設計でアンテナ指向が重要な条件であり、大型衛星ではジンバルでアンテナを動かしたり、小型衛星では機体姿勢そのものを変えてアンテナを地上局へ向けたりすると説明されています。

衛星が地上局の上空を移動すると、衛星から見た地上局の方向も時間とともに変化します。そのためアンテナ追尾が不十分だと、衛星が見えていても通信品質が低下することがあります。

地上局のアンテナも衛星を追い続けなければならない

低軌道衛星は空を短時間で横切るため、地上局のパラボラアンテナも方位角と仰角を連続的に変えて追尾します。

JAXA宇宙科学研究所の内之浦34mアンテナ局は、近地球衛星を追跡するため高速駆動と自動追尾機能を備えています。

地平線近くから頭上近くまで高速で動く衛星では、特に最接近付近でアンテナの向きを大きく速く変える必要があります。

追尾誤差が大きくなると、高利得アンテナでは受信強度が急に低下します。つまり通信品質は衛星側だけでなく、地上局の追尾性能にも左右されます。

高い周波数ほど雨や大気の影響が大きくなることがある

衛星通信ではS帯、X帯、Ku帯、Ka帯などさまざまな周波数が使われます。高い周波数帯は広い帯域を確保しやすく、高速通信に有利な場合があります。

一方、Ka帯などでは雨による減衰が大きくなります。NICTは、Ka帯衛星通信では降雨によって回線品質が低下するため、複数の地上局から雨の少ない局を選ぶサイトダイバシティなどの対策が重要だと説明しています。

同じ衛星との通信でも、晴れている時刻と強い雨が降っている時刻では、同じ地上局で受信できる信号強度が変わることがあります。

つまり通信状態の時間変化には、衛星の移動だけでなく地上の天候変化も含まれます。

低仰角では大気中を通る距離も長くなる

衛星が頭上近くにあるとき、電波は大気を比較的短い経路で通過します。しかし地平線近くでは、大気を斜めに長く通ることになります。

そのため低仰角では、大気による吸収・散乱・屈折などの影響を受ける経路が長くなります。特に高い周波数帯や精密測距では、この差を無視できない場合があります。

衛星通信で最低仰角を設定し、あまり低い空では通信を開始しない運用があるのは、地形による遮蔽だけでなく、このような回線条件も関係しています。

地上局の場所が変われば「通信可能な時刻」そのものが変わる

人工衛星が東京付近の上空を通っているとき、北海道や沖縄の地上局からは見えていない場合があります。

低軌道衛星は一つの地上局から見える範囲が限られるため、地上局の緯度・経度によってパスの開始時刻、終了時刻、最大仰角、通信時間が変わります。

一つの地上局だけでは長時間通信できないため、複数地域に地上局を配置し、衛星が移動するにつれて通信局を切り替えるネットワークが使われます。

地上局ネットワークを広げるほど、一日に通信できる総時間を増やしやすくなります。

地球の自転によって次の周回の通信条件も変わる

低軌道衛星が地球を一周している間に地球自身も自転します。そのため次の周回では、前回と同じ地上局の真上を通るとは限りません。

ある周回では地上局の近くを通って最大仰角が高くなり、次の周回では遠くを通って低仰角になることがあります。

このため同じ地上局・同じ衛星でも、一回ごとの通信時間や最大受信強度が同じにはなりません。

人工衛星との通信スケジュールは、最新の軌道予報から各地上局の可視時間を計算して作られます。

衛星の姿勢変更も通信状態を変える

衛星は通信だけをしているわけではありません。地球観測ではカメラを地表へ向け、科学観測では別の天体へ機器を向け、太陽電池を太陽へ向ける必要もあります。

アンテナが機体へ固定されている場合、衛星の姿勢を変えると地上局に対するアンテナの向きも変わります。

そのため観測中は高速通信を一時停止し、地上局の上空へ来たときに通信姿勢へ変更してデータを送る運用もあります。

通信状態が時間によって変わる理由には、衛星が軌道上を動くことだけでなく、ミッションに合わせて姿勢を切り替えることも含まれます。

通信速度は常に最大値で固定されるとは限らない

受信信号が強く、回線余裕が大きいときには高速な変調・符号化方式を使いやすくなります。一方、信号が弱いときにはデータレートを下げたり、誤り訂正を強くしたりして通信の確実性を優先することがあります。

NASAの通信設計資料でも、リンクバジェットではデータレート、送信電力、アンテナ利得、地上局アンテナ、大気・降雨損失、変調・符号化などをまとめて評価すると説明しています。

つまり「通信できる・できない」だけではなく、同じパスの中でどの程度のデータ速度を安全に使えるかも変わる可能性があります。

光通信では雲の影響がさらに大きい

レーザーを使う光通信では、電波よりも細いビームで非常に高速な通信が可能です。しかし雲があると光が遮られ、通信できなくなる場合があります。

NICTは、光衛星通信では雲、Ka帯無線通信では降雨の影響を考え、複数地上局の中からリンク状態のよい局を選ぶサイトダイバシティが重要だと説明しています。

そのため光通信では、同じ時刻でも東京の地上局は曇って使えず、別地域の地上局なら晴れて通信できる、といった場所による差がさらに大きくなります。

静止衛星でも通信状態は完全に一定ではない

静止衛星は地上からほぼ同じ方向に見えるため、低軌道衛星のような短時間のパス変化はありません。

しかし通信品質が完全に一定というわけではありません。雨、雲、大気状態、地上局設備、衛星の姿勢、アンテナビーム、太陽雑音などによって回線品質は時間とともに変化します。

特に高周波数の衛星通信では、強い降雨時に一時的な通信品質低下が起こることがあります。

したがって「衛星が動いて見えるかどうか」だけが通信状態を決めているわけではありません。

通信状態の変化を「幾何学・電波・運用」の三つに分けると分かりやすい

人工衛星との通信が時間によって変わる理由は、次の三つに分けると理解しやすくなります。

  • 幾何学的な変化:仰角、斜距離、地球による遮蔽、地上局との位置関係
  • 電波伝搬の変化:距離損失、ドップラーシフト、大気・雨・雲による減衰
  • 運用上の変化:アンテナ追尾、衛星姿勢、地上局切替、データレート変更

同じ衛星でも、この三つが一回の通過中に同時に変化するため、受信信号や通信速度が一定にならないのです。

W01424の「通信条件の違い」と何が違うのか

人工衛星の通信条件は、距離、周波数、アンテナ、送信電力、大気などによって変わります。これは低軌道、静止軌道、月、火星、深宇宙など、ミッションごとに通信システムが違う理由を説明する問題です。

一方、本記事の主題は、同じ人工衛星・同じ通信システムでも、時間や地上局の場所が変わることで通信状態がなぜ変化するのかです。

一回の衛星通過中に仰角と距離が変わり、ドップラーシフトも変わり、地上局ごとに天候や見通しも違うため、通信品質が時間変化します。

つまりW01424が「通信システムを決める条件」、本記事が「運用中の通信状態が変動する条件」を扱っています。

まとめ

人工衛星との通信状態が時間や観測場所によって変わるのは、衛星と地上局の位置関係が絶えず変化するからです。

低軌道衛星では、地平線から現れて地上局へ近づくにつれて仰角が上がり、斜距離が短くなります。最接近後は再び遠ざかり、やがて地球の裏側へ入ります。この間に受信強度、ドップラーシフト、アンテナの追尾方向が変わります。

さらに雨や大気は電波を弱め、光通信では雲が通信を遮ることがあります。地上局の場所が変われば、衛星が見える時刻、最大仰角、天候も変わります。

つまり人工衛星との通信は、単に「衛星から電波を出す」仕組みではありません。動く衛星と回転する地球の幾何学、電波伝搬、アンテナ追尾、天候、運用計画を時刻ごとに組み合わせて成立する動的なリンクなのです。

参考資料

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