多くの硬骨魚には、体内にガスを含む「浮き袋(鰾)」があります。浮き袋の大きな役割は、魚の体全体の密度を周囲の水に近づけ、泳ぎ続けなくても一定の深さを保ちやすくすることです。
魚の体は、筋肉や骨だけなら水よりやや重くなることが多く、そのままでは力を抜くと沈みやすくなります。そこで体内に水よりはるかに軽いガス空間を持てば、体全体の平均密度を下げられます。浮き袋のガス量を調節することで、沈みやすさと浮きやすさのバランスを変えられるのです。
ただし、すべての魚に浮き袋があるわけではありません。サメ・エイなどの軟骨魚類には典型的な浮き袋がなく、硬骨魚でも底生・高速遊泳・深海生活などに適応する中で浮き袋が退化・消失した系統があります。また、浮き袋は浮力調節だけでなく、魚によっては空気呼吸、聴覚の補助、発音にも利用されます。
そもそも浮力とは何か
水中の物体には、押しのけた水の重さに相当する上向きの力が働きます。これが浮力です。
魚の体全体の平均密度が水より大きければ沈みやすく、水より小さければ浮きやすくなります。ほぼ同じなら、わずかな力でその深さを保てます。
この「沈みも浮きもしにくい状態」を中性浮力と呼びます。中性浮力に近づけば、魚は深さを維持するために常にひれを動かし続ける必要が減り、移動や採食に使うエネルギーを節約できます。
浮き袋は、体内のガス量を変えることで、この全身密度の微調整を可能にする器官です。
なぜガスを入れると魚は浮きやすくなるのか
ガスは水や筋肉より密度が非常に低いため、体内にガス空間があると体全体の平均密度が下がります。
たとえば同じ体重でも、浮き袋が膨らんで体積が増えれば、押しのける水の量が増え、その分だけ浮力も大きくなります。逆に浮き袋のガス量が減って体積が小さくなれば、浮力は小さくなります。
1991年の浮き袋ガス交換の総説でも、浮き袋はさまざまな深さで中性浮力へ近づけるための器官として説明されています。
つまり浮き袋は、魚の体を直接持ち上げる「風船」ではなく、全身の密度を水へ近づける調整装置です。
浮き袋を持つ魚は、ずっと泳がなくても沈みにくいのか
中性浮力に近い魚では、その通りです。前進してひれで揚力を作らなくても、静止に近い状態で深さを維持しやすくなります。
これは大きな省エネルギー効果を持ちます。餌を待ち伏せする、群れの中で同じ深さを保つ、夜間に休む、長距離を移動するといった場面で、姿勢・深さ維持のためだけに筋肉を使う量を減らせます。
ヨーロッパウナギの研究でも、浮き袋機能が損なわれて負の浮力が強くなると、遊泳コストが上がり、長距離の産卵回遊へ不利になる可能性が指摘されています。
浮き袋の価値は「浮くこと」そのものより、必要な深さを少ない運動コストで維持できることにあります。
深く潜ると、なぜ浮き袋は縮むのか
水中では、深くなるほど水圧が高くなります。ガスは圧力を受けると圧縮されるため、同じ量のガスでも深い場所では体積が小さくなります。
浮き袋が縮むと体全体の体積も少し小さくなり、押しのける水の量が減るため浮力が下がります。そのままではさらに沈みやすくなります。
反対に浅い場所へ上がると水圧が下がり、浮き袋のガスは膨張します。すると浮力が増え、さらに浮上しやすくなります。
そのため浮き袋を使う魚は、深度変化に応じてガス量を増減し、圧力変化による体積変化を補正する必要があります。
魚は、どうやって浮き袋へガスを入れるのか
方法は大きく二つあります。
一つは、浮き袋と消化管が管でつながっている「開鰾型」です。このタイプの魚では、水面で空気を飲み込み、それを浮き袋へ送ることができます。余分なガスを口や消化管側へ戻して抜くこともできます。
もう一つは、成長後に消化管との連絡が失われる「閉鰾型」です。このタイプでは、血液から浮き袋内部へガスを分泌したり、逆に血液へ吸収したりして調節します。
どちらも目的は同じで、周囲の水圧や必要な深さに合わせて浮き袋の体積を調節することです。
閉鰾型の魚は、どうやって高い水圧に逆らってガスを入れるのか
深い場所では浮き袋内部の圧力も高くなるため、単純な拡散だけでは血液から十分なガスを送り込めません。
そこで閉鰾型の魚では、ガス腺と奇網と呼ばれる特殊な血管系が使われます。ガス腺では乳酸などが作られて血液が酸性化し、ヘモグロビンが酸素を放しやすくなります。
さらに、奇網では動脈側と静脈側の毛細血管が向かい合う対向流構造になっており、ガス分圧を濃縮します。これにより、非常に高い圧力の浮き袋へ酸素などを分泌できるようになります。
この仕組みは特に深い場所で生活する魚に重要です。1991年の総説では、深海魚で浮き袋内部のガス圧が数百気圧に達する場合があると説明されています。
ガスを抜くときは、どうするのか
開鰾型の魚では、消化管へつながる管を通してガスを外へ出せます。
閉鰾型の魚では、浮き袋の一部にガスを血液へ戻す吸収領域があります。そこで浮き袋内のガスが血液へ移り、最終的にえらなどを通じて外へ放出されます。
ただし、血液を使ったガス分泌・吸収は瞬間的には進みません。そのため、閉鰾型の魚では急激な深度変化に浮き袋体積がすぐ追いつかないことがあります。
浮き袋は優れた浮力調節器官ですが、「一瞬でどんな深さにも合わせられる装置」ではありません。
急に浅い場所へ上がると、なぜ問題が起こるのか
深い場所から急に浮上すると、水圧が下がって浮き袋内のガスが膨張します。
魚が十分な速さでガスを抜けなければ、浮き袋が大きく膨らみ、内臓を圧迫したり、体腔内の位置関係を乱したりします。釣りで深場の魚を急に水面へ上げたときに見られる「減圧障害」の一因です。
逆に急に深く潜れば、浮き袋が圧縮されて浮力が下がり、より沈みやすくなります。
このため、浮き袋を持つ魚の鉛直移動には、ガス調節の速さという生理的な制約があります。
仔魚では、浮き袋ができることがなぜ重要なのか
魚の仔魚では、成長の途中で浮き袋が開腔し、浮力状態が変化する種があります。
日本水産学会誌のクエ・マハタ仔稚魚の研究では、クエで浮き袋の開腔率が高まる成長段階に、体密度が低下することが確認されています。また、カンパチ仔魚では浮き袋の開腔状況と水槽内の鉛直分布・生残が調べられています。
小さな仔魚は遊泳力が弱いため、体密度が水より高すぎると夜間などに沈降しやすくなります。浮き袋が正常に機能することは、水柱内の適切な深さを利用するうえで重要です。
つまり浮き袋は、成魚の省エネルギーだけでなく、発生初期の分布や生残にも関係します。
浮き袋は、浮力調節だけの器官なのか
違います。魚の系統によって、浮き袋には別の機能もあります。
一部の魚では、浮き袋が空気呼吸器官として使われます。低酸素の水域で水面の空気を取り込み、浮き袋壁の血管を通じて酸素を吸収します。
2021年の総説では、浮き袋を空気呼吸器官として使う場合と、浮力調節器官として使う場合では必要な構造・生理機能が異なり、それぞれに利点と制約があることが整理されています。
つまり「浮き袋」という同じ名称でも、魚の進化史や生活環境によって、呼吸と浮力のどちらが主要な役割かは異なります。
浮き袋は、魚の聴覚にも関係するのか
関係する魚がいます。
水中の音は粒子運動と圧力変化として伝わります。ガスを含む浮き袋は圧力変化によって振動しやすいため、その振動を内耳へ伝えられれば、音圧への感度を高められます。
コイ・ナマズなどの仲間では、浮き袋と内耳の間にウェーバー器官と呼ばれる小骨列があり、浮き袋の振動を耳へ伝えます。ほかの魚でも、浮き袋と耳の距離や特殊な連結構造によって聴覚が強化される例があります。
ただし、浮き袋がなければ魚は音を聞けないわけではありません。魚の内耳は水中の粒子運動を直接検出できます。浮き袋は一部の系統で聴覚を強化する付加的な構造です。
浮き袋を使って音を出す魚もいるのか
います。一部の魚では、浮き袋に付着する筋肉を高速で収縮させ、浮き袋を振動させて音を出します。
この音は、繁殖相手への信号、縄張りや威嚇、群れ内の通信などに使われることがあります。
魚の音響コミュニケーションを扱った総説でも、魚類には多様な発音器官があり、浮き袋を利用する発音機構が複数の系統で独立に発達していることが整理されています。
浮き袋は浮力装置であると同時に、水中で振動しやすい「音響器官」として利用されることもあるのです。
すべての魚が浮き袋を持たないのはなぜか
浮き袋には利点がありますが、すべての生活様式で必要なわけではありません。
サメ・エイなどの軟骨魚類には典型的な浮き袋がなく、大きな脂質を含む肝臓、体形、ひれによる動的揚力などを組み合わせて浮力を得ています。
硬骨魚でも、海底に密着して暮らす魚では中層で中性浮力を保つ利益が小さく、浮き袋が退化することがあります。高速で泳ぎ続ける魚では、ひれと体形による動的な揚力を利用し、浮き袋を持たない・小さくする系統もあります。
また、非常に深い場所ではガスを高圧に保つコストも大きくなります。
したがって「魚だから浮き袋を持つ」のではなく、その生活様式でガスによる浮力調節の利益が大きい系統に維持・発達してきたと考えるのが適切です。
浮き袋と肺には進化的な関係があるのか
あります。浮き袋と肺は、どちらも前腸に由来するガスを含む器官で、硬骨魚類の進化史の中で深い関係があります。
ただし、「肺が単純に浮き袋へ変わった」と一方向だけで説明すると不正確です。現生魚類では、系統ごとに肺様器官や浮き袋の位置・発生・機能が異なり、呼吸器官と浮力器官への進化には複雑な分岐があります。
2021年の総説では、ガスを保持する器官を空気呼吸に使う系統と、浮力調節に使う系統で必要な生理機構が異なることが説明されています。
重要なのは、祖先的なガス保持器官が、魚類の進化の中で呼吸・浮力・聴覚など複数の機能へ利用されてきたことです。
結局、なぜ魚では浮き袋が見られるのか
多くの魚に浮き袋が見られるのは、水中で自分の体の密度を調節し、少ない運動コストで必要な深さを利用することが大きな利点になるからです。
- ガスを含む浮き袋は体全体の平均密度を下げ、中性浮力へ近づける
- 中性浮力に近づけば、深さを保つために泳ぎ続ける必要が減り、エネルギーを節約できる
- 深くなると水圧で浮き袋が縮み、浅くなると膨らむため、魚は深度に応じてガス量を調節する
- 開鰾型では水面の空気を利用でき、閉鰾型では血液・ガス腺・奇網を使って高圧下でもガスを分泌できる
- ガスの分泌・吸収には時間がかかるため、急激な深度変化には限界がある
- 仔魚では浮き袋の開腔が体密度や鉛直分布、生残へ影響することがある
- 一部の魚では浮き袋が空気呼吸器官としても使われる
- 浮き袋の振動を内耳へ伝えて聴覚を高めたり、浮き袋を振動させて発音したりする魚もいる
- サメ・エイや一部の硬骨魚のように、浮き袋を持たない魚も多い
- 浮き袋の有無や機能は、生活する深さ・泳ぎ方・呼吸様式・進化史によって異なる
つまり、浮き袋は「魚を水面へ浮かせる風船」ではありません。必要な深さで体重と浮力を釣り合わせ、遊泳に使うエネルギーを減らすための密度調節器官です。そして魚類の一部では、同じガス空間が呼吸、聴覚、発音へも利用されてきました。多くの魚に浮き袋が見られるのは、水中での位置・エネルギー・感覚を調節するうえで、ガスを保持する器官が大きな適応上の利益をもたらしてきたからなのです。
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参考資料
- 平田喜郎ほか「マハタおよびクエ仔稚魚の成長にともなう体密度の変化」日本水産学会誌
- 北島力ほか「アユ仔魚の発育に伴う比重の変化」日本水産学会誌
- Pelster, B. “Gas exchange in the fish swimbladder.”
- Pelster, B. “Using the swimbladder as a respiratory organ and/or a buoyancy structure—Benefits and consequences.”
- Ladich, F. “Acoustic communication and the evolution of hearing in fishes.”

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