植物の葉から水蒸気が失われる蒸散は、一見すると水の無駄遣いのように見えます。しかし、蒸散によって生じる水の流れは、根から葉へ水や無機塩類を運び、さらに葉を冷やす働きにもつながっています。なぜ、水を失う現象が植物に役立つのでしょうか。
結論からいうと、蒸散によって葉の細胞壁から水が蒸発すると、葉側の水ポテンシャルが低下し、木部内の水に張力(負圧)が生じます。水分子同士の凝集力によってその張力が根側まで伝わるため、土壌から根、茎、葉へ連続した水流が生まれます。また、水が液体から水蒸気へ変わるときには気化熱が必要なので、葉から熱が奪われ、葉温を下げる働きも生じます。
蒸散は葉から水が「引き出される」現象
葉の内部では、葉肉細胞の表面にある水が細胞間隙へ蒸発し、主に気孔を通って大気へ出ていきます。
このとき植物が水を能動的に押し出しているわけではありません。葉内部と外気の水蒸気差によって、水蒸気が拡散していきます。
水が葉から失われると、葉の細胞壁や葉脈へ新しい水が供給されなければなりません。この「失われた分を補う必要」が、根から葉へ続く水移動の重要な駆動力になります。
水は水ポテンシャルの高い側から低い側へ移動する
植物体内の水移動を理解するうえで重要なのが水ポテンシャルです。
水は基本的に、水ポテンシャルの高い場所から低い場所へ移動します。十分に湿った土壌から根、茎、葉、大気へ向かうにつれて水ポテンシャルは低くなり、特に乾燥した大気は非常に低い水ポテンシャルを持ちます。
日本の植物生理学研究でも、植物体内の水ポテンシャル勾配は主に蒸散や成長によって生じ、その勾配に沿って水が移動すると説明されています。
葉で水が蒸発すると木部に張力が生じる
葉肉細胞の細胞壁から水が蒸発すると、細胞壁の微細なすき間に残った水面の曲率が大きくなります。
すると水面には強い負圧、つまり張力が生じます。この張力は葉脈の木部へ伝わり、木部の水柱を上方へ引く力になります。
この仕組みは凝集張力説と呼ばれ、植物の長距離水輸送を説明する基本的な理論です。
水分子同士の凝集力が「引っ張る力」を伝える
木部の中の水は、一個一個が完全に独立して動いているわけではありません。
水分子同士は水素結合によって互いに引き合うため、連続した水柱をつくりやすくなります。また、水は木部の細胞壁にも付着します。
そのため葉側で水が引かれると、その張力が水柱を通じて下方へ伝わり、根から吸収された水が茎を通って葉へ移動します。
植物には心臓のようなポンプがありませんが、蒸散と水の物理的性質を利用することで、背の高い木でも水を上方へ運べます。
根から吸収された水は木部を通って葉へ届く
土壌中の水は根毛などから根へ入り、皮層や内皮を通って木部へ到達します。
木部に入った水は、道管や仮道管を通って茎を上昇し、葉脈の木部へ入ります。
葉では主脈から側脈、さらに細い葉脈へ水が分配され、葉肉細胞の近くまで届けられます。
蒸散が続くと、この土壌―根―茎―葉―大気をつなぐ水の流れが継続します。
蒸散流は無機塩類も運ぶ
根が吸収する窒素、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどの無機成分の多くは、水に溶けた状態で木部を移動します。
蒸散によって根から葉への水流が生じると、これらの溶質も地上部へ運ばれます。
特にカルシウムのように師部で再移動しにくい元素では、蒸散流による供給が重要になることがあります。
ただし、養分輸送は蒸散だけで決まるわけではありません。根での選択的吸収、イオン輸送体、師部を介した再分配なども関与します。
蒸散が多いほど水輸送は必ず良くなるわけではない
蒸散が増えると水流は大きくなりますが、根や木部が供給できる量を超えてしまうと植物体内の水分状態が悪化します。
葉から失う水に吸水が追いつかなくなると、葉の水ポテンシャルが下がり、気孔が閉じたり葉がしおれたりします。
つまり、蒸散は水輸送を駆動する一方で、過度になると水不足を引き起こす可能性もあります。植物は気孔開閉によってこのバランスを調整しています。
木部の水に強い張力がかかるとキャビテーションの危険がある
乾燥した空気や土壌水分不足の条件では、木部の水柱に強い張力がかかります。
張力が大きくなりすぎると、水柱が切れて気泡ができるキャビテーションが起こることがあります。気泡で道管が塞がれる状態は塞栓と呼ばれ、水輸送能力が低下します。
そのため植物は、乾燥時には気孔を閉じて蒸散を抑え、木部にかかる張力が危険な水準へ高まらないよう調節します。
蒸散は葉を気化冷却する
水を液体から水蒸気へ変えるにはエネルギーが必要です。このエネルギーを気化熱と呼びます。
葉の表面や内部で水が蒸発するとき、そのエネルギーは葉の熱から供給されます。その結果、葉から熱が奪われ、葉温が下がります。
日本の農業気象研究でも、蒸散量が大きいと葉温が低くなる関係が観測されており、蒸散が葉のエネルギー収支に大きく関与することが示されています。
強い日射を受ける葉では冷却が特に重要
晴天時の葉は太陽放射を吸収するため、何もしなければ周囲の空気より温度が高くなることがあります。
葉温が上がりすぎると、光合成酵素の働きが低下したり、膜やタンパク質が損傷したりする危険があります。
水が十分に供給され、気孔が開いて蒸散できる状態では、気化冷却によって葉温上昇を抑えられます。海外のレビューでも、蒸散は葉のエネルギー収支を構成する主要な冷却過程とされています。
蒸散冷却は「汗」と似ているが仕組みは同じではない
人間は汗を皮膚へ分泌し、その蒸発によって体を冷やします。植物の蒸散でも、水の気化によって熱が奪われる点は似ています。
ただし、植物は体温調節のためだけに水を分泌しているわけではありません。光合成のために気孔を開いた結果、水蒸気が失われ、その蒸発が同時に冷却効果を生みます。
つまり、蒸散冷却は蒸散という水移動の結果として生じる重要な機能です。
乾燥時には冷却より節水を優先することがある
水が豊富なら、気孔を開いて蒸散することで二酸化炭素を取り込みながら葉を冷やせます。
しかし、土壌が乾燥して水供給が不足すると、気孔を開いたままでは脱水の危険が高まります。
そこで植物はアブシシン酸などのシグナルによって気孔を閉じ、蒸散を減らします。
その結果、水分は守れますが、二酸化炭素の取り込みと蒸散冷却は低下します。乾燥と高温が同時に起こると植物が大きなストレスを受けるのは、このトレードオフがあるためです。
気孔開度が蒸散と冷却を同時に調節する
気孔が大きく開くと、葉内部の水蒸気が外へ出やすくなり、蒸散量は増えます。
一方、気孔が閉じると蒸散は小さくなり、水の消費を抑えられます。
気孔開度は、光、二酸化炭素濃度、湿度、葉の水分状態、ABAなどによって調節されます。
このため、植物は水輸送、光合成、冷却、節水の四つを別々に制御しているのではなく、気孔という共通の調節点を使って同時にバランスさせています。
空気が乾燥すると蒸散要求が大きくなる
葉内部はほぼ飽和に近い水蒸気を含むため、外気が乾燥するほど葉内外の蒸気圧差が大きくなります。
蒸気圧差が大きいと、同じ気孔開度でも蒸散が増えやすくなります。
この状態では冷却効果も大きくなり得ますが、水消費も増えます。根からの供給が追いつかなければ、植物は気孔を閉じる方向へ反応します。
風は蒸散と葉温の両方に影響する
葉の表面には境界層と呼ばれる薄い空気の層があります。
風が弱いと、水蒸気や熱が葉の周囲にたまりやすくなります。風が吹くと境界層が薄くなり、水蒸気が運び去られるため蒸散が増えやすくなります。
同時に、風は葉と空気の間の顕熱交換も促進します。実際の葉温は、蒸散だけでなく日射、風、気温、葉の大きさなどを含むエネルギー収支で決まります。
蒸散流は昼間に大きくなりやすい
昼間は光合成のため気孔が開きやすく、日射で葉温も上がるため、蒸散は大きくなりやすくなります。
それに伴って木部の水流も増え、根から葉への水輸送が活発になります。
夜は多くの植物で気孔が閉じるため蒸散流は小さくなりますが、完全にゼロになるとは限りません。
また、一日の水輸送には幹や組織に一時的に蓄えられた水も利用されるため、根の吸水と葉の蒸散が常に瞬間的に一致するわけではありません。
背の高い木でも蒸散が水を引き上げる力になる
高木では根から樹冠まで数十メートル以上あります。
この高さまで水を押し上げるために根が巨大なポンプとして働いているわけではありません。主要な駆動力は、葉での蒸発によって生じる張力と、木部水柱の凝集性です。
根圧が水輸送に寄与する植物や条件もありますが、高木の日中の大量水輸送を説明する中心は凝集張力機構です。
蒸散の働きと発生原因は分けて考える
蒸散が起こる直接の理由は、葉の内部が湿っており、気孔が開くと外気との水蒸気差によって水蒸気が拡散するからです。
一方、本記事で扱うのは、その蒸散が起きた結果、植物にどのような機能が生じるかという点です。
蒸散が水輸送と冷却に役立つから植物が意図的に大量の水を捨てている、という理解は正確ではありません。光合成に伴う水分損失を、植物が水輸送や葉温調節にも利用していると考えるのが適切です。
身近な植物で蒸散の働きを考えるポイント
蒸散そのものは見えませんが、環境と葉の状態を比べることでその働きを考えられます。
- 晴天時と曇天時で鉢の水の減り方が違うか
- 乾燥した昼に葉がしおれ、夕方に回復するか
- 水を十分与えた植物の葉が強い日射下でも比較的涼しく保たれるか
- 風のある日とない日で土の乾き方が違うか
- 葉の多い植物ほど水の消費が大きいか
- 乾燥時に気孔閉鎖で葉温が上がりやすくなるか
研究では、ガス交換装置、サップフローセンサー、赤外線温度計やサーモグラフィーなどを使って、蒸散量、水輸送、葉温の関係を測定します。
まとめ
蒸散が根からの水輸送と葉の冷却に役立つのは、葉から水が蒸発することで葉側の水ポテンシャルが低下し、木部の水柱に張力が生じ、その力が水分子同士の凝集力によって根まで伝わるためです。この蒸散流によって、水とともに無機塩類も根から地上部へ運ばれます。
さらに、水が液体から水蒸気へ変わるときには気化熱を奪うため、蒸散は葉温を下げる働きも持ちます。ただし、蒸散が大きすぎれば水不足や木部のキャビテーションにつながるため、植物は気孔を開閉して光合成、水輸送、冷却、節水のバランスを調整しています。
蒸散は単なる水の損失ではなく、土壌から葉、大気までをつなぐ水の流れと、葉の熱収支を支える重要な過程なのです。
参考資料
- 野並浩・杉本直子「水ポテンシャル:水が移動する原理」日本植物生理学会年会講演要旨集
- 長谷場徹也・伊藤代次郎「蒸散に関する研究(7)蒸散量と葉温との関係」農業気象
- Plants and water in a changing world: a physiological and ecological perspective
- The Biology of Transpiration. From Guard Cells to Globe

コメント