植物の葉から失われる水の量、つまり蒸散量はいつも同じではありません。同じ大きさの葉でも植物の種類によって違い、同じ植物でも晴天と曇天、湿った空気と乾いた空気、十分に水を与えた状態と土壌が乾いた状態で大きく変わります。なぜ葉の蒸散量は、植物の種類や光・湿度・水分条件によって違うのでしょうか。
結論からいうと、蒸散量は葉の外へ水蒸気を出そうとする大気側の力と、気孔がどれだけ開いているか、さらに根から葉へどれだけ水を供給できるかの組み合わせで決まるためです。植物ごとに気孔の数・大きさ・開閉特性、葉脈や木部の通水能力、根系、光合成様式が違うため、同じ環境でも蒸散量は同じにはなりません。
蒸散量は「気孔の開き方」と「空気の乾き方」で決まる
葉の内部は水蒸気でほぼ飽和に近い状態ですが、外気はそれより乾いていることが多くあります。
そのため気孔が開いていると、水蒸気は葉の内部から外気へ拡散します。葉内外の水蒸気圧の差が大きいほど、水蒸気は外へ移動しやすくなります。
一方、気孔が閉じれば、水蒸気の通り道が狭くなり、外気が乾いていても蒸散は抑えられます。
空気の乾き具合はVPDで表せる
植物の蒸散を考えるときによく使われる指標が、飽差または蒸気圧差(VPD)です。
VPDは、その温度で空気が保持できる最大の水蒸気量と、実際に空気中にある水蒸気量との差を表します。
気温が高く、湿度が低いほどVPDは大きくなりやすく、葉から水を引き出す大気側の力も強くなります。
湿度が低いと蒸散は増えやすい
空気が乾燥すると、葉内と外気の水蒸気差が大きくなるため、同じ気孔開度なら蒸散は増えやすくなります。
日本の樹木研究では、温度・湿度条件を変えると蒸散速度や気孔コンダクタンスの応答が樹種ごとに異なることが示されています。
つまり、「湿度が下がれば全植物で同じ割合だけ蒸散が増える」わけではありません。気孔がどの程度閉じるかによって結果が変わります。
VPDが高すぎると気孔が閉じ、蒸散増加にブレーキがかかる
乾燥した空気では、最初は大きなVPDによって蒸散が増えます。
しかし水分損失が大きくなりすぎると、葉の水ポテンシャルが低下し、気孔が閉じる方向へ調節されます。
被子植物ではABAなどのシグナルも関与し、高VPD条件で気孔コンダクタンスを低下させることがあります。
そのため、蒸散量はVPDに比例してどこまでも増えるのではなく、ある範囲から増加が鈍ったり低下したりすることがあります。
樹種によって高温・低湿度への反応が違う
同じ温度・湿度条件に置いても、植物種によって蒸散量は異なります。
ポプラ、コナラ、ケヤキ、シラカシ、スダジイを比較した日本の研究では、温度上昇に伴う蒸散速度の変化が樹種ごとに異なりました。
温度上昇とともに蒸散が増え続ける種類もあれば、ある温度を超えると気孔が閉じ、蒸散が低下する種類もあります。
こうした違いは、気孔調節、水輸送能力、葉の耐熱性などの種特性を反映しています。
光が強いと気孔が開き、蒸散が増えやすい
多くのC3・C4植物では、明るくなると光合成のために気孔が開きやすくなります。
気孔が開けば二酸化炭素を取り込みやすくなる一方、水蒸気も外へ出やすくなるため、蒸散量も増えます。
そのため、朝から昼にかけて光が強くなると、十分な水が供給されている植物では蒸散も増えやすくなります。
強光でも水不足なら蒸散は抑えられる
光が強いからといって、気孔が必ず大きく開くわけではありません。
土壌が乾いて根からの水供給が不足すると、葉の水分状態が悪化し、ABAなどを介して気孔が閉じます。
すると、光は十分でも蒸散は抑えられます。同時に二酸化炭素の取り込みも減るため、光合成速度も低下しやすくなります。
土壌の乾燥と空気の乾燥は同じではない
植物にとって、土壌が乾くことと空気が乾くことはどちらも水ストレスにつながりますが、仕組みは同じではありません。
空気が乾燥してVPDが高まると、葉から水を失う速度が急に増えます。これは主に日内の短い時間尺度で起こります。
一方、土壌乾燥では、根が吸水できる量が徐々に低下し、根から葉までの水供給能力そのものが制限されます。
海外のレビューでは、VPD上昇と土壌乾燥では蒸散制御に効く水理形質が異なり、植物によって応答戦略も異なることが整理されています。
根が深い植物と浅い植物では乾燥時の蒸散が違う
深い根を持つ植物は、表層土が乾いても深い場所の水を利用できる場合があります。
一方、浅い根に依存する植物では、表層土壌の乾燥がすぐに吸水量低下へつながり、気孔閉鎖が早く起こることがあります。
つまり、葉の蒸散量は葉だけの性質ではなく、根系全体の水獲得能力にも左右されます。
葉脈と木部の通水能力も蒸散量を制限する
気孔を開いて蒸散するには、失われた水を葉脈から補給しなければなりません。
葉脈密度が高く、木部の通水能力が高い葉では、大きな蒸散を支えやすくなります。
逆に、水輸送能力が低い葉では、気孔を大きく開き続けると葉の水分状態が危険になります。そのため気孔を早めに閉じる戦略をとることがあります。
気孔密度が高ければ蒸散が多いとは限らない
気孔が多い葉では最大のガス交換能力が高くなる可能性があります。
日本のイネ科植物研究では、光合成型をまとめて比較すると、気孔密度が増えるほど気孔コンダクタンスと蒸散速度が増える傾向が見られました。
しかし、同じ光合成型の植物だけで比べると、この関係は単純ではありませんでした。
実際の蒸散量には、気孔の数だけでなく、一つ一つの気孔がどれだけ開いているか、水供給能力がどれだけあるかが重要です。
C3植物とC4植物では水利用のしかたが違う
C4植物は、維管束鞘細胞の周囲へ二酸化炭素を濃縮する仕組みを持っています。
そのためC3植物より低い気孔コンダクタンスでも高い光合成速度を維持できる場合があります。
海外の比較研究では、C4植物はC3植物より水利用効率が高く、同じ炭素を得るために失う水を少なくできる傾向があります。
ただし、実際の蒸散量は植物種、温度、光、水分条件によって変わり、C4植物なら必ず蒸散が少ないと断定することはできません。
CAM植物は夜に気孔を開く
サボテンやアガベなど多くのCAM植物は、昼ではなく夜に気孔を開いて二酸化炭素を取り込みます。
夜は気温が低く、空気の飽差も昼より小さいことが多いため、同じ量の二酸化炭素を取り込むときの水分損失を小さくできます。
そのためCAM植物は非常に高い水利用効率を持ち、乾燥環境へ適応しやすくなります。
これは、植物の種類によって蒸散が起こる時間帯そのものが違う代表例です。
日向葉と日陰葉でも蒸散能力が違うことがある
日向で形成された葉は、日陰葉より厚く、面積あたりの光合成能力が高い場合があります。
同時に、気孔密度や葉脈の通水能力が高くなれば、大きな蒸散を支えられます。
一方、日陰葉では光合成の最大速度が低いため、大きな気孔コンダクタンスを維持する利益も小さくなることがあります。
ただし、これらの応答方向や大きさは植物種によって異なります。
葉の大きさや形も蒸散に影響する
葉の表面には境界層という動きにくい空気の層があります。
大きく幅広い葉では境界層が厚くなりやすく、水蒸気が外気へ移動する抵抗が大きくなることがあります。
細い葉や小さい葉では境界層が薄くなり、風があると水蒸気が外へ運ばれやすくなります。
そのため、同じ気孔開度でも葉の大きさや形によって蒸散速度が違う場合があります。
風が強いと蒸散が増えることがある
風は葉の表面にたまった湿った空気を運び去り、境界層を薄くします。
その結果、葉から外気への水蒸気拡散が速くなり、蒸散が増えることがあります。
ただし、風によって葉温が下がったり、急な水分損失で気孔が閉じたりすると、蒸散増加が抑えられる場合もあります。
気温が高いほど蒸散が増えるとは限らない
気温が上がると飽和水蒸気圧が高まり、湿度が同じならVPDは大きくなりやすくなります。
そのため蒸散を増やす方向へ働きますが、高温で葉の水分状態が悪化したり、光合成装置へストレスがかかったりすると気孔が閉じます。
実際、複数樹種の比較では30℃までは蒸散が増えても35℃で低下する種類や、より低い温度から低下する種類が見られます。
植物ごとに「どこまで気孔を開き続けられるか」が違うのです。
蒸散を抑える植物と使う植物がいる
水が限られた環境では、早い段階で気孔を閉じて水を温存する「保守的」な水利用戦略を持つ植物があります。
一方、根から水を十分に得られる間は蒸散を続け、光合成と成長を優先する「消費的」な戦略を持つ植物もあります。
どちらが常に優れているわけではなく、雨の頻度、根が届く深さ、乾燥期間の長さなどによって有利な戦略は変わります。
蒸散量と水利用効率は同じ意味ではない
蒸散量が少ない植物が、必ず水利用効率も高いとは限りません。
水利用効率は、失った水に対してどれだけ二酸化炭素を固定できたかという比率です。
蒸散が少なくても光合成量が極端に低ければ、水利用効率が高いとはいえません。
C4植物やCAM植物は、二酸化炭素濃縮機構や夜間の気孔開口によって、炭素獲得と水損失の比率を改善しています。
同じ植物でも一日の中で蒸散量は変わる
朝は光が増えると気孔が開き、蒸散が増えます。
昼にVPDが大きくなると、十分な水があれば高い蒸散を続けることがありますが、水供給が追いつかないと気孔が部分的に閉じます。
夕方は光が弱くなり、VPDも小さくなるため、多くの植物で蒸散は低下します。
このため、一枚の葉でも一日の中で蒸散速度は大きく変動します。
「蒸散が起こる理由」と「蒸散量が違う理由」は別の問い
蒸散が起こる基本的な理由は、湿った葉内部と外気の間に水蒸気差があり、気孔を通って水蒸気が拡散するためです。
一方、本記事で扱っているのは、その蒸散の量が種類や環境によってなぜ違うかという比較の問いです。
VPD、気孔コンダクタンス、根から葉への通水能力、光合成様式、葉形、根系などを合わせて考えることで、蒸散量の多様性を理解できます。
身近な植物で蒸散量の違いを考えるポイント
- 晴天と曇天で鉢植えの水の減り方を比べる
- 湿度の高い日と乾いた日で葉のしおれ方を比べる
- 水やり前後で昼の葉の張りがどう変わるかを見る
- 日向葉と日陰葉で葉厚や気孔密度を比べる
- 広い葉と細い葉で風のある日の乾き方を比べる
- 多肉植物と一般的な草本で昼夜のガス交換の違いを考える
正確な蒸散速度の測定にはガス交換装置やポロメーター、重量法などを用います。見た目のしおれだけで蒸散量を断定しないことも重要です。
まとめ
葉の蒸散量が植物の種類や光・湿度・水分条件によって違うのは、大気側の蒸発要求を表すVPD、気孔コンダクタンス、根から葉までの水供給能力が植物ごと・環境ごとに異なるためです。
光が強いと気孔が開いて蒸散が増えやすく、空気が乾燥してVPDが高いと水蒸気は外へ出やすくなります。しかし、水供給が追いつかない場合には気孔が閉じ、蒸散を抑えます。樹種ごとにこの閉じ方が異なるため、同じ温度・湿度でも蒸散速度は同じになりません。
さらに、C3・C4・CAMという光合成様式、気孔特性、葉脈・木部の通水能力、根系、葉形も蒸散量へ影響します。蒸散の違いは、植物が炭素を得ながら水をどのように使い、守るかという生存戦略の違いを反映しているのです。
参考資料
- 久野春子・新井一司「温度・湿度条件が5樹種の純光合成・蒸散速度・気孔コンダクタンスにおよぼす影響」日本緑化工学会誌
- 川満芳信ほか「イネ科C3, C4植物における光合成および水利用効率の制御と気孔密度および維管束間距離の関係」生物環境調節
- Transpiration response to soil drying versus increasing vapor pressure deficit in crops
- Increasing water use efficiency along the C3 to C4 evolutionary pathway

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