なぜ根は微生物とシグナルを交換し、養分を受け渡せるのか?

植物の根の周囲には、細菌や菌類など多くの微生物が暮らしています。その中には、根の内部へ入り込みながら植物と安定した共生関係をつくるものがあります。代表例がアーバスキュラー菌根菌と、マメ科植物に根粒をつくらせる根粒菌です。

根が微生物とシグナルを交換し、養分を受け渡せるのは、植物と微生物がお互いを認識する化学シグナルを持ち、共生専用の細胞構造や膜をつくって、リン・窒素と植物由来の炭素を選択的に交換できるからです。

共生微生物は単に根の中へ侵入するのではありません。植物側は相手を認識し、通常の防御反応を調節しながら、共生に必要な遺伝子を働かせます。その後、菌根では樹枝状体、根粒共生では感染糸や根粒といった専用構造が形成され、そこで資源交換が行われます。

目次

根と微生物の共生は「出会い」から始まる

土の中では根と微生物が偶然接触するだけでなく、化学物質を介した情報交換が起こります。

アーバスキュラー菌根共生では、植物根から分泌されるストリゴラクトンなどの化合物が菌根菌の菌糸分枝を促し、菌が宿主根へ近づく反応を引き起こします。日本植物生理学会の研究でも、ストリゴラクトンがアーバスキュラー菌根菌に対する宿主認識シグナルとして働くことが示されています。

一方、マメ科植物と根粒菌の共生では、植物根から放出されるフラボノイド類を根粒菌が感知します。すると細菌側でnod遺伝子群が働き、Nod因子と呼ばれるシグナル分子がつくられます。

植物はこのNod因子を根の細胞膜上の受容体で認識し、共生を始めるかどうかを判断します。

なぜ相手を見分ける必要があるのか

根の周囲には、植物に利益をもたらす微生物だけでなく、病原菌や中立的な微生物もいます。そのため、植物がどんな微生物でも無条件に細胞内へ入れてしまうのは危険です。

根粒共生では、Nod因子の化学構造や植物側のLysM型受容体の組み合わせが宿主特異性に関わります。適合するシグナルを認識できたときに、根毛の変形、細胞分裂、感染糸形成などの共生反応が進みます。

アーバスキュラー菌根共生でも、菌由来のシグナルを植物側が受け取り、共生シグナル伝達系を作動させます。

この「相手の確認」があることで、植物は根の内部環境を無制限に開放せず、共生相手との関係を選択的に構築できます。

菌根共生と根粒共生には共通のシグナル経路がある

アーバスキュラー菌根菌と根粒菌はまったく異なる微生物ですが、植物側では一部の共通した共生シグナル経路が使われます。

マメ科植物ミヤコグサでは、SYMRKと呼ばれる受容体様キナーゼが菌根共生と根粒共生の両方に必要です。日本植物生理学会の研究では、SYMRKが働かない変異体では、共生に特徴的なCa2+スパイキングなどの初期応答が失われることが示されています。

その後、核周辺で周期的なCa2+濃度変化が生じ、CCaMKなどがその情報を読み取って共生関連遺伝子の発現へつなげます。

この共通経路は、進化的に古い菌根共生で使われていた仕組みの一部が、後に根粒共生でも利用されるようになったと考えられています。

菌根菌は根の中にどのような構造をつくるのか

アーバスキュラー菌根菌は根の皮層細胞へ侵入すると、細胞内に細かく枝分かれした樹枝状体を形成します。

樹枝状体は植物細胞の細胞質へ裸のまま入り込むわけではありません。菌糸の周囲には植物由来のペリアーバスキュール膜がつくられ、菌と植物の間に大きな交換面が形成されます。

この膜には、リン酸などを取り込む専用トランスポーターが配置されます。菌が土壌から集めて運んだリンは、樹枝状体付近で放出され、植物側の膜輸送体を介して皮層細胞へ取り込まれます。

海外のレビューでも、アーバスキュラー菌根共生における養分交換の中心は樹枝状体とその周囲の植物膜であり、菌由来リン酸の取り込みに共生特異的リン酸トランスポーターが重要だと整理されています。

菌根菌はなぜリンを集めやすいのか

リン酸は土壌中を移動しにくく、根の近くで濃度が下がると、離れた場所から簡単には補給されません。

菌根菌の菌糸は根よりはるかに細く、根が直接入りにくい小さな土壌孔隙まで伸びられます。そのため、根の周囲にできたリン欠乏域より外へ探索範囲を広げられます。

菌糸は土壌中で吸収したリンをポリリン酸などの形で長距離輸送し、樹枝状体付近で植物へ渡します。

植物は自分の根だけで土壌全体を細かく探索する代わりに、菌糸ネットワークを利用して探索範囲を広げていると考えることができます。

植物は菌根菌へ何を渡しているのか

菌根菌が植物へリンを渡す一方、植物は光合成で得た炭素を菌へ供給します。

かつては糖が主な供給物質と考えられていましたが、現在では植物が脂質も菌根菌へ渡すことが重要だと分かっています。アーバスキュラー菌根菌は宿主植物から受け取った炭素を使って根外菌糸を伸ばし、土壌中を探索します。

つまり菌根共生は、「菌が養分を渡し、植物が炭素を渡す」という交換系です。ただし交換量は一定ではなく、土壌リン濃度、光合成量、菌の系統、植物の栄養状態などによって変わります。

根粒菌共生ではどのように感染が進むのか

多くのマメ科植物では、根粒菌が根毛表面へ付着すると、Nod因子などの作用で根毛が湾曲します。

その内側に感染糸と呼ばれる植物由来の管状構造が形成され、根粒菌はその内部で増殖しながら根の内側へ進みます。

感染糸は単なる傷口ではありません。植物細胞の膜や細胞壁成分を使ってつくられた、細菌を制御しながら内部へ導く専用経路です。

海外のレビューでは、感染糸形成と同時に根の皮層細胞で細胞分裂が再開し、根粒原基がつくられることが示されています。感染と新器官形成が協調して進む点が根粒共生の特徴です。

根粒はなぜ新しい器官としてつくられるのか

根粒菌が窒素固定を行うには、単に根の中にいるだけでは十分ではありません。

窒素固定酵素ニトロゲナーゼは酸素に弱い一方、細菌が大量のATPをつくる呼吸には酸素が必要です。そこで植物は、酸素濃度を細かく制御できる根粒という専用器官を形成します。

根粒内では根粒菌が植物細胞内へ取り込まれ、植物由来の膜に包まれたシンビオソームの中でバクテロイドへ分化します。

この膜が植物と細菌の交換界面となり、植物から炭素化合物が供給され、細菌が固定した窒素由来の化合物が植物へ渡されます。

窒素固定では何が交換されているのか

根粒菌は大気中のN2をニトロゲナーゼでアンモニアへ還元します。植物はN2を直接利用できませんが、アンモニア由来の窒素はアミノ酸やタンパク質の材料として利用できます。

一方、窒素固定には大量のエネルギーが必要です。植物は葉で光合成した炭素を根粒へ送り、有機酸などとして根粒菌の呼吸へ供給します。

つまり根粒共生も、植物の炭素と微生物の窒素固定能力を交換する仕組みです。

土壌に利用可能な窒素が十分にある場合、植物が新しい根粒形成や窒素固定活性を抑えるのは、この共生に大きな炭素コストがかかるためです。

共生相手が根の内部にいても免疫は止まっていない

共生微生物が根の中へ入るとき、植物免疫が完全に停止するわけではありません。

植物は微生物由来分子を認識する防御系を持っていますが、適合する共生相手に対しては、共生シグナルを使って防御反応を局所的に調節します。

同時に、感染糸やペリアーバスキュール膜のような専用構造をつくることで、微生物が活動する場所を植物側が空間的に管理します。

そのため共生は「免疫をやめて侵入を許す」ことではなく、微生物を監視しながら特定の場所と条件で共存を成立させる状態だと考えられます。

植物は共生を無制限に広げない

共生には利益がありますが、植物側は炭素を支払う必要があります。そのため、植物は菌根や根粒を無制限につくらせません。

マメ科植物では根粒が十分に形成されると、根と地上部を行き来するシグナルによって新しい根粒形成を抑える根粒形成の自己制御が働きます。

菌根共生でも、植物体内のリン状態が高いと、ストリゴラクトン産生や菌根形成関連遺伝子の働きが抑えられ、共生量が減ることがあります。

植物は「共生できるか」だけでなく、「どの程度共生するか」も栄養状態に応じて調節しています。

共生の利益は環境によって変わる

リンが少ない土壌では、菌根菌による広範囲探索が大きな利益になることがあります。一方、リンが十分にある環境では、菌へ炭素を渡すコストに対して利益が小さくなる場合があります。

根粒共生でも、土壌中に硝酸やアンモニウムが十分にある場合には、エネルギーコストの高い窒素固定を続ける必要性が低下します。

そのため共生は、常に同じ強さで働く固定的な「助け合い」ではありません。植物と微生物の状態、土壌養分、温度、水分などによって、利益とコストのバランスが変化します。

菌根共生と根粒共生を比べると

項目 アーバスキュラー菌根共生 根粒菌共生
主な微生物 菌類 細菌
主な認識シグナル ストリゴラクトンや菌由来シグナル フラボノイドとNod因子
植物側の専用構造 ペリアーバスキュール膜 感染糸・根粒・シンビオソーム
植物が主に得るもの リンなどの無機養分 窒素固定由来の窒素
微生物が主に得るもの 植物由来の炭素・脂質 植物由来の炭素・生息環境
共通点 相手認識、Ca2+を含む共生シグナル、植物膜を介した資源交換、宿主による共生量の調節

「微生物が根に住む」だけでは共生の仕組みを説明できない

根と微生物の共生は、単に微生物が根の近くや内部にいる状態ではありません。

まず植物と微生物が互いのシグナルを認識し、共生用の遺伝子プログラムを起動します。その後、菌根では樹枝状体とペリアーバスキュール膜、根粒共生では感染糸、根粒、シンビオソームという専用構造をつくります。

さらに、その膜上へリン酸トランスポーターなどの輸送装置を配置し、炭素と養分を選択的に交換します。共生が過剰にならないよう、植物体全体から量を調節する仕組みもあります。

つまり根の微生物共生は、認識、侵入制御、器官形成、膜輸送、全身制御が連動した高度な生物間インターフェースです。

まとめ

根が微生物とシグナルを交換し、養分を受け渡せるのは、植物と微生物がお互いを認識する分子シグナルを持ち、共生専用の細胞構造と膜を形成して、必要な物質を選択的に交換できるからです。

アーバスキュラー菌根共生では、植物と菌がシグナルを交わした後、根の皮層細胞内に樹枝状体が形成され、周囲の植物膜を介してリンなどが植物へ渡されます。植物はその見返りとして炭素や脂質を菌へ供給します。

マメ科植物と根粒菌の共生では、フラボノイドとNod因子による相互認識から感染糸と根粒形成が始まり、根粒内のシンビオソームで窒素固定と炭素交換が行われます。どちらの共生でも、植物は相手を選び、侵入を制御し、交換量まで調節しています。根と微生物の共生は、単なる同居ではなく、分子認識と専用輸送構造によって成立する精密な資源交換システムなのです。

参考文献・出典

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