果樹を育てていると、まだ小さい果実が大量に落ちたり、収穫前の熟した果実が枝から落ちたりすることがあります。こうした果実の脱落は「落果」と呼ばれます。
なぜ果実では落果が起こるのでしょうか。結論から言えば、果実と枝・茎のつなぎ目にある離層という組織で細胞同士の結びつきが弱まり、果実を支える力が低下するからです。ただし、その離層を動かす原因は一つではありません。受粉・受精の失敗、種子の発育不良、光合成産物の不足、乾燥や高温などの環境ストレス、成熟に伴うホルモン変化などが、オーキシンやエチレンを含む複数の信号を通して落果へつながります。
つまり落果は、単なる「実の重さで枝から外れる現象」ではありません。植物が果実の発達状態や資源量、環境条件を反映して、果実を保持するか切り離すかを調整した結果として起こる生理現象です。
果実が落ちる場所には「離層」がある
果実が落ちるとき、果柄や果梗のどこでも無作為に切れるわけではありません。多くの植物では、果実と枝・茎をつなぐ部分に、離層と呼ばれる細胞層があります。
離層は、将来その器官を切り離せるようにあらかじめ形成された組織です。落果の信号が強まると、離層の細胞でペクチンやセルロースなど細胞壁成分を変化させる酵素の働きが高まります。
すると、細胞同士を接着していた中層や細胞壁の構造がゆるみ、果実を支える組織が弱くなります。最終的には風や自重などの小さな力でも果実が外れます。
海外の果実離層研究でも、ポリガラクツロナーゼ、セルラーゼ、エクスパンシンなどの細胞壁関連因子が、離層での細胞分離に関わることが整理されています。
落果は「離層をつくること」ではなく「離層を作動させること」で起こる
離層そのものは、落果直前に突然できるとは限りません。果実の発達初期から、将来切り離される位置として組織が準備されている植物もあります。
重要なのは、その離層がいつ活性化されるかです。果実が正常に発育している間は、果実側から送られる成長信号やホルモンによって、離層細胞は簡単には分離しません。
一方、果実の成長が止まったり、種子が発達しなかったり、成熟やストレスによってホルモン状態が変わったりすると、離層がエチレンなどの作用を受けやすい状態へ移ります。
落果は、準備されていた切り離し位置に「今、分離を始める」という生理的な指令が入ることで進むと考えると分かりやすいでしょう。
オーキシンは果実をつなぎ止める側に働くことが多い
果実や種子が活発に成長している時期には、オーキシンという植物ホルモンが果実側から果柄を通って輸送されます。
一般的な離層モデルでは、離層を通過するオーキシンの流れが十分にある間、離層細胞はエチレンに対して感受性が低く保たれ、脱落が起こりにくくなります。
果実の成長が弱まり、オーキシン供給や極性輸送が低下すると、離層はエチレンに反応しやすくなります。その結果、細胞壁分解関連遺伝子が働きやすくなり、細胞分離が進みます。
このため落果は、「エチレンが増えたか」だけでなく、「果実からのオーキシン信号がどれだけ保たれているか」とのバランスで理解する必要があります。
エチレンは離層の細胞分離を促す重要な信号
エチレンは、葉・花・果実の離脱に広く関わる植物ホルモンです。多くの果実では落果前にエチレン生成が増え、離層の細胞壁分解を促進します。
エチレンの情報を受けた離層では、ペクチンやセルロースを変化させる酵素や、細胞壁をゆるめるタンパク質の発現が高まります。その結果、隣り合う細胞の接着が弱くなります。
ただし、エチレンが増えれば必ず落果する、エチレンだけが落果原因である、とは限りません。
国内のカキ研究では、落果前にエチレン発生量が急増する条件が確認された一方、エチレン生成を抑えても落果率が変わらない条件があり、エチレンを単独の原因とみなせないことが示されました。
落果は、オーキシン、エチレン、アブシジン酸、ジャスモン酸など複数のホルモンと、果実の資源状態・発育状態が統合された結果です。
受粉や受精がうまくいかないと、幼果が落ちることがある
開花後すぐの果実が落ちる大きな理由の一つは、受粉・受精が十分に成立しなかったことです。
受精した胚珠や発達中の種子は、オーキシンやジベレリンなど果実成長を支える信号の供給源になります。正常な種子形成が進まなければ、子房・幼果の成長も弱まりやすくなります。
その結果、果実が十分なシンクとして維持されず、果柄の離層が活性化されて落果する場合があります。
ただし、単為結果する植物では受精しなくても果実が成長できるため、「受精しなければ必ず落ちる」という意味ではありません。種や品種によって果実形成の条件は異なります。
種子の発育不良も落果につながる
受精が起きても、その後の胚や種子が正常に発育するとは限りません。高温、栄養不足、遺伝的な不和合、病害などによって種子発育が止まることがあります。
種子が十分に発達しないと、果実を維持するホルモン信号や成長刺激が低下し、離層が活性化しやすくなる場合があります。
リンゴの国内研究では、夜間高温条件でエチレン発生が増え、種子発育が阻害され、離層部のセルラーゼ活性と早期落果が増加する例が報告されています。
このように、果実が見た目には成長していても、その内部の種子発育が落果のしやすさへ影響することがあります。
果実が多すぎると、植物自身が一部を落とすことがある
一つの樹や株が、葉でつくれる糖や根から吸収できる水・養分を大きく超える数の果実を保持することはできません。
開花期に多数の花が受粉・受精しても、その後すべての幼果が成熟まで残るとは限りません。果実同士は、葉から供給される光合成産物を取り合うシンクです。
果実数が多すぎると、一果あたりへの糖供給が不足し、成長が弱い果実では維持信号が低下します。その一部が落果することで、残った果実へ資源を配分しやすくなります。
このような幼果期の自然な落果は、果樹では生理的落果と呼ばれることがあります。植物が「不要な果実を意図的に選ぶ」と単純化するより、果実間競争とホルモン・炭素状態の結果として、維持できない果実が脱落すると理解するのが適切です。
光不足は糖不足を通して落果を増やすことがある
果実の成長には、葉での光合成によってつくられる糖が必要です。長期間の曇天や強い遮光で光合成量が低下すると、果実へ送れる炭素資源が減ります。
果実が多数あるときに炭素不足が起こると、成長力の弱い果実から脱落しやすくなることがあります。
国内のカキ研究では、遮光処理された樹で落果が起こり、落果する果実では落下の数日前から肥大速度が低下していました。
最近の果実離層研究でも、低光や炭水化物不足は落果を誘導する代表的な環境・生理要因として扱われています。
乾燥すると、水不足と炭素不足が重なって落果しやすくなる
土壌が強く乾燥すると、根から吸収できる水が減り、葉の気孔が閉じやすくなります。気孔が閉じると二酸化炭素の取り込みが減るため、光合成量も低下します。
その結果、果実は水不足と糖不足の両方の影響を受けます。さらに乾燥ストレスでは、アブシジン酸などのストレス関連ホルモンが増え、エチレン系との相互作用を通じて落果が促進される場合があります。
カキの研究でも、土壌乾燥条件で果実の成長低下と落果が観察されています。
したがって、乾燥による落果は「果実がしおれて重さを支えられない」という単純な現象ではなく、植物全体の水・炭素・ホルモン状態が変わることで起こります。
高温も受精・種子発育・光合成を通じて落果へ影響する
高温は、花粉発芽、受精、胚発育、葉の光合成、呼吸、水分状態など複数の段階へ影響します。
開花期の高温で受精が失敗すれば、幼果が十分に発達せず落ちることがあります。受精後でも、種子発育や果実内のホルモン状態が乱れると落果につながる場合があります。
リンゴでは夜間高温と早期落果の関係が調べられ、エチレン発生、種子発育阻害、離層部のセルラーゼ活性が関連していました。
ただし、高温に対する感受性は植物種・品種・発達段階によって異なります。同じ温度でも、開花期と成熟期では影響の意味が違います。
病害虫や傷も落果の引き金になることがある
果実が病原菌に感染したり、昆虫に食害されたり、強風やひょうで大きく傷ついたりすると、果実の成長が低下し、ストレス応答が起こります。
傷害や病害はエチレン生成を増やすことがあり、果実からのオーキシン輸送や資源獲得が弱まれば、離層が活性化しやすくなります。
植物にとって、重く傷んだ果実を維持し続けることは資源コストになります。結果として、損傷果が正常果より早く落ちる場合があります。
ただし、病害虫による落果と生理的落果は外見だけでは区別しにくいことがあります。栽培では果実や葉の症状、落果時期、気象条件などを合わせて判断する必要があります。
成熟期の落果は、幼果期の落果とは意味が違う
まだ小さい果実が落ちる生理的落果と、成熟した果実が収穫前に落ちる落果では、同じ「落果」でも背景が異なります。
成熟期には、果実のエチレン生成やホルモン感受性が変わり、離層の細胞壁分解が進みやすくなる種類があります。
これは、種子が成熟し、果実を親植物から切り離して散布する段階に近づいたことと生態的に結びついている場合があります。
一方、農業では収穫前に果実が落ちると商品価値や収量を失うため、成熟期の自然な脱落も「早期落果」として問題になることがあります。
成熟と落果は関係するが、同じ現象ではない
成熟した果実で落果が増えることがあるため、「成熟すれば必ず落ちる」と思われがちですが、成熟と落果は別の生理現象です。
成熟は、色、硬さ、糖・酸、香り、呼吸などを変える発達プログラムです。落果は、果柄などの離層を活性化して器官を切り離す過程です。
両者はエチレンなど共通するホルモン制御を持つことがあり、成熟の進行が離層活性化と連動する果実もあります。しかし、成熟しても樹上に長く保持される品種もあり、成熟前に落ちる果実もあります。
そのため、落果を理解するときは「熟したから落ちた」だけで説明せず、離層の制御を別に考える必要があります。
落果の直前には、果実の成長が鈍ることがある
果実が枝から離れる直前まで、見た目が大きく変わらないことがあります。しかし内部では、数日前から成長が弱まり、維管束を通した水・糖・ホルモンの流れが変化している場合があります。
カキの生理落果研究では、正常果が日変化を伴いながら肥大を続けたのに対し、落果する果実では落果の数日前から肥大量が著しく低下していました。
これは、離層が完全に分離するより前に、果実側の生理状態がすでに変わっていることを示します。
落果は一瞬の出来事に見えても、その準備は数日前から始まっていることがあります。
植物にとって落果は必ずしも「失敗」ではない
農業では落果は収量低下につながるため、一般には防ぎたい現象です。しかし植物の生活史から見ると、落果がすべて異常とは限りません。
多すぎる幼果の一部を落とせば、限られた資源を残った果実や次の成長へ配分できます。また、成熟果の離脱は種子散布へつながる場合があります。
葉が老化して落葉するのと同様に、器官を適切な時期に切り離す能力は植物にとって重要です。
したがって、「落果が起きた=植物が弱っている」とは限らず、時期・割合・環境条件によって正常な発達過程かストレス反応かを見分ける必要があります。
栽培では「いつ落ちたか」を見ると原因を絞りやすい
落果の原因を考えるときは、果実が落ちた時期が重要な手掛かりになります。
- 開花直後なら、受粉・受精不良や花器の障害を疑う
- 幼果期に多数落ちるなら、自然な生理的落果、過剰着果、炭水化物不足、水分ストレスなどを考える
- 高温・乾燥・曇天の後なら、環境ストレスとの関係を見る
- 傷や病斑がある果実が落ちるなら、病害虫や物理傷害も確認する
- 成熟期なら、品種固有の早期落果性やエチレン・離層活性化を考える
一つの樹でも複数の原因が同時に重なることがあるため、落果率だけでなく、葉の状態、果実肥大、土壌水分、気温、日照、病害虫などを合わせて観察することが大切です。
落果を完全になくせばよいわけではない
果樹栽培では、落果防止剤や植物成長調節物質を使う場合があります。しかし、植物のすべての果実を保持すれば必ず収量や品質が最大になるわけではありません。
着果数が多すぎれば果実が小さくなり、糖度が下がったり、枝への負担が増えたり、翌年の花芽形成へ影響したりすることがあります。
そのため実際の栽培では、自然落果に加えて摘果を行い、適切な果実数へ調整することがあります。
重要なのは「落果をゼロにする」ことではなく、正常な生理的落果と異常な大量落果を区別し、樹体が維持できる着果量に整えることです。
まとめ
果実で落果が起こるのは、果実と枝・茎の接続部にある離層で細胞同士の結びつきが弱まり、果実を支える力が低下するからです。
その離層を動かす背景には、受粉・受精の成否、種子発育、果実間の資源競争、光不足、乾燥、高温、病害虫、成熟などがあります。これらの情報が、オーキシン、エチレン、アブシジン酸などのホルモンネットワークへ反映され、離層の感受性と細胞壁分解を変化させます。
エチレンは多くの果実で重要ですが、落果を一つのホルモンだけで説明することはできません。国内のカキ研究でも、エチレン増加と落果が並行する条件がある一方、エチレン生成を抑えても落果が止まらない条件が示されています。
落果は、植物が果実の発達状態・資源量・環境条件を統合し、離層を通じてその果実を保持するか切り離すかを決めた結果として起こる現象です。幼果期の生理的落果と成熟期の落果では意味が異なるため、いつ・どのような条件で落ちたかを見ることが原因を理解する鍵になります。
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参考資料
- 北島宣ほか「カキ果実の生理落果とエチレン発生量との因果関係」園芸学会雑誌
- 福田博之ほか「夜間高温条件下におけるリンゴの早期落果とエチレン発生との関係」園芸学会雑誌
- Abscission zone metabolism impacts pre- and post-harvest fruit quality: a very attaching story
- The Yes and No of the Ethylene Involvement in Abscission

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