なぜ鼻が詰まると食べ物の味わいが変わるのか?

風邪や花粉症で鼻が詰まると、「食べ物の味がよく分からない」と感じることがあります。しかし、鼻が詰まったからといって、舌の味覚そのものがすべて失われるわけではありません。

私たちが日常的に「味」と呼んでいる感覚の多くは、舌で感じる甘味・酸味・塩味・苦味・うま味だけでなく、食べ物の香り、温度、食感、刺激などが組み合わさった「風味」です。とくに食事中の香りは、口の中から鼻の奥へ抜けるレトロネーザル嗅覚によって感じられます。鼻が詰まるとこの経路が使いにくくなり、食べ物の特徴的な香りが弱くなるため、全体の味わいが薄く感じられるのです。

目次

結論:鼻は「味覚そのもの」ではなく、食べ物の風味をつくる嗅覚を担っている

食べ物を口に入れたときに感じる感覚は、舌だけでつくられているわけではありません。大きく分けると、次の情報が組み合わさっています。

  1. 舌や口腔で感じる基本味
  2. 鼻で感じる食べ物の香り
  3. 温度や食感
  4. ミントの冷たさや唐辛子の辛さのような化学刺激

このうち、食べ物ごとの細かな違いを作るうえで大きな役割を持つのが嗅覚です。米国国立聴覚・コミュニケーション障害研究所(NIDCD)も、食事中には味覚、化学感覚、温度、食感、香りが組み合わさって「flavor(風味)」をつくると説明しています。

そのため、鼻が詰まって嗅覚情報が減ると、甘い・しょっぱいといった基本味は分かっていても、「これはイチゴ味」「これはコーヒーらしい味」といった食べ物固有の風味が分かりにくくなります。

舌が感じる「味」と鼻が感じる「香り」は別の感覚

味覚と嗅覚は近い感覚として扱われがちですが、入口となる受容器は別です。

味覚は主に、舌などにある味蕾の味細胞が食べ物に溶けた化学物質を検出することで始まります。一般に基本味として、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味が区別されます。

一方、嗅覚は鼻腔上部の嗅上皮にある嗅覚受容細胞が、空気中に揮発したにおい分子を検出することで始まります。におい分子は嗅覚受容体を刺激し、その情報が嗅球を経て脳へ送られます。

つまり、舌で感じる基本味と、鼻で感じる香りは神経系としては別々の情報です。しかし脳では両者が統合され、一つの「食べ物の味わい」として知覚されます。

食事中の香りは「鼻の穴から吸う」のではなく、口から鼻へ抜ける

においを嗅ぐ経路には大きく二つあります。

一つは、外から鼻孔を通してにおい分子を吸い込むオルソネーザル嗅覚です。花や香水の香りを鼻で嗅ぐときは、主にこの経路を使います。

もう一つが、食事中に重要なレトロネーザル嗅覚です。食べ物をかんだり温めたりすると、口の中で揮発性の香り成分が放出されます。その成分を含む空気が、口の奥から咽頭を通り、後ろ側から鼻腔へ上がって嗅上皮へ届きます。

日本味と匂学会の総説でも、風味知覚ではこのレトロネーザル経路の嗅覚と味覚が統合されることが説明されています。食事中の「香り」は、前から鼻へ入るだけではなく、口の中から鼻へ抜ける経路で強く感じられているのです。

鼻が詰まると、なぜ食べ物の特徴が分かりにくくなるのか

鼻づまりでは、鼻腔内の粘膜が腫れたり、分泌物が増えたりして空気の通り道が狭くなります。すると、食事中に口から鼻へ上がる香り成分が嗅上皮へ届きにくくなります。

レトロネーザル嗅覚に関する研究では、口腔から鼻腔へ移動したにおい分子が嗅覚受容部へ届き、その情報が味覚や口腔内の感覚と統合されて風味が成立するとされています。

したがって鼻が詰まると、舌では甘味や塩味を感じられていても、香りに依存する情報が減ります。その結果、「何を食べても似たような味がする」「味が薄い」と感じることがあります。

鼻をつまむとリンゴとタマネギの区別が難しくなるのはなぜか

食べ物の違いは、基本味だけでは十分に説明できません。たとえば、甘味や酸味の強さが似ている食べ物でも、香りの組み合わせが違えば全く別の食品として感じられます。

鼻をつまんでレトロネーザル嗅覚を弱めると、この香りの情報が大きく減ります。舌は糖や酸などの基本味を検出できますが、「リンゴらしさ」「イチゴらしさ」「コーヒーらしさ」といった複雑な特徴の多くは、香りによって支えられています。

そのため、鼻をつまんだまま食べると食品の識別が難しくなり、鼻を開いた瞬間に急に食べ物らしい風味が戻ることがあります。これは、口の中にあった香り成分が鼻腔へ抜け、嗅覚情報が再び加わるためです。

鼻が詰まっても甘味や塩味が完全になくなるわけではない

日常的には「味がしない」と表現されますが、鼻づまりだけなら味覚受容そのものが完全に停止しているとは限りません。

甘い砂糖水、塩水、酸味のある液体などの基本味は、鼻が詰まっていてもある程度感じられます。これは味細胞が鼻ではなく口腔側で刺激を受けるためです。

NIDCDも、「味覚障害だと思っている人の多くが実際には嗅覚の問題を持っている」と説明しています。鼻づまりで食品の風味が弱くなったとき、本人は「味覚が落ちた」と感じても、実際には嗅覚情報の低下が大きく関与している場合があります。

ただし、病気や薬剤、神経障害などによって味覚そのものが低下することもあります。鼻づまりがないのに基本味まで分からない状態が続く場合は、嗅覚だけの問題とは限りません。

食べ物をかむことも香りを鼻へ送るために重要

レトロネーザル嗅覚は、食べ物を口に入れた瞬間だけでなく、そしゃく中に強く働きます。

食べ物をかむと細胞や組織が壊れ、内部に含まれていた揮発性成分が放出されます。さらに口の温度によって香り成分が気化しやすくなります。飲み込む前後の呼吸や舌・口腔の動きによって、その香りを含んだ空気が鼻咽腔から鼻腔へ移動します。

このため、同じ食品でも、よくかんだ場合とほとんどかまずに飲み込んだ場合では、感じられる香りの強さや時間経過が異なることがあります。

味と香りは脳の中でも組み合わされる

舌からの味覚情報と鼻からの嗅覚情報は、入口では別々ですが、脳内では相互に影響します。

人の知覚研究では、特定の味と香りを組み合わせることで、片方の感覚が強まって感じられる場合があります。たとえば甘味と結びつきの強い香りがあると、食品全体の甘さや風味の印象が変化することがあります。

ただし、「香りが必ず味覚神経そのものを強くする」という単純な関係ではありません。研究では、評価方法や香りと味の組み合わせによって効果が異なり、知覚上の分類や学習経験も関係するとされています。

つまり食べ物の風味は、舌と鼻から届いた信号を脳が単純に足し算するのではなく、過去の経験や期待も含めて統合して作る感覚だと考えられます。

辛さやミントの冷たさは「味覚」ではない

食べ物の感覚には、味覚や嗅覚以外の神経も参加しています。

唐辛子のカプサイシンによる辛さ、炭酸の刺激、ミントの冷涼感などは、主に三叉神経などが関与する化学感覚です。温度や食感も、食品の印象を大きく左右します。

そのため鼻が詰まって香りが弱くなっても、唐辛子の辛さや炭酸の刺激、食感は比較的残ります。「味わい」は味覚と嗅覚だけではなく、複数の感覚が合わさって成立しているのです。

風邪や花粉症のときに食欲が落ちる理由にも関係する

鼻づまりや嗅覚低下で風味が弱くなると、食事のおいしさが低下したように感じることがあります。食べ物を識別する楽しさや、香りによる食欲の刺激が小さくなるためです。

一方で、風邪のときの食欲低下は嗅覚だけで説明できるものではありません。発熱、炎症、倦怠感、のどの痛み、消化機能の変化なども関係します。

鼻づまりと食欲の低下が同時に起こっても、「鼻が詰まったからだけ」と決めつけず、全身状態を含めて考える必要があります。

嗅覚障害では鼻が通っていても風味が弱くなることがある

鼻の空気の通り道が正常でも、嗅覚受容細胞や嗅神経、嗅球などに問題があれば、においを感じにくくなることがあります。

その場合もレトロネーザル嗅覚が低下し、食事の風味が弱く感じられることがあります。慢性副鼻腔炎などを対象とした研究でも、レトロネーザル嗅覚の低下が食物の風味知覚に関係することが報告されています。

「鼻が通っているから嗅覚は正常」とは限りません。逆に、鼻づまりがあっても嗅覚が完全に失われるとは限らず、閉塞の程度や場所によって影響は変わります。

においが分からない状態が続くときは注意が必要

風邪や花粉症による一時的な鼻づまりで、症状の改善とともに風味も戻る場合は珍しくありません。

一方、鼻づまりが改善してもにおいが戻らない、数週間にわたり嗅覚低下が続く、基本味そのものも分かりにくい、食事量や体重に大きな変化が出ている場合には、耳鼻咽喉科などで相談することが勧められます。

嗅覚や味覚の低下には、鼻副鼻腔の炎症だけでなく、感染症、薬剤、加齢、神経系の疾患などさまざまな原因があります。原因によって評価や対応が異なるため、長引く症状を「鼻づまりのせい」と自己判断し続けないことが大切です。

まとめ

鼻と味覚の関係を理解するうえで大切なのは、「基本味」と「風味」を分けることです。

舌は甘味、酸味、塩味、苦味、うま味などの基本味を感じます。一方、食べ物をかんだときに生じた香り成分は、口の奥から鼻腔へ抜けるレトロネーザル経路を通って嗅覚受容細胞へ届きます。この香りの情報が味覚、温度、食感、刺激などと脳内で統合され、食べ物全体の風味がつくられます。

鼻が詰まると、香り成分が嗅上皮へ届きにくくなるため、舌の基本味は残っていても食品固有の味わいが弱くなります。つまり鼻は、舌の味覚を直接つくる器官ではありませんが、「何を食べているか」を感じる風味の形成に欠かせない役割を持っています。

参考資料

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