同じ料理でも、朝と夜、若い頃と高齢期、鼻がよく通る日と花粉症や風邪で詰まっている日では、味わいが違って感じられることがあります。
これは、食べ物の「味わい」が舌だけで作られているわけではないためです。食事中には、口の中で放出された香り成分がのど側から鼻へ抜け、嗅覚受容細胞を刺激します。このレトロネーザル嗅覚が、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味などの味覚、温度、食感、辛さなどと脳で統合されて、食品全体の風味になります。
そのため、嗅覚感度、鼻の通気性、年齢、鼻炎、生活環境などが時間とともに変われば、鼻が食べ物の味わいへ与える影響も変化します。
結論:味わいに対する鼻の影響は、レトロネーザル嗅覚と鼻の状態が時間・年齢・環境で変わるため変化する
鼻が食べ物の味わいに与える影響が変わる主な理由は、次のように整理できます。
- 嗅覚感度は一日の時間帯によって変動することがある
- 食事中の香りは、口から鼻へ抜けるレトロネーザル経路で感じる
- 加齢では嗅覚、とくに香りの検知・識別能力が低下しやすくなる
- 高齢者ではレトロネーザルの風味感度が若年者より低い研究がある
- 鼻炎や副鼻腔炎、風邪などで香り成分が嗅覚領域へ届きにくくなる
- 喫煙や化学物質への曝露、一部の薬剤などでも嗅覚が変化することがある
- 味覚そのものの変化と、嗅覚低下による「味わい」の変化は同じではない
つまり、同じ食べ物でも、香りを受け取る鼻と嗅覚系の状態が変われば、全体の風味も変わります。
食事中の香りは、鼻の前からではなく口の奥から届く
花や香水を嗅ぐときは、におい分子が鼻孔から入るオルソネーザル嗅覚が中心です。
一方、食事中は、かむことで食品から揮発性の香り成分が放出されます。その香りは口腔から咽頭を通って鼻腔の奥へ上がり、嗅上皮へ届きます。これがレトロネーザル嗅覚です。
日本味と匂学会の総説でも、風味はレトロネーザル経路の嗅覚と味覚の統合として説明されています。
そのため、舌が甘味や塩味を正常に感じていても、レトロネーザル嗅覚が弱くなると、「食品らしい香り」が減り、食べ物全体が平坦に感じられることがあります。
鼻が詰まると「味覚」よりも「風味」が弱くなる
風邪やアレルギー性鼻炎で鼻が詰まったとき、「味がしない」と感じることがあります。
しかし、多くの場合、失われている中心は舌の基本味ではなく、鼻から加わる香りです。米国国立聴覚・コミュニケーション障害研究所(NIDCD)も、鼻が詰まると食事中の香りが嗅覚受容細胞へ届きにくくなり、風味の大部分が失われると説明しています。
このため、鼻づまりのある日でも砂糖の甘さや塩のしょっぱさは分かるのに、リンゴとナシ、コーヒーと別の飲料といった食品固有の違いが分かりにくくなることがあります。
「味覚が低下した」と「風味が弱くなった」は、日常語では同じように表現されますが、生理学的には分けて考える必要があります。
時間帯によって嗅覚感度が変わることがある
嗅覚は一日の中で完全に一定ではありません。
健康な成人を朝、昼、午後、夜に繰り返し検査した研究では、においの検知閾値に時間帯差がみられ、平均的には朝より夕方から夜のほうが感度が高い結果でした。
別の体内時計を厳密に調べた研究でも、嗅覚閾値が概日リズムに沿って変化することが確認されています。
ただし、これらは主に鼻孔から嗅ぐオルソネーザル嗅覚の研究です。食事中のレトロネーザル風味が同じ幅で日内変動することが確立しているわけではありません。
そのため、「夜のほうが必ず食事がおいしく感じる」とは言えませんが、時間帯による嗅覚感度の変化が、食事の香りの感じ方へ影響する可能性はあります。
時間帯の違いには鼻の通り方も重なる
鼻の通り方も一日の中で変化します。
左右の鼻腔は鼻周期によって交互に通りやすさが変わり、睡眠、姿勢、アレルギー症状などでも気流が変わります。
ただし、嗅覚の日内変動研究では、鼻の吸気流量が時間帯で変化しても、その変化と嗅覚閾値の変化は単純には一致しませんでした。
つまり、時間帯による風味の変化は「鼻が通るかどうか」だけでは説明できません。嗅覚神経系や脳側の感度変化も関係すると考えられます。
同じ食事でも、食べ始めと食べ終わりで香りの感じ方が変わることがある
一回の食事の中でも、同じ香りへ繰り返し曝露されると嗅覚は順応します。
最初の一口では香りが強く感じられても、食べ続けるうちに同じ香りの存在感が弱くなることがあります。これはレトロネーザル経路でも起こりうる、嗅覚の順応・慣れの影響です。
ただし、食品の温度が下がる、口の中で香り成分の放出量が変わる、満腹感が増えるなど、食事中には刺激側の条件も同時に変わります。
そのため、「食べ終わりに味が薄くなった」と感じても、嗅覚の慣れだけが原因とは限りません。時間経過とともに、食品側と感覚側の両方が変化します。
加齢では嗅覚の低下が味わいへ影響しやすい
年齢は、鼻と味わいの関係を変える重要な条件です。
NIDCDの疫学情報では、加齢に伴う嗅覚低下は味覚低下より目立ちやすいとされています。つまり、高齢期に食べ物が以前より淡く感じられる場合、舌の味覚だけでなく嗅覚の低下が大きく関係している可能性があります。
日本の研究でも、高齢者ではにおいの検知・識別能力が低下しやすいことが知られています。
このため、同じ塩分・糖分の食品でも、「食品らしい香り」の情報が弱くなることで、全体の満足感や食品識別が変化することがあります。
高齢者ではレトロネーザルの風味感度が低い研究がある
加齢の影響は、鼻から直接嗅ぐ能力だけではありません。
若年者と高齢者のレトロネーザル風味感度を比較した研究では、高齢群の風味感度が若年群より大きく低下していました。
この研究では、鼻から嗅ぐオルソネーザル能力が保たれていても、口から鼻へ抜ける風味感度が低い人もいました。義歯の状態など口腔側の条件も関係していました。
つまり、年齢による味わいの変化は「鼻の嗅覚能力」だけでは決まりません。咀嚼、唾液、口腔容積、歯や義歯など、香りを口から鼻へ送り出す条件も変化します。
高齢者では同じ食品でも香りの強さを区別しにくくなることがある
若年者と高齢者に、香りの濃度や甘味・塩味を変えた食品を評価してもらった研究では、若年者のほうが香りの強度差をよく区別しました。
一方、砂糖や塩の量を変えたときの全体的な風味強度や好ましさへの影響は、両年齢群で共通する部分もありました。
このことから、加齢で風味体験のすべてが一様に失われるわけではありません。香りを区別する能力が低下しても、味覚、食感、学習した好みなど別の情報は残ります。
そのため、高齢者の食事では「単に味を濃くする」以外に、食べ慣れた香り、食感、温度、見た目など複数の感覚を利用する考え方が重要になります。
鼻炎や副鼻腔炎ではレトロネーザル嗅覚も低下することがある
慢性副鼻腔炎などでは、鼻の炎症や鼻茸によって嗅覚領域への気流が妨げられます。
レトロネーザル嗅覚に関するレビューでは、慢性副鼻腔炎の患者は健康な人よりレトロネーザル嗅覚が低い研究が一貫して報告されています。
一部の研究では、治療によってレトロネーザル機能が改善しました。
そのため、鼻づまりや炎症が続く環境では、食品の香りが以前より弱く感じられることがあります。症状が改善すれば風味が戻る場合もありますが、神経性の嗅覚障害が重なっていると完全には戻らないこともあります。
鼻が通っていても風味が弱くなることがある
嗅覚低下は、鼻づまりだけで起こるわけではありません。
感染後の嗅覚障害、頭部外傷、加齢、一部の神経疾患などでは、鼻腔の空気の通りが保たれていても、嗅覚受容や神経伝達が低下することがあります。
NIDCDも、嗅覚障害の原因として上気道感染、頭部外傷、加齢、薬剤、化学物質への曝露などを挙げています。
したがって、「鼻は通っているのに食べ物が味気ない」という状態では、通気性だけでなく嗅覚機能そのものを考える必要があります。
喫煙や化学物質への曝露も長期的な風味変化へつながることがある
環境の影響には、温度や湿度だけでなく、何を吸い込むかも含まれます。
NIDCDは、喫煙や空気中の有害化学物質への曝露が嗅覚障害の関連要因になるとしています。
嗅覚が低下すれば、食事中のレトロネーザル香も弱くなり、食品の特徴を感じにくくなる可能性があります。
ただし、一度刺激臭を嗅いだだけで永久に風味が低下するという意味ではありません。影響は物質、濃度、曝露時間、換気、個人の健康状態によって異なります。
食べ物そのものの温度も、鼻へ届く香りを変える
風味の変化は、鼻の能力だけでなく食品側の環境条件でも起こります。
香り成分は揮発性の物質なので、食品の温度や組成によって空気中への放出量が変わります。一般に、温かい食品では香り成分が放出されやすくなることがあります。
一方、冷たい食品でも、口の中で温められたり咀嚼されたりすることで香りは放出されます。
そのため、同じ人・同じ鼻の状態でも、熱いコーヒーと冷めたコーヒーではレトロネーザルに届く香りの量が同じとは限りません。
「環境で味わいが変わる」ときは、鼻側の環境だけでなく、食品の温度や香りの放出条件も考える必要があります。
主観的な「味わい」と客観的な嗅覚検査は一致しないことがある
嗅覚検査で低下が確認されても、本人は「食事は普通においしい」と感じていることがあります。
嗅覚低下のある人を調べた研究では、本人が風味知覚は正常と申告していても、オルソネーザルとレトロネーザルの両方の検査では低下が確認された例がありました。
味覚、食感、温度、辛さ、見た目、過去の食経験や記憶などが風味を補っている可能性があります。
つまり、鼻の情報が弱くなっても、人は残っている感覚を組み合わせて食事を認識できます。そのため、加齢や鼻炎による変化があっても、本人の満足感が必ず同じ程度に下がるわけではありません。
味覚そのものにも日内変動や加齢変化がある
鼻と味覚の関係を考えるとき、舌側も完全に一定ではないことに注意が必要です。
人では甘味や塩味の認知閾値に時間帯による変化が報告されています。また、加齢では味覚も変化しますが、一般には嗅覚のほうが年齢による低下が目立ちやすいとされています。
そのため、朝と夜、高齢期などで食べ物の印象が変わったとき、その原因を「鼻だけ」「舌だけ」に決めることはできません。
実際の風味は、嗅覚、味覚、三叉神経感覚、温度、食感、記憶が統合された結果です。
「時間・年齢・環境」で変わるのは一つの仕組みではない
時間による変化には、嗅覚の日内変動、鼻周期、食事中の嗅覚順応などがあります。
年齢による変化には、嗅覚受容・神経機能、口腔状態、唾液、咀嚼、義歯などが関係します。
環境による変化には、鼻炎や感染、花粉・ほこり、喫煙・化学物質、食品温度、換気などがあります。
これらは別々の仕組みですが、実際の生活では重なります。たとえば高齢者が風邪をひき、鼻づまりがある状態で冷めた食事をすると、年齢・鼻の状態・食品条件の影響が同時に現れます。
急な変化や長く続く変化は単なる年齢・環境差で済ませない
食べ物の味わいは日によって多少変わりますが、急にほとんど香りが分からなくなった、鼻づまりが治っても風味が戻らない、においが本来とは違って感じられる、基本味まで長期間分かりにくい場合には、単なる生理的変化とは別に考える必要があります。
嗅覚障害には、鼻副鼻腔炎、感染後の変化、頭部外傷、薬剤、加齢などさまざまな原因があります。
症状が長引く場合や食事量・体重へ影響している場合は、耳鼻咽喉科などで相談してください。
まとめ
鼻が食べ物の味わいに与える影響が時間・年齢・環境によって変わるのは、風味の重要な部分を担うレトロネーザル嗅覚が固定した能力ではないためです。
一日の中では嗅覚感度や鼻の通り方が変化し、食事中には同じ香りへの順応も起こります。加齢では嗅覚やレトロネーザル風味感度が低下しやすく、口腔状態の変化も香りの鼻への移動へ影響します。
また、風邪、アレルギー性鼻炎、慢性副鼻腔炎、喫煙や化学物質への曝露などによって嗅覚が変化すれば、同じ食品でも味わいが弱く感じられることがあります。食品の温度など、香りを放出する側の条件も変化します。
つまり、鼻と味わいの関係を理解するには、「時間による嗅覚・鼻状態の変化」「加齢による嗅覚と口腔の変化」「環境による鼻・嗅覚・食品側の変化」を分けて考えることが大切です。
参考資料
- 塩谷和基・青木豪太「風味知覚における嗅覚経路の差異と神経回路機構」日本味と匂学会誌
- National Institute on Deafness and Other Communication Disorders, Taste Disorders
- Measurement of sensitivity to olfactory flavor: application in a study of aging and dentures
- Perception and pleasantness of a food with varying odor and flavor among the elderly and young
- Variations of olfactory function with circadian timing and chronotype

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