なぜ遺伝の影響の強さは人や環境によって違って見えるのか?

人の身長や成長には遺伝が関わります。しかし、「遺伝の影響が強い」という言葉を、すべての人に同じ強さで遺伝が働くという意味で受け取るのは正確ではありません。

一人ひとりが受け継ぐ遺伝子の組み合わせは違い、さらに栄養、病気、胎児期の環境、思春期の時期なども異なります。また、研究で使われる「遺伝率」は、ある個人の成長の何割が遺伝で決まったかを示す数字ではなく、特定の集団・環境の中で見られる個人差のうち、遺伝的な違いと関連する割合を表す統計量です。

そのため、成長に対する遺伝の影響は、個人の遺伝子の違いだけでなく、年齢、環境、集団の条件によって「どのくらい目立つか」が変わります。

目次

まず「遺伝の影響」と「遺伝率」は分けて考える

成長に遺伝の影響があること自体は、多くの研究から分かっています。身長は典型的な多遺伝子形質で、多数の遺伝的変異が少しずつ作用し、その組み合わせが体格差へつながります。

一方、遺伝率は集団のばらつきを説明する統計指標です。米国国立医学図書館のMedlinePlus Geneticsも、遺伝率は「ある集団・ある環境」での値であり、環境条件が変われば値も変わり得ると説明しています。

したがって、「身長の遺伝率が高い」という結果を見ても、「ある人の身長の80%が遺伝、20%が環境」と個人に割り振ることはできません。

一人ひとり受け継ぐ遺伝子の組み合わせが違う

兄弟姉妹は同じ両親から生まれても、受け継ぐDNAの組み合わせは同じではありません。卵子や精子が作られるときに染色体の組み換えが起こり、どの遺伝的変異を受け継ぐかが一人ひとり異なります。

一般的な身長差では、非常に多くの遺伝的変異が関わります。それぞれの効果は小さくても、組み合わせが異なれば成長速度や最終身長にも差が生まれます。

このため、同じ家庭で育った兄弟姉妹でも、遺伝的な成長の土台は完全には同じではありません。

遺伝子によって影響の大きさも違う

成長に関わる遺伝的変異は、すべて同じ強さで働くわけではありません。

日本小児内分泌学会誌のレビューでは、人の成長に関わる遺伝子を、大きな影響を持ち単一遺伝子疾患として現れやすい「major growth genes」と、一般的な身長差に小さな効果を積み重ねる「minor growth genes」という考え方で整理しています。

たとえば、まれな遺伝子変化の中には、成長板やホルモン経路の働きを大きく変え、強い低身長や過成長につながるものがあります。一方、一般集団で多く見られる変異の多くは、一つあたりの効果が小さく、多数が重なって体格差を作ります。

つまり、「遺伝の影響」と一言で言っても、どの遺伝的変異を持つかによって実際の影響量は異なります。

年齢によって遺伝と環境の見え方が変わる

人の成長は、胎児期、乳幼児期、学童期、思春期で同じ仕組みではありません。

多数の双生児コホートをまとめた研究では、身長の個人差に対する共有環境の影響は幼少期で比較的大きく、成長するにつれて相対的な遺伝寄与が高くなる傾向が示されています。

これは、年齢とともに「遺伝子が増える」という意味ではありません。出生前後の栄養や母体環境、乳幼児期の感染症などの影響が大きい時期と、成長板や思春期の内分泌調節など遺伝的な個人差がより強く表れやすい時期があるためです。

そのため、同じ人でも成長段階によって、遺伝要因と環境要因の相対的な見え方は変わります。

栄養不足では遺伝的な成長の可能性が十分に現れないことがある

遺伝的に高身長になりやすい特徴を持っていても、強い栄養不足が続けば、その可能性がそのまま現れるとは限りません。

骨や筋肉を作るには、エネルギー、たんぱく質、ミネラルなどが必要です。また、強い栄養不足では成長ホルモンが分泌されていてもIGF-1が十分に作られにくくなり、成長板の活動が低下することがあります。

2024年の身長に関するレビューでも、成人身長は遺伝だけでなく、胎児期から思春期までの栄養や病気など環境要因との相互作用で決まると整理されています。

つまり、遺伝的な土台が同じでも、その土台が働くための栄養環境が違えば、最終的な成長結果も変わり得ます。

慢性疾患や感染症でも遺伝の影響が見えにくくなることがある

慢性疾患や反復する感染症がある場合にも、成長は遺伝的な体格予測どおりに進まないことがあります。

病気によって食欲が低下したり、栄養吸収が悪くなったり、炎症性サイトカインが成長ホルモン・IGF-1系や成長板へ影響したりするためです。

この場合、遺伝的な特徴が消えたわけではありません。遺伝子が作る成長の仕組みに、病気という別の条件が重なっている状態です。

生活環境が整うと遺伝的な個人差が相対的に目立つことがある

集団の多くの人が十分な栄養を得られ、感染症や医療アクセスの差が小さくなると、環境による大きな成長差が減ることがあります。

すると、残った身長差の中で遺伝的な違いが相対的に目立ちやすくなる可能性があります。逆に、栄養不足や病気など環境条件の差が大きい集団では、環境要因によるばらつきが大きくなり、遺伝率の値が変わることがあります。

ただし、実際の研究では地域や年代による遺伝率の変化は単純ではなく、すべての集団で同じ方向に変化するわけではありません。遺伝率は「環境が良くなれば必ず上がる」と決まっている指標ではないことにも注意が必要です。

遺伝率は集団が変わればそのまま持ち運べない

遺伝率は、調べた集団の遺伝的なばらつきと環境のばらつきの両方に左右されます。

たとえば、ある国・ある年代の成人を対象に推定した遺伝率を、そのまま別の国の乳幼児へ当てはめることはできません。年齢、栄養、医療環境、社会条件などが違えば、個人差を作る要因の構成も変わるためです。

この性質があるため、遺伝率は「人類全体に固定された数値」ではありません。

集団の平均身長差を遺伝だけで説明できないのはなぜ?

国や地域、世代の間で平均身長に差が見られることがあります。しかし、平均身長差があることだけで、その原因を遺伝と決めることはできません。

MedlinePlus Geneticsは、栄養、母体の健康、感染症、医療、社会経済条件などが成人身長へ影響し、移住後の世代で身長が変化する例もあると説明しています。

また、日本の研究でも、過去には世代をまたいだ身長増加が観察され、その後、現代の日本では世代差が小さくなったことが報告されています。これは、集団平均の身長が遺伝だけで固定されているわけではないことを示します。

したがって、集団間の身長差を見たときには、遺伝と環境の両方を考える必要があります。

同じ遺伝子でも環境によって影響の現れ方が違うことがある

遺伝子と環境は、単純に足し算されるだけではありません。ある遺伝的特徴の影響が、特定の環境条件で強く現れたり、別の条件では目立たなくなったりすることがあります。これを遺伝子と環境の相互作用として考えます。

成長では、栄養状態、炎症、ホルモン環境などが、遺伝子から作られる受容体や酵素、成長板の細胞の働きへ影響します。

したがって、「遺伝子が同じなら結果も同じ」とは限りません。遺伝的な情報が働く体内環境が違えば、成長の結果も変化し得ます。

同じ環境でも人によって影響が違うことがある

反対に、似た環境で育っても、全員が同じように反応するわけではありません。

同じ量の栄養を取っても、体格、吸収状態、代謝、ホルモンへの反応性、思春期の時期などが違えば、成長への影響も異なります。

つまり、環境の作用にも個人差があり、その背景の一部には遺伝的な違いがあります。このため、成長を「遺伝か環境か」の二者択一で説明することはできません。

親が高身長でも子どもの身長には幅がある

親の身長は子どもの最終身長を考えるうえで参考になりますが、正確な予言ではありません。

子どもが受け継ぐ多数の遺伝的変異の組み合わせは一人ひとり異なり、栄養、病気、思春期の時期なども異なります。

そのため、同じ両親から生まれた兄弟姉妹でも、最終身長には差が生じます。親の体格は成長の「範囲を考える手がかり」にはなりますが、一本の決まった結果を指定するものではありません。

まれな遺伝子変化がある場合は一般的な多遺伝子の話と分けて考える

一般的な身長差では、多数の遺伝的変異が小さな効果を積み重ねます。しかし、まれな単一遺伝子の変化や染色体の変化では、成長へ非常に大きな影響が出る場合があります。

2025年の人の身長遺伝学レビューでも、身長の遺伝構造は、極めてまれで大きな効果を持つ変異から、一般集団に広く存在する小さな効果の変異まで連続的に存在すると整理されています。

そのため、家族内で極端な低身長や過成長が繰り返される、骨格に特徴がある、成長曲線が大きく外れるといった場合には、一般的な「家族で背が似る」という話とは別に、医療として原因を評価することがあります。

遺伝子検査で「遺伝の影響の強さ」をすべて数値化できるわけではない

現在は、多数の遺伝的変異をまとめて体格との関連を推定する研究が進んでいます。しかし、遺伝情報だけで一人の最終身長を完全に予測することはできません。

成長には、胎児期、乳幼児期、思春期までの環境要因が重なり、病気や成熟時期など予測しにくい変化もあります。

また、遺伝的な予測モデルは、研究に多く含まれた集団では精度が高くても、遺伝的背景の異なる別の集団では同じ精度にならないことがあります。

したがって、遺伝子検査の結果は「将来の身長を確定する数字」ではなく、成長を理解する情報の一部として扱う必要があります。

成長の評価では「遺伝だから」で終わらせない

親が小柄だから子どもも小柄なのは自然なことがあります。しかし、家族の体格に合っているように見えても、成長速度が急に低下している場合には、病気やホルモン異常などを確認する必要があります。

逆に、親よりかなり高くなることも、遺伝子の組み合わせや環境条件によって起こり得ます。

そのため、子どもの成長を見るときには、親子の身長だけでなく、その子自身の成長曲線、年間成長速度、思春期の段階、体重変化、健康状態を合わせて考えることが重要です。

遺伝の影響が人や環境によって違って見える理由を整理すると

成長に対する遺伝の影響が人や状態によって違って見えるのは、まず一人ひとり受け継ぐ遺伝子の組み合わせが違い、さらに遺伝的変異ごとの効果の大きさも異なるためです。

加えて、年齢、栄養、病気、胎児期の環境、思春期などによって、その遺伝的な特徴がどの程度表れやすいかが変わります。研究で使われる遺伝率も、特定の集団・環境・時点に依存する指標で、個人に固定された割合ではありません。

つまり、成長は「遺伝か環境か」ではなく、遺伝的な違いが、時間と環境の中でどのように表現されるかという相互作用の結果です。遺伝は重要な土台ですが、その影響の見え方はすべての人・すべての時期で同じではないのです。

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参考資料

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