なぜpHが変わると色素の光吸収スペクトルが変わるのか?

紫キャベツ液や酸塩基指示薬は、酸性・中性・アルカリ性で色が変わります。見た目の色が変わるということは、物質が吸収する光の波長も変わっているということです。

なぜ、pHが変わるだけで色素の光吸収スペクトルまで変わるのでしょうか。

結論からいうと、pHが変わると色素分子がプロトンを受け取ったり放したりして分子構造と電子状態が変わり、電子遷移に必要なエネルギー差が変化するからです。

その結果、強く吸収する波長の位置や強さが変わり、残って目に届く光の組み合わせも変わるため、色が違って見えます。

目次

pHで色が変わる代表例は酸塩基指示薬

酸塩基指示薬は、pHによって分子の酸型と塩基型の割合が変化する物質です。

OpenStaxは、指示薬を弱酸または弱塩基として扱い、酸型と塩基型で色が異なるため、溶液のpHに応じて見える色が変化すると説明しています。

概念的には、

HIn ⇄ H+ + In−

のような平衡を考えます。

ここでHInとIn−は電子状態と分子構造が異なるため、同じ波長の光を同じ強さで吸収するわけではありません。

色が変わるのは「分子の形」が変わるから

プロトンが付いたり外れたりすると、単に電荷の数が変わるだけではありません。

分子内の結合の仕方、電子の広がり方、共鳴構造の寄与などが変化します。

特に色素では、π電子が分子全体に広がる共役系が吸収波長に強く関係します。

プロトン化や脱プロトン化によって共役の長さや電子密度が変わると、基底状態と励起状態のエネルギー差も変わります。

そのため、吸収ピークが別の波長へ移動します。

吸収する波長と電子のエネルギー差はどう関係するのか

光子のエネルギーEは

E = hν = hc/λ

で表されます。

分子が光を吸収するには、光子のエネルギーが分子内の電子遷移のエネルギー差と合う必要があります。

したがって、pH変化によって電子準位の間隔が変われば、吸収される光の波長λも変わります。

エネルギー差が小さくなれば長波長側へ、エネルギー差が大きくなれば短波長側へ吸収が移る傾向があります。

なぜ吸収ピークが「移動」するのか

色素分子では、可視光の吸収に関わる電子が分子内に広く分布している場合があります。

pHが変わると、その電子分布の仕方が変わります。

すると、ある電子状態から別の電子状態へ移るために必要なエネルギーも変化します。

その結果、吸収スペクトルの最大値、つまり吸収ピークの波長が移動します。

長波長側へ移ることを赤方移動、短波長側へ移ることを青方移動と呼びます。

吸収ピークの「高さ」も変わるのはなぜか

pH変化では、ピーク位置だけでなく吸収強度も変わることがあります。

理由は二つあります。

一つは、酸型と塩基型の割合そのものが変わることです。

もう一つは、分子構造が変わることで電子遷移の起こりやすさも変化することです。

そのため、同じ濃度でもpHによって「どの波長を、どれだけ強く吸収するか」が変わります。

酸型と塩基型が混ざっている途中では何色になるのか

pHが変色域の途中にあるときは、酸型と塩基型の両方が存在します。

そのため、観測される吸収スペクトルは両者の寄与が重なった形になります。

見える色も一方の純粋な色ではなく、二つの状態の割合に応じた中間色になります。

酸塩基指示薬の変色があるpH範囲をもって徐々に起こるのは、このためです。

Henderson–Hasselbalch式と色変化はどう関係するのか

弱酸型の指示薬では、酸型HInと塩基型In−の比は、概念的に

pH = pKa + log([In−]/[HIn])

で表せます。

pHがpKaより低いと酸型が多く、高いと塩基型が多くなります。

pHがpKa付近では両者が同程度に存在し、色も混ざって見えます。

つまり、pHによる色変化は、酸型と塩基型の濃度比が変化することの光学的な表れです。

フェノールフタレインが酸性で無色、塩基性で赤紫になるのはなぜか

フェノールフタレインは酸性側では可視光を強く吸収しない構造が多く、ほぼ無色に見えます。

塩基性側では脱プロトン化に伴って電子の共役が広がった構造が増え、可視域に強い吸収を持つようになります。

その結果、一部の可視光が選択的に吸収され、残った光が赤紫色として見えます。

J-STAGEの酸塩基指示薬に関する教育資料でも、指示薬の色変化が酸型・塩基型の構造変化と吸収の違いに対応することが説明されています。

メチルオレンジなど別の指示薬では色が違うのはなぜか

色素ごとに分子骨格と電子構造が違うためです。

同じpH変化でも、ある色素は赤から黄へ、別の色素は黄から青へ変化します。

これは、酸型と塩基型それぞれの吸収スペクトルが色素ごとに異なるからです。

さらにpKaも異なるため、変色するpH範囲も異なります。

紫キャベツの色も同じ仕組みなのか

紫キャベツに含まれるアントシアニン系色素も、pHによって分子状態が変化し、吸収スペクトルと色が大きく変わります。

酸性では赤系、中性付近では紫、塩基性側では青〜緑系に見えることがあります。

ただしアントシアニンでは、単純な一段階の酸塩基平衡だけでなく、複数の構造変換や水和反応なども関係するため、指示薬より複雑です。

それでも基本は、pHが分子構造と電子状態を変え、それが吸収波長を変えるという点で共通しています。

なぜ見える色は「吸収ピークの色」と同じではないのか

私たちが見ているのは、色素が吸収した光ではなく、吸収されずに残って目へ届いた光です。

たとえば青〜緑付近を強く吸収すれば、残る赤側の光が多くなり、赤く見えることがあります。

つまり、吸収スペクトルと見える色は補色関係になる場合があります。

色変化を理解するときは、「どの色を出しているか」ではなく、「どの波長を吸収して残りが何色になるか」を考える必要があります。

pH以外でも吸収スペクトルは変わるのか

変わります。

色素の吸収スペクトルは、

  • 溶媒の種類
  • 温度
  • 濃度
  • 金属イオンとの結合
  • 酸化還元状態
  • 分子同士の会合

などでも変化することがあります。

これらも、分子の電子状態や周囲の電場環境を変えるためです。

濃度が変わる場合とpHが変わる場合は何が違うのか

濃度だけが変わる場合、理想的なBeer–Lambert則の範囲では、吸収スペクトルの形やピーク位置は基本的に保たれ、吸光度の大きさが比例的に変わります。

一方、pHが変わる場合は、分子種そのものの割合や構造が変わるため、ピーク位置やスペクトル形状まで変化することがあります。

つまり、濃度変化は主に「量」の変化、pH変化は「分子状態」の変化を伴う点が重要です。

なぜpH測定に吸光度を使えるのか

酸型と塩基型の吸収スペクトルが異なるなら、特定波長で吸光度を測ることで両者の割合を推定できます。

その割合はpHと関係するため、吸光度からpHやpKaを求めることができます。

目で色を判定するより、分光光度計で吸光度を測るほうが定量的で、微妙な変化も検出できます。

なぜ二つ以上の波長を測ることがあるのか

一波長だけでは、濃度変化と酸型・塩基型の割合変化を区別しにくい場合があります。

そこで複数波長の吸光度を測ると、各化学種の寄与をより正確に分離できます。

特に酸型と塩基型で吸収ピークが別々の波長にある場合、二波長測定は有効です。

等吸収点とは何か

二つの化学種が互いに変換し、全濃度が一定に保たれる系では、pHが変わっても吸光度がほぼ変わらない波長が現れることがあります。

これを等吸収点と呼びます。

等吸収点が明瞭に現れることは、主に二つの吸収種が相互変換していることを示す手がかりになります。

ただし、複数の副反応や分解が起きる場合には等吸収点が崩れることがあります。

pHを戻せば色も元に戻るのか

単純な酸塩基平衡だけで色が変わっている場合は、pHを元へ戻すと酸型・塩基型の割合も元へ戻り、色もほぼ戻ります。

しかし強い酸・強い塩基、加熱、酸化、分解などで色素分子自体が不可逆に変化した場合は、元の色へ戻らないことがあります。

したがって、「pHによる可逆な色変化」と「化学分解による不可逆な変色」は区別する必要があります。

温度もpKaや吸収スペクトルへ影響するのか

影響することがあります。

酸塩基平衡の平衡定数は温度によって変化するため、同じpH条件でも酸型と塩基型の割合がわずかに変わる場合があります。

また、電子遷移や分子間相互作用も温度の影響を受けることがあります。

精密な分光測定では温度を一定に保つことが重要です。

既存の「水・ガラス・色素で吸収が違う」記事とは何が違うのか

材料比較の記事では、水・ガラス・色素という異なる物質で、電子遷移や分子振動などが違うため吸収する波長域が異なることを扱っています。

本記事では、同じ色素分子でもpHが変わるとプロトン化状態・分子構造・電子状態が変わり、その結果として吸収スペクトルが変化する理由に焦点を限定しています。

つまり、一方は「物質が違うと吸収が違う」、もう一方は「同じ物質でも化学状態が変わると吸収が変わる」という違いです。

まとめ

pHが変わると色素の光吸収スペクトルが変わるのは、プロトン化・脱プロトン化によって分子構造と電子状態が変化するためです。

  • 酸塩基指示薬は酸型と塩基型で吸収スペクトルが異なる
  • pH変化で両者の割合が変わるため、見える色も変化する
  • プロトン化状態が変わると共役系や電子分布が変わり、電子遷移のエネルギー差が変化する
  • その結果、吸収ピークの位置や強度が変わる
  • 変色域では酸型と塩基型が共存し、中間色が見える
  • 吸収されずに残った光が目へ届くため、見える色は吸収色と単純に同じではない
  • 濃度変化では主に吸光度の大きさが変わるのに対し、pH変化ではスペクトル形状自体が変わることがある

つまり、pHによる色変化は単なる見た目の変化ではなく、分子の化学状態が変わって電子準位と光吸収の条件が変化したことを、光で読み取っている現象なのです。

関連記事

参考資料

関連する「なぜ?」

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次