氷、金属、塩、パラフィンなどは、どれも固体から液体へ変わるときに融解熱を必要とします。しかし、その大きさは物質によって同じではありません。さらに同じ物質でも、融解する温度や圧力、組成が変わると、融解熱も変化することがあります。
結論からいうと、融解熱が物質・温度・圧力によって変わるのは、固体と液体のエンタルピー差が、結合状態・結晶構造・相転移条件によって変わるからです。固体では原子や分子が規則的な構造に束縛され、液体ではより多くの配置を取れるようになります。この変化に必要なエネルギー差が、融解エンタルピーとして現れます。
したがって融解熱は、物質名だけで決まる一つの固定値ではありません。「どの物質を、どの温度・圧力・組成で融解させるのか」を指定して扱う熱物性値です。
融解熱とは何を表しているのか
一定圧力で固体を液体へ変えるとき、融解エンタルピーは固相と液相のモルエンタルピー差として、
ΔHfus = Hliquid – Hsolid
と表せます。
質量基準では、質量mの物質を融解させるための熱量Qを、
Q = mLf
と書きます。Lfは単位質量あたりの融解潜熱です。
この値は、固体から液体へ変化する際の内部エネルギー変化と、一定圧力下での体積変化に伴う寄与を含んだ状態差です。
物質によって融解熱が違う最大の理由は何か
主な理由は、固体を支える結合と結晶構造が物質ごとに異なるからです。
イオン結晶、共有結合性結晶、金属結晶、分子結晶では、原子や分子を秩序ある固体構造へ保つ相互作用が違います。
固体から液体へ変わるには、この秩序を部分的に崩して、粒子がより自由に配置を変えられる状態へ移る必要があります。
OpenStaxでも、相変化では粒子間相互作用を変えるためにエネルギーが必要であり、融解エンタルピーは物質ごとに異なることが説明されています。
結合が強いほど融解熱は必ず大きいのか
一般には、固体を支える相互作用が強いほど融解に多くのエネルギーを必要とする傾向があります。
しかし融解熱は結合強度だけで決まるわけではありません。
固相と液相の構造差、融解に伴うエントロピー変化、結晶の対称性、分子の形、配向なども影響します。
そのため「融点が高い物質ほど必ず融解熱も大きい」とは限りません。
融点と融解熱はどう結び付くのか
固相と液相が平衡にある融点では、
ΔGfus = 0
です。
ギブズ自由エネルギーの関係、
ΔG = ΔH – TΔS
を使うと、融点Tmでは、
ΔHfus = TmΔSfus
となります。
つまり融解熱は、融点だけでなく、固体から液体になるときのエントロピー増加にも依存します。
同じ融点でも融解熱が違うことはあるのか
あります。
Tm = ΔHfus/ΔSfus
なので、融解エントロピーΔSfusが違えば、同じような融点を持つ物質でも融解熱は異なります。
逆に融解熱が近くても、融解エントロピーが異なれば融点は変わります。
このため融点だけから融解熱を一意に決めることはできません。
温度が変わると融解熱も変わるのか
はい。融解エンタルピーは、厳密には温度に依存します。
固体と液体では定圧比熱容量CPが異なるため、温度が変わると両相のエンタルピー差も変わります。
一般に、
d(ΔHfus)/dT = CP,liquid – CP,solid
と関係します。
したがって広い温度範囲で融解熱を一つの固定値として扱うと、誤差が生じることがあります。
圧力が変わると融解温度が変わる
固相と液相の平衡条件は温度だけでなく圧力にも依存します。
相境界線の傾きは、クラペイロン式、
dP/dT = ΔHfus /(TΔVfus)
で表されます。
ここでΔVfusは、融解に伴うモル体積変化です。
この式から、融解熱が融点の圧力依存と直接結び付いていることが分かります。
多くの物質で圧力を上げると融点が上がるのはなぜか
多くの物質では、液体の方が固体より体積が大きいため、
ΔVfus > 0
です。
融解エンタルピーΔHfusは通常正なので、クラペイロン式からdP/dTも正になります。
その結果、圧力を上げると融点が高くなる方向へ変化します。
水では圧力を上げると融点が下がるのはなぜか
通常の氷Ihは液体水より密度が小さく、融解すると体積が減ります。
そのため、
ΔVfus < 0
となり、クラペイロン式から融点の圧力依存は負になります。
水が多くの物質と逆の圧力依存を示すのは、この体積変化の符号が違うためです。
圧力が変わると融解熱そのものも変わるのか
圧力が変わると、固体と液体の密度、体積、内部エネルギー、相互作用が変化します。
そのため同じ物質でも、高圧条件での固相・液相のエンタルピー差は常圧と完全には同じではありません。
さらに圧力によって融点自体が変わるため、融解熱を評価する温度も変化します。
高圧相や複数の結晶多形がある物質では、どの固相から液相へ変わるかによって融解エンタルピーも異なります。
結晶構造が違うと融解熱も変わる
同じ化学組成でも、結晶構造が違えば固相のエンタルピーが異なります。
このような異なる結晶構造を多形といいます。
高圧・低温条件などで別の多形が安定になる物質では、どの結晶相を融解させるかによって液体とのエンタルピー差も変わります。
そのため融解熱を扱うときには、化学式だけでなく結晶相も確認する必要があります。
純物質と混合物では何が違うのか
純物質では、一定圧力下の融解は比較的明確な温度で起こります。
一方、合金、水溶液、高分子ブレンドなどの混合物では、固相と液相の組成が異なることがあり、融解が温度範囲を持つ場合があります。
J-STAGEの水溶液中の氷に関する研究でも、融解潜熱を固体から液体への単位質量あたりのエンタルピー変化として扱い、溶液条件下での見かけの融解潜熱との違いが検討されています。
つまり混合物では「融解熱」を一つの値で表す際に、組成と相分率を明確にする必要があります。
組成が変わると融解熱が変わるのはなぜか
合金や水溶液では、組成によって固相・液相の構造と化学ポテンシャルが変わります。
そのため相平衡温度だけでなく、両相のエンタルピー差も変化します。
J-STAGEでは、水、酢酸、酢酸水溶液などで融解温度と融解熱をDSCで測定し、組成による融解挙動の違いが報告されています。
材料名が同じでも、不純物や添加物を含むと純物質とは異なる融解熱を示すことがあります。
高分子ではなぜ融解熱が結晶化度で変わるのか
多くの高分子は、完全な結晶ではなく、結晶領域と非晶領域が混ざった半結晶性材料です。
融解熱は主に結晶領域が融ける際に現れるため、結晶化度が高い試料ほど単位質量あたりの融解熱も大きくなる傾向があります。
同じポリマー名でも、冷却速度、熱履歴、延伸、成形条件などによって結晶化度が変われば、測定される融解熱も変わります。
このためDSCの融解ピーク面積は、高分子の結晶化度評価にも利用されます。
熱履歴でも融解熱は変わる
材料をどのように加熱・冷却したかによって、結晶サイズや結晶化度、準安定相の割合が変化することがあります。
そのため同じ化学組成でも、急冷した試料とゆっくり冷却した試料では融解ピークや融解熱が異なる場合があります。
J-STAGEのDSC解説でも、融解、結晶化、ガラス転移、熱履歴などをDSCで検出できることが説明されています。
過冷却と融解熱は同じ問題なのか
過冷却は、液体を平衡融点より低くしても結晶化が始まらない準安定状態です。
これは相変化の開始速度、つまり核生成の問題です。
一方、融解熱は固相と液相の状態差を表す平衡熱力学量です。
過冷却の大きさと融解熱は関連することがありますが、同じ量ではありません。
相転移温度と潜熱は材料設計でどう使われるのか
潜熱蓄熱材では、必要な温度帯で融解し、できるだけ多くの熱を蓄える材料が求められます。
J-STAGEの潜熱蓄熱材研究では、D-threitolが約90℃付近で大きな融解潜熱を示すことがDSCで評価されています。
このように、融解温度と融解熱を組み合わせて用途に適した材料を選びます。
融解熱はどう測るのか
代表的な方法は示差走査熱量測定(DSC)です。
試料を一定速度で加熱し、基準物質との熱流差を測定します。
融解が起こると吸熱ピークが現れ、そのピーク面積を積分することで融解エンタルピーを求めます。
J-STAGEのDSC解説では、融解、結晶化、ガラス転移、比熱など多様な熱物性を評価できることが紹介されています。
測定条件で値が変わることがあるのはなぜか
実際のDSC測定では、昇温速度、試料量、純度、結晶化度、基準線補正などが結果へ影響します。
相転移が広い温度範囲で起こる材料では、どこからどこまでを融解ピークとして積分するかによっても値が変わることがあります。
したがって文献値を比較するときは、測定条件も確認する必要があります。
NISTの水データから何が分かるのか
NIST Chemistry WebBookには、水について融点、三重点、気化や融解を含む相変化データが整理されています。
こうしたデータベースでは、相変化量を温度・圧力条件とともに扱います。
つまり「水の融解熱」という一つの値だけでなく、どの相境界・どの条件の値なのかを明確にすることが重要です。
融解熱と凝固熱はどう関係するのか
同じ温度・圧力で液体が固体へ戻る凝固は、融解の逆過程です。
したがって、
ΔHfreeze = -ΔHfus
となります。
潜熱蓄熱では、融解時に吸収したエネルギーを凝固時に放出する性質を利用します。
利用例1:氷蓄熱
氷蓄熱では、氷が融ける際に大きな融解潜熱を吸収する性質を利用します。
夜間に氷を作り、昼間に融解させれば、冷房負荷を時間移動できます。
水溶液を使う場合には組成によって融解温度と融解潜熱が変わるため、純水の値をそのまま使えません。
利用例2:相変化材料
建築や蓄熱装置では、パラフィン、塩水和物、糖アルコールなどが相変化材料として使われます。
材料ごとに融点と融解熱が違うため、目的温度帯と必要蓄熱量に合わせて選定します。
同じ系統の材料でも組成や結晶化度によって値が変わるため、実使用条件での評価が重要です。
利用例3:高圧材料・地球科学
地球内部や高圧材料では、圧力によって融点と安定結晶相が変わります。
そのため常圧での融解熱だけでは、高圧環境での相転移を十分に説明できません。
高圧相図では、Clapeyron関係を使って相境界とエンタルピー・体積変化を結び付けて考えます。
まとめ
融解熱が物質・温度・圧力によって変わるのは、融解熱が固体と液体のエンタルピー差だからです。
物質が違えば結合、結晶構造、融解エントロピーが異なり、同じ1 molを融解させるためのエネルギーも変わります。
同じ物質でも、固相と液相の比熱が異なるため融解エンタルピーは温度依存性を持ちます。また圧力を変えると融点や安定相が変化し、Clapeyron式dP/dT=ΔH/(TΔV)を通じて融解熱と相境界が結び付きます。
さらに混合物、高分子、複合材料では組成、結晶化度、熱履歴によって実測される融解熱が変わります。
つまり融解熱は「物質名に付いた一つの数字」ではなく、物質・温度・圧力・組成・相・微細構造まで含めて扱うべき熱物性値なのです。
参考資料
- 熱物性「水溶液中の氷の融解潜熱に関する一考察」
- 日本画像学会誌「示差走査熱量計(DSC)の原理と応用」
- NIST Chemistry WebBook “Water: Phase change data”
- OpenStax University Physics Volume 2 “Phase Changes”

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