輪ゴムや樹脂製の部品を一定の長さまで伸ばし、その長さを保ったままにすると、最初は強く戻ろうとしていても、時間がたつにつれて必要な保持力が小さくなることがあります。
変形量が同じなのに、なぜ復元力だけが弱くなるのでしょうか。
これは応力緩和と呼ばれる現象です。ゴムや多くの樹脂は、完全なばねのような弾性体ではなく、時間とともに分子鎖が少しずつ動き直す粘弾性体だからです。
変形を一定に保っていても、内部の分子鎖や架橋ネットワークがより無理の少ない配置へ移るため、同じ形を保つのに必要な内部応力が時間とともに減っていきます。
まず「応力緩和」とは何か
物体を一定量だけ変形させ、その変形量をそのまま固定したとします。
理想的なばねなら、変形量xが一定なら、フックの法則
F = kx
により力Fも一定です。
しかしゴムや樹脂では、同じ変形量を保っていても、時間とともに力が減ることがあります。
材料力学では、この「一定ひずみのもとで応力が時間とともに低下する現象」を応力緩和と呼びます。
J-STAGEに掲載された加硫ゴムの研究でも、一定の伸長を与えた状態で応力が時間とともに変化する応力緩和が測定されています。
なぜ完全なばねなら力は弱くならないのか
理想弾性体では、力と変形の関係はその瞬間の変形量だけで決まります。
たとえば線形弾性なら、
σ = Eε
です。
ひずみεを一定に保ち、ヤング率Eも一定なら、応力σも一定です。
つまり、理想弾性体には「時間」という変数が入りません。
一方、ゴムや多くの高分子材料では、分子鎖の移動や再配列に時間がかかるため、同じひずみでも応力が時間依存になります。
ゴムや樹脂はなぜ時間依存になるのか
高分子材料は、長い分子鎖が絡み合ったり、架橋点でつながったりしてできています。
急に変形させると、分子鎖はその変化へすぐには完全に追従できません。
そのため変形直後には、分子鎖が強く引き伸ばされた状態や、局所的にひずみが集中した状態が残ります。
時間がたつと、分子鎖の回転、滑り、再配向、絡み合いの緩和などが少しずつ進み、内部構造がより安定した配置へ変わります。
その結果、同じ外形を保つために必要な内部応力が小さくなります。
「形が戻った」のではなく「内部の力が減った」
応力緩和では、変形量を外部から固定しています。
つまり試験片の長さはほぼ同じままです。
それでも内部の分子配置が変わることで、保持に必要な力が減ります。
これは「材料が元の形に戻った」わけではありません。
同じ変形を保ったまま、内部の応力だけが時間とともに緩和したということです。
粘弾性とは何か
粘弾性とは、ばねのような弾性的性質と、粘性流体のような時間依存の性質をあわせ持つことです。
弾性だけなら、力を外したときすぐ元へ戻り、変形量と力の関係は時間にほとんど依存しません。
粘性だけなら、力を加えると時間とともに変形が進み、力を外しても元へは戻りません。
ゴムや多くの樹脂はその中間にあり、短時間では弾性的に見えても、長時間では内部構造が緩和するため、力や変形に時間依存性が現れます。
NISTも、高分子材料やシーラントの機械応答を粘弾性として扱い、応力緩和実験によってその時間依存性を評価しています。
応力緩和を最も単純に表すモデル
粘弾性を説明する最も単純なモデルの一つが、ばねとダッシュポットを直列につないだMaxwellモデルです。
ばねは弾性、ダッシュポットは粘性を表します。
一定ひずみを保つ条件では、応力は時間とともに
σ(t) = σ0 exp(−t/τ)
のように減少します。
τは緩和時間と呼ばれ、材料が応力を失っていく時間スケールを表します。
実際の高分子はもっと複雑ですが、「同じ変形でも時間がたつと応力が減る」という基本挙動を理解するには役立つモデルです。
緩和時間τが短い材料はどう見えるのか
τが短い材料では、変形させた直後から比較的速く応力が下がります。
保持している力が短時間で弱くなるため、シールやクランプの押し付け力が失われやすい場合があります。
逆にτが長い材料では、同じ変形を保っても力が長時間維持されます。
実際の材料では一つのτだけでなく、複数の分子運動に対応した広い緩和時間分布を持つことがあります。
なぜゴムの種類によって応力緩和の速さが違うのか
高分子鎖の柔らかさ、架橋密度、分子量、側鎖構造、充てん剤などが違うと、分子鎖がどれだけ動きやすいかも変わります。
そのため、天然ゴム、スチレンゴム、ブチルゴム、シリコーンゴムなどでは応力緩和の速度が異なります。
J-STAGEの加硫ゴム比較研究では、複数種類のゴムについて長時間の応力緩和とクリープが比較され、材料ごとに時間依存特性が異なることが示されています。
架橋があるのに、なぜ力が弱くなるのか
加硫ゴムでは高分子鎖同士が架橋されているため、完全な液体のように自由に流れるわけではありません。
それでも、架橋点の間にある分子鎖は形を変えたり向きを変えたりできます。
また、弱い物理結合や絡み合いの一部が再構成されることもあります。
そのため、材料全体の形が固定されていても、内部の分子レベルでは負担の分配が変化し、応力が低下します。
温度が高いと応力緩和が速くなりやすいのはなぜか
温度が上がると、分子鎖の熱運動が活発になります。
そのため分子鎖が配置を変えたり、局所的な拘束から抜けたりする過程が速くなる場合があります。
J-STAGEのゴム研究では、応力緩和が温度条件によって変化することが報告されています。
NISTの高分子応力緩和研究でも、温度を変えたときの緩和挙動や時間・温度の対応関係が検討されています。
したがって、室温では長時間力を保つ部品でも、高温環境では押し付け力が早く低下することがあります。
シール材で応力緩和が重要なのはなぜか
ゴム製のOリングやガスケットは、あらかじめ圧縮した状態で使われます。
その圧縮による復元力が、接触面を押し付け、液体や気体の漏れを防ぎます。
しかし同じ圧縮量を保っていても、応力緩和によって押し付け力が低下すると、密封性能が悪化する可能性があります。
J-STAGEのシール用ゴム材料の総説でも、使用中の変形と経時的な応力緩和が長期機能に重要だと説明されています。
NISTも、シーラント材料について応力緩和を含む粘弾性特性を評価し、長期性能予測との関係を研究しています。
応力緩和と「へたり」は同じなのか
日常語の「へたり」には、応力緩和、永久変形、塑性変形、圧縮永久ひずみなど複数の現象が含まれることがあります。
応力緩和は、変形を一定に保ったときに力が減る現象です。
一方、力を外した後も元の形に完全には戻らない場合は、永久変形や残留ひずみも関係しています。
したがって、「力が弱くなった」ことと「形が永久に変わった」ことは区別して考える必要があります。
応力緩和とクリープは何が違うのか
この二つは混同されやすいですが、試験条件が逆です。
- 応力緩和:変形を一定に保ち、必要な応力が時間とともにどう変わるかを見る
- クリープ:応力を一定に保ち、変形が時間とともにどう増えるかを見る
J-STAGEの加硫ゴム研究では、応力緩和とクリープの両方が長時間測定され、両現象の対応関係が検討されています。
どちらも、材料が粘弾性的であることの代表的な現れです。
輪ゴムを長時間伸ばしておくと弱く感じるのは応力緩和なのか
一定の長さに固定した輪ゴムを長時間保持し、保持力が下がるなら、応力緩和が関係しています。
ただし家庭で使う輪ゴムでは、時間依存の物理緩和だけでなく、酸化や紫外線、熱による化学劣化も同時に起こることがあります。
そのため、長期間放置した輪ゴムが脆くなったり切れやすくなったりする現象は、単純な応力緩和だけでは説明できません。
物理的な応力緩和と化学的な応力緩和は違う
短時間から中程度の時間では、分子鎖の再配列や絡み合いの変化など、化学結合を壊さない物理的な緩和が中心になる場合があります。
一方、高温や長時間の使用では、酸化、主鎖切断、架橋構造の変化など化学反応が進み、不可逆な応力低下が起こることがあります。
J-STAGEのゴム研究では、熱や環境による分子鎖切断を伴う化学応力緩和も研究されています。
したがって、応力が減った原因を考えるときは、単なる粘弾性なのか、材料劣化まで進んでいるのかを区別する必要があります。
なぜ変形を大きくすると緩和のしかたも変わるのか
小さな変形では、線形粘弾性モデルで近似できることがあります。
しかしゴムを大きく伸ばすと、分子鎖の配向、絡み合いの変化、結晶化などが起こり、単純な線形モデルから外れる場合があります。
J-STAGEの架橋ゴム研究では、一定伸長状態における応力緩和と分子配向・結晶化の関係も調べられています。
そのため、同じ材料でも変形量によって緩和速度や最終的な応力レベルが変わることがあります。
繰り返し変形させると同じ応答をするのか
必ずしも同じではありません。
ゴムやシーラントでは、最初の大きな変形後に次の負荷で応力が小さくなるMullins効果など、履歴依存の現象が見られることがあります。
NISTはシーラント材料の非線形粘弾性を評価し、応力緩和だけでなく繰り返し変形に伴う応答変化も報告しています。
つまり、高分子材料では「どれだけ変形したか」だけでなく、「過去にどのような変形を受けたか」も現在の復元力へ影響する場合があります。
時間がたてば復元力は0になるのか
必ずしも0になるわけではありません。
架橋ゴムのように永久的なネットワークを持つ材料では、長時間後にも弾性的な応力が残ることがあります。
一方、熱可塑性樹脂や高温条件では、長時間でより大きく緩和することがあります。
最終的にどれだけ応力が残るかは、材料構造、温度、変形量、時間スケールによって異なります。
冷やすと応力緩和は止まるのか
完全に止まるとは限りませんが、分子運動が遅くなるため、観測時間内では緩和が非常に遅く見えることがあります。
高分子では温度と時間の影響が強く結びついており、高温で短時間に起きる変化が、低温では長時間かかる場合があります。
この考え方は、長期寿命を短時間試験から推定する際にも利用されます。
応力緩和を小さくしたいときはどうするのか
用途によっては、長時間にわたって押し付け力や締結力を維持する必要があります。
その場合は、
- 使用温度で緩和しにくい材料を選ぶ
- 適切な架橋構造を持つ材料を使う
- 必要以上に大きな変形を避ける
- 酸化・熱・紫外線などの劣化環境を抑える
- 形状や締結構造で力の低下を補う
といった設計が重要になります。
「初期の硬さ」だけで材料を選ぶと、長時間後の保持力を見誤ることがあります。
瞬間的な弾性率だけでは長期性能を予測できない
短時間の引張試験で硬い材料でも、長時間保持すると大きく応力緩和する場合があります。
逆に、初期には柔らかくても長時間の応力保持に優れる材料もあります。
そのためシール、接着、ガスケット、樹脂部品などでは、瞬間的なヤング率やばね定数だけでなく、時間依存の粘弾性特性を評価する必要があります。
既存の「弾性力が条件で変わる」記事とは何が違うのか
既存の記事では、材料、形状、温度、変形量、変形速度などによって弾性応答がどう変わるかを広く扱っています。
一方、この記事では、変形量そのものを一定に保っているのに、復元力だけが時間とともに弱くなる理由に焦点を絞っています。
つまり、前者は弾性応答を変えるさまざまな条件の比較、本記事は粘弾性による「応力緩和」という時間依存現象が主題です。
まとめ
ゴムや樹脂を同じ変形のまま保っていても復元力が時間とともに弱くなるのは、これらの材料が完全な弾性体ではなく、時間依存の粘弾性を持つからです。
変形直後には分子鎖が強く引き伸ばされたり、局所的に無理な配置になったりしています。
その後、分子鎖の再配列や滑り、絡み合いの緩和などが進むと、同じ形を保ったまま内部応力が減少します。
これが応力緩和です。
応力緩和の速さは、材料の分子構造、架橋、温度、変形量、履歴、劣化状態などで変わります。
したがって、ゴムや樹脂の復元力は「変形量だけ」で決まるのではなく、どれだけ長くその変形を保ったかという時間条件にも依存するのです。
関連記事
参考資料
- J-STAGE「シール用ゴム材料の応力緩和メカニズム」
- J-STAGE「各種加硫ゴムの応力緩和並びにクリープ特性について」
- NIST「Viscoelastic Characterization of Sealant Materials」
- NIST「Stress Relaxation of Poly(Ethylene Naphthalate)」

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