磁気シールドが重要なのは、外から入ってくる不要な磁場を弱め、精密なセンサーや電子機器、計測装置が正しく働ける環境を作るためです。ただし、磁気シールドは磁場を壁のように完全に「止める」ものではありません。特に静磁場や低周波の磁場では、高い透磁率をもつ材料へ磁束を通しやすくし、守りたい空間を避ける経路へ磁場を迂回させるのが基本です。
この考え方を理解すると、なぜ鉄やパーマロイのような軟磁性材料がシールドに使われるのか、なぜ形状や厚さ、すき間が性能へ大きく影響するのか、なぜ強すぎる磁場ではシールド性能が落ちるのかが見えてきます。また、高周波磁場では導電材料に生じる渦電流も重要になり、磁場の周波数によって有効なシールド方法が変わります。
磁気シールドとは不要な磁場を弱める仕組み
磁気シールドは、外部から入る磁場を小さくしたり、装置内部で発生した磁場が周囲へ漏れるのを抑えたりするための仕組みです。磁場に敏感な機器では、地磁気、モーター、電源装置、配線を流れる電流などが測定誤差やノイズの原因になることがあります。
たとえば脳磁図では、脳活動によって生じる非常に弱い磁場を測定します。東京大学の研究では、従来は特殊な磁気シールドルーム内で測る必要があった脳磁図を、頭部に装着できるウェアラブル磁気シールドと小型磁気センサーの組み合わせで測定する研究が進められています。
このように磁気シールドは、磁場を「なくす」ためというより、目的の測定や装置動作に対して邪魔になる磁場を十分小さくするために使われます。
なぜ磁場は普通の金属板では簡単に止められないのか
電場や高周波の電磁波は、導電性の金属で囲むことで大きく弱められる場合があります。そのため「磁場も金属板で囲めば止まる」と考えたくなります。
しかし静磁場や非常に低い周波数の磁場では、単に電気を通す材料で囲むだけでは十分な遮蔽効果を得にくいことがあります。磁場は磁力線として閉じた経路を作り、空間を通り抜けます。
低周波磁気シールドでは、導電性よりも材料の磁気的性質、特に透磁率が重要です。Ghent Universityは、磁気シールドには高透磁率材料、高導電率材料、または両方を備えた材料が使われ、対象周波数によって有効な仕組みが異なると説明しています。
透磁率が高い材料はなぜ磁気シールドに向くのか
透磁率は、材料の中を磁束がどれだけ通りやすいかを表す性質です。空気に比べて非常に高い透磁率を持つ材料を磁場の中へ置くと、磁束はその材料内部へ集まりやすくなります。
この性質を利用して、守りたい空間の周囲を高透磁率材料で囲むと、磁束の多くがシールド材の内部を通るようになります。その結果、シールド内部の空間を直接通る磁場を減らせます。
OpenStaxは、材料の透磁率を磁場と磁化の関係を表す重要な量として説明しています。磁気シールドでは、この透磁率が高い軟磁性材料を使って磁束の通り道を制御します。
磁気シールドは磁場を「吸収」して消しているのか
静磁場や低周波磁場のシールドを説明するとき、「磁場を吸収する」という表現が使われることがあります。しかし、磁場そのものが材料の中で消えてなくなると考えるのは正確ではありません。
高透磁率材料は、周囲の空気より磁束が通りやすい経路を提供します。そのため磁束はシールド材へ集まり、シールド内部の空間を避けるように流れます。つまり基本は「吸収」より「迂回」や「磁束の分流」と考える方がわかりやすいです。
磁力線の図で表せば、シールドがない場合には保護空間を通っていた線の多くが、シールド材の内部へ曲がって進み、反対側へ回り込むようになります。
パーマロイや高透磁率合金が使われるのはなぜか
磁気シールドでは、鉄だけでなくニッケルと鉄を主成分とする高透磁率合金が使われます。パーマロイや、用途によってはミューメタルと呼ばれる材料が代表例です。
これらの材料は、比較的小さな外部磁場でも磁化しやすく、磁束を内部へ集めやすい性質を持ちます。そのため地磁気程度の弱い磁場や、精密計測で問題になる微小磁場を減らす用途に向いています。
金沢工業大学の研究者らによる磁気シールド研究では、パーマロイなどのシールド材料の透磁率や、材料内部に生じる磁界を考慮してシールド性能を評価しています。磁気シールドでは単に「磁石に付きやすい材料」であればよいのではなく、実際の使用磁場でどの程度の透磁率を示すかが重要です。
磁気シールドの形が性能を左右するのはなぜか
同じ材料を同じ厚さで使っても、シールドの形によって性能は変わります。磁束をうまく迂回させるには、磁束がシールド材の中を連続して通れる経路を作る必要があるからです。
完全に閉じた箱や円筒は、広い開口部を持つ構造より磁束を迂回させやすくなります。一方、ケーブルを通す穴、扉のすき間、継ぎ目などがあると、その部分から磁場が入り込みやすくなります。
2022年の電気学会論文では、ボックス型磁気シールドの性能を推定する際に、シールド材料内部の磁界と透磁率を考慮する必要性が検討されています。磁気シールドは材料選びだけでなく、形状設計まで含めて考える必要があります。
厚くすれば磁気シールド性能は無限に高くなるのか
一般に、シールド材を厚くすると磁束を通せる断面が増えるため、シールド性能を高めやすくなります。しかし厚くすれば無限に性能が上がるわけではありません。
材料には磁束密度の上限があり、強い外部磁場によって磁化が飽和へ近づくと、それ以上磁束を取り込む能力が低下します。この状態では、シールド材の内部を通しきれない磁束が保護空間へ漏れやすくなります。
また重量、コスト、加工性、残留磁化などの問題もあります。そのため強い磁場を扱う場合には、比較的飽和しにくい材料を外側へ置き、高透磁率材料を内側へ配置する多層構造などが使われることがあります。
多層シールドにすると性能が上がるのはなぜか
磁気シールドを一枚だけでなく複数層にすると、各層が段階的に磁場を弱めるため、高いシールド効果を得られる場合があります。
外側の層で大きな磁束を受け、内側の層ではすでに弱くなった磁場をさらに迂回させるようにすれば、内側の高透磁率材料が飽和しにくくなります。
NISTは、複数の高透磁率材料を入れ子状にした小型磁気シールドを実験し、三層構造で非常に大きなシールド係数を得たと報告しています。この研究は、精密な原子磁力計を外部磁場から守るための小型シールドを対象としたものです。
多層化では、単に材料を重ねるだけでなく、層同士の間隔や形状も性能へ影響します。
シールド係数とは何を表しているのか
磁気シールドの性能は、シールドの外側にある磁場と内側に残った磁場の比で表すことがあります。この比をシールド係数と呼びます。
たとえば外部磁場が1000分の1まで減れば、内部磁場は外部の0.1%になります。シールド係数が大きいほど、保護空間の磁場を小さくできていることを意味します。
ただしシールド係数は一つの固定値ではありません。磁場の向き、周波数、測定位置、シールド形状、材料特性などによって変わります。そのため「この材料なら必ず何倍シールドできる」と単純に決めることはできません。
低周波と高周波でシールドの仕組みが違うのはなぜか
磁場が時間的にほとんど変化しない静磁場や低周波磁場では、高透磁率材料で磁束を迂回させる方法が中心になります。
一方、磁場が速く変化する高周波領域では、導電材料に渦電流が生じます。この渦電流が元の磁場変化を打ち消す向きの磁場を作るため、銅やアルミニウムのような導電性材料でもシールド効果が大きくなります。
Ghent Universityは、受動型磁気シールドとして高透磁率材料だけでなく高導電率材料も挙げ、複数材料を組み合わせた多層構造が使われると説明しています。
つまり磁気シールドは、対象が直流磁場なのか、商用電源周波数のような低周波なのか、さらに高い周波数なのかによって設計が変わります。
ファラデーケージと磁気シールドは同じではない
金属の箱や網で電磁波を遮る仕組みとして、ファラデーケージがよく知られています。しかし静磁場に対する磁気シールドは、ファラデーケージと同じ原理ではありません。
ファラデーケージでは、導体内部の電荷が移動して電場を打ち消したり、高周波電磁波に対して反射や誘導電流が働いたりします。これに対して静磁場では、電荷が移動するだけでは磁場を消せません。
そのため地磁気のような静磁場を弱めたい場合には、高透磁率材料で磁束を迂回させる方法が必要になります。電場シールドと磁場シールドを区別することは、電磁ノイズ対策を考えるうえで重要です。
アクティブ磁気シールドとは何か
磁気シールドには、材料で囲む受動型だけでなく、コイルへ電流を流して磁場を打ち消す能動型もあります。
アクティブシールドでは、外部磁場をセンサーで測定し、それと反対向きの磁場をコイルで作ります。うまく調整すれば、保護したい領域で両者が重なり、残る磁場を小さくできます。
Ghent Universityは、能動型シールドを、適切な電流を流したコイルで元の漏れ磁場とほぼ反対向きの磁場を作り、対象領域で打ち消す方法として説明しています。
アクティブ方式は材料の飽和を避けられる一方、センサー、電源、制御回路が必要で、空間全体を均一に打ち消すには精密な設計が必要です。
磁気シールドルームはなぜ精密計測に使われるのか
脳磁図、超高感度磁力計、量子計測などでは、測りたい磁場が地磁気や周囲の機器が作る磁場よりはるかに小さいことがあります。そのままでは目的の信号が外乱へ埋もれてしまいます。
そこで部屋全体を複数層の磁性材料や導電材料で囲み、外部磁場を大幅に弱めた磁気シールドルームが使われます。さらに必要に応じてアクティブ補償コイルを組み合わせることもあります。
東京大学のウェアラブル磁気シールド研究が目指しているのは、こうした大型設備へ依存していた脳磁図計測を、より小型で柔軟なシールドへ置き換えることです。磁気シールドは精密計測の性能そのものを支える基盤技術です。
磁気シールドにも限界がある
磁気シールドを置けば、内部の磁場を完全にゼロへできるとは限りません。材料の透磁率は有限であり、開口部や継ぎ目から磁場が侵入します。強い磁場では材料が飽和することもあります。
さらに高透磁率材料は、加工や機械的な応力によって磁気特性が変わる場合があります。シールドを曲げたり溶接したりした後に、適切な熱処理が必要になる材料もあります。
内部に残る磁場をさらに小さくしたい場合には、多層化、形状最適化、消磁、アクティブ補償などを組み合わせます。磁気シールドは「材料を置けば終わり」ではなく、対象磁場と必要な性能に合わせた設計技術です。
磁気シールドを理解すると磁性体と磁力線の知識がつながる
磁気シールドが重要なのは、磁場を弱める実用技術であると同時に、磁性体、磁化、透磁率、磁力線という基本概念が一つの装置の中でどう結びつくかを示すからです。
高透磁率材料を磁場へ置くと、材料が磁化され、磁束がその内部へ集まりやすくなります。その結果、磁力線の分布が変わり、守りたい空間を通る磁場が減ります。強い磁場では磁化が飽和し、性能が低下します。
さらに磁場が速く変化する場合は渦電流、外部磁場を測って打ち消す場合はアクティブシールドが関わります。磁気シールドを学ぶと、磁場は単に「ある・ない」ではなく、材料や電流を使って経路や強さを制御できるものだと理解できます。
つまり磁気シールドは磁場を消しているのではなく、目的に応じて磁束の通り道や重ね合わせを設計し、必要な空間の磁場を小さくしています。この発想が、精密計測から電子機器のノイズ対策まで幅広く利用されている理由です。
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参考資料
- 電気学会論文誌A「磁気シールド材料の内部磁界を考慮したボックスシールドの性能推定法とその精度検証」
- KAKEN「実験室外の一般環境での脳磁図計測を可能にするウェアラブル磁気シールドの開発」
- NIST「Demonstration of high-performance chip-scale magnetic shields」
- Ghent University「Magnetic shielding」

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