なぜ磁性体は引っ張ったり圧縮したりすると磁化しやすさが変わるのか?

磁性体を引っ張ったり圧縮したりすると磁化しやすさが変わるのは、機械的な応力が磁区や磁気モーメントの向きに影響し、磁化しやすい方向や磁壁の動きやすさを変えるからです。このように、応力によって磁化や透磁率などの磁気特性が変化する現象は、逆磁歪効果やVillari効果と呼ばれます。

強磁性体では、磁場だけでなく応力も磁気的なエネルギー状態を変えます。引張応力と圧縮応力では有利になる磁化方向が異なる場合があり、同じ外部磁場を加えても得られる磁化が変化します。ただし、その変化の向きや大きさは材料の磁歪定数、結晶構造、応力方向、磁場方向などによって異なります。

つまり「引っ張れば必ず磁化しやすくなる」「圧縮すれば必ず弱くなる」と単純には決まりません。応力と磁化の向き、そして材料が持つ磁歪特性の組み合わせで結果が決まります。

目次

磁性体の磁化は磁区の動きで変わる

鉄などの強磁性体は、磁気モーメントがそろった磁区という領域に分かれています。外部磁場を加えると、磁場方向に近い磁区が成長したり、磁区内部の磁化方向が回転したりして、物体全体の磁化が変化します。

磁区の境界である磁壁が動きやすければ、弱い外部磁場でも磁化を変えやすくなります。逆に磁壁が動きにくければ、同じ磁場でも磁化は変化しにくくなります。

機械的な応力は、この磁壁移動や磁化回転のエネルギー条件を変えるため、磁化曲線や透磁率にも影響します。

磁歪とは磁化によって材料の形がわずかに変わる現象

磁性材料へ磁場を加えると、磁化に伴って材料の長さや形がわずかに変化することがあります。これを磁歪と呼びます。

たとえば磁化方向にわずかに伸びる材料もあれば、縮む材料もあります。この変形は通常ごく小さいものですが、磁気と機械変形が結びついていることを示しています。

この関係があるため、磁場が形を変えるだけでなく、逆に外力で形を変えると磁気状態も変化します。

逆磁歪効果とは応力で磁気特性が変わる現象

逆磁歪効果は、磁性体へ引張や圧縮などの応力を加えたとき、磁化や磁束密度、透磁率などが変化する現象です。

日本機械学会のFe-Ga、Fe-Co系磁歪合金の研究でも、機械的な力による逆磁歪で漏れ磁束が変化し、その変化を力センサーへ利用できることが示されています。

海外ではVillari effectとも呼ばれ、オハイオ州立大学の磁歪材料研究でも、応力を受けた磁歪材料の磁化変化をセンサー信号として利用する研究が紹介されています。

なぜ応力が磁化方向へ影響するのか

磁性体では、磁化方向と機械ひずみの間に磁気弾性エネルギーがあります。

材料を引っ張ったり圧縮したりすると、応力方向と磁化方向の組み合わせによってエネルギーが変わります。そこで材料は、よりエネルギーの低い磁化方向へ磁区を再配置しようとします。

このため応力は、外部磁場とは別の方法で「どの方向へ磁化しやすいか」を変えることができます。

引張応力で磁化しやすくなる場合がある

正の磁歪を持つ材料では、磁化方向へ伸びる傾向があります。そのような材料を磁化方向と同じ方向へ引っ張ると、磁化がその方向を向くことがエネルギー的に有利になる場合があります。

すると磁区が応力方向へそろいやすくなり、同じ外部磁場でも磁化が大きくなることがあります。

ただし、材料や磁場強度によって磁歪の符号や大きさが変わることもあるため、常に同じ応答になるわけではありません。

圧縮応力で磁化しやすくなる材料もある

負の磁歪を持つ材料では、磁化方向へ縮む傾向があります。

この場合、磁化方向と同じ方向へ圧縮すると、その磁化配置が有利になる場合があります。そのため圧縮で磁化しやすくなり、引張で磁化しにくくなるという応答も起こります。

2011年の電気学会論文では、無方向性電磁鋼板の磁気特性が引張・圧縮応力によって変化し、その変化が材料組成や磁場強度、磁歪特性に依存することが報告されています。

引張と圧縮で結果が逆になるのはなぜか

引張応力と圧縮応力は、磁気弾性エネルギーに対して逆向きの効果を持ちます。

同じ磁化方向でも、引張によって安定になる場合は圧縮によって不安定になりやすく、逆も成り立ちます。

そのため磁化曲線は応力の符号によって異なり、同じ材料でも引張時と圧縮時で透磁率や鉄損が変化します。

磁化方向と応力方向の角度も重要

応力の影響は、単に引張か圧縮かだけで決まりません。応力を加える方向と磁化方向の角度も重要です。

大阪大学の残留応力測定研究では、磁化方向と引張・圧縮応力の方向関係によって磁歪の最大値が異なることが示されています。

つまり同じ大きさの応力でも、磁化方向と平行に加える場合と直角に加える場合では磁気応答が変わります。

応力は磁気異方性を作ることがある

磁性体には、もともと磁化しやすい方向と磁化しにくい方向があります。これを磁気異方性と呼びます。

外部応力が加わると、磁気弾性効果によって新たな磁化しやすい方向が生じることがあります。これを応力誘起磁気異方性として考えることができます。

その結果、無応力では同じだった方向でも、応力下では磁化のしやすさに差が生じます。

磁壁の動きやすさも応力で変わる

応力は磁区の向きだけでなく、磁壁の移動にも影響します。

材料内部の応力分布が不均一だと、磁壁にとって通りやすい場所と通りにくい場所ができます。これにより磁壁が特定位置へ固定されるピンニングが強くなることがあります。

そのため外力を加えた状態では保磁力やヒステリシスループの形まで変わる場合があります。

同じ鋼板でも応力によって磁化曲線が変わる

モーターや変圧器に使われる電磁鋼板では、加工や組立によって弾性応力が加わることがあります。

2025年の電気学会論文では、電磁鋼板の磁気特性は応力によって劣化し、その程度は鋼板の種類ごとに異なるため、応力下の磁化曲線を評価する必要があるとされています。

これは実際の機械の中では、カタログで示された無応力時の磁気特性だけでは性能を正確に予測できないことを意味します。

モーターでは応力が鉄損や効率へ影響する

モーターの鉄心は、打ち抜き、圧入、締結、回転時の遠心力などによって応力を受けます。

応力で磁化しにくくなると、同じ磁束を作るためにより大きな磁場が必要になり、鉄損が増える場合があります。

電気学会の無方向性電磁鋼板研究でも、圧縮応力による鉄損の変化が結晶粒径などに依存することが示されています。

そのため高効率モーターでは、材料選定だけでなく加工・固定方法による応力も設計要因になります。

センサーでは逆に応力による磁化変化を利用する

モーターでは応力による磁気特性変化が損失要因になりますが、センサーではこの変化を積極的に利用できます。

Fe-Co系ボルトを使った研究では、締結による軸力で内部磁束密度が変わる逆磁歪効果を利用し、ボルトの締付力を磁気的に評価する手法が検討されています。

つまり「力を加えると磁気信号が変わる」という性質を使えば、接触せずに応力や力を測れる可能性があります。

磁歪材料は力センサーや振動発電にも使える

磁歪材料は、磁場で変形する磁歪効果と、力で磁化が変わる逆磁歪効果の両方を持ちます。

そのためアクチュエーターとして力を発生させる用途と、センサーとして力を検出する用途の両方に使えます。

Fe-Ga合金などは比較的大きな磁歪を示し、力センサーや振動発電などへの応用研究が進められています。

応力がなくなれば磁化は元に戻るのか

弾性範囲内で応力を加え、材料に不可逆な組織変化が起きなければ、応力を取り除くことで磁気特性もある程度元へ戻ります。

しかし強磁性体にはヒステリシスがあり、磁区壁のピンニングや磁化履歴によって完全に同じ状態へ戻らない場合があります。

さらに応力が大きすぎて塑性変形や新しい欠陥を生じさせれば、その後も磁気特性の変化が残る可能性があります。

加工応力と外力による応力は区別が必要

磁性材料の応力には、その場で外から加える弾性応力と、加工後に材料内部へ残る残留応力があります。

外力を除けば消える弾性応力では、磁気特性も可逆的に変わることが多くあります。一方、加工で残った応力や欠陥は、外力を取り除いても残り、透磁率や保磁力を継続的に変えることがあります。

磁気シールド用パーマロイの加工後熱処理は後者を緩和する工程であり、本記事で扱う逆磁歪は主に前者の「応力を加えている間の磁気応答」です。

温度や材料組織によって応力感受性も変わる

同じ応力を加えても、すべての磁性材料が同じ程度だけ磁化を変えるわけではありません。

磁歪定数、結晶粒径、集合組織、合金元素、内部応力、温度などによって磁気弾性結合の強さが変わります。

そのため応力センサーに向く材料と、モーター鉄心のように応力影響をできるだけ小さくしたい材料では、求める磁気特性が異なります。

引張・圧縮で磁化しやすさが変わる本質

磁性体を引っ張ったり圧縮したりすると磁化しやすさが変わる本質は、磁気と機械変形が磁気弾性エネルギーを通じて結びついていることにあります。

応力を加えると、磁区がどの方向を向けばエネルギーが低くなるかが変わり、磁壁移動や磁化回転も変化します。その結果、同じ外部磁場でも磁化、透磁率、保磁力、ヒステリシスが変わります。

ただし変化の方向は材料の磁歪特性と応力・磁場の向きで異なります。だからこそ磁性体の設計では、磁場だけでなく「どのような力が加わっているか」まで考える必要があるのです。

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