スマートフォンの近くに強い磁石を置くと、電子コンパスの向きが乱れることがあります。さらに高感度な磁気センサーや医療・研究機器では、地球の磁場、エレベーター、自動車、電源ケーブル、モーターなどがつくるわずかな磁場でも測定の邪魔になることがあります。
そこで使われるのが磁気シールドです。磁気シールドは、外部の磁場が機器や測定空間へ入りにくくしたり、装置から出る磁場が周囲へ広がりにくくしたりするための技術です。
結論から言うと、磁気シールドが重要なのは、磁場に敏感な機器を外乱から守り、正確な測定や安定した動作を可能にするからです。ただし、磁気シールドは磁場を魔法のように消す「壁」ではありません。磁場の種類や周波数に応じて、高透磁率材料へ磁束を迂回させたり、導体に生じる渦電流を利用したり、コイルで逆向きの磁場を作ったりして、保護したい場所の磁場を小さくします。
磁気シールドとは何をしているのか
磁石の周囲には磁場があります。磁場は空間に広がるため、単純な板を一枚置いただけでは光のように完全に遮断できません。
静磁場や低周波の磁場を弱める代表的な方法は、磁束が通りやすい高透磁率材料で保護対象を囲むことです。透磁率が高い材料は、周囲の空気よりも磁束が通りやすいため、磁場を材料の中へ導きやすくなります。
J-STAGEに掲載された磁気シールドの解説では、被シールド空間の周囲に高い透磁率を持つ磁気回路を構成し、磁束をシールド材の内部へ通すことが基本原理として説明されています。つまり、磁場を完全に止めるというより、保護したい空間を避ける経路へ磁束を導くイメージです。
なぜ高透磁率材料が使われるのか
磁気シールドでは、パーマロイやミューメタルなどの高透磁率材料がよく使われます。これらは外部磁場に対して磁化しやすく、磁束を材料内部へ集めやすい性質を持っています。
金沢工業大学などによる磁気シールド研究では、パーマロイの透磁率がシールド性能を左右する重要な要素として扱われています。また、パーマロイは熱処理によって磁気特性が大きく変化し、適切な処理によって高い透磁率を得られることが報告されています。
ただし、透磁率が高い材料なら何でも、どんな磁場でも完全に遮蔽できるわけではありません。材料の厚さ、形状、開口部、継ぎ目、磁場の方向、磁場の強さなどによって性能は変わります。
磁場を「遮断」するより「迂回させる」と考える
磁気シールドを直感的に理解するには、磁束が通りやすい道を用意すると考えるとわかりやすくなります。
空気中よりも高透磁率材料の中の方が磁束にとって通りやすい場合、磁束はシールド材の中を通る経路へ集中します。その結果、シールドの内側に入り込む磁場を小さくできます。
NISTは、高透磁率材料を用いた小型の多層磁気シールドを研究し、複数のシールドを入れ子状に重ねることで非常に大きな遮蔽効果を得られることを示しています。これは、一枚ですべてを止めるのではなく、複数層で段階的に磁場を弱める考え方が有効であることを示す例です。
磁気シールドと電磁波シールドは同じではない
「シールド」という言葉から、金属板で囲めば磁場も電波も同じように防げると思うかもしれません。しかし、低周波の磁場と高周波の電磁波では、有効な仕組みが異なります。
静磁場や非常に低い周波数の磁場では、高透磁率材料を使って磁束を迂回させる方法が重要です。一方、周波数が高くなると、銅やアルミニウムなどの導体に生じる渦電流や反射を利用して電磁場を弱める方法が有効になります。
MRI室で使われるRFシールド、いわゆるファラデーシールドは、外部の無線周波数ノイズが画像信号へ入り込むのを防ぐためのものです。これはMRI装置の強い静磁場を抑えるための磁気シールドとは役割が異なります。
つまり「磁気シールド」と一口に言っても、対象が静磁場なのか、低周波磁場なのか、高周波の電磁波なのかで、材料や構造を選び分ける必要があります。
精密な磁気センサーでは環境磁場そのものがノイズになる
高感度な磁気センサーは、非常に小さな磁場変化を測ります。そのため、測りたい信号よりも周囲の磁気ノイズの方が大きい場合があります。
地球の磁場だけでも数十マイクロテスラ程度あり、さらに建物内では鉄骨、電源設備、車両、エレベーターなどによって磁場が変動します。非常に微弱な磁場を測る装置にとっては、こうした環境磁場が大きな外乱になります。
NISTの小型磁気シールド研究では、原子磁力計などの高感度測定において外部磁場を大幅に低減するため、高透磁率材料を多層に組み合わせたシールドが使われています。精密計測では、センサーそのものの性能だけでなく、センサーを置く磁気環境を整えることも測定精度の一部なのです。
MEGでは脳がつくる極めて弱い磁場を測る
磁気シールドが特に重要な例が、脳磁図計測であるMEGです。脳の神経活動にともなって生じる磁場は非常に弱く、周囲の環境磁場に簡単に埋もれてしまいます。
米国国立衛生研究所のMEG施設では、外部の磁気ノイズを減らすために磁気シールドルームが使われています。施設資料では、地球磁場、自動車、エレベーターなどによる環境磁場の影響を減らすため、高透磁率材料と導体を組み合わせた壁が使われていることが説明されています。
また、近年の高感度な光ポンピング磁力計を使うMEGでは、センサーが非常に小さな磁場範囲で動作するため、シールドルーム内部に残る磁場までさらに小さくする必要があります。研究では、受動的なシールドに加えてコイルを使った能動シールドも組み合わせられています。
MRIでも磁場を管理するためにシールドが使われる
MRIは非常に強い静磁場を利用して体内の情報を画像化します。強い磁場は撮像に必要ですが、装置の外側まで広がると周囲の機器や環境へ影響する可能性があります。
そのためMRIでは、磁石の設計そのものによって外部へ漏れる磁場を抑える「アクティブシールド磁石」が使われることがあります。また、施設条件によっては鉄などの磁性材料を配置する受動的な磁気シールドが検討されます。
PubMedに収録されたMRI磁気シールドの研究では、強磁性材料によって磁場を別の経路へ導く受動シールドが、MRIシステム周辺の磁場制御に利用できることが示されています。
一方、MRI室には無線周波数ノイズを防ぐRFシールドも必要です。この二つは目的が異なるため、「MRIのシールド」とまとめて考えず、静磁場の管理と無線周波数ノイズの遮蔽を分けて理解することが重要です。
電子機器でも磁場による誤差や誤動作を減らせる
磁気センサー、磁気記録装置、アナログ回路などは、周囲の磁場の影響を受ける場合があります。電源トランスやモーター、大電流が流れる配線の近くでは、不要な磁場が発生することもあります。
そこで、磁場を発生する部品の周囲をシールドして外部への漏れを減らしたり、逆に敏感な部品の周囲を囲って外部磁場の侵入を減らしたりします。
重要なのは、磁気シールドが必ず「外から中を守る」だけではないことです。装置がつくる磁場を外へ出しにくくする目的にも使われます。この二つは原理的には同じで、磁束が通る経路をシールド材側へ誘導します。
開口部や継ぎ目があると性能が下がる
実際のシールドケースやシールドルームには、ケーブルを通す穴、ドア、窓、継ぎ目などが必要です。しかし、こうした開口部は磁束が内部へ回り込む経路になり、シールド性能を低下させることがあります。
そのため、高性能な磁気シールドでは単に高透磁率材料で箱を作るだけではなく、継ぎ目の重なり方、開口部の位置、材料の厚さ、複数層の間隔などまで設計します。
金沢工業大学などによるボックス型磁気シールドの研究でも、シールド材料内部の磁場や形状を考慮して性能を予測する必要性が示されています。磁気シールドは材料選びだけでなく、磁場の流れを考えた立体的な設計問題です。
強すぎる磁場では材料が飽和する
高透磁率材料は磁束を通しやすい一方、無限に多くの磁束を受け入れられるわけではありません。外部磁場が強すぎると磁化が飽和に近づき、それ以上は磁束を材料内部へ効率よく導けなくなります。
するとシールド内へ漏れる磁場が増え、期待した性能を得られなくなることがあります。
このため強い磁場を扱う場合には、材料を厚くする、飽和磁束密度の高い材料を外側に置く、高透磁率材料を内側に置くなど、複数材料を役割分担させることがあります。磁場の強さによって最適な材料が変わるのです。
多層化するとシールド性能を高めやすい
一枚の厚いシールドより、複数のシールドを少し間隔を空けて重ねる方が有効な場合があります。
外側の層で磁場をまず弱め、内側の層でさらに残った磁場を低減することで、段階的にシールドできます。また、材料ごとに得意な磁場強度が異なる場合には、外側と内側で異なる材料を組み合わせることもできます。
NISTの研究では、複数の高透磁率シールドを入れ子状にした小型構造で非常に大きなシールド係数が得られています。高感度センサーでは、一層だけで十分な磁場低減を得るのが難しいため、多層化が重要な設計手法になります。
能動シールドではコイルで逆向きの磁場をつくる
磁性材料だけで磁場を弱める方法は受動シールドと呼ばれます。一方、磁場をセンサーで測定し、コイルへ電流を流して逆向きの磁場を発生させ、外部磁場を打ち消す方法を能動シールドと呼びます。
能動シールドは、時間とともに変化する磁場を補正しやすいという特徴があります。たとえば周囲を走る車両やエレベーターによって磁場が変動する場合、その変化を測りながら補正磁場を作れます。
近年のMEG用磁気シールドルームの研究では、高透磁率材料による受動シールドに加え、壁面に配置したコイルで残留磁場をさらに打ち消す方法が使われています。
実際の高性能シールドでは、受動シールドと能動シールドを組み合わせることで、それぞれの弱点を補います。
磁気シールドは「必要な磁場」と「不要な磁場」を分ける技術
磁場そのものが悪いわけではありません。MRIでは強い磁場が必要ですし、モーターや磁気センサーも磁場を利用して働きます。問題になるのは、必要な場所とは別の場所へ磁場が広がったり、測りたい磁場とは別の磁場が混ざったりすることです。
磁気シールドは、必要な磁場だけを利用し、不要な磁場の影響をできるだけ小さくするための技術です。
その意味では、磁気シールドは単なる「防御」ではありません。磁場をどこへ通し、どこでは小さくするかを設計する磁場制御技術の一つです。
まとめ
磁気シールドは、外部磁場が精密機器や測定空間へ入り込むのを減らしたり、装置から出る磁場が周囲へ広がるのを抑えたりする技術です。
静磁場や低周波磁場では、高透磁率材料を使って磁束を保護空間の外側へ迂回させる方法が基本になります。高周波では導体による電磁シールドが重要になり、必要に応じてコイルで逆向きの磁場をつくる能動シールドも使われます。
磁気シールドが身近な技術で重要なのは、精密な磁気センサー、MEG、MRI、電子機器などで、必要な磁場と不要な磁場を分け、正確な測定や安定した動作を実現するためです。磁場を単純に消すのではなく、その通り道と分布を設計することが磁気シールドの本質です。
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参考資料
- 電気学会論文誌A「磁気シールド材料の内部磁界を考慮したボックスシールドの性能推定法とその精度検証」
- 電気・情報関係学会九州支部連合大会「パーマロイの熱処理状態の簡易非破壊判別法」
- NIST「Demonstration of high-performance chip-scale magnetic shields」
- PubMed「A lightweight magnetically shielded room with active shielding」

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