同じ還元反応でも、低温ではゆっくり進み、高温では速く進むことがあります。また、水素などの還元剤の濃度や分圧を上げると還元速度が大きくなる場合がありますが、ある条件ではそれ以上増やしても速度がほとんど変わらないこともあります。
この違いが生じるのは、還元が単に「電子を受け取る」という一段階の変化ではなく、還元剤の供給、表面への吸着、電子移動や結合変化、生成物の脱離、固体内部や生成物層を通る拡散など複数の段階を経て進むからです。温度や還元剤濃度は、それぞれの段階へ異なる形で影響します。
この記事では、還元反応が起こるかどうかではなく、どれくらい速く進むかに焦点を当てます。温度、活性化エネルギー、還元剤濃度・分圧、触媒、表面積、生成物層、物質移動、pHなどから、還元速度が変化する仕組みを解説します。
還元速度は「還元されやすさ」と同じではない
還元とは、物質が電子を受け取る変化です。しかし、熱力学的に還元方向が有利だからといって、必ず速く還元されるとは限りません。
反応物から生成物へ変わる途中には、結合を切ったり作ったりする高エネルギー状態があります。その障壁が高ければ、還元方向が可能でも実際の反応はゆっくり進みます。
したがって、還元を考えるときは、電位などで表される「還元される方向の有利さ」と、時間あたりにどれだけ還元が進むかという「速度」を分ける必要があります。
温度が上がると還元速度が大きくなることが多い
多くの還元反応では、温度を上げると速度が大きくなります。
温度が上がると、反応に必要な活性化障壁を越えられる粒子の割合が増えるためです。
IUPACのArrhenius式では、速度定数kと絶対温度Tの関係を、
k = A exp(−Ea/RT)
と表します。
ここでAは頻度因子、Eaは活性化エネルギー、Rは気体定数です。温度が高くなると一般にkが大きくなり、同じ濃度条件でも還元速度が増加しやすくなります。
温度依存性の大きさは還元反応ごとに違う
温度を同じ幅だけ上げても、すべての還元反応が同じ倍率で速くなるわけではありません。
活性化エネルギーが大きい反応では、温度変化による速度定数の変化が大きくなりやすく、活性化エネルギーが小さい反応では比較的小さい場合があります。
さらに温度が変わると、全体の律速段階が切り替わることがあります。低温では表面での化学反応が遅くても、高温では表面反応が十分速くなり、今度は還元剤が表面へ届く速さや生成物層を通る拡散が全体を制限する場合があります。
酸化鉄の水素還元では化学反応と物質移動の両方が効く
日本化学会の研究では、酸化鉄(III)小粒を300〜550℃で水素還元し、反応速度が調べられています。
その結果、ヘマタイトからマグネタイト、さらに金属鉄へ進む過程で、気相境膜を通る物質移動と固気界面の化学反応が律速因子として関わることが示されています。
つまり、還元速度は温度によって化学反応そのものが速くなるだけでなく、外から水素が届く速さとのバランスでも決まります。
還元剤濃度が高いと反応速度が増える場合がある
還元反応には、電子や水素を供給する還元剤が必要です。
還元剤濃度が高くなると、反応相手と出会う頻度が増えたり、触媒表面や固体表面へ到達する還元剤の供給量が増えたりするため、反応速度が大きくなる場合があります。
溶液反応なら還元剤濃度、気体反応なら水素分圧などがその役割を担います。
ただし、濃度を2倍にすれば必ず速度も2倍になるわけではありません。還元剤への依存性は反応機構と速度式によって変わります。
水素分圧が高いと還元速度が増えることがある
酸化物を水素で還元する反応では、水素分圧を上げると単位体積あたりの水素分子数が増え、表面へ衝突する頻度や供給速度が増えます。
そのため、一定範囲では水素分圧の増加によって還元速度が大きくなることがあります。
一方、高圧になるにつれて増加割合が小さくなる場合もあります。表面反応より物質移動や生成物層内の拡散が律速になると、水素をさらに増やしても全体速度が比例して増えないためです。
還元剤濃度と速度は必ず比例するわけではない
速度式を単純化して、
v = k[Red]n
とすると、Redは還元剤、nは還元剤に関する反応次数です。
n = 1なら還元剤濃度を2倍にすると速度も2倍になります。n = 0なら一定範囲では濃度を変えても速度は変わりません。
触媒表面が還元剤で十分に覆われている場合や、別の物質の吸着が律速となっている場合には、還元剤濃度をさらに高めても速度が頭打ちになることがあります。
反応次数は総括反応式の係数とは限らない
還元反応が多段階で進む場合、観測される反応次数は全体の化学反応式の係数と一致しないことがあります。
たとえば水素が総括反応式に2分子含まれていても、律速段階に関与する水素が1分子なら、水素に対する反応次数が1になる場合があります。
逆に、表面が水素で飽和していれば水素分圧にほとんど依存しない見かけの零次になることもあります。
速度の濃度依存性は、どの段階が全体を支配しているかを知る重要な手がかりです。
固体還元では表面積が大きいほど速くなることがある
金属酸化物などの固体を還元する場合、反応は主に固体と還元剤が接触する界面で進みます。
同じ質量なら、大きな塊より細かい粒子のほうが表面積が大きく、反応できる場所が増えます。そのため初期の還元速度が大きくなることがあります。
ただし、反応が進むにつれて新しい固相や生成物層が形成されると、外表面積だけでは全体速度を説明できなくなります。
生成物層ができると還元剤の拡散が律速になることがある
固体酸化物の還元では、外側から生成物層ができ、その内側に未反応の酸化物が残る場合があります。
反応を続けるには、水素などの還元剤が生成物層を通って内部の反応界面まで到達し、生成した水蒸気などが外へ戻る必要があります。
生成物層が厚くなると移動距離が長くなり、拡散抵抗が大きくなります。その結果、反応初期より後半で速度が低下することがあります。
還元速度が時間とともに変化する大きな理由の一つです。
流速を上げると気相境膜の抵抗を小さくできる
気体還元では、固体粒子の周囲に気体の流れが遅い境膜ができます。
水素の流速が小さいと、境膜を通る水素供給や生成水蒸気の除去が遅くなり、反応表面付近の組成が外部気体と異なることがあります。
流速を上げると境膜が薄くなり、物質移動が改善されるため、全体の還元速度が大きくなる場合があります。
しかし十分に流速を上げて物質移動抵抗が小さくなれば、それ以上流速を増やしても速度は大きく変わらなくなります。
触媒があると低い温度でも還元速度を高められる
触媒は、還元剤と反応物が別の反応経路を通れるようにし、活性化障壁を下げます。
たとえば水素化反応では、金属触媒表面でH2が吸着・解離し、反応物へ水素原子を移す経路を作ることがあります。
そのため、触媒がない場合より低い温度でも速く還元が進むことがあります。
ただし触媒の種類、粒子サイズ、担体、表面状態によって水素の吸着や中間体の安定性が異なるため、同じ条件でも還元速度は変わります。
触媒量を増やしても無限に速くなるわけではない
触媒量を増やすと利用できる活性点が増え、一定範囲では還元速度が大きくなることがあります。
しかし反応物や還元剤の供給が不足している場合、触媒表面へ十分な原料が届かないため、触媒を増やしても速度がほとんど増えないことがあります。
触媒反応でも、化学反応速度と物質移動のどちらが遅いかを見分ける必要があります。
水素化反応では温度・水素圧・触媒量が同時に効く
有機化合物を水素で還元する接触水素化でも、温度、水素圧、触媒量が速度に影響します。
水素圧を高くすると触媒表面へ供給される水素量が増えやすく、温度を上げると表面反応の速度定数が大きくなることがあります。
一方、温度が高すぎると水素や反応物の吸着量が低下したり、副反応が増えたりする可能性があります。
最も速い条件と、目的生成物への選択性が最も高い条件は必ずしも同じではありません。
pHが変わると還元速度が変わる場合もある
水溶液中の還元では、pHによって反応物の存在形や電極電位が変わります。
H+が反応物として直接関与する還元では、酸性度が速度式へ影響する場合があります。また、金属イオンが水酸化物や錯体へ変化すると、電子を受け取る化学種の濃度そのものが変わります。
したがって同じ総濃度でもpHが違えば、還元反応に直接参加できる化学種の割合が変わり、速度も変化することがあります。
溶媒や錯体形成も還元速度へ影響する
溶液反応では、反応物は溶媒分子や配位子に囲まれています。
溶媒が反応物、中間体、遷移状態をどの程度安定化するかによって活性化障壁が変化します。また金属イオンが強い錯体を形成すると、自由な金属イオン濃度が低下し、還元速度が小さくなる場合があります。
逆に、触媒となる錯体を形成して電子移動が速くなることもあります。
還元剤濃度だけを同じにしても、溶媒や配位子が違えば速度が同じとは限りません。
生成物を除くと還元速度や平衡が変わる場合がある
可逆的な還元では、生成物が蓄積すると逆反応が進みやすくなります。
たとえば水素で酸化物を還元して水蒸気が生じる場合、反応表面近くに水蒸気がたまると還元の駆動力が低下する場合があります。
生成水蒸気を流れによって速やかに除去すれば、還元方向の条件を維持しやすくなります。
したがって還元剤の供給だけでなく、生成物をどれだけ速く除けるかも重要です。
自己触媒的に速度が増える還元もある
反応生成物そのものが後続反応を促進する場合があります。
酸化鉄の水素還元に関する研究では、マグネタイトから金属鉄へ進む段階で、生成した金属鉄が反応を促進する自己触媒的な挙動が議論されています。
このような反応では、反応物が減るから必ず時間とともに遅くなるとは限りません。反応途中で一時的に速度が増える場合があります。
還元速度の時間変化を見ることで、反応機構の手がかりを得られます。
NISTの速度データが反応ごとに整理されている理由
NIST Chemical Kinetics Databaseでは、多数の気相反応について速度定数や温度依存性などの速度論データが反応ごとに整理されています。
これは、同じ「還元」や「水素との反応」という分類でも、分子構造、活性化エネルギー、反応経路、温度、圧力によって速度定数が大きく異なるためです。
反応速度は一つの普遍的な値ではなく、反応と条件を指定して初めて意味をもつ量です。
還元速度を比較するときにそろえる条件
二つの還元速度を比較するときは、少なくとも次の条件を確認する必要があります。
- 還元される物質の種類・濃度・粒径
- 還元剤の種類・濃度・分圧
- 温度
- 圧力
- 触媒の種類と量
- 流速・撹拌・物質移動条件
- pH、溶媒、錯形成
- 生成物層や表面の状態
- 反応開始からの時間
条件をそろえなければ、観察された速度差が温度の影響なのか、水素供給の影響なのか、触媒や拡散の影響なのかを切り分けられません。
なぜ化学反応の還元速度は温度や還元剤濃度で変わるのか
還元速度が温度や還元剤濃度で変わるのは、還元が、還元剤の供給・吸着、活性化障壁の通過、電子移動や結合変化、生成物の除去、拡散という複数の段階から成り、それぞれの速度が条件によって変化するからです。
- 温度が上がると活性化障壁を越えられる粒子が増え、速度定数が大きくなることが多い
- 温度依存性の大きさは活性化エネルギーと律速段階によって異なる
- 還元剤濃度や水素分圧が上がると、反応場所への供給量が増えて速度が大きくなる場合がある
- 濃度依存性は反応次数や表面被覆によって異なり、必ず比例するわけではない
- 固体還元では表面積、生成物層、境膜、内部拡散が速度を左右する
- 触媒は別の低い障壁の反応経路を与え、同じ温度でも速度を高める
- pH、溶媒、錯形成、生成物除去も水溶液や触媒反応の速度を変える
つまり、還元速度は「温度を上げる」「還元剤を増やす」という一つの操作だけで一律に決まるものではありません。物質固有の反応経路と活性化障壁に、還元剤供給、表面反応、拡散、触媒などが重なって決まります。条件を変えたときの速度変化を理解するには、どの段階が全体を支配しているかを見ることが重要です。
関連記事
参考文献・出典
- 工業化学雑誌「酸化鉄小粒の水素による還元速度」
- IUPAC Gold Book, Arrhenius equation
- IUPAC Gold Book, activation energy
- NIST Chemical Kinetics Database

コメント