ヨーグルト、漬物、キムチ、サワードウ、酢など、多くの発酵食品には独特の酸味があります。原料そのものよりも、発酵後のほうがはっきり酸っぱく感じる食品も少なくありません。
発酵すると酸味が生まれるのは、乳酸菌や酢酸菌などの微生物が糖やアルコールを代謝し、乳酸、酢酸などの有機酸を作ることで食品中の酸の量が増え、pHが下がるからです。ただし、すべての発酵で同じ酸が作られるわけではなく、使われる微生物、原料、温度、塩分、酸素、発酵時間などによって、酸の種類と量は変わります。
酸味の正体は何か
酸味は、食品中の酸に由来する味です。酸が水中で水素イオンを放出すると、舌の酸味受容に関わる細胞が刺激されます。近年の研究では、酸味の受容にはプロトンを通すOTOP1というイオンチャネルが重要であることが分かっています。
ただし、酸味の強さはpHだけで決まりません。食品中にどの酸がどれだけ含まれているか、酸がどの程度解離しているか、食品の緩衝能、糖や塩、うま味成分など他の味との組み合わせによっても感じ方は変わります。
食品中の有機酸に関するレビューでも、乳酸、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸などは、それぞれ異なる酸味特性を持ち、食品全体の味に影響することが整理されています。
乳酸菌は糖から乳酸を作る
発酵食品の酸味で特に重要なのが乳酸です。乳酸菌はグルコースなどの糖を分解してエネルギーを得る過程で乳酸を作ります。
乳酸発酵が進むと、食品中の乳酸濃度が上がり、pHが下がります。その結果、酸味が強くなります。
2026年に日本調理科学会誌に掲載された乳酸発酵漬物の研究では、乳酸菌が十分に増殖した試作品でL-乳酸が約0.4%となり、酸味を呈する発酵漬物が得られました。乳酸菌の増殖と酸生成が、実際の食品の酸味につながる例です。
酢酸菌はアルコールから酢酸を作る
発酵食品の酸味には、乳酸だけでなく酢酸も重要です。
酢酸菌は、エタノールを酸化して酢酸を作ります。食酢の製造では、まず酵母が糖からエタノールを作り、その後、酢酸菌がエタノールを酢酸へ変えるという二段階の発酵が利用されます。
酢酸は乳酸とは異なる、刺激を伴う鋭い酸味と香りを持ちます。そのため、同じ「酸っぱい発酵食品」でも、乳酸中心のヨーグルトや漬物と、酢酸を多く含む食酢では、酸味の印象が異なります。
発酵中には乳酸や酢酸以外の有機酸も作られる
発酵中に作られる酸は一種類ではありません。微生物の種類や代謝経路によって、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、プロピオン酸など、さまざまな有機酸が生成・消費されます。
しば漬の研究では、正常に発酵した試料から乳酸を中心に、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸など複数の有機酸が検出されています。このように、実際の発酵食品の酸味は複数の酸の組み合わせで作られることが多くあります。
2025年の発酵食品における有機酸形成のレビューでも、発酵食品には多様な有機酸が含まれ、その組成は微生物の代謝経路や原料によって変化すると整理されています。
なぜpHが下がると酸っぱく感じるのか
酸が増えると、水素イオンの濃度が高くなり、一般にpHは低下します。酸味受容細胞はこうした酸性刺激を感知するため、pHが下がると酸味が強くなる傾向があります。
ただし、pHが同じでも酸味の強さが同じとは限りません。有機酸の種類によって解離のしやすさや分子の性質が異なり、酸味の立ち上がり方や持続感も変わるからです。
酸味研究のレビューでは、水素イオンだけでなく、非解離型の酸、滴定酸度、酸の陰イオン、酸濃度など複数の化学的要因が酸味知覚に関係するとされています。
pHと「酸の量」は同じではない
発酵食品の酸味を考えるとき、pHと滴定酸度を区別することが重要です。
pHは主に水素イオンの状態を示す指標です。一方、滴定酸度は食品中に存在する酸を中和するために必要なアルカリ量から、酸全体の量を評価する指標です。
食品にはタンパク質、リン酸塩、有機酸塩など、pH変化を抑える緩衝成分が含まれます。このため、酸が増えてもpHが急には下がらない食品があります。
逆に、pHが似ていても総酸量が異なる場合があります。そのため、発酵食品の酸味や発酵進行を評価するときには、pHだけでなく滴定酸度や個別の有機酸濃度を測ることがあります。
酸味は発酵食品の保存性にも関係する
微生物が有機酸を作ってpHが下がると、多くの腐敗微生物や食中毒原因菌が増殖しにくくなる場合があります。
発酵漬物では、乳酸菌が優勢になって酸を作ることで、食品の環境が酸性側へ変化します。これは酸味を作るだけでなく、発酵食品が比較的保存しやすくなる理由の一つです。
ただし、酸味があれば必ず安全という意味ではありません。病原微生物への抑制効果はpH、水分活性、塩分、温度、保存条件などとの組み合わせで決まります。
塩が酸味の出方を変えることがある
漬物などでは、塩分が発酵する微生物の種類を選びます。塩に弱い微生物が抑えられる一方、ある程度の耐塩性を持つ乳酸菌が残りやすくなることで、乳酸発酵が進みやすい場合があります。
しかし、塩分が高すぎると乳酸菌自身の増殖も抑えられます。すると酸生成が遅れ、酸味が出るまでに長い時間が必要になることがあります。
つまり、塩は直接酸を作るわけではありませんが、どの微生物がどの速さで増えるかを変えることで、酸味の形成に影響します。
温度が変わると酸味の強さも変わる
微生物の代謝速度は温度に影響されます。乳酸菌が活発に働ける温度では、糖の消費と乳酸生成が速く進みやすくなります。
一方、温度が低すぎると発酵は遅くなり、高すぎると乳酸菌が弱ったり死滅したりすることがあります。
2026年の広島菜の乳酸発酵漬物研究でも、発酵温度や方法によって酸生成量や乳酸菌数が変化しています。温度は、酸味がどの程度、どの速さで形成されるかを左右する重要な条件です。
発酵時間が長いほど酸味は強くなるのか
発酵初期では、乳酸菌などの数がまだ少なく、酸の量も少ないため、酸味は弱いことがあります。発酵が進むにつれて微生物が増殖し、有機酸が蓄積すると、酸味は強くなります。
しかし、長く発酵すれば必ず酸味が増え続けるわけではありません。糖が減少したり、pHが下がって乳酸菌自身の活動が弱まったりすると、酸生成速度は低下します。
また、微生物によっては有機酸をさらに利用する場合もあります。発酵食品の酸味は、生成と消費の両方の結果として決まります。
発酵すれば必ず酸っぱくなるわけではない
発酵食品には酸味の強いものが多いですが、すべての発酵で強い酸味が生じるわけではありません。
パンや清酒などでは、酵母によるアルコール発酵が主要な反応です。酵母は糖から主にエタノールと二酸化炭素を作るため、乳酸発酵のように大量の乳酸を作るわけではありません。
もちろん、酒類でも有機酸は作られ、味のバランスに重要です。しかし、どの酸がどれだけ蓄積するかは発酵食品によって大きく異なります。
したがって、「発酵=酸っぱい」ではなく、「酸を作る微生物や代謝経路が優勢な発酵では酸味が強くなりやすい」と考えるのが正確です。
同じ乳酸量でも酸味の感じ方が変わるのはなぜか
酸味は、酸だけを単独で感じているわけではありません。食品中の甘味、塩味、うま味、苦味、香り、温度、粘度などと一緒に知覚されます。
糖が多い食品では、同じ酸度でも酸味がやわらいで感じられることがあります。塩味やうま味との組み合わせでも、酸味の印象は変わります。
有機酸の味覚研究では、酸味と他の基本味との相互作用が食品全体の知覚に影響することが示されています。そのため、分析上の酸量が同じでも、実際の「酸っぱさ」は同じとは限りません。
酸味が強すぎると品質低下になることもある
適度な酸味は、発酵食品の爽やかさや味の引き締めにつながります。しかし、酸が増えすぎると刺激が強くなり、好まれにくくなることがあります。
また、本来想定していない酢酸菌や他の微生物が増えると、酢酸や別の有機酸が過剰に生成され、意図しない酸味や香りが生じることがあります。
発酵食品の品質管理では、「酸があるか」だけでなく、どの酸がどれだけ含まれ、どのタイミングで増えているかを確認することが重要です。
まとめ
発酵すると酸味が生まれるのは、乳酸菌や酢酸菌などの微生物が原料中の糖やアルコールを代謝し、乳酸や酢酸などの有機酸を作るためです。酸が蓄積するとpHが下がり、舌の酸味受容系が刺激されて酸っぱく感じます。
ただし、酸味はpHだけでは決まりません。有機酸の種類、滴定酸度、食品の緩衝能、糖や塩、うま味、香りなどとの相互作用によって、同じ酸量でも感じ方が変わります。
さらに、微生物の種類、温度、塩分、酸素、発酵時間によって酸の生成量は変わります。発酵すれば必ず強い酸味になるのではなく、酸を作る代謝がどの程度進むかによって、発酵食品ごとの酸味が作られています。
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参考資料
- 「広島菜を用いた乳酸発酵低塩漬物の簡易短期製法の検討」日本調理科学会誌, 2026.
- 「しば漬の品質に与える有用乳酸菌の添加効果」日本調理科学会大会研究発表要旨集.
- Recent Progress in the Study of Taste Characteristics and the Nutrition and Health Properties of Organic Acids in Foods. Foods, 2022.
- Formation Mechanism and Nutritional Effects of Organic Acids in Fermented Foods: A Review. Journal of Food Science, 2025.

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