ヨーグルト、日本酒、ワイン、麹づくりなどでは、どれも微生物や酵素の働きを利用しています。それでも、発酵や培養に適した温度は同じではありません。ヨーグルトは比較的高めの温度で短時間に酸性化させるのに対し、ワインや清酒では低温でゆっくり発酵させる工程が使われることがあります。麹づくりでは、菌糸の生育だけでなく、どの酵素をどれだけ作らせるかによって温度経過を調整します。
発酵食品ごとに適した温度が違うのは、使う微生物や酵素の温度特性が異なるだけでなく、目的とする反応速度、香り、酸味、アルコール生成、酵素生産、発酵時間などが食品ごとに違うからです。つまり「微生物が最もよく増える温度」と「最も良い食品ができる温度」は、必ずしも同じではありません。
発酵温度は単なる「微生物の適温」ではない
微生物には、それぞれ増殖しやすい温度範囲があります。温度が低すぎると酵素反応や栄養輸送が遅くなり、高すぎると細胞膜やタンパク質へのストレスが強くなります。
しかし、食品製造で温度を決めるときは、増殖速度だけを最大にすればよいわけではありません。発酵食品では、酸、アルコール、香気成分、酵素などの生成量や、発酵に必要な時間、最終的な味や食感も重要です。
そのため、ある微生物が最も速く増える温度よりも、少し低い温度や別の温度帯を使うことがあります。温度は、発酵を速くするための条件であると同時に、品質を調整する条件でもあります。
ヨーグルトはなぜ比較的高めの温度で発酵させるのか
一般的なヨーグルトでは、Streptococcus thermophilusとLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusなど、比較的高い温度でよく働く乳酸菌が使われます。
これらの乳酸菌は乳糖を分解して乳酸を作り、牛乳のpHを低下させます。pHが下がるとカゼインが凝集し、ヨーグルト特有のゲル状の食感が形成されます。
日本の生物工学分野の解説では、ヨーグルト発酵は40℃前後で行われ、その温度帯で乳酸産生能が高まりやすいと説明されています。
ヨーグルトでは、短時間で安定して酸性化させ、望ましい酸味と食感へ到達させることが重要です。そのため、好熱性乳酸菌が活発に働く比較的高めの温度が利用されます。
ヨーグルトは高温にすればするほどよいわけではない
乳酸菌にも生育できる上限があります。温度が高すぎると酵素や細胞膜へ負担がかかり、増殖や乳酸生成が低下します。
また、発酵後も乳酸菌が活動を続けると酸味が強くなりすぎることがあります。そのため、目標のpHや酸度へ達した後は冷却して発酵を大きく遅らせます。
つまり、ヨーグルトで高めの温度を使うのは「高温なら発酵するから」ではなく、そのスターター菌が効率よく酸を作り、適切な時間でゲル化と風味形成を進められる範囲だからです。
ワインではなぜ低温発酵が使われることがあるのか
ワインでは、Saccharomyces cerevisiaeなどの酵母がブドウ果汁中の糖をアルコール発酵します。
酵母は比較的広い温度範囲で発酵できますが、ワインでは発酵速度だけでなく香りの構成が重要です。温度を変えると、エステル、高級アルコール、揮発性硫黄化合物などの生成量や残り方が変わります。
ソーヴィニヨン・ブランを用いた研究では、12.5℃と25℃で発酵させると香気成分の構成が変わり、低温側では一部の酢酸エステルが増えるなど、温度による代謝の違いが確認されています。
したがって、ワインで低温発酵が使われるのは、単に発酵を遅くするためではなく、香気成分の生成と揮散を調整し、目的とする香りのバランスを作るためです。
低温ワイン発酵には時間が必要になる
温度を下げると、酵母の糖輸送や酵素反応、細胞分裂は一般に遅くなります。そのため、低温発酵では高温発酵より長い時間が必要になることがあります。
それでも低温が選ばれるのは、発酵時間より香りや品質を優先する場面があるからです。
つまり、ヨーグルトでは速い酸性化が重要であるのに対し、ワインでは多少時間がかかっても香りの形成を調整することが重要になる場合があります。ここに、食品による適温の違いが現れます。
清酒では低温発酵が酒質に影響する
清酒もろみでは、麹が米デンプンから糖を作り、その糖を酵母がアルコールへ変えます。発酵温度は、酵母の増殖やアルコール生成だけでなく、アミノ酸の取り込みや香気成分の生成にも影響します。
清酒もろみを異なる温度で発酵させた国内研究では、最高温度10~12℃程度の低温経過と14~20℃程度の高温経過で、もろみ中のアミノ酸組成や酵母によるアミノ酸取り込みに違いがみられました。
清酒、とくに吟醸系の酒では低温でゆっくり発酵させることで、香りや雑味の出方を調整する考え方があります。
したがって、清酒の温度設定も「酵母が最速で発酵する温度」を選ぶのではなく、糖化との釣り合いや香味形成を含めた酒質全体で決められます。
同じ酵母発酵でもワインと清酒で温度が同じとは限らない
ワインと清酒はどちらも酵母によるアルコール発酵を利用します。しかし、原料と工程は異なります。
ワインでは果汁中に糖が最初から多く存在します。一方、清酒では麹がデンプンを糖化しながら酵母がその糖を発酵する並行複発酵が進みます。
清酒では、酵母の発酵速度だけでなく、麹酵素による糖供給速度との釣り合いも重要です。そのため、同じ酵母のアルコール発酵でも、原料と工程の違いによって最適な温度設計は変わります。
麹づくりでは「微生物の増殖温度」と「酵素生産温度」の両方を見る
麹づくりでは、Aspergillus oryzaeなどの麹菌を蒸米などの原料上で生育させます。
麹菌を十分に増やすことは重要ですが、麹づくりの目的は菌体を増やすことだけではありません。アミラーゼ、グルコアミラーゼ、プロテアーゼなど、後の発酵や熟成に必要な酵素を作らせることも重要です。
製麹温度と酵素活性を調べた研究では、温度経過や積算温度とグルコアミラーゼ活性との間に関係がみられました。
また、味噌用米麹の古典的研究では、高温経過ではアミラーゼ活性が高くなりやすく、低温経過ではプロテアーゼ活性が高くなりやすい傾向が報告されています。
つまり、麹では「菌をよく育てる温度」だけでなく、「どの酵素をどの程度作らせたいか」によって温度経過を変える必要があります。
固体発酵では内部温度が上がりやすい
麹のような固体発酵では、微生物が活動すると代謝熱が発生します。原料が積み重なっていると熱が逃げにくく、内部温度が上昇しやすくなります。
そのため、室温を一定にしていても麹そのものの温度は一定とは限りません。製麹では、手入れや送風によって温度と酸素、水分を調整します。
この点でも、液体のワインや牛乳発酵とは温度管理の考え方が異なります。食品の物理状態によっても、必要な温度制御方法は変わります。
発酵温度は香り・酸味・食感のどれを重視するかで変わる
食品ごとに温度設定が違う理由は、最終的に何を作りたいかが違うためでもあります。
- ヨーグルト:短時間で安定して酸性化し、ゲルと酸味を作る
- ワイン:アルコール発酵を進めながら香気成分のバランスを整える
- 清酒:麹による糖化と酵母発酵を釣り合わせ、香味を調整する
- 麹:菌糸を育てながら、目的に合う酵素を生産させる
このように、同じ「発酵温度」という条件でも、食品ごとに評価する成果が異なります。
微生物の種類が違えば適温も変わる
発酵食品では、酵母、乳酸菌、麹菌など異なる微生物が使われます。これらは細胞構造や代謝、温度適応の仕組みが同じではありません。
さらに、同じ乳酸菌や酵母でも菌種・菌株によって温度特性が違います。低温に強い酵母、高温で酸をよく作る乳酸菌など、用途に応じて異なる菌株が選ばれます。
そのため、「発酵に最適な温度」という一つの数字は存在しません。まず、どの微生物が主役なのかを見る必要があります。
温度は発酵時間とセットで考える
温度を下げれば、一般に発酵はゆっくりになります。逆に、適温の範囲で温度を上げれば速くなります。
しかし、温度を上げて時間を短くしても、必ず同じ品質になるとは限りません。温度によって代謝経路や酵素活性の比率が変わるため、同じ最終pHやアルコール濃度へ到達しても、香りや味の組成が違うことがあります。
そのため発酵工程では、「何℃にするか」と「何時間・何日発酵させるか」を別々ではなく、組み合わせて設計します。
温度は原料と微生物の組み合わせでも変わる
同じ微生物でも、原料が変わると温度の影響は同じではありません。
たとえば、清酒では麹酵素による糖供給があるため、酵母単独の液体培養とは条件が異なります。ヨーグルトでは牛乳タンパク質の凝固が品質の重要な指標です。ワインでは揮発性香気成分の保持が重要になります。
つまり、温度は「微生物の性質」だけで決めるのではなく、「原料がどう変化してほしいか」まで含めて決める必要があります。
家庭発酵でも温度を食品ごとに変える理由
家庭で発酵食品を作る場合も、すべての発酵を同じ温度で行うことは適切ではありません。
ヨーグルト用のスターターと、パン酵母、甘酒や麹、漬物に関わる乳酸菌では、それぞれ働きやすい温度帯が違います。また、目的とする発酵時間や味も異なります。
市販スターターや製品レシピに指定温度がある場合は、その微生物と工程を前提に設定されています。自己流で大きく温度を変えると、発酵が遅れたり、狙った酸味や香りにならなかったりすることがあります。
「高温ほど速い」だけでは食品発酵を説明できない
多くの酵素反応は、一定範囲では温度が上がると速くなります。しかし食品発酵では、速さだけが評価基準ではありません。
温度を上げると発酵が速くなっても、香気成分の比率が変わる、酵素の生産バランスが変わる、微生物がストレスを受けるなどの影響があります。
逆に低温では時間がかかっても、香りや品質を調整しやすい場合があります。
そのため、食品製造では「最速の温度」ではなく、「目的の品質を安定して作れる温度」が選ばれます。
まとめ
発酵食品ごとに適した温度が違うのは、使う微生物と酵素、原料、工程、目標とする品質がそれぞれ違うからです。
ヨーグルトでは、好熱性乳酸菌を比較的高めの温度で働かせ、短時間で乳酸を作って牛乳をゲル化させます。ワインでは、低温発酵によって酵母の香気代謝や揮発性成分の残り方を調整することがあります。清酒では、低温によって酵母の代謝やアミノ酸取り込みが変わり、麹による糖化との釣り合いも重要です。麹づくりでは、温度経過によって菌糸生長だけでなくアミラーゼやプロテアーゼなどの酵素活性も変化します。
つまり、発酵温度は一つの「正解温度」を探す問題ではありません。どの微生物を使い、どの原料を変化させ、どの速度で、どの味・香り・食感へ到達させたいかによって、適した温度は変わります。
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参考資料
- 山本恵理「ヨーグルトの美味しさを決めるもの」生物工学会誌, 2022.
- 進藤斉ほか「清酒醪の発酵温度とアミノ酸の動向」日本醸造協会誌, 1994.
- 三代恭広ほか「製麹温度経過が吟醸麹の酵素活性に及ぼす影響について」日本醸造協会誌, 2000.
- Influence of Fermentation Temperature, Yeast Strain, and Grape Juice on the Aroma Chemistry and Sensory Profile of Sauvignon Blanc Wines. Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2017.

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