なぜ大雨の後は沿岸の塩分が下がるのか?

大雨の後に沿岸の塩分が下がるのは、塩分の低い雨水や河川水が大量に海へ加わり、海水が一時的に薄められるからです。特に河口、内湾、岸に近い浅い海では、大雨で増えた川の流量が大量の淡水を運び込むため、表面付近を中心に低塩分の水が広がります。

重要なのは、海の塩そのものが急に消えるわけではないという点です。もともとある海水に、塩分の非常に低い水が加わることで、同じ海水量あたりに含まれる塩の割合が小さくなります。JAMSTECも、雨の多い海域や大河川の河口付近では海面塩分が低くなりやすいと説明しており、実際に梅雨の降雨後、日本沿岸で塩分の低い水が広がる様子が海洋モデルで確認されています。

ただし、どの大雨でも同じように塩分が下がるわけではありません。雨量、川の大きさ、湾の形、潮の満ち引き、風、海流、水深などによって、低塩分水の広がり方や続く時間は大きく変わります。

目次

沿岸の塩分を下げる水はどこから来るのか

大雨の後に沿岸へ加わる淡水には、大きく二つの経路があります。

一つは、海面へ直接降る雨です。雨水には海水ほど多くの塩類が溶けていないため、海面に降れば表面の海水を直接薄めます。

もう一つは、陸に降った雨が川を通って海へ流れ込む経路です。沿岸ではこちらの影響が非常に大きくなることがあります。山や市街地、農地などに降った雨は河川へ集まり、大雨の後には平常時よりはるかに多い量の淡水が河口から海へ出ていきます。

JAMSTECが2024年5月の静岡県沿岸を解析した例では、降雨後に天竜川や駿河湾西部の河川から淡水が流出し、低塩分の領域が広がったことが示されています。梅雨期の別の解析でも、沿岸の低塩分水が黒潮へ取り込まれて広がる様子が確認されています。

塩が減るというより「水が増えて薄まる」

塩分低下を理解するには、ジュースを水で薄める場面を想像するとわかりやすいでしょう。

海水にはナトリウムイオンや塩化物イオンなど多くの塩類が溶けています。そこへ塩分の低い淡水が大量に加わると、塩類の総量が急にゼロになるわけではありませんが、全体の水の量に対する塩類の割合は小さくなります。

たとえば、比較的塩分の高い外洋水と、ほぼ淡水に近い河川水が混ざれば、その中間の塩分になります。河口では川に近いほど塩分が低く、沖へ行くほど海水の影響が強くなって塩分が高くなる分布がよく見られます。

このため、大雨で河川流量が急増すると、普段より低塩分の範囲が沖まで広がることがあります。

大雨の影響が沿岸で特に大きいのはなぜか

外洋に比べ、沿岸は陸から流れ込む水の影響を強く受けます。特に大きな河川の河口、半閉鎖的な湾、浅い内湾では、淡水の割合が一時的に大きくなりやすくなります。

JAMSTECは東シナ海の塩分分布について、中国沿岸で塩分が非常に低い領域が見られる主な理由として長江からの河川水流入を挙げています。また、低塩分水の広がりは降水量、蒸発量、河川水量、海流の変化によって変わると説明しています。

日本の沿岸でも同じ原理が働きます。大雨の後に川から大量の淡水が流れ込めば、河口付近の海水は平常時より強く希釈されます。

一方、岸から遠く離れた外洋では水量が非常に大きく、河川水の影響も届きにくいため、同じ雨でも沿岸ほど大きな塩分変化が現れないことがあります。

低塩分の水が表面に広がりやすいのはなぜか

大雨後の低塩分水は、海底まで均一に混ざるとは限りません。むしろ表面付近に広がることがよくあります。

その理由は、一般に塩分の低い水の方が塩分の高い海水より密度が小さいからです。同じ温度なら、淡水に近い水は比較的軽く、海水の上に乗りやすくなります。

その結果、海面近くに低塩分の水、その下に比較的塩分の高い海水という層構造ができます。この状態は「成層」と呼ばれます。

河口や内湾では、大雨後に表層だけ塩分が大きく低下し、数m下にはまだ高塩分の海水が残っていることがあります。つまり「沿岸の塩分が下がった」といっても、海面から海底まで同じ割合で下がっているとは限りません。

河口では川の水と海水が押し合っている

河口は、川から流れ出る淡水と、潮の満ち引きによって出入りする海水が出会う場所です。

平常時でも河川水と海水は混ざり合っていますが、大雨の後には川からの流出量が一気に増えます。すると淡水側の力が強くなり、低塩分の水が海側へ広がりやすくなります。

国内の沿岸研究でも、河川流量が多い時期には沿岸表層で低い塩分が観測され、河川水の影響が沖合まで広がる例が報告されています。また、黒潮フロント付近で観測された低塩分水について、降雨によって希釈された沿岸水や表層水が起源と考えられた研究もあります。

このことから、大雨後の塩分低下は、海面に降った雨だけでなく、流域全体から集まった雨水を川が運ぶことで大きく増幅されると考えられます。

大きな川ほど影響が大きいのか

一般には、流量の大きい川ほど広い範囲に低塩分水をつくる可能性があります。しかし、川の大きさだけでは決まりません。

たとえば、湾の入り口が狭く外海との水交換が弱い場所では、流れ込んだ淡水が湾内に残りやすくなります。反対に、外海へ開けた海岸で強い潮流や海流がある場所では、低塩分水がすぐ沖へ運ばれたり、周囲の海水と混ざったりします。

また、大雨が同じ量でも、流域が広い河川では長い時間をかけて出水が続くことがあります。小さな川では急激に流量が増えて短時間で減る場合もあります。

したがって、塩分低下の規模と期間は、雨量だけでなく河川流域の大きさや地形にも左右されます。

潮の満ち引きで塩分はどう変わるのか

河口や湾では、潮汐も塩分を大きく変えます。

満ち潮では外海から比較的塩分の高い海水が入り込み、河口や湾内の塩分を上げる方向に働きます。反対に、引き潮では河川水を含む低塩分の沿岸水が沖へ流れ出しやすくなります。

そのため、大雨後の同じ場所でも、満潮時と干潮時では塩分が違うことがあります。

潮流が強ければ、上下の水をかき混ぜて成層を弱める作用もあります。逆に潮流が弱い湾では、軽い淡水が表面に残り、強い塩分成層が続くことがあります。

風も低塩分水の広がり方を変える

海面付近の水は風によって動かされます。そのため、大雨後にできた低塩分水がどの方向へ広がるかは、風向きや風速にも影響されます。

岸から沖へ向かう風が続けば、表層の低塩分水が沖へ広がることがあります。反対に、沖から岸へ向かう風では低塩分水が沿岸に押し寄せられ、特定の場所に集まりやすくなる場合があります。

強い風は海面をかき混ぜるため、表面にたまった低塩分水と下の海水を混合し、表層の塩分差を小さくすることもあります。

したがって、同じ雨量でも、雨の後に風が強いか弱いかによって塩分の分布は変わります。

塩分はどれくらいの期間で元に戻るのか

大雨後に下がった塩分は、多くの場合ずっと低いままではありません。河川流量が減り、潮汐や風、海流による混合・交換が進むと、周囲の比較的高塩分の海水が入り込み、塩分はしだいに平常時へ戻ります。

ただし、回復にかかる時間は海域によって大きく違います。

外海との交換が活発な場所では比較的早く回復することがあります。一方、閉鎖性の強い湾や河川流入が長く続く場所では、低塩分状態が数日からそれ以上続くこともあります。

JAMSTECの沿岸観測研究では、降雨などに伴って沿岸塩分が短期的に低下する現象が繰り返し観測されており、塩分変化が沿岸の水質変動と密接に結びついていることが示されています。

大雨で塩分が下がると海の生き物にも影響する

沿岸生物の多くは、ある程度の塩分変化には耐えられます。しかし、大雨で急激に塩分が低下すると、生物にとって大きな環境変化になります。

魚は移動して低塩分水を避けられる場合がありますが、貝類、サンゴ、底生生物、養殖生物など、その場からすぐに移動できない生物は影響を受けやすいことがあります。

また、大雨後の河川水は淡水だけを運ぶわけではありません。土砂、栄養塩、有機物なども同時に海へ運びます。そのため、濁り、酸素量、植物プランクトン量、pHなども変化することがあります。

JAMSTECの沿岸モニタリングでは、降雨等に伴う短期的な塩分低下時にpHも大きく変動する例が観測されています。大雨後の沿岸環境では、塩分低下を単独の現象としてではなく、陸からの物質流入を伴う総合的な変化として考える必要があります。

「雨が海の塩を洗い流す」わけではない

大雨後に塩分が下がると聞くと、「雨が海の塩を洗い流している」と考えたくなるかもしれません。しかし、これは正確ではありません。

雨水や川の水は海へ入った後も海水と混ざります。塩類そのものが消えるのではなく、淡水の割合が増えるため濃度が下がります。

やがて潮や海流によって別の海水と混ざれば、塩分は再び高くなります。塩は海の中で移動しているのであって、大雨のたびに大量の塩が海からなくなっているわけではありません。

直接降る雨と河川水ではどちらが重要なのか

どちらも塩分を下げますが、沿岸では河川水の影響が特に大きくなることがあります。

海面へ直接降る雨は、その場所の表面をすぐに希釈します。一方、河川は広い流域に降った雨を集めます。山や平野に降った大量の雨水が一つの河口へ集中するため、局地的には非常に大きな淡水供給になります。

そのため、大河川の河口や内湾では、大雨後に河川流出による低塩分水が数kmからそれ以上広がる場合があります。

逆に、河川のほとんどない小島周辺や外洋では、直接降雨による表面塩分の低下が相対的に重要になることがあります。

大雨ならどこでも同じだけ塩分が下がるわけではない

塩分低下の程度を左右する主な条件を整理すると、次のようになります。

  • 雨の量:雨量が多いほど、海へ供給される淡水量が増えやすい。
  • 河川流量:大きな川や広い流域を持つ川では、低塩分水が広範囲へ広がることがある。
  • 湾の形:閉鎖的な湾では淡水が残りやすく、外洋に開いた海では交換されやすい。
  • 潮汐:満ち潮は高塩分水を運び込み、引き潮は低塩分水を沖へ運ぶ。
  • 風:低塩分水を移動させたり、上下の水を混ぜたりする。
  • 海流:沿岸の低塩分水を遠くへ運ぶ場合がある。
  • 水深:浅い海ほど全体が混ざりやすいことがあり、深い湾では表層と底層に塩分差ができやすい。

結局、なぜ大雨の後は沿岸の塩分が下がるのか

大雨によって海へ入る淡水が急増し、沿岸の海水が一時的に希釈されるからです。海面に直接降る雨に加え、陸上の雨を集めた河川水が大量に流れ込むことで、河口や湾の表層には低塩分の水が広がります。

低塩分水は比較的軽いため海面近くに広がりやすく、下の高塩分水との間に成層ができることもあります。その後、雨が止んで河川流量が減り、潮、風、海流による混合が進むと、塩分はしだいに平常の状態へ戻ります。

つまり、大雨後の塩分低下は、「降った雨の量」だけでなく、「川からどれだけ淡水が来るか」「その淡水が海でどう広がり、どう混ざるか」まで含めた沿岸の水循環の結果なのです。

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参考資料

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