なぜ温度変化だけで甘味などを感じる人がいるのか?

舌に砂糖や塩を付けていないのに、舌を冷やしたり温めたりするだけで「甘い」「酸っぱい」「しょっぱい」と感じる人がいます。この現象は「サーマルテイスト(thermal taste)」と呼ばれます。

代表的なのは、舌先をいったん冷やしてから温めたときに甘味を感じる現象です。一方、冷却では酸味や塩味が報告されることがあります。

なぜ温度だけで味が生じるのでしょうか。現在の研究では、味覚系そのものに温度感受性があり、温度変化が味受容体や味細胞の情報伝達を直接変化させることが関係すると考えられています。

目次

結論:味覚系の分子や神経が温度にも反応し、一部の人ではその信号が「味」として知覚されるから

サーマルテイストが起こる理由は、次のように整理できます。

  • 味細胞や味覚神経には温度感受性を持つ仕組みがある
  • 甘味・苦味・うま味の情報伝達に関わるTRPM5は温度上昇で活性が変化する
  • ヒトでは、温度誘発甘味にTAS1R2/TAS1R3甘味受容体が必要であることが示されている
  • 温める方向と冷やす方向で誘発されやすい味質が異なる
  • 舌の場所によっても温度と味の関係が異なる
  • 誰にでも起こるわけではなく、個人差・試行差が大きい

つまり、温度は味覚とは完全に別の情報ではありません。味覚系にはもともと温度に影響される性質があり、その影響が十分に大きい人では、実際の味物質がなくても味として知覚されることがあります。

サーマルテイストとは何?

サーマルテイストとは、舌へ味物質を与えていない状態で、温度刺激だけによって味が生じる現象です。

2000年のNatureの研究では、舌の小さな領域を温めたり冷やしたりすると、甘味、酸味、塩味などの感覚が生じることが報告されました。

特に舌の前方では、低い温度から温めると甘味が出やすく、冷却すると酸味や塩味が生じる例がありました。

この発見は、「味は必ず化学物質が味覚受容体へ結合して初めて生じる」という単純な見方では説明できないことを示しました。

温めると甘味が出やすいのはなぜ?

甘味の情報伝達に関係する重要な分子の一つがTRPM5です。

TRPM5は、甘味受容体TAS1R2/TAS1R3が刺激された後の味細胞で働く陽イオンチャネルです。細胞内カルシウムが増えると開き、味細胞の脱分極を助けます。

TRPM5は温度感受性が高く、15〜35℃程度の範囲で温度上昇に伴って活性が大きくなることが知られています。

日本の研究でも、TRPM5の温度依存性が甘味感受性を変えることが示されています。

そのため、舌を冷やした後に温めると、甘味系の味細胞でTRPM5を含む情報伝達が強まり、甘味信号が生じやすくなる可能性があります。

TRPM5だけでサーマルテイストを説明できるの?

完全には説明できません。

TRPM5は甘味・苦味・うま味の共通情報伝達経路に関わるため、温度感受性を説明する有力な候補です。

しかし、サーマルテイストでは甘味だけでなく酸味や塩味が報告されます。また、同じ人でも日によって出たり出なかったりすることがあります。

さらに、温度による味の変化は味物質ごとに異なり、TRPM5の温度依存性だけではすべてを説明できないことがヒト研究でも示されています。

つまりTRPM5は重要な一部ですが、味受容体そのものの温度感受性、味覚神経、脳での信号増幅など複数の仕組みが関わる可能性があります。

甘味受容体そのものも温度に反応するの?

少なくとも温度誘発甘味では、その可能性を強く支持するヒト研究があります。

2020年の研究では、味物質を含まない水を約20℃から35℃へ温めるだけで、一部の参加者が甘味を感じました。

このとき、TAS1R2/TAS1R3甘味受容体を阻害するラクチゾールを舌へ与えると、温度によって生じる甘味が抑えられました。

この結果は、温度誘発甘味が単なる「脳の思い込み」ではなく、少なくとも一部は通常の甘味受容体TAS1R2/TAS1R3を介して生じることを示しています。

砂糖がないのに、どうして甘味受容体が働くの?

受容体は化学物質にだけ反応する完全なスイッチではありません。

タンパク質の立体構造は温度によって微妙に変化し、受容体が活性型を取りやすくなったり、細胞内情報伝達の効率が変化したりすることがあります。

TAS1R2/TAS1R3の場合も、舌の温度変化が受容体やその周辺のシグナル系の状態を変え、味物質がなくても甘味信号を生じさせる可能性があります。

ただし、温度がTAS1R2/TAS1R3のどの部位をどのように変化させるのかは、まだ完全には解明されていません。

なぜ冷やすと酸味や塩味を感じることがあるの?

サーマルテイストでは、冷却時に酸味や塩味を報告する人がいます。

これらは甘味とは異なる受容機構を使います。酸味ではH⁺を通すOTOP1、塩味ではNa⁺を検出する経路などが関係します。

また、味覚神経そのものにも温度感受性があり、舌を冷却すると化学刺激なしでも神経発火パターンが変わる可能性があります。

ただし、冷却で酸味や塩味が生じる分子機構は、温度誘発甘味ほど明確には分かっていません。現時点では、末梢の味細胞から神経・脳まで複数の段階が関わると考えられています。

舌の場所によって生じる味が違うのはなぜ?

初期研究では、舌の前方と後方で温度刺激に対する味の出方が異なることが示されました。

舌の前方は主に鼓索神経、後方は主に舌咽神経が味覚情報を伝えます。また、味蕾の種類や神経支配にも地域差があります。

そのため、同じ温度変化でも、刺激する位置によって活性化される味細胞や神経の組み合わせが違い、感じる味質も変わる可能性があります。

これは古い「舌の地図」のように、甘味は舌先、苦味は舌奥でしか感じないという意味ではありません。基本味は舌の複数領域で感じられますが、温度刺激への応答には地域差があるということです。

サーマルテイストは誰にでも起こるの?

いいえ。大きな個人差があります。

温度だけで味を感じる人は「thermal taster」、温度だけでは味を感じない人は「thermal non-taster」と呼ばれることがあります。

研究によって割合は異なりますが、参加者の一部だけが安定してサーマルテイストを報告します。

さらにthermal tasterの中でも、温めると甘味を感じる人、冷やすと酸味を感じる人、複数の味を感じる人などパターンが異なります。

そのため、サーマルテイストは「人間なら必ず備えている味覚」ではありません。

同じ人でも毎回同じ味を感じるの?

必ずしも同じではありません。

thermal tasterを繰り返し調べた研究では、味の種類、強さ、感じ始める温度に試行間・日間のばらつきがあることが示されています。

温度誘発甘味も、ある日ははっきり感じても、別の日には弱かったり感じなかったりすることがあります。

この再現性の低さは、味覚受容体の感度だけでなく、舌の初期温度、唾液、刺激位置、注意、脳側の感覚増幅などが影響している可能性を示します。

サーマルテイストを感じる人は、普通の味にも敏感なの?

その可能性を示す研究があります。

温度誘発甘味を感じる人は、感じない人より砂糖やサッカリンの甘味を強く評価する傾向が報告されています。

さらに、甘味だけでなく塩味、酸味、苦味、うま味への感度も高い傾向が見られた研究があります。

このことから、thermal tasterでは味覚系全体の「ゲイン」、つまり同じ入力をより強く感じる仕組みが高い可能性も議論されています。

ただし、すべての研究で同じ結果が得られているわけではなく、個人差の原因はまだ確定していません。

これは錯覚なの?

「味物質がないのに味を感じる」という意味では、知覚現象として味覚錯覚の一種と表現されることがあります。

しかし「存在しないものを勝手に想像している」という意味ではありません。

温度刺激は、実際に味覚受容体、味細胞のイオンチャネル、味覚神経などへ影響します。2020年の研究で甘味受容体TAS1R2/TAS1R3を阻害すると温度誘発甘味が抑えられたことも、末梢の味覚系が実際に関与している証拠です。

したがって、サーマルテイストは「化学物質ではなく温度が引き金になった本物の味覚信号」と考える方が適切です。

食べ物の温度で味が変わる現象とは同じ?

関連しますが、同じではありません。

通常の食事では、砂糖、塩、グルタミン酸などの味物質が存在し、その味の強さが温度によって変化します。これは「温度による味覚感度の変化」です。

一方、サーマルテイストは味物質がない状態でも温度変化だけで味が生じる現象です。

どちらも味覚系の温度感受性を利用していますが、サーマルテイストの方が極端な例といえます。

この違いを分けることで、「冷たいと甘味が弱くなる」という日常的な現象と、「水を温めただけで甘い」という特殊な現象を混同せず理解できます。

サーマルテイストの研究は何の役に立つの?

サーマルテイストは、人の味覚の仕組みを理解する手がかりになります。

味物質がなくても温度だけで味が生じるなら、味覚受容体や味細胞は化学刺激だけを処理する装置ではないことになります。

さらに、同じ温度刺激でも味を感じる人と感じない人がいることは、味覚感度の個人差や脳での信号増幅を研究するモデルになります。

将来的には、食品温度の設計、味覚障害の理解、低糖・低塩食品の知覚設計などへの応用につながる可能性がありますが、現時点では基礎研究として未解明点が多い段階です。

まとめ

温度変化だけで甘味などを感じる人がいるのは、味覚系そのものが温度に影響されるためです。

特に温度誘発甘味では、甘味受容体TAS1R2/TAS1R3と、温度感受性を持つTRPM5などの情報伝達機構が関与すると考えられています。ヒト研究では、甘味受容体を阻害すると温度だけで生じる甘味が抑えられることも示されています。

一方、冷却で生じる酸味・塩味や、なぜ一部の人だけがサーマルテイストを感じるのかについては、まだ完全には分かっていません。

また、thermal tasterでも味質や強さ、再現性には大きな個人差があります。

つまりサーマルテイストは、「温度と味覚が別々の感覚ではなく、味覚受容体・味細胞・神経の段階で互いに影響し合っている」ことを示す興味深い現象なのです。

参考資料

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