買ったばかりの果物やお茶、ジュースはよい香りがしていたのに、数日から数週間保存すると、香りが弱くなったり、逆に別のにおいが目立ったりすることがあります。同じ食品でも、冷蔵庫に入れた場合と室温に置いた場合では、香りの変化の仕方が同じとは限りません。
食べ物の香りが保存温度や保存時間によって変わるのは、香気成分が揮発して失われるだけでなく、酸化・加水分解・微生物代謝などによって成分そのものが減ったり、新しいにおい成分が生まれたりするためです。さらに、食品によっては低温が香気成分の生成を抑えることもあり、「冷やせば必ず香りが保たれる」とは限りません。
保存中の香りは「量」だけでなく「組成」が変わる
食品の香りは、数十から数百種類に及ぶ揮発性成分の組み合わせでできています。保存中に一部の成分だけが減ったり、別の成分が増えたりすると、総量が大きく変わらなくても香りの印象は変化します。
たとえば、果物らしい香りに関わるエステルが減り、脂質酸化で生じたアルデヒドが増えれば、さわやかな香りより青臭さや酸化臭が目立つことがあります。食品の保存臭や古いにおいは、単純に「元の香りが弱くなった」だけでなく、香気成分の比率が変わった結果として生じることが多いのです。
保存時間が長くなると香気成分が失われる
香気成分の多くは揮発性があり、食品から周囲の空気へ少しずつ移動します。密閉していても、容器内部の空間へ移ったり、包装材料へ吸着・収着されたりする成分があります。そのため、保存時間が長くなるほど、元の食品に残る香気成分の量が減ることがあります。
日本食品科学工学会の研究では、香気成分を含む試料をPETボトルなどで保存したとき、テルペン炭化水素類が容器へ収着しやすいことや、成分によって保存中の残り方が異なることが示されています。つまり、保存中の香りは食品内部の反応だけでなく、容器との相互作用にも左右されます。
酸素があると酸化によって別のにおいが生まれる
保存中の香りの変化で重要なのが酸化です。食品に含まれる脂質や香気成分の一部は、酸素と反応して別の化合物へ変化します。
たとえば脂質が酸化すると、アルデヒドやケトンなどの揮発性成分が生じます。少量なら食品らしい香りに寄与する成分でも、増えすぎれば古い油のようなにおいや青臭さなどのオフフレーバーにつながることがあります。
PETボトル中の香気成分を調べた研究では、脂肪族アルデヒドが溶存酸素によって酸化され、対応するカルボン酸へ変化することも確認されています。保存では「香りが飛ぶ」だけでなく、元の香気分子が化学反応によって別物になることがあるのです。
時間とともに加水分解などの反応も進む
香りに関わる化合物の中には、水の存在下で分解しやすいものがあります。とくにエステル類は果物らしい香りに関係するものが多い一方、条件によっては保存中に加水分解を受けます。
先ほどの容器保存の研究でも、エチルエステル類がPETボトル、パウチ、ガラス瓶のいずれでも加水分解を受けることが報告されています。したがって、保存期間が長くなるほど、元の香りをつくっていた化合物の一部が減り、香りのバランスが変わる可能性があります。
保存温度が高いと変化が速くなることがある
食品中で起こる多くの化学反応や微生物の活動は、温度によって進み方が変わります。そのため、同じ食品でも高い温度で保存した場合のほうが、酸化や分解、微生物由来のにおい生成が速く進むことがあります。
果物の保存中の香り劣化をまとめた近年のレビューでは、発酵代謝、脂質酸化、アミノ酸分解などが異臭成分の生成に関与し、その進行に温度、酸素、微生物、エチレンなどが影響すると整理されています。
緑茶の研究でも、25℃で保存した試料では、保存臭に関係すると考えられる複数の揮発性成分が増加しました。保存温度と時間が変われば、生成する香気成分の種類や量も変わることがわかります。
低温保存でも香りが変わるのはなぜ?
低温は多くの場合、化学反応や微生物の活動を遅らせるため、食品の品質保持に役立ちます。しかし、香りだけを見ると「低い温度ほど必ずよい」とは限りません。
植物は収穫後も生きた組織であり、香気成分の生成には酵素反応や代謝が関わります。低温に弱い果物では、冷蔵によって代謝が乱れ、香りをつくる能力そのものが低下することがあります。
トマトを20℃と4℃で保存した研究では、4℃保存で揮発性成分が大きく減少し、30日後には総量が約66%低下しました。短期間の冷蔵では室温へ戻すことで一部の香気生成が回復しましたが、長く冷蔵すると回復しにくくなりました。これは、保存温度の効果が食品の種類や保存期間によって異なることを示す例です。
微生物の活動でも新しいにおいが生まれる
保存時間が長くなると、食品によっては微生物の増殖が香りに影響します。微生物は食品中の糖、アミノ酸、脂質などを利用し、その代謝産物としてアルコール、酸、硫黄化合物などさまざまな揮発性成分を生み出します。
これらの成分は、発酵食品では望ましい香りになる場合もありますが、本来発酵させない食品では腐敗臭や異臭の原因になることがあります。温度が高いほど増殖しやすい微生物も多いため、保存温度は香りの劣化速度にも関係します。
ただし、においだけで食品の安全性を判断することはできません。食中毒菌の中には、危険な量まで増えても目立った異臭を出さないものがあるためです。
光や包装、酸素量も保存中の香りを左右する
保存条件は温度と時間だけではありません。光、酸素量、包装材料、容器内の空気量なども香気成分の安定性に影響します。
光は脂質や色素などの酸化を促すことがあり、透明容器では内容物が光の影響を受けやすくなる場合があります。酸素を通しにくい包装や、食品に適したガス置換包装では、酸化や微生物増殖を抑えることで香りの変化を遅らせられることがあります。
一方で、包装材料そのものに香気成分が取り込まれる「収着」が起こることもあります。つまり、同じ温度・同じ保存期間でも、容器や包装が違えば香りの残り方は変わり得ます。
保存で変わった香りは元に戻る?
保存中の変化がすべて元に戻るわけではありません。単に低温で揮発しにくくなっていた香りは、室温へ戻すと再び感じやすくなることがあります。しかし、すでに揮発して外へ失われた成分や、酸化・加水分解によって別の物質へ変化した成分は、温度を戻しても元には戻りません。
トマトの例のように、低温によって一時的に香気生成が抑えられ、短期間なら回復する場合もあります。したがって「冷蔵庫から出したら香りが戻った」という現象と、「保存前と同じ化学組成に戻った」ということは同じではありません。
香りを保つには食品ごとの適温を守ることが大切
香りをできるだけ保ちたい場合は、とにかく低温にするのではなく、その食品に適した保存温度を選ぶことが重要です。生鮮食品では低温障害の有無、加工食品では酸化や揮発の起こりやすさ、開封後は酸素や微生物への曝露などを考える必要があります。
また、密閉できる容器を使う、光を避ける、必要以上に長期間保存しないといった基本的な工夫も、香気成分の損失や変質を減らす助けになります。
まとめ
食べ物の香りが保存温度や保存時間によって変わるのは、香気成分の揮発、酸化、加水分解、容器への収着、微生物代謝などが時間とともに進み、香気成分の量と組み合わせが変化するためです。
一般には高温ほど多くの変化が速く進みやすい一方、低温でも食品によっては香気生成が抑えられ、香りが弱くなることがあります。保存中の香りは「温度が高いか低いか」だけで決まるのではなく、食品の種類、保存時間、酸素、光、包装などが組み合わさって決まるのです。
参考資料
- 池上徹ほか「Polyethylene terephthalate ボトル中での食品香気成分の変化」日本食品工業学会誌
- 原利男・久保田悦郎「緑茶貯蔵中の香気成分の変化」日本農芸化学会誌
- Zhao H, et al. Review of fruits flavor deterioration in postharvest storage: Odorants, formation mechanism and quality control.
- Renard CMGC, et al. Home conservation strategies for tomato: storage temperature vs. duration—is there a compromise for better aroma preservation?

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