NASAや宇宙機関のウェブサイトでは、「ブラックホールの音」「銀河の音」「惑星の音」などを聞けることがあります。
しかし、これらの多くは、宇宙空間にマイクを置いてそのまま録音した音ではありません。
理由は、普通の音は空気や水などの媒質の振動として伝わるため、ほぼ真空の宇宙空間ではそのまま遠くまで伝わらないからです。
それでも宇宙には、電波、X線、磁場、プラズマの密度変化、天体画像の明るさ分布など、さまざまな観測データがあります。これらを人間の耳で理解できる音へ変換したものが、よく「宇宙の音」として紹介されています。
まず、「音そのもの」と「音に変換したデータ」を分ける必要がある
私たちが日常で聞く音は、空気分子の圧縮と膨張が波として伝わる現象です。
JAXAも、真空中では音は伝わらない一方、ISSのように空気がある場所では音を聞けると説明しています。
したがって、星やブラックホールから地球まで普通の音波がそのまま真空を通って届くことはありません。
一方で、宇宙探査機や望遠鏡は電磁波や粒子、磁場などを測定できます。その数字を音へ置き換えれば、人間は耳で変化を感じ取ることができます。
データを音へ変える方法を「ソニフィケーション」という
観測データを一定の規則で音へ変換する方法をソニフィケーションと呼びます。
NASAは、望遠鏡画像の明るさや位置、X線強度、スペクトルなどのデータを、音程、音量、楽器音などへ対応させて聞けるようにしています。
これは単なるBGM付けではありません。元のデータに含まれる特徴を、耳でたどれる別の表現へ変換する方法です。
画像の「明るさ」を音量や音程へ割り当てることがある
たとえばNASAのハッブル宇宙望遠鏡やジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のソニフィケーションでは、画像上の明るさや位置が音へ割り当てられることがあります。
明るい場所を大きな音にしたり、画像の上下位置を高い音・低い音へ対応させたりします。
この場合、聞こえている音は「星や銀河が実際にその音を出している」のではありません。
画像データを、決められた変換ルールで音へ翻訳したものです。
電波やX線の観測値も音へ変換できる
宇宙観測では、可視光だけでなく電波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線などを測ります。
これらはすべて電磁波で、真空中を伝わることができます。
観測装置が受け取った強度変化や周波数分布を、人間の可聴域へ変換すれば「音」として聞くことができます。
元になっているデータは実際の宇宙観測ですが、耳で聞く音は後から作られた表現です。
プラズマ波の観測も「宇宙の音」として紹介される
宇宙空間には太陽風などのプラズマがあります。
プラズマ中では、電子・イオン・電場・磁場が時間的に変動し、さまざまな波が発生します。
探査機はアンテナや磁力計などを使って、この電場・磁場・粒子密度の変化を測定します。
その信号を人間の可聴周波数へ変換すると、笛、うなり、さえずりのような音として聞くことができます。
プラズマ波は「空気中の音波」と同じではない
ここは混同しやすい点です。
プラズマ波は、電場や磁場、荷電粒子の密度などが変化する現象で、空気の圧縮・膨張として伝わる普通の音波とは異なります。
したがって、探査機が記録したプラズマ波を音として再生できても、「宇宙空間を普通の音が伝わった」ことにはなりません。
センサーで物理量を測り、それを音へ変換したものだからです。
例外的に、宇宙にも本物の圧力波が存在する場所がある
「宇宙では絶対に音波が存在しない」と言い切るのも正確ではありません。
十分な量のガスがある場所では、圧力波が伝わることがあります。
NASAは、ペルセウス座銀河団の高温ガス中にブラックホール活動による圧力波が存在すると説明しています。
この場合は、実際にガスを伝わる物理的な音波があります。
ただし銀河団の圧力波も、そのまま人間の耳では聞けない
ペルセウス座銀河団の圧力波は、周波数が人間の可聴域よりはるかに低いものです。
NASAのソニフィケーションでは、その周波数を57〜58オクターブほど高く移し、人間が聞ける範囲へ変換しています。
つまり、元になっている圧力波は実在しますが、耳で聞いている高さは変換後のものです。
「ブラックホールの音」にも複数の意味がある
ブラックホール関連の音源には、少なくとも二つのタイプがあります。
一つは、ブラックホール周辺のX線画像や電波画像などを音へ変換したソニフィケーションです。
もう一つは、銀河団ガス中に実際に存在する圧力波を観測し、その周波数を可聴域へ移したものです。
どちらも「ブラックホールの音」と紹介されることがありますが、物理的な成り立ちは異なります。
「録音」と「観測」は同じではない
マイクによる録音は、空気などの圧力変化を振動板で受け、その動きを電気信号へ変換します。
一方、宇宙探査機は電場、磁場、電波強度、粒子数、光の明るさなどをセンサーで測ります。
後者のデータを音に変換しても、それは通常の意味での「録音」ではありません。
正確には、観測データの可聴化です。
ISS船内で聞こえる音は、本当に空気中を伝わる音
国際宇宙ステーションの内部には空気があります。
そのため宇宙飛行士の会話、ファン、ポンプ、実験装置などの音は、地上と同じように空気の圧力波として伝わります。
この場合は、マイクで普通に録音できます。
「宇宙で録音された音」でも、与圧された船内で録音されたものと、真空中の観測データを可聴化したものは区別する必要があります。
宇宙船の固体を伝わる振動も実際の音源になる
宇宙船の壁、配管、機械装置は固体です。
モーターやポンプが振動すると、その振動は構造材を通して別の場所へ伝わります。
その振動が船内の空気を揺らせば、人間には音として聞こえます。
外が真空でも、固体内部の機械振動までなくなるわけではありません。
月面でも、地面を伝わる振動は存在する
月には大気がほとんどないため、地表上空を普通の音波が伝わることはできません。
しかし地震波のように、月の岩石内部を振動が伝わることはあります。
地震計がその振動を記録し、時間軸や周波数を調整して音へ変換すれば、人間は「月の振動」を聞くことができます。
これも空気中の録音とは別のものです。
なぜ科学者はわざわざデータを音へ変えるのか
第一の理由は、データの変化を別の感覚で捉えられるからです。
周期的な変化、急なピーク、繰り返しパターンなどは、グラフで見るより音で聞いた方が気づきやすい場合があります。
ソニフィケーションは視覚化と同じく、複雑なデータの特徴を人間が理解しやすい形へ変換する手段の一つです。
視覚に障害がある人にも宇宙データを伝えやすくなる
NASAのソニフィケーション・プロジェクトでは、視覚障害者や弱視者が天文データへアクセスできることも重要な目的になっています。
画像の位置や明るさを音として表現すれば、目で画像を見る以外の方法で天体の構造を体験できます。
NASAは、ハッブルやウェッブなどのデータを音へ変換し、アクセシビリティの向上に活用しています。
ソニフィケーションには「変換ルール」がある
どのデータをどの音に対応させるかは、自動的に一つに決まるわけではありません。
明るさを音量へ、縦位置を音程へ、異なる波長を別の楽器音へ対応させるなど、目的に応じたルールを設計します。
そのため同じ天文画像でも、設計の仕方によって異なるソニフィケーションを作ることができます。
「作られた音」でも、元データが偽物という意味ではない
ソニフィケーションは人が変換ルールを決めるため、聞こえる音そのものは自然界で直接聞こえたものではありません。
しかし、元になっている明るさ、X線強度、電波強度、位置、時間変化などは実際の観測データです。
「人工的に音へ変えた」ことと「元データが作り物」であることは別です。
科学的に大切なのは、何を何へ変換したかを明示すること
「宇宙の音」という言葉だけでは、元データが何なのか分かりません。
科学的に正しく理解するには、元が画像なのか、電波なのか、磁場変動なのか、実在する圧力波なのかを確認する必要があります。
さらに、周波数を何倍にしたか、時間を圧縮したか、明るさを音程へどう対応させたかなど、変換方法も重要です。
時間を縮めると、ゆっくりした変化を聞けることもある
宇宙現象には、数時間、数日、数年という長い時間で変化するものがあります。
そのままでは人間の耳で変化を感じにくいため、時間軸を圧縮して再生することがあります。
すると長期的な周期変化を、数秒から数分の音として聞けます。
これも「自然界でその速さの音が鳴っている」という意味ではありません。
周波数を上げると、人間には聞こえない波を可聴化できる
人間の可聴域はおおよそ20Hzから20kHzです。
それより低い周波数や高い周波数の変動は、そのままでは聞こえません。
そこで周波数を一定倍率で移動させると、元の変化パターンを保ちながら耳で聞ける範囲へ移せます。
ペルセウス座銀河団の音源は、この方法の代表例です。
「宇宙は無音」と「宇宙の音源がある」は矛盾しない
宇宙空間の大部分が真空なので、普通の音波はほとんど伝わりません。
一方、観測できる電磁波、プラズマ波、磁場変動、ガス中の圧力波などは存在します。
それらを人間の聴覚に合わせて変換すれば、私たちは「宇宙の音」として聞くことができます。
両者は別の意味なので、矛盾ではありません。
W01355との違いは「なぜ音が伝わらないか」ではなく「宇宙の音源をどう解釈するか」
W01355では、普通の音が媒質を必要とするため、高真空ではほとんど伝わらない理由を扱います。
本記事W01365では、その知識を前提に、NASAなどが公開する「宇宙の音」が何を元に作られているのかを整理します。
つまりW01355が「音波の伝播条件」を説明する記事なら、W01365は「観測データを音として聞く仕組み」を説明する記事です。
「宇宙の音」を分類すると分かりやすい
| 種類 | 元になっているもの | そのまま録音か |
|---|---|---|
| ISS船内の音 | 空気中の実際の音波 | はい |
| 宇宙船構造の振動 | 固体中の機械振動 | 条件によっては実測可能 |
| プラズマ波の可聴化 | 電場・磁場・粒子密度の変化 | いいえ |
| 望遠鏡画像のソニフィケーション | 明るさ・位置・波長などのデータ | いいえ |
| 銀河団ガスの圧力波 | 実在する圧力波 | 元の波は実在するが可聴域へ変換 |
まとめ
「宇宙の音」として聞く音源の多くが、真空で録音した音そのものではないのは、普通の音波が真空をそのまま伝わることができないからです。
- 普通の音は空気や水などの媒質の振動として伝わります。
- 宇宙探査機や望遠鏡は、電波、X線、磁場、粒子、画像などを観測できます。
- これらのデータを音程・音量・音色へ対応させる方法がソニフィケーションです。
- プラズマ波の可聴化は、空気中の音波を録音したものではありません。
- 銀河団のように十分なガスがある場所では実際の圧力波も存在しますが、人間の可聴域へ変換して聞く場合があります。
- ISS船内の会話や機械音は、空気があるため実際の音として録音できます。
つまり「宇宙の音」を聞くときは、それが何を測り、どのように音へ変換したものなのかを見ることが大切です。宇宙は普通の意味では静かな真空ですが、そこには観測できる多くの波や変化があり、ソニフィケーションによって私たちはそれを耳でも理解できるのです。
参考資料
- JAXA「JAXA宇宙飛行士によるISS長期滞在 質問回答」
- NASA「Data Sonifications」
- NASA Science「Data Sonifications: Black Holes」
- NASA Science「James Webb Space Telescope Sonifications」

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