「宇宙の温度」と聞くと、宇宙空間には一つの決まった温度があり、それを測ればいつでも同じ値になるように思えるかもしれません。しかし実際には、人工衛星の表面温度は日向と日陰を行き来するたびに変わり、地球上層大気の温度は太陽活動や時刻によって変化します。さらに、観測装置が何を測っているかによって、同じ場所でも「温度」という言葉が指す量は異なります。
宇宙の温度が時間や観測条件によって変わって見えるのは、太陽から受けるエネルギー、物体が宇宙へ放射する熱、希薄な気体やプラズマへの加熱が時間とともに変化し、しかも測定対象ごとに温度の意味が違うからです。特に低地球軌道では、昼夜を繰り返す熱サイクルと、太陽活動による熱圏の変化を分けて考えることが重要です。
まず「宇宙の温度」は一つの値ではない
宇宙の温度を考えるとき、最初に「何の温度か」を確認する必要があります。
人工衛星の表面温度は、表面が太陽光をどれだけ吸収し、赤外線としてどれだけ熱を放射するかで決まります。一方、地球の熱圏や太陽コロナの温度は、希薄な気体やプラズマを構成する粒子の平均エネルギーに関係します。さらに宇宙背景放射には放射そのものを温度で表した約2.7Kという値があります。
これらはすべて「温度」と呼ばれますが、同じ物理量を同じ方法で測っているわけではありません。
したがって「宇宙の温度が変わった」というときには、人工衛星の表面が変化したのか、上層大気の粒子温度が変化したのか、観測している波長や粒子種が変わったのかを区別する必要があります。
人工衛星は日向と日陰を繰り返すたびに温度が変わる
低地球軌道を回る人工衛星は、地球のまわりを周回する間に太陽光を受ける日向と、地球の影に入る日陰を何度も通過します。
JAXAは、地球周辺を飛ぶ物体の表面温度について、材質などにより異なるものの、日陰側ではおよそマイナス150℃、日向側ではプラス120℃程度に達する場合があると説明しています。
これは宇宙空間に「熱い場所」と「冷たい場所」が固定されているという意味ではありません。同じ衛星でも、太陽光を受けているかどうかで受熱量が変わるため、時間とともに温度が変化します。
ESAも、低地球軌道の衛星は昼と夜を一日に何度も通過し、そのたびに急激な温度変化である「熱サイクル」を受けると説明しています。
なぜ真空中では日向と日陰の差が大きくなりやすいのか
地上では、物体は周囲の空気と熱をやり取りします。暖められた空気が流れる対流もあるため、熱は周囲へ広がります。
しかし宇宙空間では空気がほとんどないため、対流による熱移動はほぼありません。人工衛星は主に太陽光や地球からの赤外線を受け、自分自身も赤外線として熱を宇宙へ放出します。
そのため太陽光が当たると加熱され、影に入ると受熱が急に減って放射冷却が優勢になります。
つまり宇宙では、「周囲の空気の温度に近づく」という地上の感覚よりも、入ってくる放射エネルギーと出ていく放射エネルギーの収支が温度変化を決めます。
同じ衛星でも表面材質によって温度変化が違う
日向と日陰が同じでも、すべての表面が同じ温度になるわけではありません。
JAXAは、表面が太陽光をどの程度吸収し、赤外線をどの程度放射するかによって温度が変わると説明しています。反射しやすい表面と吸収しやすい表面では、同じ日射条件でも到達する温度が異なります。
また人工衛星の内部には電子機器があり、それ自体が熱を発生します。太陽光がなくても、機器の運転状況によって内部温度は変わります。
そのため衛星の温度は、「今は日向か日陰か」だけでなく、姿勢、表面材質、内部発熱、放熱面の向きなどによって時間的に変化します。
衛星の姿勢が変わると同じ軌道でも温度条件が変わる
人工衛星が同じ高度を飛んでいても、太陽に対してどの向きを向いているかで受ける熱は違います。
太陽電池パドルを太陽へ向ける姿勢、観測機器を地球へ向ける姿勢、特定天体を観測する姿勢では、どの面が太陽光を受けるかが変わります。
また、ある面が地球を向いていれば、地球からの赤外線や反射された太陽光も受けます。
したがって、同じ衛星でも運用モードや観測方向が変われば、温度の時間変化パターンも変わります。宇宙機の熱設計では、軌道だけでなく姿勢の時間変化まで含めて評価します。
人工衛星は温度変化をそのまま受け入れているわけではない
衛星の電子機器やセンサーには、正常に動作できる温度範囲があります。そのため、宇宙機には熱制御が必要です。
JAXAは、人工衛星で断熱材、表面材料、ヒーター、ラジエータなどを組み合わせ、内部と外部の温度を管理すると説明しています。
ESAの熱真空試験でも、太陽光と日陰の移行を模擬した熱サイクルを再現し、衛星の構造や機器が設計温度範囲に収まるかを確認します。
つまり、実際に測定される衛星内部温度は、外部環境の変化だけでなく、熱制御装置がどの程度働いたかにも左右されます。
地球上層大気の温度も時間によって変わる
「宇宙の温度」の時間変化は、人工衛星の表面だけではありません。
ISSが飛ぶ高度を含む地球の熱圏は、非常に希薄ですが、粒子の平均運動エネルギーで表す温度は高くなることがあります。NASAは、熱圏の温度が最大で約1500℃程度に達する場合があると説明しています。
ただし密度が極端に低いため、1500℃の地上の高密度気体と同じように大量の熱を物体へ伝えるわけではありません。
さらに熱圏は、太陽から届く極端紫外線やX線の影響を強く受けるため、温度が時間とともに変化します。
太陽活動が強まると熱圏が加熱される
太陽活動は一定ではなく、およそ11年周期で強弱を繰り返します。さらに短い時間でも太陽フレアなどによって放射エネルギーが変化します。
太陽からの極端紫外線やX線が増えると、地球上層大気はより多くのエネルギーを吸収します。その結果、熱圏の温度が上昇し、大気が膨張します。
この変化は人工衛星にも影響します。熱圏が膨張すると、同じ高度でも大気密度が高まり、低軌道衛星が受ける空気抵抗が増えることがあります。
つまり太陽活動は、上層大気の「温度」だけでなく、その温度変化を通じて衛星軌道にも影響します。
熱圏には昼夜変化もある
熱圏は太陽光によって加熱されるため、地球の昼側と夜側で同じ状態ではありません。
昼側では太陽放射のエネルギー入力が大きく、夜側では直接の入力が小さくなります。ただし大気の流れや波によって熱が運ばれるため、地上の昼夜の気温変化のように単純ではありません。
それでも地方時は熱圏の温度や密度を決める重要な条件です。
同じ高度を飛ぶ衛星でも、何時ごろの地域を通過しているかによって、周囲の粒子環境が変わります。
磁気嵐でも上層大気は短時間に変化する
太陽からの影響は光だけではありません。
太陽風や惑星間磁場が大きく変化して地球磁気圏へエネルギーが流れ込むと、磁気嵐が起こることがあります。そのエネルギーの一部は高緯度の上層大気を加熱します。
その結果、熱圏の温度や密度が数時間から数日のスケールで変化することがあります。
このような急変が起きると、低軌道衛星が受ける抗力も通常時とは変わるため、軌道予測に影響します。
つまり宇宙の温度環境には、軌道周期のような約90分スケールの変化だけでなく、太陽活動や宇宙天気による数時間・数年スケールの変化も重なっています。
「温度計を置けば宇宙の温度が分かる」とは限らない
地上では温度計を空気中に置けば、周囲の気温に近づいていきます。しかし真空に近い宇宙空間では、同じ考え方がそのまま使えるとは限りません。
温度センサー自身が太陽光を受ければ加熱されます。日陰なら放射冷却します。センサーが宇宙船へ取り付けられていれば、宇宙船からの熱伝導の影響も受けます。
そのため、物体表面の温度を測る場合には、センサーがどこに設置され、何を向き、周囲からどんな熱を受けているかが重要です。
「宇宙空間に温度計を置いた値」は、必ずしも周囲の希薄な粒子の温度をそのまま示すわけではありません。
希薄な気体やプラズマの温度は粒子分布から求める
熱圏や宇宙プラズマの温度を調べるときは、物体の表面温度とは異なる測定方法が使われます。
粒子検出器で電子やイオンの速度・エネルギー分布を測り、その分布から温度に相当する量を求める方法があります。また、原子や分子が放つ光のスペクトルから温度を推定することもあります。
この場合、電子温度とイオン温度が同じとは限りません。非常に希薄なプラズマでは、粒子どうしの衝突が少ないため、異なる粒子種が同じ温度へすぐに落ち着かないことがあるからです。
そのため「その場所は何℃か」という質問に対して、測定対象によって複数の温度が存在することがあります。
観測時間の長さによっても「温度変化」の見え方が違う
同じデータでも、何秒ごとに測るか、何時間平均するかによって変化の見え方は変わります。
人工衛星の表面温度を短い間隔で測れば、日向から日陰へ入るときの急変が詳しく見えます。一方、一日平均にすれば、その細かな熱サイクルは平均化されます。
熱圏温度でも、数分単位の変化を見たい研究と、11年の太陽活動周期を調べる研究では必要な観測期間がまったく異なります。
したがって「昨日より温度が高い」「観測ごとに温度が違う」という表現を見るときは、測定間隔や平均時間も確認する必要があります。
同じ場所でも観測波長によって違う温度成分が見えることがある
宇宙の希薄なガスやプラズマは、一つの均一な温度だけでできているとは限りません。
異なる温度の成分が同じ視線上に重なっている場合、観測する波長によって強調される成分が変わることがあります。
たとえば高温プラズマは特定の紫外線やX線の波長で強く放射し、より低温の物質は別の波長で目立ちます。
このとき「観測する波長を変えたら温度が違って見えた」のは、温度そのものが観測によって変わったわけではありません。もともと共存している異なる成分のうち、どの成分を強く見ているかが変わったのです。
宇宙の温度変化には「実際の変化」と「測り方の違い」がある
宇宙の温度が変わって見える理由は、大きく二つに分けられます。
一つは物理環境そのものが時間的に変化することです。人工衛星が日向から日陰へ入る、太陽活動が変化する、磁気嵐が起こるといった場合です。
もう一つは観測対象や測定方法によって得られる温度が違うことです。表面温度、電子温度、イオン温度、放射から推定した温度などは、同じ「温度」でも意味が異なります。
この二つを分ければ、「本当に環境が変わったのか」「測る対象が違うだけなのか」を整理できます。
温度変化は宇宙機の設計と観測精度に直結する
温度の時間変化は、宇宙機の安全だけでなく観測精度にも影響します。
構造物は温度が上がると膨張し、下がると収縮します。ESAは、低地球軌道の熱サイクルが材料の熱応力、変形、振動、ひび割れなどを引き起こす可能性があると説明しています。
高精度な望遠鏡やアンテナでは、ごく小さな熱変形でも焦点や指向精度へ影響することがあります。
そのため宇宙機では、温度を単に壊れない範囲に保つだけでなく、時間変化をできるだけ安定させる設計も重要です。
宇宙の温度データを比べるときは5つを確認する
異なる温度データを比べるときは、次の五つを確認すると分かりやすくなります。
第一は何の温度かです。物体表面、気体、電子、イオン、放射温度などを区別します。
第二は日照条件です。日向、日陰、姿勢、太陽からの距離によって受熱条件が変わります。
第三は時間です。軌道周期、昼夜、磁気嵐、太陽活動周期など複数の時間スケールがあります。
第四は測定方法です。接触式温度センサー、赤外線観測、粒子エネルギー分布、スペクトルなど、方法によって得られる量が違います。
第五は平均時間と観測波長です。短時間変動を見ているのか長期平均なのか、どの温度成分へ感度があるのかを確認します。
この五つを揃えて初めて、異なる宇宙温度データを適切に比較できます。
まとめ
宇宙の温度が日向・日陰や太陽活動で時間的に変わるのは、宇宙の熱環境が静止していないからです。
人工衛星は太陽光を受けると加熱され、地球の影へ入ると放射冷却が強くなります。低地球軌道ではこの熱サイクルを一日に何度も繰り返します。表面材質、姿勢、内部発熱、熱制御によって温度変化の大きさも変わります。
地球の熱圏では、太陽の極端紫外線やX線、磁気嵐などによって粒子温度が変化します。太陽活動が強まると上層大気が加熱・膨張し、衛星が受ける抗力まで変わることがあります。
さらに、表面温度、電子温度、イオン温度、放射から推定する温度では意味が違い、観測時間や波長によって見える成分も変わります。
したがって「宇宙の温度は何℃か」という一つの数字だけではなく、何を、いつ、どの条件で、どの方法で測った温度なのかを見ることが重要です。宇宙の温度は、時間変化する物理環境と観測条件の両方を含めて理解する必要があるのです。
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主な参考資料
- JAXA 有人宇宙技術部門「宇宙では、どの位温度が高温になったり低温になったりするのですか」
- JAXA 第一宇宙技術部門「人工衛星の周りはどんな環境?」
- NASA Science「The Heliopedia – Thermosphere」
- ESA「About Materials and Processes」

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