同じ運動をしても、体温の上がり方が人によって違うのは、運動で生まれる熱の量と、その熱を外へ逃がす能力が一人ひとり同じではないからです。さらに、同じ人でも気温・湿度、水分状態、暑さへの慣れ、疲労、運動強度などが変われば、深部体温の上昇幅も変化します。体温は「運動したら必ず同じだけ上がる」ものではなく、体内でつくられる熱と放散できる熱の差によって決まります。
運動で体温が上がる基本は「熱産生が増える」こと
運動すると骨格筋がATPを使って収縮し、その過程で多くの熱が生まれます。筋肉が使ったエネルギーのすべてが体を動かす仕事へ変わるわけではなく、かなりの部分が熱になります。
運動強度が高いほどエネルギー消費は増え、一般に熱産生も増えます。そのため、歩行よりランニング、軽い運動より激しい運動のほうが、単位時間あたりに体へ加わる熱負荷は大きくなります。
ただし、ここから先が個人差の生まれるところです。同じ「60分の運動」でも、実際にどれだけの仕事をしているか、体重1kgあたりどれだけ熱を生んでいるか、どれだけ熱を逃がせるかが異なれば、体温の上昇幅も変わります。
同じ速度で走っても、体重や運動効率で熱産生は変わる
同じ速度で走る二人でも、体格や運動効率が違えば必要なエネルギー量は同じとは限りません。体重が大きい人は体を動かすためにより大きな絶対エネルギーを必要とすることがあり、そのぶん総熱産生も増える可能性があります。
一方で、体温上昇を考えるときには「総熱量」だけでなく、体重あたりにどれだけ熱が加わるかも重要です。研究では、運動時の深部体温上昇の個人差を説明する要因として、体重あたりの代謝熱産生が強く関係することが示されています。
つまり「体が大きいほど必ず体温が上がる」「小さいほど必ず上がる」と単純には言えません。熱産生の絶対量、体重、体表面積、環境への放熱条件をまとめて考える必要があります。
体表面積と体重の比で、熱の逃がしやすさが変わる
体の熱は最終的に皮膚から外へ逃げます。そのため、体重に対してどれだけ皮膚表面があるかは熱交換へ影響します。
体表面積が相対的に大きい人は、周囲が皮膚より涼しい環境では放射や対流によって熱を逃がしやすくなります。一方、周囲が非常に暑い場合には、広い表面積から外部の熱を受ける影響も大きくなります。
体格は、運動中の熱産生と放熱の両方へ関係します。このため、同じ運動強度でも深部体温の変化には個人差が生まれます。
「同じ運動強度」の意味によって体温差は変わる
運動強度には、絶対強度と相対強度があります。たとえば全員が同じ速度で走る場合は絶対的な負荷がそろっていますが、最大能力の60%で運動する場合は相対強度がそろっています。
相対強度をそろえると、体力の高い人はより大きな絶対仕事量をこなせるため、総熱産生が大きくなることがあります。反対に、同じ絶対速度なら体力の低い人にとっては高い相対負荷となる場合があります。
そのため「同じ運動」と言っても、速度、仕事率、体重あたりの出力、最大能力に対する割合のどれをそろえたかで、体温の上がり方は変わります。運動時の体温個人差を比べるには、負荷の定義が重要です。
体力が高い人ほど体温が上がりにくいとは限らない
持久的な体力が高い人は、循環機能や発汗能力が優れていることが多く、暑熱環境で熱を逃がしやすい傾向があります。暑熱順化も進みやすく、運動中の放熱には有利です。
しかし、体力の高い人は同じ相対強度でも大きな絶対出力を出せるため、より多くの代謝熱を生むことがあります。研究では、体力そのものよりも、実際の熱産生量や必要な蒸発量のほうが深部体温や発汗の個人差を強く説明する条件もあります。
つまり「体力が高い=必ず体温が上がらない」ではありません。体力は放熱能力を高める一方、高い仕事量を生み出せることによって熱産生も増やします。
暑熱順化すると同じ運動でも体温が上がりにくくなることがある
暑い環境に繰り返しさらされると、体は暑熱順化します。厚生労働省の熱中症予防情報でも、暑熱順化の有無によって安全な作業条件が異なることが示されています。
順化が進むと、皮膚血流を増やしやすくなったり、発汗が早く始まったり、汗量が増えたりします。また、循環血液量が増え、汗に含まれるナトリウムを節約する方向の変化も起こります。
その結果、同じ人が同じ運動をしても、暑さに慣れる前より慣れた後のほうが深部体温の上昇を抑えやすくなることがあります。これは「個人差」ではなく、同じ人の状態差です。
暑熱順化していても、環境によっては限界がある
暑熱順化は有効ですが、どんな環境でも体温上昇を防げるわけではありません。特に高温多湿で、汗が十分に蒸発できない環境では、発汗能力が高くても放熱には限界があります。
防護服や通気性の低い衣服を着ている場合も、汗の蒸発が妨げられます。体がどれだけ汗を出せても、その汗が蒸発しなければ冷却効果は小さくなります。
つまり暑熱順化の効果は、気温、湿度、風、衣服、運動強度などの条件によって変わります。順化している人とそうでない人の差も、環境によって大きくなったり小さくなったりします。
湿度が高いと同じ人でも体温が上がりやすくなる
汗による冷却は、皮膚上の水分が蒸発するときに熱を奪うことで起こります。そのため湿度が高いと汗が蒸発しにくくなり、体温を下げる効率が低下します。
同じ人が同じ運動をしていても、乾燥した環境と高湿度の環境では体温の上がり方が違います。高湿度では、皮膚に汗がたくさん出ていても蒸発が追いつかず、深部体温が上昇しやすくなります。
厚生労働省が職場の暑熱対策でWBGTを使うのは、気温だけでなく湿度や放射熱も含めて熱負荷を評価する必要があるためです。
風があるかどうかでも体温上昇は変わる
風は皮膚周辺の空気を入れ替え、対流と汗の蒸発を助けます。気温が皮膚温より低い環境では、風が強いほど対流による熱放散が増えます。また、皮膚表面の湿った空気が取り除かれるため汗も蒸発しやすくなります。
そのため、同じ気温・湿度でも無風の室内と風のある屋外では、運動中の体温上昇が異なることがあります。
一方、気温が皮膚温より高い場合には、対流によって外から熱が入る方向に働くこともあります。環境による体温差は、単純に「風があるほど常に涼しい」とは限りません。
脱水すると体温が上がりやすくなる
運動中に汗をかき続けると体内の水分が失われます。水分補給が追いつかず脱水すると、循環血液量が減り、皮膚へ十分な血液を送ることが難しくなります。
さらに脱水は発汗反応にも影響します。体は血圧と体液を守る必要があるため、強い脱水状態では皮膚血流や発汗の増加が抑えられ、放熱能力が低下します。
このため、同じ人でも水分が十分な状態と脱水した状態では、同じ運動による深部体温の上昇幅が変わります。水分補給は、汗の材料を補うだけでなく、皮膚へ熱を運ぶ循環を維持する意味もあります。
運動開始時の体温が違えば、到達する体温も違って見える
運動を始める前の深部体温は、時刻、睡眠、月経周期、直前の環境などによって変わります。朝は夕方より低いことが多く、女性では月経周期によって基準体温が変化することがあります。
そのため、同じ運動後に同じ38.0℃へ到達したとしても、開始前が36.5℃だった人と37.2℃だった人では、上昇幅が異なります。
体温反応を比較するときは、運動後の絶対値だけでなく、開始前から何度上昇したかも見る必要があります。
年齢によって放熱能力が違う
年齢も運動時の体温変化へ影響します。高齢者では若い成人より発汗や皮膚血管拡張が弱くなりやすく、暑熱環境で熱を逃がす能力が低下する場合があります。
一方、子どもは成人より体重に対する体表面積が大きく、汗以外の放熱を利用しやすい特徴があります。ただし発汗反応は成人と同じではなく、極端な高温環境では体格の違いが不利に働くこともあります。
したがって、同じ運動条件を年齢の異なる人へそのまま当てはめても、体温の上昇幅は同じとは限りません。
性別だけでは運動時の体温差を説明できない
男性と女性で発汗量や体格、体組成などに平均的な違いはありますが、運動時の深部体温差を性別だけで説明するのは不十分です。
体格、体表面積、体力、運動強度、暑熱順化、月経周期などをそろえると、性そのものの影響が小さくなる場合があります。女性では月経周期により安静時の深部体温や発汗開始の閾値が変わることもあります。
このため「男性は体温が上がりやすい」「女性は上がりにくい」と一律に決めることはできません。実際の熱産生と放熱条件を見ることが重要です。
体脂肪が多いと必ず体温が上がるわけではない
皮下脂肪には断熱作用があるため、体脂肪率が高いと運動中に熱を逃がしにくいと考えられがちです。しかし、研究では運動時の深部体温上昇の個人差について、体脂肪率だけの説明力は大きくない条件も報告されています。
代謝熱産生、体重、体表面積、必要な蒸発量など、より直接的な熱収支の要因が大きく影響するためです。
体脂肪は一つの要因ではありますが、それだけで「この人は体温が上がりやすい」と判断することはできません。
衣服が違えば同じ運動でも熱のこもり方が変わる
衣服は、体と環境の間の熱と水蒸気の移動を変えます。通気性や透湿性が低い衣服では、汗が蒸発しにくくなり、皮膚周辺に熱と湿気がこもります。
特に防護服や厚い作業着では、外気温が同じでも体への熱負荷が大きくなります。厚生労働省の暑さ指数の運用でも、放熱しにくい特殊な作業服を着用する場合は熱ストレスを加味する必要があるとされています。
このため、運動や作業の種類が同じでも衣服が違えば、体温の上がり方は変わります。
体調不良や薬の影響で体温調節が変わることもある
発熱、下痢、睡眠不足などで体調が悪いと、運動前から水分状態や体温が通常と違うことがあります。下痢などで脱水していれば、運動による熱放散はさらに難しくなります。
また厚生労働省は、糖尿病、心疾患、高血圧、腎疾患、広範囲の皮膚疾患や、自律神経・体液バランスへ影響する薬剤が熱中症リスクへ影響する場合があるとしています。
普段と同じ運動なのに異常に暑く感じる、体温が下がりにくい、めまいや吐き気があるといった場合には、単なる個人差と考えず運動を中止して状態を確認することが重要です。
運動をやめても体温がすぐ下がらない人がいる
運動終了と同時に筋肉の熱産生は減りますが、体内にはそれまでに蓄積した熱が残っています。また運動後には皮膚血流や血圧、発汗の反応が変化するため、深部体温がすぐには下がらないことがあります。
厚生労働省の熱中症対策の検討資料でも、運動や作業をやめた直後に深部体温がすぐ低下するとは限らず、休憩中に一時的に上昇する場合があることが説明されています。
運動後の回復速度にも、水分状態、環境、運動強度、体力などによる差があります。休憩に入ったからといって、全員が同じ速さで体温を戻せるわけではありません。
個人差は「強い・弱い」ではなく条件との組み合わせで決まる
運動時の体温変化には多くの個人差がありますが、それを単純に「暑さに強い人・弱い人」と二分するのは適切ではありません。
ある人は乾燥した環境では汗を効率よく蒸発させられても、高湿度では熱がこもるかもしれません。体力が高い人でも、高い絶対強度で運動すれば多くの熱を生みます。暑熱順化している人でも、脱水や防護服が重なれば体温は上がりやすくなります。
つまり、運動時の体温反応は「個人の特徴×運動負荷×環境×その日の状態」の組み合わせで決まります。
まとめ
同じ運動でも体温の上がり方が人や状態によって違うのは、運動で生じる代謝熱と、皮膚血流・発汗・環境への熱移動によって逃がせる熱のバランスが一人ひとり異なるからです。
体格、体表面積、体力、年齢、暑熱順化、水分状態、開始時体温、衣服などが個人差を生みます。さらに同じ人でも、気温・湿度・風、脱水、暑さへの慣れ、体調が変われば体温上昇幅も変化します。
したがって、運動時の体温を考えるときは「何分運動したか」「何度の場所にいたか」だけでは不十分です。実際の運動強度、どれだけ熱が生まれたか、どれだけ熱を逃がせる環境か、その人がどのような状態かを合わせて見る必要があります。
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参考資料
- 厚生労働省「暑さ指数について|職場における熱中症予防情報」
- 厚生労働省「職場における熱中症の予防について」
- Explained variance in the thermoregulatory responses to exercise
- Exercise under heat stress: thermoregulation, hydration, performance implications, and mitigation strategies

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