なぜ成長ホルモンは身長が伸びた後も体の維持に関わるのか?

成長ホルモンという名前から、「子どもの背を伸ばすためのホルモン」と考えられがちです。しかし、成長ホルモンは身長の伸びが終わった後も分泌され続け、脂肪・筋肉・骨・エネルギー代謝などの調節に関わります。

子どもの時期には、成長板やIGF-1を通じて骨の長さの成長を支える役割が目立ちます。成人になると成長板は閉じるため、同じホルモンが身長をさらに伸ばすことはありません。その代わり、脂肪をエネルギーとして利用しやすくする、たんぱく質代謝を調節する、体組成や骨代謝を保つ、といった働きの比重が大きくなります。

つまり、成長ホルモンは「成長が終われば不要になるホルモン」ではありません。ただし、多ければ多いほど健康になるわけでもありません。不足しても過剰でも問題が起こるため、年齢と体の状態に合った範囲で分泌されることが重要です。

目次

成長ホルモンは子どもの身長を伸ばすだけのホルモンではない

成長ホルモンは脳の底部にある下垂体前葉から分泌されます。肝臓などに作用してIGF-1の産生を促すほか、骨、筋肉、脂肪組織などへ直接作用します。

日本小児内分泌学会は、成長ホルモンは生涯を通じて分泌され、身長への作用以外にも、脂肪組織や筋肉など全身に働き、代謝の調節、筋肉量、身体機能などの維持に関わると説明しています。

このことからも、成長ホルモンの役割は「子どもの成長促進」に限定されません。

成長期と成人期では、同じホルモンでも体の中で目立つ役割が変わるのです。

成長板が閉じると身長は伸びなくなる

子どもの身長が伸びる中心的な場所は、長骨の端にある成長板です。

成長ホルモンとIGF-1は、成長板の軟骨細胞の増殖や成熟を支え、骨が長軸方向へ伸びる過程に関わります。

しかし、思春期後半になると性ホルモンの作用で成長板が成熟し、やがて閉鎖します。成長板が閉じると、骨を長くするための軟骨領域がなくなるため、成長ホルモンが分泌されていても通常は身長をさらに伸ばすことができません。

ここで大切なのは、身長が止まるのは成長ホルモンがなくなるからではなく、身長を伸ばす標的である成長板の状態が変わるからだという点です。

成人では成長ホルモンの主な役割が代謝へ移る

成人の正常な成長ホルモン生理をまとめたEndotextでは、成人期の成長ホルモンの主要な役割の一つは代謝調節だと整理されています。

成長ホルモンは脂肪組織、肝臓、骨格筋などへ作用し、脂質、糖、たんぱく質の利用方法を変えます。

また、その作用の一部はIGF-1を介して現れます。

成人では、「体を大きくする」よりも、「今ある体をどのように維持し、エネルギーをどう配分するか」という役割が目立つようになります。

成長ホルモンは脂肪をエネルギーとして使う方向へ働く

成長ホルモンの代表的な代謝作用の一つが脂肪分解です。

脂肪組織に蓄えられた中性脂肪から脂肪酸を放出し、それをエネルギーとして利用しやすくします。

特に絶食時や運動時など、食事からすぐにエネルギーを得にくい状況では、脂肪を利用する方向へ代謝を切り替えることに関わります。

これは、成長ホルモンが単なる「成長刺激ホルモン」ではなく、エネルギー源を選び分ける代謝ホルモンでもあることを示しています。

絶食時にはたんぱく質を守る方向にも働く

食事が取れない時間が長くなると、体はエネルギーを確保する必要があります。

成長ホルモンは脂肪分解を促して脂肪酸の利用を増やすことで、エネルギー源としてたんぱく質を過度に分解する必要を減らす方向へ働きます。

人を対象とした代謝研究のレビューでは、成長ホルモンには全身のたんぱく質合成を支え、特に絶食やストレス時に除脂肪組織を保つ方向の作用があると整理されています。

この働きも、成人で成長ホルモンが残り続ける理由の一つです。

成長ホルモンとIGF-1は同じ働きをするわけではない

成長ホルモンの作用は、しばしばIGF-1と一緒に説明されます。

成長ホルモンが肝臓などへ作用するとIGF-1の産生が促され、IGF-1は骨や筋肉などの組織維持・成長に関わります。

ただし、成長ホルモンとIGF-1の作用は完全に同じではありません。

たとえば糖代謝では、成長ホルモンはインスリンの働きを弱める方向に作用することがあり、IGF-1にはインスリンに似た作用があります。両者が複雑に組み合わさることで、栄養状態に応じた代謝調節が行われます。

したがって、「成長ホルモンが多ければ血糖代謝にも必ず良い」というわけではありません。

筋肉量や除脂肪体重の維持にも関係する

成長ホルモンは、たんぱく質代謝を通じて筋肉を含む除脂肪組織の維持に関わります。

成人の重症成長ホルモン分泌不全では、除脂肪体重や筋肉量の減少がみられることがあります。

日本の成長ホルモン分泌不全症の診療資料でも、成人の成長ホルモン不足では、体脂肪の増加、除脂肪体重や筋肉量の減少などが認められることがあるとされています。

ただし、筋肉量は成長ホルモンだけで決まるものではありません。運動、たんぱく質・エネルギー摂取、性ホルモン、神経系、年齢など多くの要因が関係します。

骨の健康にも成長ホルモン・IGF-1系が関わる

成長ホルモンは、子どもの骨を長くするだけでなく、骨代謝にも関わります。

骨は成人になっても、古い骨を吸収して新しい骨を作るリモデリングを続けています。

成長ホルモンとIGF-1は、骨形成や骨量の維持に関係します。2023年のレビューでも、成長ホルモン分泌不全では骨代謝の低下や骨密度低下、骨の脆弱性が問題になることが整理されています。

特に小児期から成長ホルモン不足が続く場合には、成長だけでなく、若年成人期までに獲得する骨量にも影響する可能性があります。

体脂肪が増えすぎないようにする作用にも関係する

成人の成長ホルモン分泌不全では、体脂肪、とくに内臓脂肪が増えやすくなることがあります。

これは、成長ホルモンが脂肪分解と脂肪利用に関わるためです。

2024年の成人成長ホルモン分泌不全に関するレビューでも、成人の重症な成長ホルモン不足では、体組成の悪化、運動能力の低下、脂質・糖代謝の変化などがみられると整理されています。

ただし、一般的な肥満の原因を「成長ホルモンが少ないから」と単純に説明することはできません。食事、活動量、睡眠、遺伝、他のホルモンなど多くの要因が関わります。

成長ホルモンは血糖を下げるホルモンではない

健康維持に関わるホルモンというと、成長ホルモンが糖代謝を常に改善するように思えるかもしれません。

しかし、成長ホルモンはインスリンとは異なる作用を持ちます。

脂肪分解によって血中の遊離脂肪酸が増えると、筋肉や肝臓でインスリンの作用が弱くなる方向へ働くことがあります。

これは絶食時などに血糖を保ちやすくするためには意味のある生理作用ですが、成長ホルモンが病的に多すぎる状態では糖代謝異常や糖尿病のリスクにつながることがあります。

つまり、成長ホルモンの代謝作用には「多いほど有利」という関係はありません。

不足すると体組成や身体機能に変化が出ることがある

成人の重症成長ホルモン分泌不全では、体脂肪増加、除脂肪体重低下、骨量低下、運動能力低下などがみられることがあります。

また、生活の質が低下する人もいます。

こうした変化が確認されていることは、成長ホルモンが成人でも生理的な役割を持っていることを示す重要な根拠です。

一方で、これらの症状は成長ホルモン不足だけに特有ではありません。疲れやすさ、体脂肪増加、筋力低下などは多くの病気や生活条件でも起こります。

そのため、症状だけで成長ホルモン分泌不全と診断することはできません。

成人の成長ホルモン分泌不全はどう診断する?

成長ホルモンはパルス状に分泌されるため、一回の採血で低い値が出ただけでは分泌不全と判断できません。

成人成長ホルモン分泌不全が疑われる場合には、下垂体や視床下部の病気・治療歴、他の下垂体ホルモンの状態、IGF-1、必要に応じた成長ホルモン分泌刺激試験などを組み合わせて評価します。

日本小児内分泌学会の資料でも、成人での治療対象は重症の成長ホルモン分泌不全症に限られ、専門的な診断が必要とされています。

「疲れやすいから成長ホルモンが足りない」と自己判断することはできません。

不足を補えばすべての健康問題が解決するわけではない

成人成長ホルモン分泌不全に対する成長ホルモン補充療法では、体組成、骨、生活の質などの改善が報告されています。

ただし、治療の効果はすべての指標で同じではなく、個人差もあります。

2024年のレビューでは、成人の成長ホルモン補充療法は体組成、骨健康、脂質代謝、生活の質などに有益な変化をもたらす可能性がある一方、治療対象の選択と長期的な安全性の監視が重要だとされています。

医療上の適応がある重症分泌不全への治療と、健康な人が能力向上や若返りを目的に使用することは全く別の問題です。

成長ホルモンが多すぎても健康を害する

成長ホルモンは不足だけでなく、過剰でも問題になります。

成長板が閉じた成人で成長ホルモンが病的に多くなると、先端巨大症を起こすことがあります。

手足や顎などの変化だけでなく、発汗増加、高血圧、糖代謝異常、心血管系への負担などを伴うことがあります。

日本小児内分泌学会も、成長ホルモンが多すぎると健康を害することを明示しています。

健康維持に必要なのは「高い成長ホルモン値」ではなく、適切に調節された分泌です。

加齢で分泌が減ることと病的な不足は同じではない

成長ホルモンの分泌量は、成人後に年齢とともに低下する傾向があります。

しかし、この生理的な加齢変化をそのまま病気と考えることはできません。

若い頃より成長ホルモンが少なくなったからといって、健康な高齢者に成長ホルモンを補えば健康寿命が延びると証明されているわけではありません。

年齢に伴う正常な変化と、下垂体疾患などによる重症の成長ホルモン分泌不全は区別する必要があります。

「若返り」や筋力増強目的の成長ホルモン使用には注意が必要

成長ホルモンには除脂肪体重を増やし、体脂肪を減らす作用があることから、若返りや運動能力向上を期待して使いたいと考える人がいます。

しかし、日本小児内分泌学会は、成長ホルモン分泌不全のない成人に対する抗加齢目的の使用について、安全性や有用性を示す十分な科学的根拠はないとしています。

過剰投与では、浮腫、関節・筋肉の症状、血圧上昇、耐糖能障害などが起こる可能性があります。

成長ホルモンは「健康な人の体をさらに良くする一般的な健康薬」ではありません。

睡眠や運動で分泌が増えることと健康効果は同じではない

成長ホルモンは睡眠や運動で一時的に分泌が増えることがあります。

このことから、「成長ホルモンを多く出せば健康になる」と考えがちですが、分泌ピークを大きくすること自体が健康目標ではありません。

睡眠や運動には、成長ホルモン以外にも心血管、脳、筋肉、骨、代謝など多くの健康効果があります。

健康的な生活習慣の意味を「成長ホルモンを出すため」だけに限定すると、全体像を見失います。

成長ホルモンの役割は栄養状態によっても変わる

十分な栄養があるときには、成長ホルモンによるIGF-1産生やたんぱく質合成が、組織の成長・維持に結びつきやすくなります。

一方、絶食や強いエネルギー不足では、成長ホルモンが高くてもIGF-1が低下することがあります。

このとき、成長ホルモンの働きは脂肪を利用し、血糖やたんぱく質を節約する方向へ比重が移ります。

つまり、同じ成長ホルモンでも、体が栄養豊富な状態か、エネルギー不足の状態かによって、目立つ代謝作用が変わります。

成長ホルモンだけで体の健康を説明できない

成長ホルモンは重要なホルモンですが、体の維持を単独で担っているわけではありません。

甲状腺ホルモン、性ホルモン、インスリン、副腎皮質ホルモンなど、多くのホルモンが互いに影響しながら代謝や体組成を調節しています。

さらに、栄養、運動、睡眠、病気、加齢、遺伝なども大きく関係します。

したがって、「健康状態が悪い=成長ホルモンの問題」と考えることはできません。

成長ホルモンが身長の伸びた後も体の維持に関わる理由を整理すると

成長ホルモンが成人後も分泌されるのは、役割が身長の成長だけではないためです。

子どもの時期には成長板とIGF-1を通じて骨の長さの成長を支えます。成長板が閉じると身長を伸ばす作用はほぼ終わりますが、成長ホルモンはその後も脂肪分解、たんぱく質代謝、筋肉を含む除脂肪組織、骨代謝、体組成などの調節に関わり続けます。

成人の重症成長ホルモン分泌不全で体脂肪増加、除脂肪体重低下、骨量低下、身体機能や生活の質の低下などがみられることは、成長ホルモンに成人期の役割があることを示しています。

一方、成長ホルモンが病的に多い先端巨大症でも健康障害が起こります。つまり、重要なのは「たくさん出すこと」ではなく、年齢と体の状態に応じて適切な範囲で調節されることです。

成長ホルモンは、子どもの身長を伸ばすためだけのホルモンではなく、成長後もエネルギーと組織の使い方を調節し、体の構成と機能を保つために働き続けるホルモンなのです。

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参考資料

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