なぜ融解熱は保冷剤・氷蓄熱・PCMの温度安定化に利用されるのか?

飲み物を冷やす氷、食品を運ぶときの保冷剤、夜間に冷熱をためて昼間の空調に使う蓄熱設備。これらには、固体が液体へ変わるときに熱を吸収する「融解熱」が関係しています。

融解熱が技術に利用される理由は、物質が融ける間、温度を大きく変えずに比較的大きな熱を吸収できるからです。氷なら0℃付近で融けながら周囲から熱を受け取り、相変化が続いている間は温度が上がりにくくなります。この性質を利用すると、食品や薬品を一定温度帯に保ったり、建物や装置の温度変化を緩やかにしたり、必要な時間まで冷熱・温熱を蓄えておいたりできます。

融解熱を利用する材料は、一般に「相変化材料(PCM:Phase Change Material)」と呼ばれます。水・氷だけでなく、パラフィン、塩水和物、脂肪酸など、用途に合った融点を持つさまざまな材料が研究・実用化されています。

目次

融解熱とは何か

固体を加熱すると、まず温度が上がります。ところが融点に達して固体が液体へ変わり始めると、加えられたエネルギーは主に相変化のために使われます。そのため、純物質を一定圧力でゆっくり融かす理想的な場合、相変化中の温度はほぼ一定に保たれます。

固体を液体にするために必要な熱量は、次の式で表せます。

Q = mLf

ここでQは融解に必要な熱量、mは物質の質量、Lfは融解熱です。融解熱は物質ごとに異なり、単位はJ/kgなどで表されます。

OpenStaxの物理学教材では、水の融解熱は約334 kJ/kgとされています。つまり、0℃の氷1 kgを0℃の水にするだけで、約334 kJの熱を吸収します。これは、氷の温度を少し上げるだけの場合と比べても大きな熱量です。

なぜ融けている間は温度が上がりにくいのか

物体の温度が上がるとき、加えたエネルギーは主に粒子の運動を活発にする方向へ使われます。一方、融解中は、結晶構造を保っていた粒子間の結びつきをゆるめ、固体から液体へ状態を変えるためにもエネルギーが必要です。

そのため、相変化が進んでいる間は、熱を加えてもそのエネルギーがすぐ温度上昇として現れません。これが「潜熱」と呼ばれる理由です。

ただし、実際の材料がすべて一点の温度で完全に融けるわけではありません。混合物や複合材料では、ある温度範囲で徐々に融解することがあります。PCMを実用品に使うときは、融解開始温度、融解終了温度、潜熱量などを評価します。

利用例1:氷は飲み物や食品を0℃付近に保ちやすい

氷を飲み物に入れると、周囲から熱を受け取って融けます。氷が残っている間は、受け取った熱の多くが融解に使われるため、氷と水の混合物は0℃付近を保ちやすくなります。

ここで重要なのは、「氷が冷たいから」だけではありません。もちろん冷凍庫から出した氷が0℃より低ければ、まず氷自身の温度上昇にも熱が使われます。しかし0℃付近まで温まった後も、氷が水へ変わるためには融解熱が必要です。この相変化による大きな吸熱が、長時間の冷却に役立ちます。

たとえば、0℃の氷1 kgをすべて融かすには約334 kJが必要です。同じ1 kgの液体の水を0℃から10℃まで温めるのに必要な熱量は、水の比熱を約4.18 kJ/(kg・K)とすれば約42 kJです。つまり、氷の融解には、水を10℃温める場合の数倍の熱を吸収できます。

利用例2:保冷剤は相変化を利用して温度上昇を遅らせる

食品、飲料、医薬品などの輸送には保冷剤が使われます。水を主成分とする保冷剤では、凍結した内容物が融けるときに周囲から熱を吸収し、箱の中の温度上昇を遅らせます。

市販の保冷剤は、水だけをそのまま封入しているとは限りません。ゲル化剤や塩類などを加え、漏れにくさ、凍結温度、柔軟性、使用温度帯などを調整している製品もあります。そのため、すべての保冷剤が0℃で融けるわけではありません。

輸送したい物によって適切な温度帯は異なります。冷蔵品なら数℃、冷凍品ならさらに低い温度帯が必要です。そのため、PCMの融点を用途に合わせて選ぶことで、「この温度を超えにくくしたい」という目的に合わせた保冷設計ができます。

なぜPCMは「温度の番人」のように働けるのか

PCMは、設定した融点付近で熱を吸収・放出します。周囲が暖かくなるとPCMが融けて熱を吸収し、逆に周囲が冷えるとPCMが凝固して熱を放出します。

このため、PCMの融点を守りたい温度帯の近くに設定すると、温度変化を緩やかにできます。米国エネルギー省は、PCMについて、高い潜熱を利用して熱エネルギーを蓄え、局所的な温度を調整できる材料として紹介しています。建物では、昼間に融けながら熱を吸収し、夜間に固まりながら蓄えた熱を放出することで、空調負荷の時間的な移動に利用できます。

この「融けるときに吸熱し、固まるときに放熱する」という可逆性が、PCMを繰り返し使える蓄熱材にしている重要な理由です。

利用例3:氷蓄熱は夜につくった冷熱を昼に使う

建物の空調では、昼間に冷房需要が大きくなることがあります。そこで、電力需要が比較的小さい夜間に冷凍機を動かして氷をつくり、その氷を昼間の冷房に利用する方法が「氷蓄熱」です。

氷をつくるときには水から熱を取り除いて凍結させます。逆に昼間、氷が融けるときには空調側から熱を吸収します。つまり、夜間に冷熱を蓄え、昼間にその冷熱を取り出して使う仕組みです。

氷は融解熱が大きいため、温度を単に数℃下げた水をためる場合よりも、同じ質量で多くの冷熱を蓄えられます。そのため、蓄熱槽の大きさや運用条件によっては、空調負荷のピークを別の時間帯へ移すのに役立ちます。

利用例4:建物の壁や天井にPCMを組み込む

PCMは蓄熱槽だけでなく、壁材、天井材、床材などへ組み込む研究も行われています。

J-STAGEに掲載された潜熱蓄熱建材の研究では、PCMを含む建材の蓄熱特性を評価する試験方法が検討されています。また、近年の潜熱蓄熱槽に関する研究でも、PCMの融解・凝固を利用して熱を蓄えたり放出したりするシステムが扱われています。

建物内部の温度が上がる時間帯にPCMが融ければ、その過程で熱を吸収し、室温上昇を緩やかにする方向に働きます。夜間など温度が下がる時間帯にはPCMが凝固して、蓄えた熱を放出します。

ただし、PCMを入れれば必ず省エネルギーになるわけではありません。融点、潜熱量、熱伝導率、配置場所、気候、空調運転時間などを適切に組み合わせる必要があります。

なぜ「融点選び」が重要なのか

PCMの性能は、潜熱量が大きければそれだけで決まるわけではありません。どの温度で融けるかが非常に重要です。

たとえば室温を25℃前後に安定させたいのに、PCMの融点が80℃なら、通常の室内では相変化が起こりません。逆に融点が低すぎると、必要な時間帯にはすでにすべて液体になっていて、それ以上潜熱を吸収できないことがあります。

そのためPCMでは、使用環境に合った融点、十分な融解熱、繰り返し耐久性、安全性、価格などを総合して材料を選びます。

融解の逆である「凝固」では熱が放出される

固体が融けるときには熱を吸収します。逆に、液体が固体へ凝固するときには、ほぼ同じ大きさの潜熱を周囲へ放出します。

この性質があるため、PCMは「一度熱を吸収したら終わり」ではありません。液体になったPCMを冷やして再び固めれば、次のサイクルで再び融解熱を吸収できます。

OpenStaxでも、融解にはエネルギーの吸収が必要であり、逆の凝固では潜熱が放出されると説明されています。蓄熱技術では、この充放熱の繰り返しを利用します。

融解熱と比熱はどう違うのか

融解熱と比熱は、どちらも物体への熱の出入りを考えるときに使いますが、意味が違います。

  • 比熱:物質の温度を1 K変化させるために必要な熱量を表す
  • 融解熱:固体を液体へ相変化させるために必要な熱量を表す

氷を例にすると、マイナス10℃の氷を0℃まで温める段階では比熱が重要です。0℃付近で氷を水に変える段階では融解熱が重要です。すべて融けた後、水の温度をさらに上げる段階では、再び液体の水の比熱を使います。

つまり、実際の加熱・冷却では「温度変化」と「相変化」を分けて考える必要があります。

融解熱と気化熱はどう違うのか

融解熱と気化熱はどちらも潜熱ですが、相変化の種類が異なります。

  • 融解熱:固体と液体の間の相変化
  • 気化熱:液体と気体の間の相変化

水の場合、気化熱は融解熱よりさらに大きく、蒸発冷却や冷凍サイクルでは液体から気体への相変化が利用されます。一方、融解・凝固は大きな体積変化を伴いにくく、材料を容器や建材に封入して繰り返し使いやすいという利点があります。

そのため、保冷剤や建物用PCM、氷蓄熱などでは、固体と液体の相変化が広く利用されています。

PCMにはどんな材料が使われるのか

PCMにはさまざまな種類があります。

  • 水・氷:安価で扱いやすく、0℃付近の蓄冷に利用しやすい
  • パラフィン:さまざまな融点を選びやすく、建築分野などで研究される
  • 塩水和物:比較的大きな蓄熱密度を持つものがある
  • 脂肪酸などの有機材料:用途に合わせた融点を選べるものがある
  • 金属・合金:高温域の蓄熱材料として検討される

米国エネルギー省は、建物用PCMとしてパラフィンや無機塩水和物などを取り上げています。材料によって融点、潜熱量、熱伝導率、価格、可燃性、腐食性、耐久性などが異なるため、用途ごとに選定が必要です。

潜熱蓄熱の利点は「温度変化が小さいこと」だけではない

顕熱蓄熱では、物質の温度を上げ下げして熱を蓄えます。潜熱蓄熱では、相変化そのものにエネルギーを蓄えます。

潜熱蓄熱の大きな利点は、相変化温度付近の比較的小さな温度幅で、多くの熱を出し入れできることです。米国エネルギー省も、PCMの利点として高い蓄熱密度と小さな温度変動を挙げています。

このため、「なるべく同じ温度帯を保ちながら多くの熱を受け止めたい」用途に向いています。食品輸送、医薬品輸送、建築、電子機器の熱管理、エネルギー貯蔵などが代表例です。

融解熱を利用するときの注意点

PCMを実際の製品や設備へ使うときは、融解熱だけでなく次の性質も重要です。

  • 融点・凝固点:目的の温度帯で相変化するか
  • 過冷却:冷やしても予定した温度で固まらない場合があるか
  • 熱伝導率:PCM内部へどれくらい速く熱を出し入れできるか
  • 体積変化:融解・凝固で容器に負担がかからないか
  • 繰り返し耐久性:多数回の相変化後も性能を維持できるか
  • 安全性・腐食性:容器や周囲の材料と問題なく使えるか

J-STAGEのPCM研究でも、融解・凝固温度や過冷却、伝熱挙動などが実際の蓄熱性能を左右する要素として扱われています。潜熱が大きい材料でも、熱を取り出す速度が遅すぎれば、必要な時間に十分な性能を発揮できない場合があります。

まとめ

融解熱が保冷剤・氷蓄熱・PCMの温度安定化に利用されるのは、固体が液体へ変わる間に、温度を大きく変えずに多くの熱を吸収できるからです。

氷は0℃付近で融けながら周囲から熱を吸収し、保冷に役立ちます。氷蓄熱では夜間につくった氷へ冷熱を蓄え、昼間の空調へ利用できます。建物や機器では、用途に合った融点を持つPCMを使うことで、温度変化を緩やかにしたり、熱需要の時間帯をずらしたりできます。

融解熱は、単に「物を融かすための熱」ではありません。相変化によって大量のエネルギーを吸収・放出できる性質を利用することで、身近な保冷から建物の省エネルギー、熱エネルギー貯蔵まで幅広い技術を支えています。

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