なぜ乳酸菌は発酵に適した仕組みを持つのか?

ヨーグルト、チーズ、漬物、キムチ、発酵ソーセージなど、多くの発酵食品では乳酸菌が重要な役割を担います。乳酸菌は単に「乳酸を作る菌」ではありません。食品中の糖を取り込み、エネルギーへ変え、酸性化が進む環境でも細胞を守りながら増殖し、香りや食感に関わる物質まで作る仕組みを持っています。

乳酸菌が発酵に適した仕組みを持つのは、細胞膜の輸送系で糖などの栄養を取り込み、解糖系などでATPを得ながら乳酸などを作り、さらに細胞壁・細胞膜・ストレス応答系を使って酸や塩、温度変化などの環境ストレスに対応できるからです。ただし、乳酸菌は非常に多様な細菌群であり、すべての菌種・菌株が同じ代謝や耐性を持つわけではありません。

目次

乳酸菌はどのような細胞なのか

乳酸菌は、糖を発酵して乳酸を主要な代謝産物として作る細菌の総称です。Lactococcus、Streptococcus、Leuconostoc、Pediococcus、Lactiplantibacillusなど、さまざまな属が含まれます。

多くの乳酸菌はグラム陽性細菌で、細胞の外側に厚いペプチドグリカン層を持ち、その内側に細胞膜があります。細胞壁は形を保ち、外部からの物理的な力や浸透圧変化から細胞を守るうえで重要です。

細胞膜には、糖、アミノ酸、イオンなどを取り込む輸送体や、細胞内外のイオンバランスを調整するタンパク質があります。発酵は細胞内の代謝反応だけで起こるのではなく、まず必要な栄養を細胞内へ取り込むところから始まります。

乳酸菌は糖をどうやって取り込むのか

乳酸菌が発酵を進めるには、グルコース、乳糖、果糖などの糖を細胞内へ取り込む必要があります。そのために、細胞膜には複数の糖輸送系があります。

代表的な仕組みの一つが、ホスホエノールピルビン酸依存性ホスホトランスフェラーゼ系、略してPTSです。PTSは糖を細胞内へ運ぶと同時に、取り込んだ糖へリン酸基を付加します。これによって、糖をそのまま次の代謝反応へ送りやすくします。

乳酸菌の輸送体に関するレビューでは、糖輸送は単なる入口ではなく、どの糖を優先して利用するかという代謝制御にも関わることが示されています。複数の糖が存在するとき、乳酸菌は利用しやすい糖を優先し、他の糖の利用を抑えることがあります。

食品中の糖組成が違えば、同じ乳酸菌でも発酵速度や生成物が変わることがあるのは、このような糖輸送と代謝制御が関係しています。

取り込んだ糖からATPを作る

細胞内へ入った糖は、解糖系などの経路で分解されます。代表的なホモ型乳酸発酵では、グルコースからピルビン酸が作られる過程でATPが得られます。

ATPは、細胞が増殖したり、タンパク質を作ったり、物質を輸送したりするためのエネルギーとして利用されます。乳酸菌にとって、発酵の第一の目的は人間のために酸味を作ることではなく、自分の生命活動に必要なエネルギーを得ることです。

一方、乳酸菌の中にはペントースリン酸経路系を利用して、乳酸だけでなく酢酸、エタノール、二酸化炭素なども作る菌があります。このため、乳酸菌と一口にいっても、エネルギーの得方や最終生成物は一様ではありません。

なぜ乳酸を作るのか

解糖系では、糖を分解する途中でNAD+がNADHへ変わります。解糖系を続けるためには、NADHを再びNAD+へ戻す必要があります。

多くの乳酸菌では、乳酸脱水素酵素がピルビン酸を乳酸へ還元するときにNADHを使い、NAD+を再生します。再生されたNAD+は再び解糖系へ戻り、糖の分解とATP産生を続けることができます。

つまり、乳酸生成は味を酸っぱくするための反応ではなく、細胞が糖代謝を継続するための重要な仕組みです。結果として乳酸が食品中へ蓄積し、pHが低下して酸味や保存性に影響します。

乳酸菌は乳酸を作りながら、なぜ酸に耐えられるのか

乳酸発酵が進むと食品のpHは下がります。これは他の微生物を抑える一方、乳酸菌自身にとってもストレスになります。

酸性環境では、細胞外からプロトンが入り込みやすくなり、細胞内のpHが下がると酵素反応やタンパク質の機能が損なわれます。乳酸菌はこれを防ぐため、複数の酸ストレス応答を持っています。

代表的な仕組みの一つがF0F1-ATPaseです。この酵素複合体はATPのエネルギーを使って細胞内のプロトンを外へ排出し、細胞内pHを保つ方向に働きます。

さらに、菌種によっては細胞膜の脂肪酸組成を変えたり、ストレスで変性したタンパク質を修復するシャペロンを増やしたり、アミノ酸代謝を利用して酸ストレスを和らげたりします。乳酸菌のストレス生理に関するレビューでも、細胞エネルギー、細胞膜、タンパク質などを守る複数の応答系が整理されています。

細胞膜は酸・塩・胆汁などへの耐性にも関わる

細胞膜は、栄養を取り込む入口であると同時に、外部環境から細胞内部を守る境界です。発酵食品では、乳酸菌は酸だけでなく、塩分、低温・高温、浸透圧、酸素などさまざまなストレスを受けます。

たとえば塩分が高い食品では、細胞から水が失われやすくなります。乳酸菌は適合溶質を取り込む輸送系などを使い、細胞内の浸透圧バランスを保とうとします。

日本乳酸菌学会誌の解説でも、乳酸菌やビフィズス菌のストレス応答では細胞膜が重要な標的であり、膜機能を維持するための応答が生存に深く関わることが説明されています。

このような膜の保護機構は、食品製造時の塩分や酸だけでなく、スターター菌の凍結・乾燥保存などへの耐性にも関係します。

乳酸菌はどうやって増えるのか

乳酸菌は、基本的には一つの細胞が二つに分かれる二分裂によって増殖します。DNAを複製し、細胞中央付近に隔壁を作り、二つの娘細胞へ分かれます。

発酵開始時に乳酸菌の数が少なくても、温度、栄養、水分、pHなどの条件が合えば細胞分裂を繰り返し、菌数が増えていきます。

菌数が増えると食品全体で糖を消費する能力が高まり、乳酸などの生成速度も上がります。そのため、発酵では「一つの細胞がどれくらい速く代謝するか」だけでなく、「細胞数がどのように増えるか」も重要です。

タンパク質やペプチドも取り込んで利用する

牛乳などでは、糖だけでなくタンパク質由来の栄養も乳酸菌の増殖に重要です。乳酸菌の中には、細胞表層のプロテアーゼでタンパク質を分解し、できたペプチドを細胞膜の輸送系で取り込むものがあります。

取り込まれたペプチドは細胞内のペプチダーゼでアミノ酸へ分解され、タンパク質合成や代謝に使われます。

2021年の乳酸菌代謝レビューでは、細胞外タンパク質の分解、ペプチド輸送、細胞内でのアミノ酸代謝が、乳酸菌の生育や発酵食品の風味形成に関わることが整理されています。

このため、発酵食品では糖だけでなく、乳酸菌が利用できる窒素源があるかどうかも発酵速度や風味に影響します。

乳酸菌は食感に関わる物質も作る

一部の乳酸菌は、菌体外多糖と呼ばれる多糖類を細胞外へ作ります。これらの多糖は、水分やタンパク質と相互作用し、とろみ、粘り、なめらかさなどの食感に影響することがあります。

ヨーグルトや発酵乳では、菌株によって菌体外多糖の生産量や性質が異なり、同じ乳酸量でも口当たりが変わることがあります。

また、一部の菌株はバクテリオシンなどの抗菌性物質を作ります。これらは、食品中で他の細菌との競争に関わり、保存性にも影響する場合があります。

つまり、乳酸菌の発酵機能は「乳酸を作る」だけではなく、代謝物や細胞外物質を通じて食品全体の品質を変える仕組みまで含みます。

乳酸菌はすべて同じ仕組みを持つわけではない

乳酸菌は非常に多様です。ホモ型発酵を行う菌、ヘテロ型発酵を行う菌、塩に強い菌、低温で働きやすい菌、高温で働きやすい菌などがあります。

糖輸送体の種類、利用できる糖、酸ストレス応答、タンパク質分解能力、菌体外多糖や香気成分の生成量なども、菌種・菌株によって異なります。

そのため、ヨーグルト、チーズ、漬物、発酵肉、サワードウなどでは、それぞれの食品環境と目的に合う乳酸菌が選ばれます。

同じ「乳酸菌」という名前でも、どの菌株を使うかで発酵速度、酸味、香り、食感、保存性が変わる可能性があります。

スターターとして使う意味

自然発酵では、原料や環境にもともと存在する乳酸菌が増殖して発酵を進めます。しかし、どの菌が優勢になるかは毎回同じとは限りません。

食品工業では、性質がよく分かっている乳酸菌をスターターとして最初から加えることがあります。目的の菌を十分な数で加えると、発酵を早く立ち上げやすくなり、酸生成や風味、食感をそろえやすくなります。

スターター選びでは、乳酸生成速度だけでなく、糖利用性、温度特性、塩耐性、酸耐性、香気生成、菌体外多糖生産など、細胞のさまざまな性質が評価されます。

まとめ

乳酸菌が発酵に適した仕組みを持つのは、細胞膜の輸送系で糖やペプチドを取り込み、解糖系などでATPを得ながら乳酸などの代謝産物を作り、細胞壁・細胞膜・ストレス応答系によって酸や塩などの環境変化へ対応できるからです。

乳酸生成では、ピルビン酸を乳酸へ還元することでNAD+を再生し、糖代謝を継続します。また、細胞分裂によって菌数を増やし、菌体外多糖や香気成分、抗菌性物質などを作る菌株もあります。

ただし、乳酸菌は一種類の均一な微生物ではありません。糖輸送、発酵形式、ストレス耐性、風味や食感に関わる代謝は菌種・菌株によって異なります。乳酸菌の発酵を理解するには、乳酸生成だけではなく、栄養輸送、エネルギー代謝、細胞構造、増殖、環境応答を一つのシステムとして見ることが重要です。

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