ヨーグルト、漬物、キムチ、サワードウなどでは、いずれも乳酸発酵が重要な役割を持ちます。しかし、同じ「乳酸発酵」でも、発酵にかかる時間、乳酸が増える速さ、pHの下がり方、ガスや香りの出方、最終的な酸味や食感は食品ごとに大きく異なります。
乳酸発酵の進み方が食品や条件によって違うのは、乳酸菌が利用する糖の種類、食品中の水分や塩分、温度、pH、酸素、共存する微生物、ホモ型・ヘテロ型発酵の割合などが食品ごとに異なり、それによって乳酸生成速度や副生成物、微生物の交代、発酵の終了点が変わるからです。
基本反応が同じでも食品の中では条件が違う
代表的な乳酸発酵では、乳酸菌が糖を取り込み、解糖系などでエネルギーを得ながら乳酸を作ります。この基本的な仕組みはヨーグルトでも漬物でも共通しています。
一方、実際の食品では、乳糖が多い牛乳、植物由来のグルコースやフルクトースを含む野菜、デンプンが酵素で分解されながら糖を供給する小麦生地など、乳酸菌が置かれる環境が大きく異なります。
さらに、塩分、水分、温度、酸素、タンパク質や緩衝成分の量も違います。そのため、同じ乳酸発酵という言葉でまとめられていても、食品中で起きる反応速度や微生物の構成は同じにはなりません。
ヨーグルトでは乳糖から乳酸を作りながらゲル化が進む
ヨーグルトでは、牛乳中の乳糖が主な糖源です。代表的なスターターであるStreptococcus thermophilusとLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusは、互いの生育を助けながら乳酸を作ります。
乳酸が増えるとpHが下がり、乳タンパク質であるカゼインの状態が変化します。一定のpH付近まで酸性化するとカゼインが凝集し、液体だった牛乳がゲル状へ変わります。
このためヨーグルトでは、乳酸生成速度だけでなく、pHがどの速度で下がり、どの時点で望ましい粘度や硬さへ達するかが重要です。
発酵を長く続けすぎると酸味が強くなりすぎるため、目標pHや酸度へ達したところで冷却し、乳酸菌の活動を大きく落とします。
発酵乳では原料の緩衝能も進み方を変える
牛乳にはタンパク質やリン酸塩など、酸を加えてもpHの変化を緩やかにする成分があります。これを緩衝作用といいます。
そのため、乳酸が増えた量とpH低下の大きさは常に一対一ではありません。乳酸菌が同じ量の乳酸を作っても、乳成分の組成によってpHの下がり方やゲル化のタイミングが変わることがあります。
発酵乳の官能研究でも、有機酸量や菌の組み合わせの違いが酸味や品質差につながることが報告されています。
漬物では塩分が乳酸発酵のスタート地点を変える
漬物では、野菜へ塩を加えることが乳酸発酵の重要な条件になります。塩は野菜から水分を引き出して漬け液を作ると同時に、多くの微生物へ浸透圧ストレスを与えます。
適切な塩分では、塩に弱い腐敗菌などが増えにくくなり、ある程度塩に耐えられる乳酸菌が優勢になりやすくなります。
一方、塩分が高すぎると乳酸菌自身の増殖も遅くなります。このため、漬物では「塩を多くすれば安全」という単純な関係ではなく、目的の乳酸菌が十分に働ける塩分範囲が重要です。
日本の漬物用乳酸菌研究でも、菌株の選抜とともに、低温や食塩条件を含む実際の発酵条件が品質形成に大きく関わることが示されています。
漬物では自然発酵による微生物の交代が起こりやすい
スターターを使うヨーグルトと異なり、伝統的な漬物では原料や環境にもともと存在する微生物が発酵を担うことがあります。
発酵初期には、比較的酸性化していない環境で増えやすい乳酸菌が活動します。乳酸が増えてpHが下がると、より酸に強い乳酸菌が優勢になるなど、時間とともに菌叢が変化することがあります。
このような微生物遷移によって、発酵初期と後期では酸の生成速度や香りの成分が異なります。
したがって、漬物の乳酸発酵は一種類の乳酸菌が最初から最後まで一定速度で働く工程ではなく、食品環境の変化に応じて微生物群集そのものが変化する工程です。
温度が変わると優勢になる乳酸菌も変わる
乳酸菌は菌種ごとに増殖しやすい温度帯が異なります。
ヨーグルトで使われる好熱性乳酸菌は比較的高い温度で速く酸を作ります。一方、漬物などでは低温でも活動できるLeuconostoc類などが発酵初期に優勢になる場合があります。
温度が変わると、同じ原料でも乳酸菌の増殖速度が変わり、どの菌が先に増えるかという競争関係まで変わります。
その結果、乳酸の生成速度だけでなく、酢酸、エタノール、二酸化炭素などの副生成物の比率も変わることがあります。
サワードウでは乳酸菌と酵母が同時に働く
サワードウでは、乳酸菌だけでなく酵母も重要です。小麦粉中の成分を穀物由来の酵素が分解して糖を作り、その糖を乳酸菌と酵母が利用します。
乳酸菌は乳酸や酢酸などを作り、酵母は二酸化炭素やエタノールを作ります。両者は同じ糖を奪い合うだけでなく、片方が作った代謝産物や栄養成分をもう一方が利用することもあります。
サワードウに関するレビューでは、穀物酵素による糖供給と乳酸菌代謝が相互に影響し、特にヘテロ型乳酸菌がマルトースやスクロースを利用して乳酸、酢酸、二酸化炭素などを作ることが整理されています。
このため、サワードウの乳酸発酵は、単独培養の乳酸菌発酵とは異なり、酵母や穀物酵素を含む複合系として進みます。
ホモ型とヘテロ型の割合で結果が変わる
乳酸発酵には、糖から主に乳酸を作るホモ型と、乳酸に加えて二酸化炭素、エタノール、酢酸なども作るヘテロ型があります。
ヨーグルトのように速い酸性化が重要な食品では、乳酸を多く作る経路が品質形成に大きく関わります。
一方、サワードウや一部の野菜発酵では、ヘテロ型乳酸菌が作る酢酸や二酸化炭素が香りや生地構造へ影響します。
同じ量の糖が消費されても、ホモ型とヘテロ型で最終生成物の配分が違うため、酸味、香り、ガス生成、ATP収支も変わります。
糖の種類が変わると代謝経路も変わる
食品ごとに乳酸菌が利用する糖は異なります。牛乳では乳糖、野菜ではグルコースやフルクトース、穀物ではマルトースなどが重要です。
乳酸菌は、すべての糖を同じ効率で使えるわけではありません。糖輸送体や代謝酵素の違いによって、利用しやすい糖と利用しにくい糖があります。
さらに、ヘテロ型乳酸菌では糖の種類によって酢酸とエタノールの生成比が変わることがあります。つまり、原料の炭水化物組成は、乳酸発酵の速度だけでなく生成物の種類にも影響します。
塩分は発酵速度だけでなく菌叢を選ぶ
野菜発酵や高塩発酵食品では、塩分が微生物群集を選択する大きな要因になります。
塩に弱い菌は初期から増殖しにくくなり、耐塩性のある乳酸菌が残りやすくなります。
一方、塩分が高くなるほど乳酸菌も浸透圧ストレスを受け、乳酸生成が遅くなることがあります。
したがって、塩分は「雑菌抑制」と「乳酸菌への負荷」の両方を持つ条件であり、このバランスによって発酵の速さと優勢菌が決まります。
pHが下がるほど発酵は自分自身で減速しやすい
乳酸発酵が進むと、乳酸などの有機酸が蓄積してpHが低下します。
酸性化は食品保存に有利ですが、乳酸菌自身にもストレスになります。細胞はプロトンを外へ排出し、細胞内pHを維持するためにATPを使う必要があります。
そのため、発酵後半では糖が残っていても乳酸生成速度が低下することがあります。
どこまでpHが下がった時点で発酵が実質的に止まるかは、菌種・菌株の酸耐性と食品の緩衝能によって変わります。
酸素条件でも乳酸生成量が変わることがある
乳酸発酵は酸素を必要としない代謝ですが、乳酸菌の中には酸素が存在すると別のNADH再酸化経路を利用できるものがあります。
その場合、糖から得た炭素が乳酸だけに流れず、酢酸や他の生成物へ分配されることがあります。
また、酸素への耐性自体も菌種によって異なります。容器の密封度や撹拌、食品表面と内部の違いによって酸素条件が変わるため、同じ食品でも場所によって発酵の進み方が異なる場合があります。
水分活性や食品の硬さも発酵速度へ影響する
ヨーグルトのような液状に近い食品では、微生物と基質が比較的接触しやすくなります。一方、固形の野菜や生地では、糖や酸の拡散速度が場所によって異なります。
塩や糖の濃度が高いと水分活性が下がり、乳酸菌は水分を利用しにくくなります。
このため、発酵の進み方は化学組成だけでなく、食品が液体か半固体か、どれだけ水分を利用できるかという物理的条件にも左右されます。
スターター発酵と自然発酵では再現性が違う
ヨーグルトなどでは、性質が分かっている乳酸菌をスターターとして一定量加えるため、発酵開始時の菌数や菌種をそろえやすくなります。
一方、自然発酵の漬物では、原料に付着している微生物量や種類が毎回同じとは限りません。
そのため、自然発酵では立ち上がり時間や優勢菌、最終的な酸味や香りにばらつきが出やすくなります。
食品製造でスターターを使うのは、乳酸発酵を起こすためだけではなく、発酵速度や品質を安定させるためでもあります。
食品ごとに「発酵終了」の基準も違う
乳酸発酵がどこまで進めば完成かは、食品によって異なります。
ヨーグルトでは目標pHや酸度、粘度などが重要です。漬物では酸味、塩味、香り、保存性、食感などを見ながら発酵期間を決めます。サワードウではpHや酸度だけでなく、生地のガス保持性や香り、パン製造に使うタイミングも重要です。
つまり、乳酸菌の活動が完全に止まった時が「完成」なのではありません。目的の品質へ達したところで、冷却、加熱、塩分調整、焼成などによって次の工程へ移ります。
同じ乳酸発酵でも食品ごとの比較軸は違う
ヨーグルトでは、乳酸生成によるpH低下と乳タンパク質のゲル化が重要です。漬物では、塩分による微生物選択と自然発酵中の菌叢遷移が大きな特徴です。サワードウでは、乳酸菌と酵母、穀物酵素の相互作用が発酵を形作ります。
この三つを比べるだけでも、乳酸発酵は「乳酸菌が糖から乳酸を作る」という一つの反応だけでは理解できないことが分かります。
食品ごとの発酵は、原料組成、微生物群集、物理条件、工程設計が一体となったシステムです。
まとめ
乳酸発酵の進み方が食品や条件によって違うのは、乳酸菌が利用する糖、温度、塩分、pH、酸素、水分、共存微生物などが食品ごとに異なるためです。
ヨーグルトでは乳糖を使った速い酸性化と乳タンパク質のゲル化が中心になり、漬物では塩分と低温が菌叢を選び、時間とともに優勢な乳酸菌が交代することがあります。サワードウでは乳酸菌、酵母、穀物酵素が相互作用し、乳酸だけでなく酢酸や二酸化炭素なども品質へ影響します。
さらに、ホモ型・ヘテロ型の発酵形式、糖の種類、酸耐性、酸素利用、水分活性、スターターの有無によって、乳酸生成速度や副生成物、発酵終了点は変化します。
したがって、「乳酸発酵の違い」を理解するには、乳酸菌の種類だけを見るのではなく、どの食品中で、どの糖を使い、どの環境条件で、どの微生物と共存し、どの品質を目標に発酵させるのかという工程全体を比較することが重要です。
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参考資料
- 石川健一ほか「漬物に適した乳酸菌の選択と発酵条件の確立」日本食品科学工学会誌, 2003.
- 片倉啓雄ほか「乳酸菌の好気的流加培養」日本乳酸菌学会誌, 2022.
- Liquid-phase food fermentations with microbial consortia involving lactic acid bacteria: A review. Food Research International, 2019.
- Enzymatic and bacterial conversions during sourdough fermentation. Food Microbiology, 2014.

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