発酵中の食品や原料を観察すると、温度がずっと一定ではなく、時間とともに上がり、ピークを迎え、その後に下がることがあります。麹、納豆、テンペなどの固体発酵では特に品温の変化が目立ちますが、大型の液体発酵でも微生物の活動が盛んな時期には冷却が必要になることがあります。
発酵中の温度が時間とともに上がったり下がったりするのは、微生物が作る代謝熱の量と、容器・空気・蒸発・攪拌・送風・冷却などによって外へ逃げる熱の量が、発酵の進行に応じて変化するからです。発熱が放熱を上回れば温度は上がり、両者がつり合えば温度は安定し、放熱が発熱を上回れば温度は下がります。
発酵温度は微生物の活動だけでは決まらない
発酵中には、酵母、乳酸菌、麹菌、納豆菌などが糖やアミノ酸などを利用して代謝します。そのとき、化学エネルギーのすべてが細胞や生成物に蓄えられるわけではなく、一部は熱として周囲へ放出されます。
しかし、発酵物の温度は「どれだけ熱を作ったか」だけでは決まりません。発生した熱がどれだけ速く外へ逃げるかも重要です。
たとえば、同じ量の熱が発生しても、薄く広げた原料と厚く積んだ原料では温度上昇の程度が違います。送風の有無、容器の材質、周囲の気温、攪拌、蒸発などによっても放熱速度は変わります。
発酵初期はまだ発熱が小さいことがある
仕込み直後は、微生物の数がまだ少なく、新しい環境へ適応している段階です。
この時期には細胞一つひとつが活動を始めていても、発酵物全体としての代謝量はまだ小さく、発熱も大きくないことがあります。そのため、品温は室温や仕込み温度に近いまま推移する場合があります。
やがて微生物が増殖し、利用できる栄養を盛んに代謝するようになると、単位時間あたりの発熱量が増えます。ここから温度上昇が目立つようになります。
中盤では微生物の増殖とともに発熱が大きくなる
発酵中盤は、微生物の菌体量が増え、糖や有機物の分解が活発になりやすい時期です。
納豆発酵中の熱量を測定した国内研究では、発熱曲線と納豆菌の増殖曲線がよく対応し、発酵中に発熱速度が大きく変化することが示されています。
このように、発熱量は発酵中ずっと一定ではありません。菌数が増え、代謝が活発になる時間帯では発熱が大きくなり、放熱が追いつかなければ品温が上昇します。
温度が上がると発酵がさらに活発になることがある
多くの微生物では、低すぎる温度から適温へ近づくと酵素反応や増殖が速くなります。
そのため、発酵による熱で温度が上がると、一定範囲では微生物の活動がさらに高まり、発熱量も増えることがあります。
これは「温度上昇によって代謝が活発になる→発熱が増える→さらに温度が上がる」という方向のフィードバックです。
ただし、この関係は無限には続きません。温度が微生物の適温を超えると、酵素や細胞膜への負担が増え、増殖や代謝が低下します。
温度がピークを迎えるのは発熱と放熱の差が小さくなるから
品温が上昇している間は、発生する熱が外へ逃げる熱より多い状態です。
発酵が進むと、熱を外へ逃がす量も大きくなります。発酵物と周囲との温度差が大きくなれば、容器壁や空気への熱移動も増えます。また、水分の蒸発が盛んになれば蒸発冷却によって熱が奪われます。
そして、ある時点で発熱と放熱がほぼつり合うと、温度上昇が止まり、品温はピークまたは一定値に近づきます。
したがって、温度のピークは「微生物が突然活動を止めた時刻」とは限りません。熱の出入りがつり合った結果として現れる場合があります。
発酵後半には発熱量が減って温度が下がることがある
発酵がさらに進むと、利用できる糖や窒素源が減り、酸やアルコールなどの生成物が蓄積します。
その結果、微生物の増殖速度や代謝速度が低下し、単位時間あたりの発熱量も小さくなります。
一方、容器や空気への放熱は続きます。そのため、発熱量が放熱量を下回ると、品温は徐々に低下します。
つまり、発酵後半の温度低下は「発酵が終わったから自然に冷える」というより、発熱と放熱の収支が放熱側へ傾いた結果です。
発熱量の時間変化は一つのピークとは限らない
微生物の活動が複数の段階に分かれる発酵では、発熱曲線にも複数の山が現れることがあります。
納豆の研究では、丸大豆を用いた条件で二段階の発熱が観察されました。著者らは、大豆表面の変化によって後から利用できる栄養が増え、二次的な増殖または代謝が起こった可能性を考察しています。
このように、温度履歴は単純な「上がって下がる一山型」だけではありません。原料から栄養が供給されるタイミングや、微生物群集の交代、酵素による原料分解などによって、発熱の時間パターンは変わります。
固体発酵では温度が上がりやすく、場所による差も生じやすい
麹、テンペなどの固体発酵では、微生物が湿った固体表面や内部で増殖します。
固体は液体のように自然に混ざりにくいため、内部で生じた熱が外へ移動しにくくなります。特に原料層が厚いと、中心部から表面まで熱が移動する距離が長くなり、内部温度が高くなりやすくなります。
海外の固体発酵研究でも、熱移動の抵抗によって発酵層内部に大きな温度勾配が生じ、微生物の生育や酵素生産へ影響することが報告されています。
つまり、「発酵物の温度」といっても、固体発酵では一か所の測定値だけでは全体を表せない場合があります。
攪拌すると温度が下がりやすくなる理由
攪拌には、温度の高い部分と低い部分を混ぜ、熱を発酵物全体へ分散させる働きがあります。
さらに、発酵物を容器壁へ接触させることで熱移動を促し、表面からの蒸発も増やすことがあります。
Aspergillus oryzaeを用いた固体発酵研究では、連続混合によって発酵層の温度不均一が抑えられ、熱を反応器壁へ移しやすくなることが示されています。
そのため、攪拌は単なる「材料を均一にする操作」ではなく、温度履歴を変える熱管理操作でもあります。
送風は酸素供給と冷却の両方を行う
麹菌など酸素を必要とする微生物では、送風によって酸素供給を増やすと代謝や増殖が活発になることがあります。これは発熱を増やす方向に働きます。
一方で、送風は温かい空気を外へ運び、水分の蒸発も促します。そのため冷却効果もあります。
つまり、送風には「微生物を活発にして発熱を増やす作用」と「熱を逃がして温度を下げる作用」が同時にあります。
どちらが強く現れるかは、空気量、湿度、温度、原料水分、発酵段階などによって変わります。
蒸発は強い冷却作用を持つ
水が蒸発するときには多くの熱が必要です。その熱は発酵物から奪われるため、蒸発は固体発酵で重要な冷却機構になります。
固体発酵の熱移動モデルでは、発熱が大きい時期に蒸発が大きな割合の熱除去を担う場合があることが示されています。
ただし、蒸発が進みすぎれば原料が乾燥し、微生物が利用できる水分が不足します。
したがって、冷却のために送風を強くすればよいとは限りません。温度と水分を同時に管理する必要があります。
液体発酵では温度を均一にしやすい
ワイン、ビール、乳酸発酵液などの液体発酵でも代謝熱は発生します。
ただし液体は攪拌や自然対流によって熱を均一化しやすく、タンクの冷却ジャケットやコイルを使って熱を除きやすい特徴があります。
そのため、小規模では温度変化が目立たない場合がありますが、大型発酵槽では微生物量が多く、発熱も大きいため温度制御が重要になります。
外気温が一定でも、冷却能力が不足すれば液温が上昇する可能性があります。
容器の大きさで温度履歴が変わる
同じ微生物と原料でも、少量の仕込みと大量の仕込みでは温度変化が同じとは限りません。
小さな仕込みでは、体積に対して表面積が大きく、熱が周囲へ逃げやすい傾向があります。大量仕込みでは内部から表面までの距離が長くなり、熱がこもりやすくなります。
固体発酵を小型フラスコから大型反応器へ拡大した研究では、反応器内で熱が蓄積し、基質層の深さに応じた温度勾配が観察されています。
このため、実験室でうまくいった温度条件を、そのまま大型製造へ移せるとは限りません。
周囲の温度が変われば放熱速度も変わる
発酵物から周囲へ熱が移る速度は、発酵物と周囲との温度差にも左右されます。
室温が低ければ、同じ品温でも周囲へ熱が逃げやすくなります。室温が高ければ温度差が小さくなり、放熱は弱くなります。
そのため、同じ発酵レシピでも季節や室温によって品温履歴が変わることがあります。
発酵室の温度管理は、微生物の適温を作るだけでなく、発酵物からどれだけ熱を逃がせるかを調整する意味も持っています。
外から冷却すれば温度曲線そのものを作り変えられる
工業発酵では、温度が上がりすぎないように冷却水、冷却ジャケット、送風、攪拌などを使います。
このとき、温度は「自然に決まる値」ではなく、人為的に管理される工程条件になります。
発熱量が大きくなる中盤には冷却を強め、発熱が小さくなった後半には冷却を弱めるなど、発酵段階に応じて操作を変えることがあります。
そのため、同じ微生物の発酵でも、装置と制御方法が違えば実際に記録される温度曲線は大きく変わります。
温度履歴は発酵の進み具合を知る手掛かりになる
微生物の活動が盛んになると発熱が増えるため、温度の変化は発酵状態を知る手掛かりの一つになります。
特に固体発酵では、品温が上がり始める時刻、上昇速度、ピーク温度、ピーク後の低下などから、微生物活動の変化を推測できる場合があります。
ただし、温度は室温、送風、攪拌、冷却にも左右されます。そのため、温度だけを見て発酵の進み具合を断定するのではなく、時間、原料状態、香り、pH、ガス発生、菌体量など他の指標と組み合わせる必要があります。
温度が変わることと、温度が発酵へ影響することは別の問い
発酵と温度には双方向の関係があります。
一つは、温度が変わることで微生物の増殖や酵素反応が変わるという関係です。もう一つは、微生物が代謝熱を作ることで発酵物の温度そのものが変わるという関係です。
さらに実際の発酵では、上がった温度が微生物活動を変え、その活動変化が次の発熱量を変えるため、両者が相互に影響します。
発酵中の温度履歴を理解するには、「温度が原因」なのか「温度が結果」なのかを一方向だけで考えず、熱収支と微生物活動のフィードバックとして見ることが重要です。
まとめ
発酵中の温度が時間とともに上がったり下がったりするのは、微生物が作る代謝熱と、容器・空気・蒸発・攪拌・送風・冷却によって外へ逃げる熱のバランスが、発酵の進行に応じて変わるからです。
発酵初期には菌体量が少なく発熱が小さいことがあります。中盤では増殖と代謝が活発になって発熱が増え、放熱を上回ると品温が上昇します。発酵が進んで栄養が減り、微生物活動が弱くなると発熱は小さくなり、放熱が上回って温度が低下します。
さらに、固体発酵では熱移動が不均一になりやすく、原料層の厚さ、容器の大きさ、攪拌、送風、蒸発、水分量によって温度曲線が大きく変わります。大型化すると内部に温度勾配も生じやすくなります。
したがって、発酵温度は単なる設定値ではなく、微生物の活動と熱の出入りを反映して時間とともに変わる工程指標です。発酵を安定して進めるには、品温そのものを測り、発熱と放熱のバランスを見ながら温度を管理することが重要です。
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参考資料
- 飯島明彦ほか「納豆発酵中の熱量測定」日本食品科学工学会誌, 1999.
- 吉田敦子「食品発酵分野における微生物の役割と培養環境」室内環境, 2024.
- Temperature control in a continuously mixed bioreactor for solid-state fermentation. Biotechnology and Bioengineering, 2001.
- Validation of a model describing two-dimensional heat transfer during solid-state fermentation in packed bed bioreactors. Biotechnology and Bioengineering, 1998.

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