生のコーヒー豆は硬く、内部の組織も比較的密です。ところが焙煎すると、豆は膨らみ、軽くなり、もろくなります。挽いたときには内部から強い香りが立ち、焙煎直後の豆からは二酸化炭素とともに香気成分が少しずつ放出されます。
この変化は、香り成分が増えるだけで説明できません。焙煎では、水分が蒸発し、熱反応からガスが発生し、豆内部の圧力が上がります。その結果、細胞組織が膨張し、空胞や細孔、き裂が増えて、豆そのものが多孔質な構造へ変わります。
結論から言うと、焙煎するとコーヒー豆が多孔質になり香りを放出しやすくなるのは、水分の蒸発と二酸化炭素などのガス生成によって内部圧力が高まり、細胞壁が膨張・破壊されて、香気成分やガスが移動できる細孔ネットワークが発達するからです。ただし、多孔質になるほど香りが無条件に強くなるわけではありません。細孔は香気の放出経路になる一方、焙煎後には香りが抜ける経路にもなるため、焙煎度、粉砕、保存条件によって香りの残り方が変わります。
生豆は水分を含んだ硬い細胞組織でできている
生のコーヒー豆は、植物の種子として形成された細胞組織を持っています。内部には水分、糖、たんぱく質、脂質、有機酸などが含まれ、細胞壁がそれらを比較的密な構造の中に保持しています。
焙煎前の豆は、焙煎後と比べて体積が小さく、密度が高く、圧縮しても壊れにくい状態です。日本の研究では、生豆を焙煎すると体積が大きく増え、比重と圧縮強度が大幅に低下することが示されています。
つまり、焙煎は単に豆の色を変える工程ではなく、内部構造そのものを作り替える工程でもあります。
焙煎の最初では、まず水分が蒸発する
焙煎開始直後の重要な変化は水分の移動です。豆の温度が上がると、内部の水が蒸発し、外へ移動します。
水分が蒸気になると体積は大きく増えます。豆内部では、水蒸気が細胞や微細な空隙を通って外へ出ようとします。
初期の乾燥段階では、この水分蒸発に多くの熱が使われます。しかし焙煎が進み水分が減ると、豆内部の温度はさらに上がりやすくなり、メイラード反応、糖の熱分解などが本格的に進みます。
高温になると、二酸化炭素などのガスも生成する
焙煎が進むと、水蒸気だけでなく化学反応からもガスが生じます。コーヒー豆では、メイラード反応、ストレッカー分解、熱分解などに伴って二酸化炭素を中心とするガスが生成します。
これらのガスが豆内部で発生すると、外へ出るまでの間に内部圧力を高めます。豆の組織がまだ完全に開いていない段階では、ガスは細胞壁や空隙を押し広げる力として働きます。
海外研究でも、焙煎時に形成される二酸化炭素や揮発性成分が内部圧力を高め、豆の膨張や細孔発達に関係すると報告されています。
内部圧力によって細胞組織が膨らむ
豆内部の水蒸気や二酸化炭素が増えると、細胞壁には内側から力がかかります。同時に、加熱によって細胞壁を構成する物質の物性も変化します。
その結果、細胞や既存の空隙が膨らみ、豆全体の体積が増加します。国内の組織観察では、焙煎の進行に伴って豆内部に球状の空胞が発達し、組織がスポンジ状になることが確認されています。
この膨張は、コーヒー豆が焙煎後に軽くなる理由の一つです。質量は水分や揮発成分の損失で減る一方、体積は増えるため、見かけの密度が低くなります。
焙煎が進むと空胞どうしがつながり、細孔ネットワークが発達する
焙煎初期にできた小さな空隙は、焙煎が進むにつれて拡大します。隣り合う空胞の壁が薄くなったり壊れたりすると、互いにつながった空間ができます。
こうして、豆内部には水蒸気、二酸化炭素、香気成分が移動できる経路が増えていきます。
2024年のX線マイクロCT研究では、焙煎に伴ってコーヒー豆の気孔率が大きく増加し、焙煎条件によっては約60%まで上昇したことが報告されています。別の時間分解CT研究でも、生豆から深煎りになるにつれて細孔率と細孔径が増え、内部構造が大きく変化することが示されています。
豆の表面にはき裂が増え、内部と外部がつながりやすくなる
内部だけでなく、豆の表面も変化します。焙煎が進むにつれて表面のき裂が大きく、深くなります。
国内の走査型電子顕微鏡観察では、焙煎度が進むほど表面き裂が発達し、内部の空胞も大きくなることが確認されています。
このき裂は、内部のガスが外へ逃げる出口になります。同時に、焙煎後には外部の酸素が内部へ入りやすくなる経路にもなります。
つまり、多孔質化とき裂形成は、焙煎中には圧力を逃がす構造変化ですが、保存中には香りが抜けたり酸化が進んだりする経路にもなります。
多孔質になると香気成分の移動距離が短くなる
密な生豆では、内部の分子が外へ出るためには細胞組織を通って長い距離を移動しなければなりません。
焙煎後の豆では、空胞や細孔が増え、内部表面積も大きくなります。香気成分はこうした空間へ移動し、互いにつながった細孔を通って外部へ到達できます。
そのため、焙煎後の多孔質構造は、揮発性成分の放出を助ける物理的な通路になります。これは香り成分そのものの蒸気圧とは別の、「どれだけ移動しやすい構造になっているか」という要因です。
香りは細孔から出るだけでなく、細孔内にも保持される
多孔質構造は、香気成分をただ外へ放出するだけではありません。細孔の内部には大きな内部表面積があり、香気成分や二酸化炭素が一時的に保持されます。
焙煎直後のコーヒー豆には大量の二酸化炭素が残っており、時間をかけて少しずつ外へ放出されます。この二酸化炭素とともに揮発性香気成分も移動します。
古い国内研究でも、焙煎したコーヒー豆組織は黒褐色の多孔質となり、有機酸や二酸化炭素を保持する性質を持つことが報告されています。
つまり多孔質化は、「香りを出しやすくする構造」であると同時に、「香りやガスを内部に一時保存する構造」でもあります。
焙煎直後に起こる「脱ガス」は多孔質構造と関係する
焙煎したコーヒー豆を保存すると、二酸化炭素が時間とともに放出されます。これを脱ガスと呼びます。
二酸化炭素は焙煎反応で生成し、豆内部の細孔に保持されています。焙煎後には、濃度差や圧力差によって細孔ネットワークを通って外へ拡散します。
海外研究では、焙煎度や焙煎時間・温度条件によって多孔質構造が変わり、その違いが二酸化炭素の放出速度に影響することが示されています。
同じ焙煎度に見える豆でも、高温短時間で焙煎した場合と低温長時間で焙煎した場合では、内部構造が違い、脱ガス速度も異なることがあります。
二酸化炭素の放出と香気成分の放出は完全に同じではない
焙煎豆から二酸化炭素が出るとき、香気成分も同時に移動しやすくなります。しかし、二酸化炭素とすべての香気成分がまったく同じ速度で出るわけではありません。
香気成分には、分子量、蒸気圧、極性、コーヒーオイルへの溶けやすさなどの違いがあります。脂溶性の高い香気成分は油相へ保持されやすく、揮発性の高い成分は気相へ移りやすくなります。
したがって、多孔質構造は移動経路を提供しますが、実際の放出速度は各香気成分の物理化学的性質にも左右されます。
深煎りになるほど、多孔質化は進みやすい
焙煎が深くなるほど、豆の水分損失、ガス生成、膨張、細胞壁の破壊が進みます。そのため一般に、深煎りの豆ほど密度が低く、細孔が発達した構造になります。
国内研究では、生豆からイタリアンローストまで焙煎すると体積が約70%増え、比重が大幅に低下し、圧縮強度も大きく低下しました。
海外のCT研究でも、焙煎レベルが進むほど気孔率と細孔径が増える傾向が確認されています。
ただし、深煎りだから必ず香りが豊かになるわけではありません。深煎りでは構造的には放出しやすくなる一方、高温で一部の香気成分が分解・揮散し、焦げや煙様の成分が増えることもあります。
多孔質になると豆がもろくなり、挽きやすくなる
焙煎後のコーヒー豆が生豆より簡単に砕けるのも、多孔質化の結果です。
内部に空胞が増え、細胞壁が薄くなり、一部が破壊されると、荷重を支える固体部分が減ります。そのため圧縮強度が下がり、豆はもろくなります。
挽くと、この多孔質な構造がさらに細かく破壊され、内部に閉じ込められていた香気成分を含む空間が一気に外気へ開放されます。
コーヒー豆を挽いた瞬間に香りが強く広がるのは、粉砕によって表面積が増えるだけでなく、多孔質内部の香気が直接空気へつながるためです。
粒を細かく挽くほど香りは出やすいが、失われやすくもなる
粉砕すると、豆の外部表面積は大きく増えます。さらに、内部の細孔ネットワークが切断され、多数の新しい表面が生まれます。
そのため香気成分や二酸化炭素は急速に放出されます。海外研究でも、挽いたコーヒーの二酸化炭素放出速度は粒径に強く依存することが報告されています。
これは抽出時には利点ですが、保存時には欠点になります。粉にして長く置くと、香気成分が短時間で失われ、酸素との接触面も増えるため香りの劣化が速くなります。
焙煎条件が違うと、同じ色でも内部構造が同じとは限らない
焙煎度は豆の色で表されることが多いですが、同じ色でも焙煎プロファイルが違えば内部構造は同じとは限りません。
高温短時間焙煎では、短い時間に急速な水分移動とガス生成が起こります。低温長時間では、よりゆっくり水分と熱が移動します。
その結果、細孔径、き裂、密度、残留二酸化炭素量などに違いが生じる可能性があります。海外研究でも、焙煎温度と時間条件が二酸化炭素の脱ガス速度や微細構造へ影響することが報告されています。
つまり、「焙煎度が同じ=香気の放出性も同じ」とは限りません。
多孔質構造は抽出にも影響する
コーヒーを淹れるとき、水は粉砕した豆の表面と内部へ入り、可溶性成分を溶かして外へ運びます。
焙煎によって形成された多孔質構造は、水が入り込む経路や、溶けた成分が外へ出る経路にも影響します。
深煎り豆は一般に密度が低くもろいため、粉砕特性も変わります。これが粉の粒度分布や抽出速度へ影響し、結果として香りと味の出方にも関係します。
したがって、焙煎による構造変化は「香りが豆から空気へ出ること」だけでなく、「抽出時に水へ成分が移ること」にもつながっています。
多孔質化は香りを作る反応そのものではない
ここで重要なのは、多孔質化そのものが香気成分を作っているわけではないという点です。
香気成分の生成には、メイラード反応、ストレッカー分解、糖の熱分解、脂質反応などの化学反応が関わります。
一方、多孔質化は、そこで生成した香気成分が豆内部にどのように保持され、どのように外へ移動するかを左右する物理構造です。
つまり焙煎香を理解するには、「香りを作る化学反応」と「香りを保持・放出する豆の構造変化」を分けて考えることが重要です。
まとめ
焙煎するとコーヒー豆が多孔質になるのは、水分の蒸発と、メイラード反応や熱分解による二酸化炭素などのガス生成によって内部圧力が上がり、細胞組織が膨張・破壊されるからです。焙煎が進むにつれて空胞、細孔、き裂が増え、豆はスポンジ状の構造へ変わります。
この多孔質構造は、香気成分や二酸化炭素が内部から外へ移動する経路になります。そのため焙煎豆は香りを放出しやすくなり、粉砕すれば内部の細孔が一気に外気へ開放され、さらに強く香ります。一方、その構造は保存中の香気損失や酸素侵入にもつながります。
つまり、焙煎コーヒーの香りを理解するには、「焙煎反応で何の香気成分が生まれたか」と同時に、「焙煎で豆の内部にどのような細孔ネットワークが作られたか」を見ることが大切です。コーヒー豆の多孔質化は、香りを作る反応ではなく、作られた香りを保持し、放出するための物理的な舞台なのです。
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参考文献・出典
- 中林敏郎・鈴木邦男「焙煎によるコーヒー豆組織の変化」日本食品工業学会誌
- 井村直人・松田脩「連続式スチーミング装置による焙煎コーヒーからの香気成分の回収とそのインスタントコーヒー製品への影響」日本食品工業学会誌
- Al-Shemmeri M, et al. Development of coffee bean porosity and thermophysical properties during roasting. Journal of Food Engineering.
- Effect of roasting conditions on carbon dioxide degassing behavior in coffee. Food Research International.

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