結論からいうと、堤防があっても洪水を完全には防げないのは、堤防には想定している洪水規模や構造上の限界があり、それを超える水位になると越水したり、長時間の高水位で浸透や洗掘が進んで壊れたりする可能性があるからです。 堤防は洪水リスクを大きく下げる重要な施設ですが、「どんな洪水でも必ず止める壁」ではありません。
国土交通省は、堤防が破堤する主な原因として、越水、浸透、洗掘、亀裂などを挙げています。また米国陸軍工兵隊(USACE)も、堤防は洪水リスクをなくすものではなく、限られた範囲の洪水に対するリスクを減らす施設だと説明しています。
堤防は「一定の洪水を安全に流す」ためにつくられている
河川の堤防は、川の水が市街地や農地へあふれるのを防ぐためにつくられています。
ただし、河川整備では無限に大きな洪水を想定するわけではありません。流域の降雨、過去の洪水、河川の規模、土地利用、整備可能性などを踏まえて計画規模が決められ、その計画に基づいて堤防高や川幅、河道掘削、ダムなどの対策が組み合わされます。
つまり、堤防には「ここまでの洪水なら安全に流すことを目指す」という設計上の範囲があります。
USACEも、堤防は限られた範囲の洪水を対象に設計され、設計を上回る洪水では越水や破堤が起こる可能性があると説明しています。
想定を超える洪水では水が堤防を越えることがある
川の流量が非常に大きくなり、水位が堤防の高さを超えると、水は堤防の上を越えて堤内地へ流れます。これを越水と呼びます。
越水すると、堤防の住宅地側の斜面を水が勢いよく流れ下ります。土でできた堤防では、その流れによって表面が削られ、侵食が進むことがあります。
国土交通省は、越流水が裏法面や堤脚部を削り、その侵食が進むことで堤防決壊に至る場合があると説明しています。
令和元年東日本台風でも、多くの堤防で越水が確認され、越水が決壊の主要因となった事例が多数ありました。
堤防は高ければ高いほど安全、とは限らない
「それなら堤防をもっと高くすればよい」と思うかもしれません。
しかし、堤防を高くすると、その分だけ洪水時に堤防へかかる水圧も大きくなります。また、下流へ流れる洪水量が増えれば、別の場所の水位を高める可能性もあります。
さらに、堤防の高さを無制限に上げることは、用地、橋、道路、景観、地盤、工事費などの面でも現実的ではありません。
そのため、洪水対策は堤防だけでなく、ダム、遊水地、河道掘削、雨水貯留、土地利用、避難などを組み合わせて行います。
越水しなくても「浸透」で弱くなることがある
堤防が壊れる原因は、越水だけではありません。
洪水で川の水位が高い状態が長く続くと、水が堤防の内部や基礎地盤へしみ込みます。
水が堤防の内部を通り抜けて住宅地側へ湧き出すと、土の粒子が一緒に流されることがあります。こうした現象が進むと、水みちが発達し、堤防や基礎地盤が不安定になる場合があります。
国土交通省は、浸透や漏水によって堤防の安全性が低下し、決壊につながることがあるとしています。
そのため洪水時には、堤防から水があふれていなくても、漏水や噴砂などの異常がないか監視されます。
川側の斜面や川底が削られる「洗掘」もある
洪水時には流速が大きくなり、河岸や川底を削る力も強くなります。
特に川が曲がっている場所や、水が集中する場所では、堤防の川側の根元が削られることがあります。
これを洗掘といいます。
堤防の根元や護岸の基礎が深く削られると、斜面が崩れたり、堤防を支える地盤が不安定になったりします。
国土交通省は、越水・浸透と並んで、河川水の流勢による洗掘を堤防被災の重要な原因に挙げています。
堤防は自然材料でつくられていることが多い
日本の河川堤防の多くは、土を盛ってつくられた土堤です。
土堤には、長い区間を比較的柔軟に整備できること、地盤変形に追随しやすいことなどの利点があります。
一方で、土の種類、締固めの程度、含水状態、基礎地盤、過去の補修履歴などによって耐力が変わります。
2023年の土木学会研究では、越水から破堤へ進む過程は堤体材料や堤体形状の影響を受けることが実験的に示されています。
つまり、同じ高さ・同じ形に見える堤防でも、洪水に対する耐え方が完全に同じとは限りません。
「越水したら必ずすぐ決壊する」わけでもない
越水は危険ですが、越水した瞬間にすべての堤防が決壊するわけではありません。
堤防の土質、表面の植生、越流水の深さ、越水時間、堤内側の地形などによって侵食の進み方は異なります。
実際、越水しても決壊しなかった堤防もあります。
このため国土交通省では、越水した場合でも堤防が決壊しにくく、決壊までの時間を少しでも長くする「粘り強い河川堤防」の技術開発を進めています。
目的は「絶対に壊れない堤防」にすることではなく、避難や緊急対応の時間を確保し、被害を小さくすることです。
堤防が壊れなくても洪水被害は起こり得る
洪水被害は堤防決壊だけで起きるわけではありません。
堤防のない区間から水があふれることもあります。支流や水路の排水が追いつかず、堤防の内側に雨水がたまる「内水氾濫」もあります。
河口に近い地域では、高潮や高い潮位が重なることで川の水位が上がる場合もあります。
そのため、川沿いに堤防があっても、地域全体の水害リスクがゼロになるわけではありません。
堤防の内側に住んでいても「残るリスク」がある
堤防によって守られた地域では、普段は洪水を意識しにくくなることがあります。
しかし、堤防の性能を超える洪水や、局所的な弱点、予期しない破堤などの可能性は残ります。
USACEは、これを踏まえて「堤防はリスクをなくすのではなく、減らすもの」と繰り返し説明しています。
堤防の内側にいるから安全が保証されているのではなく、洪水が起きる確率と、堤防の性能、もし破堤した場合の被害を組み合わせて考える必要があります。
大きな堤防ほど「破堤したときの影響」が大きい場合もある
堤防が高く、川の水位が周囲の土地より高い場所では、破堤したときに大量の水が一気に市街地へ流れ込む可能性があります。
そのため、堤防がある地域では、洪水の頻度を下げる効果がある一方、万一破堤した場合の浸水深や流速が大きくなる場所もあります。
これは堤防をつくらない方がよいという意味ではありません。重要なのは、堤防による防御効果と、残るリスクの両方を理解することです。
気候変動で「これまでの想定」だけでは足りない場合がある
近年は、気候変動に伴って大雨や洪水の規模・頻度が変化することが課題になっています。
国土交通省は、降雨量や洪水発生頻度の増加を見込み、河川整備だけでなく流域全体で水害対策を進める「流域治水」を推進しています。
これは、堤防やダムといった河川施設だけに頼るのではなく、上流で雨水を貯める、土地利用を工夫する、浸水しにくいまちづくりを進める、避難体制を整えるなど、複数の対策を重ねる考え方です。
なぜ堤防だけでなく遊水地やダムも必要なのか
洪水対策の基本は、川へ一度に集まる水を減らし、流す能力を高め、あふれた場合の被害も小さくすることです。
ダムは上流で洪水の一部を一時的に貯めます。遊水地は洪水時に水を一時的に逃がします。河道掘削は川が流せる水量を増やします。
さらに、田んぼや公園、雨水貯留施設などに水を一時的に貯めることで、川へ集まるピーク流量を下げることができます。
こうした対策を組み合わせることで、堤防一つに負担を集中させず、流域全体で洪水リスクを下げます。
避難は「堤防が壊れてから」では遅い
堤防が決壊すると、場所によっては短時間で深い浸水が広がります。
そのため、避難は堤防の異常を目で確認してから始めるものではありません。
大雨や洪水の危険が高まったら、自治体の避難情報、河川水位、洪水予報、ハザードマップなどを確認し、必要な場合は早めに安全な場所へ移動することが重要です。
「堤防があるから大丈夫」という思い込みは、避難の遅れにつながる可能性があります。
ハザードマップに浸水区域が描かれている理由
堤防が整備されている地域でも、洪水ハザードマップには浸水想定区域が示されています。
これは、想定最大規模の降雨などで河川が氾濫した場合に、どこまで、どの程度の深さまで浸水する可能性があるかを示すためです。
つまりハザードマップは、「堤防がない前提」ではなく、堤防が決壊・越水する可能性を含めて、残る洪水リスクを可視化しています。
自宅や職場が堤防の内側にあっても、ハザードマップを確認しておく意味があります。
堤防があっても洪水を完全には防げない理由を整理すると
- 計画規模には限界がある:想定を超える洪水では水位が堤防高を超えることがある
- 越水:水が堤防を越えると裏側が侵食され、決壊につながる場合がある
- 浸透:長時間の高水位で堤体や基礎地盤へ水がしみ込み、弱くなることがある
- 洗掘:強い流れが堤防の根元や河岸を削ることがある
- 材料・地盤のばらつき:土質や締固め、基礎地盤によって耐力が異なる
- 堤防以外の氾濫:内水氾濫や無堤区間、支流、高潮など別の経路でも浸水する
- 気候変動:従来の想定を上回る豪雨への対応が必要になっている
まとめ
堤防があっても洪水を完全には防げないのは、堤防が一定範囲の洪水リスクを下げるための施設であり、想定を超える洪水、越水、浸透、洗掘などによって機能を失う可能性が残るからです。
- 堤防は洪水を防ぐ重要な施設だが、絶対に壊れない壁ではない
- 設計を超える洪水では越水する可能性がある
- 越水しなくても浸透や洗掘で弱くなる場合がある
- 堤防の高さだけを増やせばすべて解決するわけではない
- ダム、遊水地、河道整備、雨水貯留、土地利用、避難を組み合わせる必要がある
- 堤防の内側にも残る洪水リスクがあるため、ハザードマップや避難情報の確認が重要
つまり、堤防の役割は洪水を「ゼロにする」ことではなく、洪水が起きる確率や被害をできるだけ小さくすることです。 だから現代の治水では、堤防だけに頼らず、流域全体で水を受け止め、流し、逃がし、そして必要なときには人が避難するという多重の対策が必要なのです。

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