なぜ湖の水温は生き物の分布に影響するのか?

湖の水温が生き物の分布に影響するのは、多くの水生生物が自分で体温を一定に保つことができず、周囲の水温によって代謝、成長、活動、繁殖などが大きく変わるからです。 さらに水温は、水に溶ける酸素の量や湖水の混ざり方にも影響します。そのため、生き物は単に「暖かい場所」「冷たい場所」を選んでいるのではなく、自分が耐えられる水温と、酸素や餌などの条件がそろう場所に分布します。

湖では季節や水深によって水温が変わるため、同じ湖の中でも生き物の多い場所は一年中同じではありません。夏は深い冷水域へ移る魚がいれば、暖かい浅場を利用する魚もいます。秋や冬に湖全体の水温差が小さくなると、分布範囲が広がる場合もあります。

目次

水生生物の多くは周囲の水温の影響を強く受ける

魚、甲殻類、水生昆虫、動物プランクトンなど、多くの水生動物は変温動物です。人間のように体温をほぼ一定に保つのではなく、体温が周囲の水温に近づきます。

そのため水温が変わると、呼吸や消化、遊泳、成長など体内のさまざまな働きの速さが変化します。米国地質調査所(USGS)は、水温は生物活動や成長に大きな影響を与え、魚、昆虫、動物プランクトン、植物プランクトンなどにはそれぞれ適した温度範囲があると説明しています。

水温が適した範囲にあると活動しやすくても、高すぎたり低すぎたりすれば、生理機能に負担がかかります。耐えられる範囲を超えると、その場所では生息できなくなります。

つまり、湖の水温分布は、生き物にとって見えない「住みやすさの地図」のような役割を持っています。

種類によって好む水温が違う

すべての魚や水生動物が同じ水温を好むわけではありません。低温に適応した生物もいれば、比較的高い水温でも活発に活動できる生物もいます。

USGSは、冷水性魚類と温水性魚類では適した水温帯が異なり、湖の温度構造が魚類群集の種類や季節的な分布に影響すると説明しています。一般にサケ科などの冷水性魚類は低い水温を利用しやすく、暖水性の魚類はより高い水温の浅場や表層を利用しやすい傾向があります。

この違いがあるため、一つの湖の中に複数の水温帯があれば、生き物ごとに利用する水深や場所が分かれます。逆に湖全体がある生物の耐えられない水温になると、その種が利用できる範囲は急に狭くなります。

水温は代謝と必要なエネルギーを変える

変温動物では、多くの場合、水温が上がると一定範囲までは代謝が活発になります。呼吸速度や消化、活動量が増え、餌を多く必要とすることがあります。

しかし、水温が高ければ高いほどよいわけではありません。適温を超えると、代謝に必要なエネルギーや酸素が増える一方、体の機能が正常に保ちにくくなります。

琵琶湖固有種のアナンデールヨコエビを調べた日本陸水学会誌の研究では、水温上昇に伴って呼吸速度が増加する傾向が確認されました。また、このヨコエビは琵琶湖北湖で湖底水温が年間を通しておおむね10〜15℃以下の場所に偏って分布しており、水温が水平・鉛直分布を決める重要な環境要因の一つと考えられています。

この例は、水温が単なる周囲の条件ではなく、生き物のエネルギー収支そのものに関わることを示しています。

水温は水に溶ける酸素の量にも影響する

水生生物の分布を考えるとき、水温と酸素は切り離せません。一般に、水は低温のほうが多くの酸素を溶かしておくことができ、暖かくなるほど酸素を保持しにくくなります。

USGSも、暖かい水は冷たい水より溶存酸素が少なくなりやすく、水生生物の生存に影響することがあると説明しています。

一方で、生き物の代謝は高水温で活発になることが多く、必要な酸素量は増えやすくなります。つまり高水温では、「使いたい酸素が増えるのに、水中に溶ける酸素は少なくなりやすい」という二重の負担が起こる場合があります。

ただし、実際の溶存酸素量は水温だけでは決まりません。植物プランクトンの光合成、風による混合、有機物の分解なども影響します。そのため、水温と酸素をセットで見ることが重要です。

夏の水温成層が生き物のすむ深さを分ける

深い湖では春から夏にかけて、太陽で暖められた表層と冷たい深層が分かれる「水温成層」ができることがあります。その間には水温が急に変化する水温躍層が形成されます。

日本水文科学会誌に掲載された一ノ目潟の研究でも、春から秋にかけて水温による密度成層が形成され、冬には水温差が小さくなって全層循環が起きたと報告されています。

成層ができると、暖かい表層を好む生物と、冷たい深層を好む生物が上下に分かれやすくなります。冷水性魚類にとっては、夏の深層が高水温を避ける避難場所になることがあります。

USGSも、湖の水温成層は多くの水生生物の季節的分布や生産性に影響し、特に魚類は成層の形成や解消に伴って移動範囲を変えると説明しています。

冷たい深層でも酸素が少なければ暮らせない

夏の深層は冷たいため、冷水性の生き物にとって理想的に見えます。しかし、深層が表層から長く隔てられると、新しい酸素が供給されにくくなります。

その状態で湖底に沈んだ有機物が微生物によって分解されると、酸素が消費されます。すると「上層は暖かすぎるが、深層は酸素が少なすぎる」という状況が生じ、生き物が利用できる範囲が水温躍層付近の狭い帯に限られることがあります。

小野ダム湖の研究では、夏に湖底側へ無酸素層が広がり、魚類の生息可能域が主に浅い水域に限られると推定されました。このように実際の分布は、水温だけでなく酸素条件との組み合わせで決まります。

季節が変わると生き物の分布も変わる

湖の水温は一年を通して同じではありません。春は表面から暖まり、夏には成層が強くなります。秋に気温が下がると表層の水が冷え、上下の温度差が小さくなって湖水が混ざりやすくなります。

水温が上下で均一に近づくと、夏に限られた水深へ集まっていた魚がより広い範囲を利用できるようになる場合があります。逆に春から夏へ成層が発達すると、それぞれの好適水温に合わせて分布が上下に分かれます。

したがって、ある季節に魚が多く見られた場所でも、数か月後には別の水深へ移動していることがあります。湖の生物分布は固定された地図ではなく、水温の季節変化に合わせて動く地図です。

水温は繁殖や成長の時期にも影響する

水温は「どこにいるか」だけでなく、「いつ繁殖するか」「どのくらい成長できるか」にも関係します。

魚類では、産卵やふ化が特定の水温帯で起こりやすい種類があります。USGSが紹介する湖沼魚類の研究でも、水温は成長、生残、繁殖を調節する重要な要因とされています。

幼生や稚魚は成魚より温度変化に弱い場合もあり、適した水温の浅場や流入河川周辺などが重要な生育場所になることがあります。

繁殖成功率や成長速度が場所ごとに違えば、長い時間では個体数の多い場所と少ない場所が生じます。そのため水温は、短期的な移動だけでなく、湖全体の生物分布を長期的に形づくる要因でもあります。

プランクトンや水生昆虫にも水温の影響がある

水温の影響を受けるのは魚だけではありません。動物プランクトン、水生昆虫、甲殻類などにも、それぞれ生存や成長に適した温度範囲があります。

さらに、植物プランクトンの増殖速度も水温や光、栄養塩の影響を受けます。水温によって餌となるプランクトンの分布が変われば、それを食べる魚や動物プランクトンの分布も変化します。

つまり水温は、一つの生物だけに作用するのではなく、食物網を通じて間接的にも多くの生き物の位置を変えることがあります。

同じ水温でも生き物の分布が同じになるとは限らない

水温は重要ですが、生き物の分布を一つの要因だけで完全に説明することはできません。

実際の湖では、溶存酸素、光、餌、捕食者、競争相手、水草、底質、流れ、塩分など多くの条件が同時に作用します。ある魚が好む温度の場所でも、酸素が不足していたり、餌がなかったりすれば利用できません。

USGSが紹介する魚類研究でも、温度だけでなく酸素量や餌の分布などが実際の魚類分布を修正するとされています。

したがって、水温は「生息場所を決める重要な条件の一つ」であり、他の環境条件と重なった結果として実際の分布が決まります。

気温上昇は湖の生息場所そのものを変える可能性がある

長期的に湖の水温が上昇すると、冷水性生物が利用できる水域が狭くなる可能性があります。特に浅い湖では、夏に十分な冷水域が残らない場合があります。

深い湖では冷たい深層が残ることがありますが、成層期間が長くなると深層の酸素が減りやすくなる可能性もあります。その結果、冷水性生物にとって適した「冷たくて酸素のある場所」が縮小することがあります。

一方で、暖水性の種類には利用できる期間や範囲が広がる場合もあります。水温変化の影響はすべての生物で同じ方向に現れるわけではありません。

まとめ

湖の水温が生き物の分布に影響するのは、水温が代謝、成長、繁殖、酸素条件、湖水の成層など、生存に必要な多くの条件を左右するからです。

  • 水生動物の多くは変温動物で、周囲の水温に体の働きが左右される
  • 種類ごとに好適な水温と耐えられる水温の範囲が異なる
  • 水温は代謝や酸素消費量を変える
  • 暖かい水は冷たい水より酸素を保持しにくい
  • 夏の水温成層は、暖かい表層と冷たい深層をつくり、生き物の分布を上下に分ける
  • 実際の生息場所は水温だけでなく、酸素、餌、光、捕食などとの組み合わせで決まる

湖の水温は、生き物にとって単なる「暑い・寒い」の違いではありません。体の働きから酸素環境、季節的な移動までを左右するため、水温の分布がそのまま湖の生態系の構造にもつながっているのです。

参考資料

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