冬の印刷工場では、加湿器を使って室内の湿度を一定に保つことがあります。
理由は、紙が周囲の湿度に応じて水分を吸ったり放出したりし、そのたびにわずかに伸び縮みする材料だからです。
冬の暖房中は室内の相対湿度が下がりやすく、紙は空気中へ水分を放出します。すると紙が縮んだり、端部と中央部で含水率の差が生じて反ったりします。印刷ではこのわずかな寸法変化でも、多色印刷の位置合わせや両面印刷、給紙・搬送に影響することがあります。
そこで印刷現場では、紙をむやみに湿らせるのではなく、紙と周囲空気の水分平衡が大きく変わらないよう、室内の湿度を安定させるために加湿を利用します。
紙はなぜ空気の湿度で伸び縮みするの?
紙は植物繊維を主成分とする吸湿性の高い材料です。
周囲の相対湿度が上がると、紙は空気中の水蒸気を吸収します。逆に湿度が下がると、紙に含まれていた水分を空気中へ放出します。
この吸湿・放湿によって紙繊維そのものの寸法が変わるため、紙全体も伸び縮みします。
日本印刷学会の研究では、湿度を変えた環境で印刷用紙の含水率と伸び率を測定し、紙の水分量と寸法変化の関係が示されています。
Canadian Conservation Instituteも、紙は周囲の相対湿度に合わせて水分を吸放湿し、その結果として膨張・収縮する材料だと説明しています。
なぜ冬の印刷工場では紙が乾きやすいの?
冬の外気は温度が低く、実際に含まれる水蒸気量が少ないことが多くあります。
その外気を換気で取り込み、暖房で温めると、空気が含める水蒸気量の上限が増えるため相対湿度が下がります。
印刷機や乾燥設備から出る熱も、室内をさらに乾燥させる方向に働くことがあります。
こうして低湿度になった空気に紙がさらされると、紙は水分を放出して周囲と平衡しようとします。
紙が乾くと、なぜ反りやカールが起こるの?
紙全体が完全に同じ速さで乾くとは限りません。
積み重ねた紙では、外気に触れる端部の方が中央部より早く乾くことがあります。また、表と裏で塗工や印刷状態が異なると、吸放湿の速さにも差が生じます。
すると、紙の場所によって収縮量が変わります。
一方だけが強く縮むと、紙は平らな状態を保てず、カールや波打ち、いわゆる紙反りが起こります。
低湿度環境では、紙の端部だけが先に乾いて縮み、中央部との寸法差から「タイトエッジ」などの変形が生じることもあります。
わずかな紙の伸縮が、なぜ印刷位置のずれにつながるの?
多色印刷では、同じ紙へ色ごとに版を重ねて印刷します。
その途中で紙の寸法が少し変わると、最初に印刷した色と後から印刷する色の位置が完全には一致しなくなります。
この位置合わせを「見当」と呼び、色同士がずれることを見当ずれといいます。
紙の寸法変化は肉眼ではわずかでも、精密な印刷では問題になります。
紙パ技協誌でも、多色オフセット印刷では紙構造内への水分移動による寸法変化が操業性へ影響すると説明されています。
さらに近年の日本伝熱学会の研究では、印刷・定着工程による紙内部の水分変化が紙寸法を変え、画像位置精度へ影響することが示されています。
紙は繊維方向によって伸び方が違うの?
違います。
紙は製造時に繊維が一定方向へそろいやすいため、縦方向と横方向で寸法変化の大きさが異なります。
一般に、繊維方向よりも繊維に直角な方向の方が湿度変化による伸縮が大きくなりやすい傾向があります。
そのため、印刷物の設計や紙目の向きによっても、湿度変化による位置ずれや反りの現れ方が変わります。
加湿すると紙の反りが直るの?
加湿の目的は、反ってしまった紙を急に湿らせて元へ戻すことではありません。
むしろ、紙が大きく乾燥する前から印刷室や紙置き場の湿度を安定させ、紙の含水率を急変させないことが重要です。
急激な加湿や局所的な加湿では、逆に紙の一部だけが吸湿して波打ちや変形を起こす可能性があります。
印刷現場では、室内全体の湿度を均一に保ち、紙を環境になじませることが品質安定につながります。
加湿すると見当ずれを減らせるのはなぜ?
湿度を安定させれば、紙の含水率も安定しやすくなります。
すると、印刷前から印刷後までの紙の寸法変化が小さくなり、多色印刷や両面印刷での位置合わせを保ちやすくなります。
近年の印刷研究では、紙内部の水分量が変わると繊維径が変わり、その積み重ねが紙全体の寸法変化として現れることが解析されています。
つまり、見当精度を守るには印刷機の機械精度だけでなく、紙の水分状態を安定させることも重要です。
冬の低湿度は静電気にも影響する
冬に加湿する理由は紙の伸縮だけではありません。
低湿度では紙や樹脂表面にたまった電荷が逃げにくくなり、静電気が起きやすくなります。
紙同士が静電気で貼り付くと、給紙時に二枚同時に送られたり、紙が正しい位置へそろわなかったりすることがあります。
そのため、適切な湿度管理は紙の寸法安定だけでなく、給紙や搬送の安定にも役立ちます。
湿度は高いほど印刷に良いの?
いいえ。
湿度が高すぎると紙は水分を吸いすぎ、伸びたり波打ったりすることがあります。
インクやトナーの乾燥、紙送り、後加工などへ影響する場合もあります。
重要なのは「高湿度にすること」ではなく、紙と印刷方式に適した範囲で湿度を安定させることです。
Canadian Conservation Instituteも、紙は高湿度でも低湿度でも寸法が変わり、特に大きな湿度変動が繰り返されると変形や応力の原因になると説明しています。
紙を印刷室になじませるのはなぜ?
寒い倉庫から紙を急に暖かい印刷室へ運ぶと、紙と空気の温湿度条件が大きく変わります。
紙はその新しい環境に合わせて吸放湿を始めますが、含水率が安定するまでには時間がかかります。
この途中で印刷すると、工程中にも寸法が変化する可能性があります。
そのため、用紙を印刷室や紙置き場の環境へ一定時間なじませ、急激な温湿度差を小さくすることが寸法安定に役立ちます。
オフセット印刷では水分の影響がさらに複雑
オフセット印刷では、版面へ湿し水を供給する方式があります。
そのため、印刷中にも紙へ水分が加わることがあります。
日本印刷学会の古典的研究でも、平版印刷の湿し水による紙の水分増加と伸びの関係が調べられています。
印刷前の紙が極端に乾燥していると、印刷中の水分変化が相対的に大きくなり、寸法変化も起きやすくなります。
印刷前から紙の含水状態を安定させておくことは、工程中の急な変化を小さくする意味でも重要です。
デジタル印刷でも湿度管理は必要?
必要になることがあります。
電子写真方式では定着工程で紙が加熱され、水分が失われ、その後の冷却・再吸湿で寸法が変化します。
インクジェットでも、インクや乾燥工程によって紙の水分状態が変わります。
2025年・2026年の日本伝熱学会の研究では、こうした加熱・冷却による紙内部の水分移動が紙幅の変化と画像位置精度へ影響することが解析されています。
したがって、湿度管理はオフセット印刷だけでなく、さまざまな印刷方式で紙の寸法安定性を考えるうえで重要です。
印刷現場で湿度を安定させると何が改善する?
- 紙の乾燥による収縮を抑えやすい
- 端部と中央部の含水率差を小さくしやすい
- 反り・カール・波打ちを減らしやすい
- 多色印刷や両面印刷の見当精度を保ちやすい
- 静電気による二枚送りや紙詰まりを減らしやすい
- 印刷前後の紙寸法を安定させやすい
ただし、適正な湿度は紙質、印刷方式、設備、季節などによって変わるため、一律の数値だけで管理するのではなく、現場条件に合わせる必要があります。
まとめ
冬の印刷現場で紙の反りや印刷位置のずれを防ぐために加湿するのは、紙が周囲の湿度に応じて水分を吸放湿し、そのたびに寸法が変わる材料だからです。
暖房された乾燥空気にさらされると、紙は水分を放出して縮みます。乾き方にむらがあれば反りやカールが生じ、わずかな寸法変化でも多色印刷では見当ずれにつながります。
加湿は紙を濡らすためではなく、印刷室の湿度を安定させ、紙の含水率と寸法をできるだけ一定に保つために使われます。
印刷品質を安定させるには、印刷機の精度だけでなく、紙が置かれている空気の湿度まで管理することが重要なのです。

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