遠い銀河について調べると、同じ天体なのに「約130億光年先」「現在は300億光年以上離れている」「光度距離ではさらに大きい」といった異なる数字が出てくることがあります。
これは、どれか一つが間違っているからではありません。宇宙が膨張しているため、遠方宇宙では「距離」を一種類の物差しだけで表せないからです。光が何年間旅したかを表す距離、宇宙膨張を取り除いて座標的な隔たりを表す距離、見かけの明るさから定義する距離など、目的に応じて複数の距離が使われます。
つまり同じ遠方銀河で距離の値が違う最大の理由は、宇宙膨張の中では「いつの距離か」「何を測るための距離か」によって、正しい距離の定義が変わるからです。
結論:遠方宇宙では「距離」が一つではなく、目的ごとに定義されるから
私たちの日常生活では、東京から大阪までの距離のように、同じ瞬間の空間上で2点の間隔を測れば十分です。しかし宇宙では、非常に遠い銀河から届く光が何十億年もかけて進んでいる間に、宇宙そのものが膨張します。
そのため、「その光は何年間旅したのか」「銀河は光を出した当時どれだけ離れていたのか」「現在ならどれだけ離れているのか」「見かけの明るさからどれだけ遠く見えるのか」は、同じ質問ではありません。
国立天文台も、10億光年を大きく超える遠方天体では、共動距離や光度距離など複数の距離定義があり、同じ天体について異なる距離の値が使われることがあると説明しています。
まず「光行距離」とは何か
一般向けの天文記事で「この銀河は130億光年先」と書かれるとき、よく使われるのが光行距離、または光路距離という考え方です。
これは、天体から出た光が私たちへ届くまでにかかった時間に光速を掛け、その長さを距離として表す方法です。たとえば光が120億年間旅してきたなら、光行距離を約120億光年と表します。
この数字の長所は、「私たちが何年前の銀河を見ているのか」を直感的に理解しやすいことです。光行距離が120億光年なら、見えているのはおよそ120億年前に放たれた光です。
ただし、この値は「現在その銀河との間に物差しを置いたときの距離」と同じではありません。光が旅している間にも宇宙が膨張しているからです。
「光が130億年旅した」なら、今も130億光年先ではないのか
ここが宇宙の距離で最も混乱しやすい点です。
光が130億年近く旅してきた間にも、光の出発地点と現在の私たちの間の空間は膨張してきました。そのため、その銀河が現在どれほど離れているかを別の距離定義で表すと、130億光年よりかなり大きな値になることがあります。
これは「光が光速より遅く進んだ」という意味ではありません。光は局所的には常に光速で進みますが、その光が通過している空間自体の尺度が時間とともに変化しているのです。
国立天文台は、宇宙の果てまでの距離について「約138億光年」と「約450億光年」のように大きく異なる数字が使われる理由を、光行距離と共動距離・固有距離など距離概念の違いとして説明しています。
共動距離とは何を表すのか
共動距離は、宇宙膨張によって物差し自体が伸びていく効果を取り除き、宇宙の大規模構造の中で天体同士の座標的な隔たりを表すための距離です。
宇宙膨張にそのまま乗って動く2つの銀河を考えた場合、物理的な間隔は時間とともに増えますが、共動座標での位置はほぼ一定に保たれます。そのため共動距離は、異なる時代の銀河分布を同じ座標系で比較したり、宇宙の大規模構造を地図化したりするときに便利です。
現在の宇宙のスケール因子を1とする標準的な表し方では、共動距離は現在時刻での大規模な物理的隔たりと対応させて考えられます。
したがって、非常に遠い銀河では「光が旅した距離」より「現在の共動距離」の方が大きくなることがあります。
固有距離は時間によって変わる
固有距離は、ある特定の宇宙時刻を選び、その時刻における2点間の物理的な距離を考えるものです。
宇宙膨張に乗って互いに離れている銀河なら、光が放たれた時点の固有距離と、現在の固有距離は同じではありません。宇宙が膨張した分だけ、現在の方が大きくなります。
つまり「同じ銀河までの距離が時間によって変わる」という表現には、本当に物理的な意味があります。重力的に束縛されていない大規模な距離では、宇宙膨張によって銀河同士の隔たりそのものが時間とともに増えるからです。
ただし、局所銀河群のように重力で強く束縛された近距離の系では、この単純な宇宙膨張の関係はそのまま当てはまりません。
光度距離とはなぜ「実際の間隔」と違うのか
光度距離は、天体の本来の明るさと、地球で観測される見かけの明るさを結びつけるために定義される距離です。
もし静的で平坦な空間なら、光は距離の2乗に反比例して暗くなります。その関係を使って「この明るさなら何メートル離れているのと同じか」を表したものが光度距離です。
しかし膨張宇宙では、光子が広い面積へ広がるだけでなく、宇宙論的赤方偏移によって1個の光子のエネルギーが小さくなり、さらに光子が届く時間間隔も引き伸ばされます。そのため遠方銀河は、単純な現在距離だけから予想するより暗く見えます。
その効果をすべて「距離が大きい」として表現するため、光度距離は共動距離や光行距離より大きな値になる場合があります。
光度距離は何に使うのか
光度距離は、Ia型超新星のように本来の明るさを推定できる天体を使って宇宙膨張を調べるときに重要です。
観測した見かけの明るさと、推定した絶対光度を比較すると光度距離を求められます。そして赤方偏移との関係を調べれば、宇宙が過去から現在までどのように膨張してきたかを検証できます。
つまり光度距離は、「今この瞬間の物理的間隔」を直接表すためではなく、光の明るさを宇宙論的に解釈するための距離です。
角径距離とは何か
角径距離は、天体の本来の大きさと、空で見える角度の大きさを結びつけるための距離です。
日常感覚では、物体は遠くなるほど小さく見えます。宇宙でも基本的には同じですが、非常に遠い領域では宇宙膨張と光路の効果が加わるため、角径距離は単純に距離とともに増え続けません。
十分高い赤方偏移では、さらに遠い銀河の方が同じ物理サイズなら角度上ではむしろ大きく見える領域があります。これは日常のユークリッド空間では直感に反しますが、膨張宇宙の時空幾何では自然に現れる結果です。
光度距離と角径距離は独立に好き勝手な数字になるわけではなく、赤方偏移を通じた関係があります。標準的な宇宙論では、光度距離は角径距離に対して赤方偏移の因子を含む決まった関係を持ちます。
赤方偏移そのものは「距離」なのか
赤方偏移は距離そのものではありません。銀河のスペクトル線が、本来の波長からどれだけ長波長側へずれたかを表す観測量です。
遠方宇宙では、宇宙膨張によって光の波長が引き伸ばされるため、一般に遠い銀河ほど宇宙論的赤方偏移が大きくなります。NASAも、銀河のスペクトルを測って赤方偏移を求め、それを使って遠方銀河の距離や宇宙膨張を推定すると説明しています。
しかし、同じ赤方偏移から何光年という距離を計算するには、ハッブル定数、物質密度、暗黒エネルギー密度などを含む宇宙モデルが必要です。
つまり赤方偏移は「宇宙の物差しの目盛り」ではなく、宇宙モデルを通して距離へ変換する観測量です。
宇宙モデルが変わると、同じ銀河の距離も変わるのか
変わります。特に非常に遠い天体では、赤方偏移から距離を求めるとき、宇宙が過去にどの速度で膨張してきたかを積分して考える必要があります。
その膨張史は、ハッブル定数、物質密度、暗黒エネルギーなどの宇宙論パラメータに依存します。採用する値が変われば、同じ赤方偏移でも計算される光行距離、共動距離、光度距離などが少し変わります。
国立天文台も、宇宙論パラメータは観測によって更新され続けるため、遠方天体について公表される距離値が時期によって変化することがあると説明しています。
これは銀河が短期間に大きく動いたという意味ではなく、より新しい宇宙モデルで距離を再計算したためです。
分光赤方偏移と測光赤方偏移でも距離推定は変わる
遠方銀河の赤方偏移を測る方法にも違いがあります。
分光観測では、スペクトル線や特徴の波長を詳しく測って赤方偏移を決めます。精度は高い一方、非常に暗い銀河では十分な光を集めるのに時間がかかります。
測光赤方偏移では、複数のフィルターで撮影した明るさや色を比較し、スペクトルの大きな特徴がどの波長へ移ったかから赤方偏移を推定します。NASAは、遠方銀河のライマンブレークなどが紫外線から可視光・赤外線へ移動する様子を利用して、画像からおおよその赤方偏移を求められると説明しています。
測光赤方偏移には分光より大きな不確かさがあるため、その値から計算した距離にも幅が生まれます。後から分光観測で赤方偏移が確定すると、距離の推定値が修正されることがあります。
近くの銀河では、赤方偏移だけで距離を決めにくいのはなぜか
宇宙膨張は大きな尺度で成り立つ平均的な関係です。近距離では、銀河自身が周囲の重力によって動く「固有運動」の影響が相対的に大きくなります。
たとえば局所銀河群では、銀河は互いの重力によって近づいたり周回したりします。この速度が宇宙膨張による後退速度へ重なるため、赤方偏移だけから距離を出すと誤差が大きくなります。
そこで近傍銀河では、セファイド変光星、TRGB、Ia型超新星など、別の距離指標を使います。これは「距離はしご」が必要になる理由の一つです。
ただし、この問題は距離の定義の違いとは別です。近傍では主に「どう測るか」が問題になり、遠方ではそれに加えて「どの距離を意味するか」も重要になります。
重力レンズがあると見かけの明るさからの距離推定はどうなるのか
遠方銀河の手前に巨大な銀河団などがあると、その重力によって光が曲げられ、遠方銀河が拡大・増光される重力レンズが起こることがあります。
この場合、観測された明るさをそのまま距離だけの効果だと考えると、本来より明るく見える分を誤解する可能性があります。天文学者はレンズ模型を作り、どれだけ増光されたかを補正します。
つまり「見かけの明るさ」は距離だけで決まるわけではなく、星間塵による減光や重力レンズによる増光なども影響します。光度距離を精密に使うには、こうした観測効果も切り分ける必要があります。
遠方銀河の「距離が更新された」というニュースは何が変わったのか
遠方銀河について新しい観測が行われると、「距離が修正された」「これまでより近かった・遠かった」と報じられることがあります。
その原因は一つではありません。測光赤方偏移だった値が分光で確定した場合、スペクトル線の同定が変わった場合、採用する宇宙論パラメータが更新された場合、記事ごとに距離定義が異なっていた場合などがあります。
ESAが2026年に報告した非常に遠い銀河MoM-z14でも、画像からの候補選定だけでなく、JWSTのNIRSpec分光で赤方偏移を確認することの重要性が強調されています。遠方銀河では「どの時代を見ているか」を確定するためにも分光が重要です。
したがって距離の数字だけを比べるのではなく、「赤方偏移はいくつか」「どの宇宙モデルを使ったか」「どの距離定義か」を確認する必要があります。
W01218やW01228とは何が違うのか
銀河の距離には、似ているようで別々の問いがあります。
「どうやって銀河までの距離を測るのか」は、年周視差、セファイド変光星、Ia型超新星などをつなぐ距離はしごの問題です。
「なぜ銀河が近くから遠くまで分布し、遠いほど昔の姿に見えるのか」は、宇宙の大規模構造、宇宙膨張、光の有限速度の問題です。
一方、この記事の主題は「なぜ同じ遠方銀河なのに、資料によって距離の数字が違うのか」です。その答えは、光行距離、共動距離、光度距離、角径距離など、目的の異なる距離定義が存在することにあります。
まとめ
同じ遠方銀河でも、光行距離・共動距離・光度距離などで異なる値になるのは、膨張する宇宙では「距離」が一つの概念ではないからです。
光行距離は、光が私たちへ届くまでにかかった時間を距離として表し、「何年前の銀河を見ているか」を直感的に示します。共動距離は宇宙膨張を取り除いた座標的な隔たりを表し、大規模構造の地図づくりに適しています。固有距離は選んだ宇宙時刻での物理的な間隔なので、宇宙膨張とともに変化します。
光度距離は見かけの明るさと本来の光度を結びつけ、角径距離は見かけの角度と本来の大きさを結びつけます。赤方偏移は距離そのものではなく、宇宙モデルを使ってこれらの距離へ変換するための観測量です。
そのため遠方銀河の距離を見るときは、数字だけでなく「何の距離なのか」を確認することが重要です。異なる距離値は矛盾ではなく、膨張する宇宙を異なる目的の物差しで測った結果なのです。
関連記事
- なぜ同じ銀河でも、時間や観測波長・見る角度によって形が変わって見えるのか?
- なぜ銀河の恒星は、時間や観測する波長・星間塵によって明るさや色が変わって見えるのか?
- なぜ銀河の回転は、見る角度や観測方法・時代によって違って見えるのか?
参考資料
- 国立天文台「遠い天体の距離について」
- 国立天文台「宇宙の果てはどうなっているの?」
- NASA Science「Hubble Cosmological Redshift」
- NASA/IPAC Extragalactic Database「Distance Measures in Cosmology」
- ESA「Webb gazes further back in time」

コメント