宇宙空間は「とても冷たい場所」と説明されることがありますが、宇宙に置かれた物体がいつも低温になるわけではありません。地球周回軌道では、太陽光が当たる面は高温になり、日陰側は大きく冷えることがあります。
JAXAは、地球周辺を飛ぶ物体の表面温度の目安として、日陰側がおよそマイナス150℃、太陽光が当たる側がおよそプラス120℃に達する場合があると説明しています。
この大きな温度差が生まれる主な理由は、宇宙空間が高真空で、地上の空気のように対流で熱を運んで温度をならす働きがほとんどないからです。宇宙機の外部では、太陽や地球から受け取る放射エネルギーと、自分自身が赤外線として宇宙へ放出する熱のバランスが温度を大きく左右します。
温度は「宇宙そのものの寒さ」だけでは決まらない
まず重要なのは、「宇宙空間の温度」と「宇宙に置かれた物体の温度」を分けて考えることです。
温度は物質を構成する粒子の運動状態を表す量です。ところが宇宙空間は非常に希薄で、地上の空気のような大量の分子に囲まれていません。
そのため、宇宙機や宇宙服の温度は「周囲の空気の温度に近づく」という地上の日常的な感覚では決まりません。
物体がどれだけエネルギーを吸収し、内部でどれだけ熱を生み、どれだけ赤外線として放出するかというエネルギー収支で決まります。
地上では空気が熱を運んで温度をならしている
地上では、熱は主に伝導・対流・放射の三つの方法で移動します。
物体どうしが接触していれば熱伝導が起こります。空気や水のような流体が動けば、対流によって熱が運ばれます。そして離れた場所の間でも、電磁波による熱放射でエネルギーが移動します。
日なたに置いた物体も、周囲の空気へ熱を渡し、風がその熱を運び去るため、太陽光から受けたエネルギーのすべてが物体内部に残るわけではありません。
宇宙の高真空では、外部との対流がほぼなくなる
宇宙空間では周囲の気体密度が非常に低いため、宇宙機の外表面から空気へ熱を渡し、その空気が移動して冷やすという対流はほとんど起こりません。
NASAは宇宙機の熱制御について、真空中では外部との熱交換は主に放射で行われ、宇宙機内部では部品間の伝導が重要になると説明しています。
つまり宇宙機の外側では、地上なら大きな役割を持つ「空気による冷却」が期待できません。
太陽光は真空でも届き、物体を加熱する
真空だからといって、太陽の熱が届かなくなるわけではありません。
太陽は可視光や赤外線などの電磁波としてエネルギーを放出しており、それらは真空中を伝わります。
宇宙機の表面が太陽光を吸収すると、そのエネルギーが物質内部の熱運動へ変わり、温度が上昇します。
地球軌道付近では太陽から届く放射エネルギーが大きいため、太陽を向いた面は強く加熱されます。
日陰に入ると、太陽からの入熱が急に減る
人工衛星が地球の影へ入ると、直接の太陽光を受けなくなります。
すると、それまで大きかった太陽からの入熱が急に減ります。
一方、宇宙機自身は温度を持つため、赤外線として熱を放射し続けます。
入ってくるエネルギーが減ったまま放熱が続けば、物体の温度は下がります。このため日なたと日陰の間で大きな温度変化が起こります。
「宇宙では冷やされる」のではなく、自分で熱を放射して冷える
日陰側が低温になると、「冷たい宇宙が熱を吸い取る」と考えたくなります。
しかし、高真空の宇宙には、冷たい空気が流れてきて宇宙機を冷やすわけではありません。
宇宙機が持っている熱エネルギーを赤外線として外へ放射し、その失ったエネルギーを補う入熱が少ないため温度が下がります。
宇宙での冷却は、主に放射によるエネルギー損失として理解するのが適切です。
物体は温度が高いほど強く赤外線を放射する
温度を持つ物体は電磁波を放射します。
温度が上がるほど放射するエネルギーは急激に増えるため、物体は無限に熱くなり続けるわけではありません。
太陽光などから受け取るエネルギーと、自分が赤外線として放出するエネルギーが釣り合うところに、その条件での平衡温度ができます。
宇宙機の熱設計では、このエネルギー収支を計算して各部の温度を予測します。
表面の色や材質で、温度は大きく変わる
同じ軌道・同じ太陽光でも、宇宙機の表面材料が違えば温度は同じになりません。
重要なのは、太陽光をどれだけ吸収するかを示す性質と、赤外線としてどれだけ熱を放出しやすいかという性質です。
NASAの熱制御資料では、太陽光吸収率と赤外放射率が宇宙機の熱収支を左右する主要な表面特性として扱われています。
そのため、白色塗装、反射材、金属膜、多層断熱材などを目的に応じて使い分けます。
黒ければ必ず熱く、白ければ必ず冷たいわけではない
日常生活では、黒い物体は光を吸収しやすいため熱くなりやすいと知られています。
しかし宇宙機では、太陽光の吸収だけでなく、赤外線をどれだけ放射できるかも同時に重要です。
ある表面は太陽光をあまり吸収せず、赤外線を効率よく放射するよう設計できます。
したがって熱設計では、見た目の色だけでなく波長ごとの吸収率・放射率を測って材料を選びます。
地球周回衛星は、太陽だけでなく地球からも熱を受ける
地球を回る人工衛星では、熱源は太陽だけではありません。
地球は太陽光を反射するため、その反射光も宇宙機へ入ります。また地球自身も赤外線を放射しています。
NASAの熱収支モデルでは、直接太陽光、地球などの天体からの反射光、惑星の赤外放射、宇宙機内部で生じる熱をすべて入熱として扱います。
そのため、同じ太陽光の当たり方でも、宇宙機が地球をどの角度で見ているかによって温度条件が変わります。
電子機器自身も熱源になる
人工衛星のコンピューター、通信機器、電源、観測装置などは電力を消費し、その一部を熱として放出します。
真空中では、この内部発熱も最終的には宇宙へ赤外線として逃がさなければなりません。
放熱が足りなければ、太陽光が弱い場所でも機器内部が過熱することがあります。
「宇宙は寒いのだから、電子機器は自然に冷える」という考えは正しくありません。
ラジエータは、余分な熱を宇宙へ捨てるための放熱面
宇宙機には、余分な熱を赤外線として効率よく放出するラジエータが設けられることがあります。
ラジエータは太陽や高温の天体からの入熱をなるべく避け、深宇宙へ向けて熱を放射するよう配置されます。
NASAは宇宙機の熱制御で、ラジエータの面積や赤外放射率、向いている方向が放熱性能を左右すると説明しています。
冷えすぎる場所にはヒーターを使う
逆に、日陰や太陽から遠い場所では機器が低温になりすぎることがあります。
バッテリー、推進系、精密機器などは正常に動作できる温度範囲が決まっているため、電気ヒーターで温める場合があります。
宇宙機の熱制御は「冷やす技術」だけではなく、必要な場所を温める技術でもあります。
多層断熱材は、放射による熱の出入りを減らす
宇宙機の外側によく見られる金色や銀色の薄いシートは、多層断熱材であることがあります。
真空では対流がほぼないため、熱放射を抑えることが非常に重要です。
多層の反射膜を重ねると、層の間で放射が何度も反射され、外部との熱交換を小さくできます。
これにより、太陽光による過熱と、日陰での過冷却の両方を抑えます。
衛星の姿勢も温度を決める
同じ宇宙機でも、どの面を太陽へ向けるかで温度は変わります。
太陽電池を太陽へ向ける必要がある一方、温度に弱い観測装置は太陽から避ける必要がある場合があります。
宇宙機の姿勢制御は通信や観測だけでなく、熱環境を整える意味も持っています。
太陽からの距離が変われば、受ける熱も変わる
太陽から遠ざかるほど、単位面積あたりに届く太陽光は弱くなります。
そのため、太陽に近い水星探査機では過熱対策が非常に重要になり、木星・土星など外側の太陽系へ行く探査機では低温対策が重要になります。
NASAは、惑星間探査機の熱設計では太陽からの距離に応じた大きな熱環境変化を考慮すると説明しています。
宇宙の「背景」は非常に低温だが、物体がすぐその温度になるわけではない
恒星や惑星から十分遠い深宇宙では、宇宙背景放射の実効温度は約2.7Kです。
しかし、太陽光を受けている物体や内部で発熱している宇宙機が、ただちに数Kまで冷えるわけではありません。
受け取る放射と放出する放射が釣り合う温度まで変化するためです。
「宇宙は約3Kだから、宇宙機も約3K」という説明は成り立ちません。
宇宙服も、温度を能動的に管理している
宇宙飛行士の体も代謝によって常に熱を作ります。
船外活動中は周囲に空気がなく、汗を風で蒸発させて体温を下げるような地上の仕組みをそのまま使えません。
宇宙服では内部の空気循環や水冷式の衣服などを使って、人体から出る熱を回収し、外部へ適切に逃がします。
宇宙では「寒さ」だけでなく、人体が作る熱をどう捨てるかも重要です。
日なたと日陰の繰り返しは、材料へ熱ストレスを与える
地球周回衛星は、軌道によって何度も太陽光と地球の影を行き来します。
そのたびに表面や部品が温まり、冷えるため、材料は膨張と収縮を繰り返します。
長期間では接着部、配線、光学部品、構造部材などに熱サイクルによる負荷が蓄積する可能性があります。
そのため宇宙機は、打ち上げ前に温度を繰り返し変化させる熱真空試験を受けます。
JAXAのスペースチャンバは、高真空と太陽光を同時に再現する
JAXAの13mφスペースチャンバでは、真空ポンプで高真空を作り、液体窒素で冷却した壁面によって冷暗黒環境を再現します。
さらにソーラシミュレータで強い模擬太陽光を照射し、宇宙機が実際の宇宙環境でどの温度になるかを確認します。
高真空だけでなく「冷たい背景」と「強い太陽光」を同時に再現するのは、宇宙機の温度が放射エネルギーの出入りで決まるためです。
ESAも大型設備で熱平衡と温度サイクルを試験している
ESAのLarge Space Simulatorでも、真空、低温壁、模擬太陽光を組み合わせて宇宙環境を再現します。
宇宙機を真空中に置いて太陽光条件を変え、各部の温度が設計範囲に収まるかを確認します。
このような試験は、宇宙の熱環境が単純な「低温」ではなく、入射放射と放熱のバランスで大きく変化することを反映しています。
W01351との違いは「なぜ真空か」ではなく「真空中で温度がどう決まるか」
W01351では、宇宙空間がなぜ高真空に近く、それでも完全な空っぽではないのかを扱います。
本記事W01354では、その高真空という環境で、なぜ宇宙機の温度が太陽光・赤外放射・内部発熱によって大きく変わるのかを扱います。
つまりW01351が「宇宙空間の粒子密度と真空」を説明する記事なら、W01354は「真空中の熱移動と温度収支」を説明する記事です。
宇宙機の温度を決める主な要素を整理すると分かりやすい
| 要素 | 温度への影響 |
|---|---|
| 直接太陽光 | 表面を加熱する |
| 地球などからの反射光 | 追加の入熱になる |
| 惑星からの赤外線 | 宇宙機へ熱を与える |
| 機器の内部発熱 | 船内温度を上げる |
| 宇宙機自身の赤外放射 | 熱を宇宙へ逃がす |
| 表面の吸収率・放射率 | 入熱と放熱の割合を変える |
| 太陽からの距離・姿勢 | 受ける放射量を変える |
まとめ
宇宙空間で日なたと日陰の温度差が大きくなるのは、高真空のため空気による対流がほとんどなく、物体の温度が主に放射エネルギーの出入りで決まるからです。
- 太陽光は真空でも伝わり、物体へ吸収されると加熱します。
- 日陰に入ると直接太陽光がなくなりますが、物体は赤外線として熱を放射し続けます。
- 地上のように周囲の空気が熱を運んで温度をならす働きがほぼありません。
- 宇宙機の温度は太陽光、地球からの反射光・赤外線、内部発熱、赤外放射の収支で決まります。
- 表面材料の吸収率・放射率、姿勢、太陽からの距離によって温度は大きく変わります。
- 宇宙機は断熱材、ラジエータ、ヒーターなどを使って安全な温度範囲を保ちます。
つまり、宇宙は一様に「極寒」なのではありません。空気による熱交換がほとんどないため、光を受ける面は強く温まり、光を受けない面は自分の熱を放射して冷えやすくなります。宇宙機の温度は、周囲の空気ではなく、受け取る放射と逃がす放射のバランスによって決まるのです。
参考資料
- JAXA「宇宙では、どの位温度が高温になったり低温になったりするのですか」
- JAXA「試験技術研究」
- NASA「7.0 Thermal Control」
- ESA「Large Space Simulator」

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