「宇宙の音」と聞くと、惑星や恒星の近くでは同じような音が鳴っていて、場所によって少し聞こえ方が違うだけだと思うかもしれません。しかし実際には、火星やタイタンのように大気がある場所と、ほぼ真空の宇宙空間では、「音」という言葉が指すもの自体が違う場合があります。
宇宙の「音」が天体や条件によって違うのは、普通の音が気体や液体、固体などの物質を伝わる圧力波だからです。大気がある天体では実際の音波が伝わりますが、その速さや減衰の仕方は大気の密度・温度・組成で変わります。一方、真空に近い宇宙空間では普通の音波はほとんど伝わらず、私たちが「宇宙の音」として聞くものの多くは、電波やプラズマ波、観測データを人間の可聴域へ変換したものです。
まず「音」は何を伝わる波なのか
私たちが地上で聞く音は、空気の圧力変化が波として伝わる現象です。スピーカーの振動板が前後に動くと、その周囲の空気が圧縮されたり薄くなったりし、その変化が隣の空気へ伝わって耳まで届きます。
このため、普通の音が伝わるには媒質が必要です。空気だけでなく、水や金属のような液体・固体でも音は伝わりますが、粒子がほとんど存在しない真空では、隣へ圧力変化を受け渡す相手がほぼいません。
NASAも、音波が耳へ届くには空気のような物質が必要だと説明しています。つまり「宇宙空間だから音が特殊になる」というより、まずその場所に音を運ぶ物質がどれだけあるかが重要です。
火星では実際の音が伝わる
火星の表面には薄い大気があります。そのため、地球より条件は厳しいものの、実際の音波が伝わります。
NASAの火星探査車Perseveranceにはマイクが搭載されており、火星の風、探査車の走行音、機器の作動音などが実際に録音されています。これは「宇宙の音」をデータから人工的に作ったものではなく、火星大気を伝わった圧力波をマイクで受け取った音です。
ただし、火星の音は地球と同じには聞こえません。NASAは、火星大気が地球の大気より約100倍薄く、主成分も二酸化炭素であるため、音は弱くなりやすく、高い周波数ほど減衰しやすいと説明しています。
火星では低い音の音速がおよそ毎秒240mで、地球の毎秒約340mより遅くなります。さらに周波数によって音速が少し異なるという、地球では日常的に意識しない特徴も観測されています。
なぜ火星では高い音が届きにくいのか
音の伝わり方は、大気の密度だけでなく分子の種類や温度にも左右されます。
火星大気は主に二酸化炭素でできています。NASAのPerseverance観測では、この二酸化炭素の大気が高周波の音を強く吸収するため、笛や鳥の声のような高い音ほど遠くまで届きにくいことが確認されています。
また火星は地球より寒いため、音速も低くなります。さらに大気が薄いことで音のエネルギーを運ぶ粒子そのものが少なく、遠くの音は地球より小さく聞こえます。
つまり火星の音響環境は、「大気があるか、ないか」だけでは説明できません。密度、温度、気体組成、周波数が組み合わさって聞こえ方を決めています。
タイタンでは厚い大気の中を音が伝わる
土星最大の衛星タイタンにも厚い大気があります。2005年、ESAのHuygens探査機はタイタンの大気をパラシュートで降下し、音響センサーを使って大気中の音響データを取得しました。
ESAは、Huygensが降下中にタイタン大気の音を記録し、さらに別の音響装置で音速を測定する実験も行ったと説明しています。タイタンでは大気の主成分が窒素で、火星よりはるかに高密度です。
そのため、同じ「別の天体の音」でも、火星とタイタンでは伝わり方が違います。大気密度、温度、気体の分子量などが異なれば、音速も減衰も変わります。
これは、宇宙の音を比較するときに「地球以外では音が変になる」とまとめるのではなく、その天体の大気物理を見なければならないことを示しています。
月面やほぼ真空の宇宙空間では普通の音は伝わらない
月には、地球や火星のような連続した大気がほとんどありません。そのため、月面で離れた場所にいる二人が宇宙服の外側だけを通じて声を聞くことはできません。
声帯が振動しても、宇宙服の外にはその振動を連続的に運ぶ空気がないからです。実際の宇宙飛行士どうしの会話は、宇宙服内部の空気で声を拾い、それを無線通信へ変換して相手へ送っています。
同じ理由で、宇宙船の外側で何かが爆発しても、十分な気体がなければ映画のような爆音が真空中を伝わってくることはありません。
ただし宇宙船の構造物そのものが振動すれば、その固体内部を音が伝わることはあります。真空では「すべての振動が消える」のではなく、気体を媒質とする音波が外部空間を伝わりにくいということです。
では「宇宙の音」として公開される音源は何なのか
NASAやJAXAなどが公開する「宇宙の音」には、実際の空気中の音とは異なる種類のデータが多く含まれています。
代表例の一つが、宇宙プラズマ中を伝わる電磁的な波です。地球磁気圏や惑星周辺の宇宙空間には、電子やイオンからなる希薄なプラズマがあります。プラズマでは、電場や磁場、荷電粒子の集団運動が波として伝わります。
JAXA宇宙科学研究所は、地球周辺で観測される「コーラス」と呼ばれるプラズマ波について、鳥のさえずりのように聞こえることからその名が付いたと説明しています。しかし、探査機の外に人間の耳を置けばそのまま聞こえるという意味ではありません。
探査機は電場や磁場の変化を測定し、その時間変化を可聴域の音へ変換します。私たちが聞いているのは、宇宙プラズマの波を人間が理解しやすい形へ置き換えたものです。
プラズマ波と普通の音波は何が違うのか
普通の音波では、空気などの粒子が押し合いながら圧力変化を伝えます。一方、プラズマ波では、荷電粒子の運動と電場・磁場が結びついて振動します。
そのため、非常に希薄で普通の音がほとんど伝わらない宇宙空間でも、電磁的なプラズマ波は存在できます。
JAXAの「あらせ」衛星は、地球周辺の放射線帯でコーラス波と高エネルギー電子の相互作用を観測しています。このコーラス波は単なる「面白い宇宙音」ではなく、荷電粒子を加速する物理現象そのものです。
音への変換は、その波の変化を耳で認識しやすくする表示方法の一つです。天文学では画像やグラフと同じように、音もデータを理解するための表現手段として利用されます。
電波を音にしたものも「実際に空気を振動していた音」ではない
太陽や惑星は電波を放つことがあります。探査機がこうした電波を受信し、周波数や強度の変化を可聴域へ変換すると、特徴的な音として聞くことができます。
ESAのSolar Orbiterでは、太陽から放出された高エネルギー電子が生み出す電波バーストを観測し、そのデータを音へ変換した例が公開されています。
この場合、宇宙空間を伝わったのは空気の圧力波ではなく電磁波です。電磁波は真空でも伝わるため、遠く離れた探査機まで届きます。その観測値をスピーカーが振動する信号へ変換した段階で、初めて私たちの耳で聞ける「音」になります。
ソニフィケーションでは、本来は音ではないデータも音になる
さらに広い意味では、画像、明るさ、粒子数、周波数、時間変化などの科学データを音の高さや大きさへ対応させる「ソニフィケーション」もあります。
NASAは、宇宙の観測データを音へ変換する取り組みを多数公開しています。そこには電磁波の観測だけでなく、画像中の位置や明るさなどを音程や音量へ割り当てたものもあります。
このような音源は科学データに基づいていますが、「その場所で本当に鳴っていた音を録音したもの」とは区別する必要があります。
ただし、人工的に変換しているから科学的価値が低いわけではありません。視覚とは違う形で周期性や急激な変化、複数成分の重なりを認識できるため、研究や教育、アクセシビリティにも利用できます。
同じ天体でも高度や季節で音の伝わり方は変わる
大気を持つ天体でも、音響環境は固定されていません。
火星では大気圧が季節によって変化します。Perseveranceの観測でも、圧力の低い時期には周囲が非常に静かになり、検出できる音の量が変化することが報告されています。
高度が変われば気圧や温度も変わるため、音速や減衰も変化します。タイタンのように厚い大気を降下する探査機でも、上空と地表付近では条件が異なります。
したがって「火星の音」「タイタンの音」と一つにまとめるだけでも不十分です。同じ天体の中でも、場所・高度・季節・気象条件によって音の伝わり方は変わります。
宇宙の「音」を聞くときは3種類に分ける
宇宙関連の音源を理解するときは、三つに分けると整理しやすくなります。
第一は、火星やタイタンのように大気中を伝わった実際の音響波をマイクで記録した音です。
第二は、宇宙プラズマ中の電場・磁場や電波など、物理的な波を可聴域へ変換した音です。
第三は、画像や明るさなど、本来は音ではない観測データを音へ対応させたソニフィケーションです。
この区別をすれば、「真空では音が伝わらないはずなのに、なぜ宇宙の音があるのか」という疑問も整理できます。火星の録音と磁気圏のコーラス音では、同じスピーカーから聞こえていても、その物理的な意味は違うのです。
まとめ
宇宙の「音」が天体や条件によって違うのは、音を伝える媒質と、観測している波の種類が違うからです。
火星やタイタンには大気があるため、実際の音波が伝わります。ただし大気の密度・温度・組成が地球と異なるため、音速、音量、周波数ごとの減衰も違います。
一方、月面やほぼ真空の宇宙空間では、普通の音波はほとんど伝わりません。そこで「宇宙の音」として聞かれるものの多くは、プラズマ波や電波を可聴化したもの、あるいは観測データのソニフィケーションです。
つまり「宇宙には音があるか、ないか」という二択だけでは不十分です。どの天体か、そこにどんな媒質があるか、何を測定したデータなのかを確認することで、宇宙の音の違いを正しく理解できます。
関連記事
主な参考資料
- JAXA 宇宙科学研究所「『あらせ』が捉えたプラズマ波動による超高速電子加速の痕跡」
- NASA Science「Sounds of Mars」
- ESA「Sounds of an alien world」
- NASA Scientific Visualization Studio「Cosmic Echoes Audio Activation」

コメント