なぜ人工衛星は高度が低いほど速く飛ばなければならないのか?

人工衛星の速度は、ロケットが適当に決めているわけではありません。地球のまわりを安定して回り続けるには、その軌道の高さに合った速度が必要です。

人工衛星が高度の低い軌道ほど速く飛ばなければならないのは、地球に近いほど重力が強く、その強い重力で地球へ落ち込まないように、より大きな横向き速度で地球の曲面に沿って落ち続ける必要があるからです。円軌道では、地球中心からの距離が小さいほど必要な軌道速度は大きくなり、高度が上がるほど必要速度は小さくなります。

目次

人工衛星は「重力がない場所」を飛んでいるわけではない

人工衛星が宇宙で地球を回っているのを見ると、重力から解放されて漂っているように感じるかもしれません。

しかし実際には、人工衛星には地上と同じように地球の重力が働いています。

人工衛星はその重力によって絶えず地球方向へ落下しています。ただし同時に、非常に大きな横向きの速度を持っています。

そのため落下しても地表へぶつからず、地球の丸い表面に沿って進み続けます。

NASAは、軌道飛行を「十分な高度」と「十分な水平方向速度」の組み合わせとして説明しています。宇宙まで上がるだけでは軌道には入れず、横向きの速度が必要です。

円軌道では重力が向心力の役割をする

人工衛星が円軌道を回り続けるには、進行方向を常に地球中心側へ曲げる力が必要です。

この役割をしているのが地球の重力です。

円運動に必要な向心加速度は、速度をv、地球中心からの距離をrとすると、おおよそvの2乗をrで割った値になります。

一方、地球の重力による加速度は、地球中心から遠ざかるほど弱くなります。

円軌道では、この重力加速度と円運動に必要な向心加速度がちょうど一致する速度が、その高度で必要な軌道速度になります。

軌道速度は地球中心からの距離で決まる

地球のまわりの円軌道では、必要な軌道速度は次の関係で表せます。

v = √(μ / r)

ここでμは地球の重力に関する定数、rは地球中心から人工衛星までの距離です。

この式を見ると、rが小さい、つまり高度が低いほどvは大きくなります。

逆に高度が上がって地球中心から遠くなるほど、必要な速度は小さくなります。

NASA Glenn Research Centerも、円軌道の必要速度は高度に依存し、高い軌道ほど速度が低くなると説明しています。

高度400kmでは約7.7km/sで飛ぶ

JAXAによると、高度400km付近を回る人工衛星の速度は約7.67km/sです。

これは時速にすると約2万7600kmです。

ISSもおおむねこの高度帯を飛んでいるため、地球を約1時間半で一周します。

JAXAの宇宙ステーション補給機「こうのとり」も、ISSへ向かう途中の高度287km付近で秒速7.7kmほどの速度で飛行していました。

地球に近い低軌道では、この程度の大きな速度が必要です。

高度1000kmでは少し遅くなる

JAXAの例では、高度1000kmの円軌道では速度は約7.35km/sです。

高度400kmの約7.67km/sより少し遅くなっています。

これは、高度が上がるほど地球の重力が弱くなり、軌道を曲げ続けるために必要な横向き速度も小さくなるためです。

ただし「重力がほとんどなくなる」わけではありません。1000km程度では依然として地球重力が軌道運動を支配しています。

静止軌道では約3.1km/sまで遅くなる

地表から約3万5786kmの静止軌道では、速度は約3.08km/sです。

低軌道の約7~8km/sと比べると大幅に遅くなります。

この高度では地球から遠いため重力が弱く、円軌道を維持するために必要な速度も小さくなります。

そしてこの高さでは軌道周期が約23時間56分となり、地球の自転周期と一致します。

赤道上空を地球の自転と同じ方向に回れば、地上からは同じ位置に見える静止衛星になります。

「速いほど高い軌道へ行く」は半分だけ正しい

ここで混乱しやすい点があります。

円軌道を比べると、高い軌道ほど速度は遅くなります。

しかし低軌道の人工衛星が進行方向へエンジンを噴射して一時的に加速すると、人工衛星はそのまま低い円軌道で速く回り続けるわけではありません。

余分なエネルギーを得たため、軌道の反対側が高くなり、楕円軌道へ移ります。

NASA Earth Observatoryは、人工衛星を単純に加速すると軌道が高くなり、結果として新しい高い円軌道では速度が低くなるという、一見逆説的な関係を説明しています。

高い軌道へ移るときは一度加速する

低い円軌道から高い円軌道へ移るときには、通常、まず進行方向へ加速します。

すると人工衛星の軌道は楕円になり、遠地点が高くなります。

その遠地点へ到達したところでもう一度加速すると、高い円軌道へ移れます。

このとき、高い円軌道での最終速度は元の低軌道より遅くなります。

つまり「軌道変更の途中では加速する」のに、「到着した高い円軌道では低い速度になる」ということが起こります。

速度が少し足りないと低い軌道へ落ち込む

ある高度で円軌道を回るために必要な速度より遅くなると、人工衛星はその高度の円軌道を維持できません。

重力に対して横向きの進み方が不足するため、軌道は下側へ曲がり、楕円軌道になります。

低軌道では大気抵抗によって速度が少しずつ失われるため、軌道高度も徐々に低下します。

さらに低い高度へ入ると大気密度が増え、抵抗が大きくなり、軌道低下が加速することがあります。

そのためISSなどは必要に応じて軌道を上げるリブーストを行います。

速度が大きすぎると地球から離れる軌道になる

逆に、ある高度で円軌道に必要な速度より大きな速度を与えると、人工衛星はより高い楕円軌道へ移ります。

さらに速度を増やしていくと、地球へ戻ってくる楕円軌道ではなく、地球から離れていく軌道へ変わります。

この境界となる速度が脱出速度です。

円軌道速度と脱出速度は同じではありません。

地球近くの円軌道速度は約7.9km/sですが、地表付近の脱出速度は約11.2km/sです。

「人工衛星になる速度」と「地球から脱出する速度」は別の条件です。

第1宇宙速度は地表すれすれの理想的な円軌道速度

日本では、地表付近で地球を円軌道運動するための理想的な速度を「第1宇宙速度」と呼びます。

JAXAはその値をおよそ7.9km/sと説明しています。

実際には地表には山や大気があるため、地表すれすれを人工衛星が回ることはできません。

しかしこの数字は、地球近くの低軌道衛星がなぜ秒速8km前後もの速度を必要とするかを理解する基準になります。

高度が上がれば地球中心からの距離が増えるため、この円軌道速度は少しずつ低くなります。

人工衛星の質量は円軌道速度をほとんど変えない

重い人工衛星ほど速く飛ばなければならないように思えるかもしれません。

しかし同じ高度の理想的な円軌道なら、衛星の質量によって必要な軌道速度は変わりません。

重い物体ほど地球から受ける重力は大きくなりますが、同時にその物体を加速するのに必要な力も質量に比例します。

式では衛星質量が打ち消され、軌道速度は主に地球の質量と地球中心からの距離で決まります。

そのため小型衛星でも大型宇宙ステーションでも、同じ円軌道高度なら基本的に同じ程度の速度で回ります。

高度だけでなく軌道の形でも速度は変わる

ここまでの説明は主に円軌道です。

楕円軌道では、人工衛星と地球の距離が一周の中で変化するため、速度も一定ではありません。

地球に近い近地点では速く、遠い遠地点では遅くなります。

これはケプラーの法則とエネルギー保存で説明できます。

人工衛星が地球へ近づくと重力による位置エネルギーが運動エネルギーへ変わり、速度が上がります。遠ざかると運動エネルギーが位置エネルギーへ変わり、速度が下がります。

したがって「人工衛星の速度は高度で決まる」という説明は、円軌道では特に分かりやすく、楕円軌道ではその時点の地球からの距離と軌道全体のエネルギーを合わせて考える必要があります。

軌道周期も速度と同時に変わる

高度が上がって速度が遅くなると、さらに一周する道のり自体も長くなります。

そのため軌道周期は大きく増えます。

JAXAの例では、高度400kmで約1時間33分、高度1000kmで約1時間45分、静止軌道高度で約23時間56分です。

NASAも、Aqua衛星は高度約705kmで約99分、静止軌道付近では約24時間で一周すると説明しています。

高度・速度・周期は別々の値ではなく、同じ重力場の中で互いに結びついた軌道要素です。

速度が変わると地上からの見え方も変わる

低軌道衛星は秒速7~8kmで移動するため、地上から見ると短時間で空を横切ります。

一方、静止軌道の衛星は約3km/sで実際には高速移動していますが、地球の自転と同じ角速度で回るため、地上からはほぼ同じ方向に見えます。

ここで重要なのは、「地上から止まって見える」ことと「宇宙空間で速度がゼロである」ことは違うという点です。

静止衛星も地球中心に対しては秒速約3kmで運動しています。

速度はロケットの打ち上げ方向とも関係する

人工衛星を軌道へ入れるには、単に高く上げるだけでなく、大きな横向き速度を与える必要があります。

そのためロケットは打ち上げ直後に真上へ進んだあと、徐々に機体を傾けて水平方向の速度を増やします。

NASA Glenn Research Centerも、軌道投入では上段ロケットが速度を上げながら水平に近い方向へ姿勢を変え、必要な高度と速度に達したところでエンジンを停止すると説明しています。

軌道投入で最も大きな課題の一つは、「宇宙の高さへ行くこと」より「十分な横速度を得ること」です。

高い軌道は速度が遅いのに、なぜ打ち上げが難しいのか

高い円軌道の速度が低いなら、高い軌道の方が打ち上げは簡単に思えるかもしれません。

しかし高い軌道へ行くには、まず重力に逆らって大きな位置エネルギーを与える必要があります。

低軌道から高い軌道へ移る途中でもエンジン噴射が必要です。

JAXAも、高い軌道ほど最終的な円軌道速度は低くなる一方、高く打ち上げるためにはより多くのエネルギーが必要だと説明しています。

「軌道上での速度」と「そこへ到達するために必要な総エネルギー」は別の量です。

W01401・W01402・W01404とは何が違うのか

W01401は、人工衛星の目的に合わせて高度・傾斜角・周期・軌道形状を選ぶ必要がある理由を扱う総論です。

W01402は、高度を変えると観測範囲・周期・大気抵抗・寿命などがどう変わるかを扱います。

W01404は、軌道と地上局の可視時間、通信距離、遅延など通信との関係を扱います。

この記事W01403では、なぜその高度に応じた軌道速度が決まり、地球に近い低軌道ほど速く飛ぶ必要があるのかという力学そのものを中心に説明しています。

人工衛星の速度を見るときは5つを確認する

人工衛星の速度を理解するときは、次の五つを確認すると整理しやすくなります。

第一は地球中心からの距離です。円軌道では近いほど必要速度が大きくなります。

第二は円軌道か楕円軌道かです。楕円軌道では一周の中で速度が変わります。

第三は現在の速度と軌道変更中の速度を区別することです。加速すると一時的に高い軌道へ移る場合があります。

第四は軌道速度と脱出速度を区別することです。地球を回り続ける速度と地球から離れる速度は違います。

第五は速度と周期の関係です。高い円軌道ほど速度は遅く、軌道周期は長くなります。

この五つを押さえると、人工衛星の速度が単なる「速さ」ではなく、地球重力と軌道半径で決まる物理量だと分かります。

まとめ

人工衛星が高度の低い軌道ほど速く飛ばなければならないのは、地球に近いほど重力が強く、その強い重力を円運動の向心力として使いながら地表へ落ち込まないために、より大きな横向き速度が必要だからです。

円軌道では、必要速度はおおよそv = √(μ/r)で表されます。地球中心からの距離rが小さいほど速度は大きくなり、高度が上がるほど速度は小さくなります。

JAXAによると、高度400kmでは約7.67km/s、高度1000kmでは約7.35km/s、静止軌道高度では約3.08km/sです。

ただし高い軌道へ移るためには途中で加速が必要で、最終的な高軌道の速度が遅いからといって打ち上げエネルギーが少ないわけではありません。

人工衛星の速度は、ロケットが自由に選ぶ数字ではありません。地球の重力と軌道の大きさが決める「その軌道で落ち続けるための速度」なのです。

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