哺乳類は基本的に肺で空気を吸い、肺胞で酸素を血液へ取り込み、二酸化炭素を外へ出します。しかし、どの哺乳類も同じ呼吸のしかたをしているわけではありません。高地では空気中の酸素分圧が低く、水中生活では潜っている間に新しい空気を取り込めず、巣穴などでは酸素が少なく二酸化炭素がたまりやすいことがあります。こうした環境の違いに応じて、肺の構造だけでなく、呼吸の速さ、血液への酸素の取り込み方、酸素を蓄える場所、循環の使い方まで変化してきました。
つまり、哺乳類の肺呼吸の違いは「肺の形が違う」だけでは説明できません。肺での換気とガス交換、血液による酸素運搬、筋肉での酸素貯蔵、心拍や血流の調節を一つのシステムとして見る必要があります。特に高地と潜水では、どちらも体内が低酸素になりやすいという共通点がある一方、酸素不足が起こる理由と対処法は大きく異なります。
哺乳類の肺では、肺胞と毛細血管の間でガス交換が行われる
多くの哺乳類の肺では、気管から気管支、細気管支へ枝分かれした先に多数の肺胞があります。肺胞の壁は薄く、その外側には毛細血管が広がっています。吸い込んだ空気の酸素は肺胞から血液へ拡散し、血液中の二酸化炭素は逆向きに肺胞へ移動して呼気として排出されます。
ガス交換の効率は、肺胞の表面積、膜の薄さ、肺胞へ届く空気の量、そこを流れる血液の量などによって左右されます。そのため、肺だけを大きくすれば呼吸能力が高くなるわけではありません。空気を運ぶ換気と、血液を流す循環が適切に釣り合う必要があります。
哺乳類の肺には共通する基本構造がありますが、気管支の分岐や肺葉、細気管支の構成には種差があります。こうした解剖学的な違いに加え、生息環境に応じた呼吸・循環機能の違いが、それぞれの動物の酸素利用を支えています。
高地では「空気が薄い」のではなく、酸素分圧が低くなる
標高が高くなると気圧が下がります。空気中に占める酸素の割合そのものは大きく変わりませんが、全体の気圧が低下するため酸素分圧も低くなります。その結果、肺胞から血液へ酸素を移すための差が小さくなり、同じ呼吸量でも血液へ取り込める酸素が減りやすくなります。
低酸素に急にさらされた哺乳類では、まず呼吸を増やして多くの空気を肺へ送ろうとします。さらに心拍や循環、赤血球量などにも変化が起こり、組織へ酸素を届けようとします。ただし、こうした反応が強ければ常に有利というわけではありません。低酸素による肺血管収縮が強すぎると肺動脈圧が上昇し、右心室への負担が増えることがあります。
高地に長く暮らす哺乳類では、低酸素への反応そのものが変化している
チベット高原などに長く生息してきたナキウサギ、ヤク、バーラルなどでは、高地の低酸素環境に適した生理的特徴が知られています。バーラルとブタを比較した研究では、低酸素にさらしたときの肺動脈圧上昇がバーラルで小さく、高地適応動物では低酸素性肺血管収縮が抑えられていることが示されています。
これは、単に赤血球を増やせば高地に適応できるわけではないことを示します。赤血球が増えすぎると血液の粘度が高くなり、循環の負担になる可能性があります。そのため高地適応では、換気、肺循環、ヘモグロビン、毛細血管、代謝など複数の仕組みが組み合わさります。
また、高地適応はすべての系統で同じ方法をとるわけではありません。異なる地域や種では、ヘモグロビン濃度、酸素親和性、換気応答などに異なる組み合わせが見られます。同じ「低酸素環境」でも、進化的な解決法は一つではありません。
潜水する哺乳類は、潜っている間は肺で新しい酸素を取り込めない
クジラ、イルカ、アザラシなどの海生哺乳類も肺呼吸を行います。そのため魚のように水中から酸素を取り込むことはできず、潜水中は息を止めています。つまり潜水中の問題は、高地のように「吸った空気の酸素が少ない」のではなく、「そもそも新しい空気を吸えない」ことです。
このため潜水性哺乳類では、潜る前に取り込んだ酸素を体内に蓄え、できるだけ効率よく使う仕組みが重要になります。長時間潜る種ほど、血液量が多く、血液中のヘモグロビン濃度や筋肉中のミオグロビン濃度が高い傾向があります。
特に深く潜る哺乳類では、酸素の主要な貯蔵場所は肺だけではありません。血液や筋肉が大きな酸素貯蔵庫として働きます。これは、水圧によって肺が圧縮される深海では特に重要です。
深く潜ると肺胞がつぶれ、ガス交換が一時的に止まる
水中では、深く潜るほど周囲の圧力が高くなります。海生哺乳類の呼吸器では、比較的つぶれやすい肺胞部分と、圧力に耐えやすい気道部分が組み合わさっています。潜降すると肺胞内の空気が圧縮され、やがて肺胞がつぶれて空気が太い気道側へ移動します。
肺胞が虚脱すると、その深度では肺胞と血液の間のガス交換が大きく減少または停止します。一見すると不利ですが、深い場所で窒素が血液へ過剰に溶け込むのを抑える効果があります。浮上時に溶けていた窒素が気泡化すると減圧障害の原因になるため、肺胞虚脱は潜水への重要な適応の一つと考えられています。
一方で、浅い潜水では肺の酸素も利用できます。肺がどの深さでどの程度つぶれるかは、種、潜水前の肺気量、胸郭や気道の力学的性質などによって異なります。
潜水中は、心拍と血流を変えて酸素を重要な臓器へ優先する
潜水性哺乳類では、息止めと同時に心拍数が低下し、末梢の血管が収縮する「潜水反応」が見られます。これによって、皮膚や一部の筋肉への血流を減らし、脳や心臓など酸素が欠かせない器官へ血液を優先して送ります。
筋肉にはミオグロビンとして酸素が蓄えられているため、血流が減っても一定時間は筋肉自身の酸素を利用できます。血液と筋肉に大きな酸素貯蔵能力を持つことが、海生哺乳類の長時間潜水を可能にしています。
ただし、潜水反応の強さは常に同じではありません。潜水の深さ、長さ、運動量、動物が予測している潜水時間などによって心拍や血流は調整されます。潜水は単純な反射だけでなく、行動と生理が連携した柔軟な制御です。
高地と潜水では、同じ低酸素でも対策が逆になることがある
高地と潜水はいずれも体内の酸素不足を起こしやすい環境ですが、呼吸の使い方は対照的です。高地では空気を吸えるため、呼吸を増やして肺へできるだけ多くの酸素を入れることが基本になります。一方、潜水中は新しい空気を吸えないため、むしろ酸素消費を抑えて手持ちの酸素を長く使うことが重要です。
高地では肺胞でのガス交換を継続しながら、換気や血液の酸素運搬能力を調整します。深海潜水では、ある深さを超えると肺胞ガス交換そのものを止め、血液や筋肉に蓄えた酸素へ依存します。
同じ「低酸素への適応」という言葉でも、原因が違えば最適な仕組みも変わります。この違いは、生息環境と呼吸生理を結び付けて考える重要な例です。
巣穴生活では、酸素不足と二酸化炭素の増加が同時に問題になる
地下の巣穴では、換気が悪いと酸素濃度が下がるだけでなく、動物自身が吐き出した二酸化炭素がたまりやすくなります。高地では主に低い酸素分圧が課題になりますが、地下では低酸素と高二酸化炭素が同時に起こり得る点が異なります。
このような環境に暮らす哺乳類では、低酸素への耐性だけでなく、高い二酸化炭素濃度や酸性化への耐性も重要です。呼吸を増やせば酸素を取り込みやすくなりますが、巣穴内の空気自体が悪ければ限界があります。そのため、血液の酸素運搬や代謝を含む全身的な適応が必要になります。
地下性哺乳類の低酸素耐性には大きな種差があり、すべての巣穴生活種が同じ生理を持つわけではありません。巣穴の深さ、換気、集団サイズ、土壌などによって環境条件も異なります。
肺の大きさだけでは呼吸能力を比較できない
大きな動物は一般に大きな肺を持ちますが、単純に肺が大きいほど酸素を取り込む能力が高いとは言えません。体の大きさが違えば必要な酸素量も変わり、肺胞面積や毛細血管量、呼吸回数、血液量なども体サイズに応じて変化します。
また、同じ体重でも生活様式によって必要な最大酸素摂取能力は異なります。活発に走る、飛ぶ、潜る、寒冷地で大量に熱をつくるなどの行動では、多くの酸素を短時間に組織へ届ける必要があります。そのため、呼吸器だけでなく心臓や血液、筋肉まで含めた性能が重要です。
呼吸能力を比べるときには、「肺容量」一つの数字ではなく、換気、拡散、循環、血液中の酸素運搬、組織での利用という一連の流れを見る必要があります。
肺の構造にも種差があるが、環境への適応だけで決まるわけではない
哺乳類の肺を比較すると、肺葉の分かれ方、気管支の枝分かれ、呼吸細気管支の有無や発達などに種差があります。比較解剖研究では、多数の哺乳類で気管支分岐の基本パターンとその変異が調べられています。
ただし、現在の肺構造は生息環境だけの結果ではありません。共通祖先から受け継いだ構造に変化が加わるため、近縁な種では似た特徴を共有しやすくなります。環境への適応と系統的な歴史の両方が、肺の形や機能に影響します。
そのため「水中生活なら必ずこの肺」「高地なら必ず大きな肺」と一つの形に決めることはできません。同じ環境でも異なる系統が別々の生理的解決法を使うことがあります。
呼吸の違いは、肺だけでなく血液や筋肉との協力で生まれる
酸素は肺で取り込まれた後、赤血球中のヘモグロビンと結び付いて全身へ運ばれます。さらに筋肉ではミオグロビンが酸素を保持します。高地適応ではヘモグロビンの量や酸素との結び付きやすさ、肺循環などが重要になり、潜水適応では血液量やミオグロビン量、心拍・血流調節が大きな役割を持ちます。
このことから、哺乳類の「肺呼吸」を比較するとき、肺だけを見てはいけないことが分かります。肺は空気と血液をつなぐ入口ですが、取り込んだ酸素を運び、保存し、必要な場所で使うまでが一つの呼吸システムです。
環境による違いは、このシステムのどの部分を強化するかという違いとして現れます。
まとめ:哺乳類の肺呼吸は、環境ごとの酸素制約に合わせて調整されている
哺乳類は共通して肺胞を中心とする肺呼吸を行いますが、高地、水中、地下などでは酸素を得る条件が異なるため、呼吸や循環の使い方も変わります。
高地では低い酸素分圧に対して換気や肺循環、血液の酸素運搬を調整します。長期間高地に適応した種では、低酸素性肺血管収縮などの反応そのものが変化している場合があります。潜水性哺乳類では、潜っている間に呼吸できないため、血液や筋肉へ酸素を多く蓄え、心拍や血流を調節して酸素を節約します。深い潜水では肺胞がつぶれ、窒素の取り込みを抑える仕組みも働きます。
つまり、哺乳類の肺呼吸の多様性は、肺の形だけではなく、「その環境で酸素をどのように取り込み、運び、保存し、使うか」という全身の調節の違いです。同じ肺呼吸という基本方式を保ちながら、それぞれの生息環境に合わせて異なる解決法が進化してきたのです。
参考資料
- 酒井秋男「高地環境と生体」日本生気象学会雑誌
- Nakakuki S. Mammalian Lung, Primate Lung, Human Lung
- Cardiorespiratory adaptations in small cetaceans and marine mammals
- Adaptation of mammals to hypoxia

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