なぜにおいの感じ方は時間・年齢・環境によって変わるのか?

同じにおいでも、朝より夕方のほうが強く感じることがあったり、若い頃より年齢を重ねてから分かりにくくなったりします。また、風邪や鼻炎のとき、喫煙環境に長くいたときなどにも、普段とは違う感じ方になることがあります。

これは嗅覚が、におい分子だけで決まる固定した能力ではないためです。嗅覚受容細胞へどれだけにおい分子が届くか、神経系がどの程度反応するか、脳がその情報をどう識別するかは、体内時計、年齢、鼻の状態、生活習慣、環境条件などによって変化します。

目次

結論:においの感じ方は「におい側の条件」と「嗅覚系の状態」の両方で変わる

においの感じ方が時間・年齢・環境で変わる主な理由は、次のように整理できます。

  1. 嗅覚感度が一日の中で変動することがある
  2. 加齢によって検知・識別・同定能力が低下しやすくなる
  3. 鼻炎や感染でにおい分子が嗅上皮へ届きにくくなる
  4. 喫煙や一部の薬剤、頭部外傷などで嗅覚機能が変化することがある
  5. 環境中のにおい濃度や曝露時間が変われば知覚強度も変わる
  6. 気温や湿度だけの短期的変化は、健常者では必ずしも大きな嗅覚差を生まない

つまり、「今日はにおいが弱い」と感じたとき、原因が一つとは限りません。においそのものの濃さが変わったのか、自分の鼻や神経系の状態が変わったのかを分けて考える必要があります。

嗅覚は一日の中でも完全に一定ではない

嗅覚は以前、比較的安定した個人特性として考えられることがありました。しかし近年は、時間帯や体内時計の位相によって、においの検知閾値が変化する可能性が示されています。

体内時計の影響を調べた研究では、思春期の参加者を通常の24時間とは異なる睡眠・覚醒スケジュールで生活させ、体内時計の位相と嗅覚閾値を繰り返し測定しました。その結果、嗅覚感度は体内時計の位相によって変化し、平均的には生物学的な夜の初めごろに高くなる傾向がみられました。

成人を対象にした別の研究でも、嗅覚閾値は朝より夕方のほうが良好という結果が報告されています。鼻の通気性も時間帯で変化しましたが、嗅覚閾値の変動と鼻気流の変動は単純には一致しませんでした。

このことから、一日の中の嗅覚変化は「朝は鼻が詰まりやすいから」だけでは説明できず、体内時計や覚醒状態など神経系側の影響も関係すると考えられます。

ただし「夜なら必ず鼻が利く」とは言えない

時間帯による嗅覚変化は、すべての研究で同じ結果になっているわけではありません。

過去の小規模研究では、24時間の複数時点で嗅覚閾値を測定しても明確な概日リズムが確認できなかった例があります。一方、より厳密に体内時計の位相を測った研究や近年の成人研究では、時間帯による変動が確認されています。

この違いには、参加者数、年齢、におい物質、睡眠条件、測定時刻、体内時計をどのように評価したかなどが関係します。

したがって、一般向けには「嗅覚は一日の中でも変動しうる。ただし、そのピーク時刻や変動幅には個人差があり、全員が同じ時刻に最も敏感になるわけではない」と理解するのが適切です。

年齢を重ねると嗅覚は低下しやすくなる

年齢は、嗅覚変化について比較的確立した要因の一つです。

日本の嗅覚研究では、においの同定能力だけでなく、検知能力、強度評価、においの質を区別する能力も、高齢者で低下する傾向が報告されています。また、高齢者は自身の嗅覚低下に気づきにくいこともあります。

米国国立聴覚・コミュニケーション障害研究所(NIDCD)も、嗅覚障害は年齢とともに増えると説明しています。年齢が高くなるほど、においを感じにくい、あるいは以前と違って感じる人の割合が増えます。

ただし、年齢だけで個人の嗅覚を決めることはできません。同じ年齢でも嗅覚能力には大きな個人差があり、健康状態、鼻副鼻腔疾患、薬剤、喫煙歴などが重なって影響します。

加齢では「薄いにおいを感じる力」だけが変わるわけではない

嗅覚にはいくつかの別の能力があります。

非常に薄いにおいを検出する「検知」、複数のにおいを見分ける「弁別」、何のにおいか答える「同定」は、それぞれ少し異なる機能です。加齢の影響はこれらに同じように出るとは限りません。

たとえば、におい自体は感じていても、それが何の香りなのか思い出しにくくなる場合があります。反対に、名前は分かっていても非常に薄い濃度では検知できなくなることもあります。

そのため、「年を取ると鼻が悪くなる」という一言だけでは不十分で、どの嗅覚機能が変わっているかを分けて考えることが大切です。

鼻炎や風邪では、におい分子が嗅上皮へ届きにくくなる

嗅覚が働くには、空気中のにおい分子が鼻腔上部の嗅上皮まで届く必要があります。

風邪、アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎などで鼻粘膜が腫れると、においを含む空気が嗅上皮へ届きにくくなります。分泌物が増えたり鼻茸などがあったりすれば、さらに気流が変化することがあります。

NIDCDは、嗅覚障害の原因として副鼻腔の炎症や上気道感染などを挙げています。この場合、嗅覚受容細胞そのものが完全に失われていなくても、空気の経路が妨げられるだけでにおいが弱く感じられます。

そのため、同じ香水や食べ物でも、普段は強く感じるのに鼻炎の時期だけ弱く感じることがあります。

感染後は鼻が通っても嗅覚が戻らないことがある

感染による嗅覚変化は、鼻づまりだけでは説明できない場合があります。

一部のウイルス感染では、嗅上皮や嗅覚神経系に影響が及び、鼻の通りが改善しても嗅覚低下が残ることがあります。また、においが以前と違う質に感じられる異嗅症が生じることもあります。

このため、「鼻が詰まっていないから嗅覚は正常」とは限りません。逆に、鼻づまりがあっても嗅覚が完全に失われるとは限りません。

嗅覚の変化を考えるときは、鼻の通気性と嗅覚神経系の状態を分けて考える必要があります。

喫煙や生活環境も長期的な嗅覚差に関係する

NIDCDは、嗅覚障害の原因や関連要因として喫煙、一部の薬剤、化学物質への曝露なども挙げています。

喫煙では、煙に含まれる物質へ鼻粘膜や嗅覚系が繰り返し曝露されます。職業環境では、溶剤など特定の化学物質への長期曝露が嗅覚に影響することがあります。

ただし、短時間あるにおいのある場所に入っただけで嗅覚が永久に低下するという意味ではありません。影響は物質、濃度、曝露時間、換気、保護具、個人の健康状態などによって異なります。

環境要因を考えるときは、「何に」「どの程度」「どのくらいの期間」曝露されたかが重要です。

気温や湿度だけでは嗅覚が大きく変わらない場合もある

「湿度が高い日はにおいを感じやすい」「暑い日は鼻が利く」といった印象を持つことがあります。しかし、人の嗅覚能力そのものへの影響は、単純ではありません。

健康な成人を温度20〜35℃、湿度30〜75%の異なる環境で繰り返し検査した研究では、においの閾値、弁別、同定の成績に、温度や湿度による有意な差は確認されませんでした。

別の外来環境の研究でも、通常範囲の室温・湿度や鼻吸気流量は、健常者の嗅覚閾値へ大きな影響を与えませんでした。

つまり、日常的な範囲の気温・湿度が少し変わっただけで、人の嗅覚機能そのものが必ず大きく変化するとは言えません。

それでも環境で「においが強くなった」と感じるのはなぜか

環境の変化は、人の嗅覚機能だけでなく「におい側」にも影響します。

私たちが感じるためには、におい物質が発生源から空気中へ出て鼻まで届く必要があります。換気が悪ければ同じ物質が室内に蓄積しやすくなり、風が強ければ拡散しやすくなります。発生源の温度や物質の性質によって、空気中へ出る量が変わることもあります。

そのため、ある日「においが強い」と感じたからといって、必ずしも自分の嗅覚が敏感になったとは限りません。空気中のにおい分子の濃度自体が高くなっている可能性もあります。

環境による変化を考えるときは、「嗅覚側の感度」と「空気中のにおい濃度」を分けることが重要です。

同じにおいを嗅ぎ続けると、時間とともに感じにくくなる

数分から数十分という短い時間でも、においの感じ方は変化します。

同じにおいへ連続して曝露されると、嗅覚受容系や脳の反応が低下し、最初より弱く感じるようになります。日常的には「においに慣れた」と表現される現象です。

そのため、同じ部屋に長くいる人と、外から入ってきた人では、同じ空気を吸っていてもにおいの強さの評価が違うことがあります。

これは一日の時間帯による変動とは別の現象です。数分単位の順応・慣れと、体内時計に伴う時間帯変化は分けて考える必要があります。

睡眠や覚醒状態も時間帯の影響と重なる

朝と夜の嗅覚を比べるとき、単純な時計時刻だけでは説明できません。

朝は睡眠から起きた直後、夜は長時間覚醒した後という違いがあります。また、睡眠不足、食事時刻、注意力、覚醒度なども時間帯と一緒に変わります。

体内時計を厳密に評価した研究が重要なのは、こうした要因をできるだけ分離して測るためです。実際の生活では、時間帯、睡眠、食事、活動量が同時に変わるため、本人が感じる日内変動は複数の条件が重なった結果です。

においの種類によって、年齢や状態変化の影響が違うこともある

嗅覚低下は、すべてのにおいで均一に起こるとは限りません。

日本の加齢研究では、においの種類や快・不快の評価によって、年齢との関係が異なる可能性が報告されています。また、嗅覚受容体の遺伝的差によって、特定のにおいだけ感じやすい・感じにくい人もいます。

そのため、「コーヒーは分かるが花の香りは弱い」「焦げ臭はよく気づくが香水は分かりにくい」といった偏りがあっても、嗅覚全体を一つの能力として扱うだけでは説明できません。

嗅覚の変化を評価するときは、複数種類のにおいを使って検査する理由がここにあります。

自分では変化に気づきにくいことがある

嗅覚が徐々に低下すると、自分では変化に気づきにくいことがあります。

日本の研究でも、高齢者は自身の嗅覚能力の低下を認識しにくいことが報告されています。毎日の変化が少しずつ進むと、以前の状態と直接比較する機会が少ないためです。

さらに、食事では味覚や食感、温度、見た目など別の感覚が風味を補うため、嗅覚が少し低下しても生活上の不便がすぐには目立たない場合があります。

このため、本人の「普通に嗅げている」という感覚と、客観的な嗅覚検査が一致しないことがあります。

急な嗅覚変化は「時間や年齢のせい」と決めつけない

嗅覚は時間帯や年齢で変化しますが、急激な変化や長期間続く変化を、それだけで説明してはいけません。

突然ほとんどにおいが分からなくなった、鼻づまりが治っても戻らない、においが本来とは違う悪臭に感じられる、存在しないにおいを感じるといった場合には、嗅覚障害を考える必要があります。

NIDCDは、嗅覚障害の原因として上気道感染、鼻副鼻腔炎、頭部外傷、喫煙、一部の薬剤、神経系の病気などを挙げています。

急な変化や生活に支障が出る状態が続く場合は、耳鼻咽喉科などへ相談してください。

まとめ

においの感じ方が時間・年齢・環境によって変わるのは、嗅覚が固定された一つの能力ではないからです。

一日の中では、体内時計や覚醒状態に伴って嗅覚閾値が変化することがあります。ただし、そのピーク時刻や変動幅には個人差があり、全員が同じパターンを示すわけではありません。

年齢を重ねると、においの検知・弁別・同定能力は低下しやすくなります。また、鼻炎、感染、喫煙、薬剤などでも嗅覚は変化します。一方、健常者では通常範囲の室温や湿度の短期変化だけで嗅覚検査成績が大きく変わらない研究もあります。

そして環境が変わったときは、自分の嗅覚が変化しただけでなく、空気中のにおい物質の濃度や曝露時間が変わった可能性もあります。においの感じ方を理解するには、「嗅覚系の状態」「におい刺激の条件」「時間的な変化」を分けて考えることが大切です。

参考資料

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