なぜ同じ侵害刺激でも逃避反射が起こる閾値には個人差があるの?

熱い物や鋭い刺激に触れると、私たちは反射的に手足を引っ込めます。この防御反応は逃避反射、または侵害受容性屈曲反射と呼ばれます。

しかし、同じ程度の刺激を与えても、反射が起こり始める刺激強度は人によって同じではありません。研究では、電気刺激などを少しずつ強くして、筋電図上で逃避反射が現れる最低刺激強度を「侵害受容性屈曲反射閾値(NFR threshold)」として測定する方法があります。

なぜ同じ侵害刺激でも、反射が起こる閾値に個人差があるのでしょうか。

理由は、逃避反射の閾値が皮膚の感覚受容器だけで決まるのではなく、末梢神経、脊髄の介在ニューロン、運動ニューロン、脳から脊髄へ下る疼痛調節系、さらにその時の生理状態まで含む神経系全体の興奮性によって決まるからです。

目次

結論:逃避反射の閾値は末梢から脊髄・脳までの「興奮しやすさ」の総和で決まるから

侵害刺激が皮膚へ加わると、侵害受容器が活動し、その信号がAδ線維やC線維などを通って脊髄後角へ入ります。

脊髄では、複数の介在ニューロンを介して屈筋側の運動ニューロンを興奮させ、伸筋側を抑制することで、刺激された手足を引き離す運動が作られます。

この反射が起こるには、脊髄へ入った興奮性入力が一定の水準を超え、運動ニューロン群を十分に活動させる必要があります。

ところが、その「一定の水準」はすべての人で同じではありません。侵害受容器の感度、感覚神経の入力、脊髄介在ニューロンの興奮性、抑制性回路、脳からの下行性調節などが人によって異なるため、反射閾値にも差が生じます。

逃避反射の「閾値」とは何?

閾値とは、ある反応を起こすために必要な最小の刺激強度です。

人を対象とした侵害受容性屈曲反射の研究では、下肢などへ電気刺激を加え、刺激強度を段階的に上げながら筋電図を記録します。一定の条件を満たす反射性筋活動が確認されたときの刺激強度をNFR閾値とします。

海外研究では、NFR閾値は脊髄性の侵害受容処理や、その上位からの調節を調べる生理学的な指標として用いられています。

ただし、閾値の決め方には複数の方法があり、刺激強度の上げ方や筋電図の判定基準によって値が変わり得ます。そのため、異なる研究の数値を単純比較することはできません。

侵害受容器の感度が違うと閾値も変わるの?

変わる可能性があります。

侵害受容器は、組織を損傷する可能性のある強い熱、機械刺激、化学刺激などを検出します。

炎症などによって侵害受容器が感作されると、以前より弱い刺激でも神経が活動しやすくなります。これを末梢性感作と呼びます。

藤田医科大学の生理学資料でも、感覚には刺激を検知する最低強度としての閾値があり、受容器の種類や部位で異なることが説明されています。

つまり、末梢で同じ物理刺激が加わっても、それをどの程度強い神経信号へ変換するかには条件差があります。

脊髄の興奮しやすさでも違いが出るの?

はい。逃避反射は多シナプス性の脊髄反射なので、脊髄内の多数の介在ニューロンが関与します。

侵害受容性入力が脊髄へ入ると、興奮性介在ニューロンは屈筋側の運動ニューロンを活動させ、抑制性介在ニューロンは伸筋側の活動を抑えます。

この回路全体の興奮性が高ければ、比較的弱い入力でも反射が起こりやすくなります。逆に抑制性入力が強ければ、同じ刺激でも反射を起こすためにより強い入力が必要になります。

侵害受容性屈曲反射の研究でNFR閾値が「脊髄侵害受容処理の指標」として使われるのは、このためです。

脳からの下行性調節も反射閾値を変えるの?

変えます。

逃避反射は脊髄で成立できますが、脊髄は脳から独立しているわけではありません。脳幹や大脳から下る神経経路は、脊髄後角で侵害情報がどの程度伝わるかを調節します。

特に、中脳中心灰白質や延髄を含む下行性疼痛調節系は、侵害情報を抑制したり、条件によっては促通したりします。

別の侵害刺激を同時に加えると最初の痛みやNFRが抑えられる「条件性疼痛調節(CPM)」の研究でも、NFRが内因性疼痛抑制の影響を受けることが示されています。

つまり、末梢から入る刺激が同じでも、脳から脊髄へどのような調節が加わっているかによって、反射閾値は変化します。

痛みに強い人ほど逃避反射の閾値も高いの?

必ずしもそうとは限りません。

「痛いと感じる閾値」と「脊髄反射が筋電図上で起こる閾値」は関連することがありますが、同じものではありません。

痛みは主観的な知覚であり、脊髄から視床、大脳皮質、島皮質、帯状皮質などへ上行する情報処理が関わります。一方、NFRは脊髄の反射回路を中心とした運動反応です。

したがって、「我慢強いから反射も起きにくい」「痛みに敏感だから必ず反射閾値も低い」と単純に結びつけることはできません。

海外のNFR研究でも、主観的な痛み指標とNFR閾値は関連を示す場合がある一方、完全には一致しないため、別々の指標として扱われています。

心理状態でも反射閾値は変わるの?

影響する可能性はありますが、単純ではありません。

注意、不安、期待、過去の経験などは痛みの感じ方へ強く影響します。また、これらの状態は脳から脊髄へ下る調節系を通じて侵害受容処理へ影響する可能性があります。

一方で、NFR閾値と不安や破局的思考などの心理尺度との関係が一貫して強く認められるわけではありません。

そのため、「怖がりだから反射閾値が低い」といった説明は適切ではありません。心理状態は多数ある調節要因の一つとして考える必要があります。

睡眠や時間帯でも変わるの?

変わることがあります。

NFRに関するレビューでは、睡眠段階によって反射閾値や反射の大きさが変化した研究や、時間帯による変化を検討した研究が紹介されています。

睡眠中は覚醒時と脳幹・脊髄の調節状態が異なり、侵害刺激に対する反応性も一定ではありません。

また、自律神経状態や心拍周期によってNFRが変化することも報告されています。

このことからも、反射閾値はその人に固定された一つの数字ではなく、生理状態によって動く値だとわかります。

慢性痛があると反射閾値は低くなるの?

慢性痛の一部ではNFR閾値が低いことが報告されています。

慢性筋骨格痛などを対象にしたレビューでは、健常者と比べてNFR閾値が低下している研究があり、中枢神経系の過興奮性や中枢性感作との関連が検討されています。

ただし、すべての慢性痛で一様に低くなるわけではありません。

たとえば線維筋痛症を対象とした別のメタ解析では、健常者との差が明確ではなく、研究間のばらつきも大きいと報告されています。

したがって、NFR閾値だけで慢性痛や中枢性感作を診断することはできません。

性別で閾値は違うの?

研究結果は一貫していません。

男性のほうが低いNFR閾値を示した研究も、女性のほうが低いとした研究もあり、大規模研究で明確な差を認めなかった報告もあります。

さらに、ホルモン状態、測定条件、刺激方法、参加者集団などが研究ごとに異なるため、単純に「男性は高い」「女性は低い」と一般化することはできません。

NFRのレビューでも、性差は影響要因として研究されているものの、結論は一定していないとされています。

同じ人でも日によって閾値は変わるの?

一定の再現性はありますが、完全に同じにはなりません。

NFR閾値の測定法を検討した研究では、適切な手順を使えばテスト・再テスト間の信頼性は確保できるとされています。

一方で、刺激電極の位置、刺激強度の上げ方、筋の緊張、姿勢、皮膚状態、注意状態などが違えば、測定値は変化します。

そのため研究では、姿勢、刺激部位、電極位置、刺激間隔、判定方法などをできるだけ標準化します。

なぜ測定方法によって閾値が違うことがあるの?

NFRは筋電図を使って判定するため、「どの大きさの筋電図活動を反射とみなすか」を決める必要があります。

研究によっては、刺激前の筋電図平均から一定以上増加した場合を反射と判定したり、標準化したzスコアを使ったりします。

また、刺激を1mAずつ上げるのか、2mAや4mAずつ上げるのかでも、推定される閾値が少し変わる場合があります。

2007年の方法論研究では、複数のNFR判定基準を比較し、標準化した筋電図指標を使う方法が比較的高い精度と信頼性を示しました。

つまり「個人差」に見える差の一部には、測定方法の違いも含まれ得ます。

逃避反射の個人差にはどんな意味があるの?

個人差があること自体は異常ではありません。

神経系は、すべての人が同じ強さの刺激に同じ反応をするように作られているわけではありません。末梢受容器、脊髄回路、下行性調節、自律神経、過去の刺激履歴などが組み合わさり、それぞれの時点で防御反応の起こりやすさが決まります。

この可変性には、状況に応じて防御反応を調節するという意味があります。

刺激に対して常に最大の逃避反射が起これば、姿勢や運動が乱れやすくなります。一方、危険な刺激に反応できないほど閾値が高ければ、身体保護が遅れる可能性があります。

神経系は促通と抑制のバランスを変えることで、防御性と運動の安定性を両立しています。

逃避反射の閾値を決める要因を整理すると?

  • 侵害受容器の感度
  • 末梢神経から脊髄へ入る求心性入力
  • 脊髄介在ニューロンの興奮性
  • 運動ニューロンの活動しやすさ
  • 脊髄内の抑制性・促通性回路
  • 脳からの下行性疼痛調節
  • 睡眠・覚醒などの生理状態
  • 慢性痛や感作など神経系の状態
  • 刺激部位、姿勢、筋緊張
  • 刺激方法や筋電図判定基準など測定条件

これらが重なって、同じ侵害刺激でも逃避反射が起こる閾値に差が生じます。

まとめ

同じ侵害刺激でも逃避反射が起こる閾値に個人差があるのは、反射が皮膚の感覚受容器だけで決まる反応ではないからです。

侵害受容器からの入力、脊髄の多シナプス回路、運動ニューロンの興奮性、抑制性回路、脳からの下行性疼痛調節などが組み合わさって、反射が起こるかどうかが決まります。

さらに、睡眠や覚醒、慢性痛、刺激履歴、測定条件などでも閾値は変化します。

そのため、逃避反射の閾値は「痛みに強い性格」を測る値ではなく、その時点の末梢・脊髄・脳を含む侵害受容系の状態を反映する生理学的な指標の一つとして理解するのが適切です。

参考資料

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