眠っている人の足に刺激を加えると、脊髄反射は覚醒中とまったく同じように起こるのでしょうか。
答えは「反射の種類や睡眠段階によって変わる」です。睡眠中でも脊髄そのものが停止するわけではありませんが、脳幹や脊髄の神経回路に加わる促通・抑制のバランスが変わるため、反射の出やすさや大きさ、閾値が覚醒中とは異なることがあります。
この違いを理解する鍵は、脊髄反射が単純な一本の配線ではなく、感覚入力、運動ニューロン、介在ニューロン、筋紡錘、そして脳から下る調節系の影響を受ける「状態依存性のある回路」だという点です。
結論:睡眠では脳幹・脊髄の興奮性と抑制のバランスが変わるため、反射の出力も変化する
膝蓋腱反射やH反射のような伸張反射系では、筋紡錘からのIa求心性入力が脊髄のα運動ニューロンへ伝わり、筋を収縮させます。
しかし、α運動ニューロンがどれだけ活動しやすいかは、その瞬間の膜電位、他の感覚入力、脊髄内の抑制性回路、筋紡錘の感度、脳幹や大脳からの下行性入力によって変わります。
覚醒中は姿勢維持や外界への反応に備えるため、脊髄運動系にはさまざまな促通入力が加わっています。睡眠に入ると、こうした背景活動の一部が弱まり、反射回路の利得が変化します。
そのため、同じ末梢刺激を加えても、覚醒中と睡眠中では同じ反射出力にならないことがあります。
睡眠中も脊髄反射そのものは残っているの?
残っています。
睡眠は「脳と脊髄がすべて休止する状態」ではありません。呼吸、心拍、自律神経調節、姿勢に関連する筋活動など、多くの神経機能は睡眠中も続いています。
脊髄反射回路も同様で、末梢から感覚入力が入れば反応できます。ただし、覚醒時と比べて反射閾値や反射振幅が変化することがあります。
国内の古典的研究では、覚醒、催眠、催眠性睡眠、自然睡眠を比較し、膝蓋腱反射が自然睡眠に近づくほど低下する傾向が報告されています。
H反射とは何?
H反射は、末梢神経を電気刺激してIa求心性線維を活動させ、脊髄を介して筋に生じる反射性筋電図反応を測る方法です。
腱を物理的にたたく膝蓋腱反射と似た脊髄回路を使いますが、電気刺激によって入力条件を比較的そろえやすいため、脊髄反射回路の興奮性を研究する道具として使われます。
ただし、H反射の大きさはα運動ニューロンの興奮性だけを表すわけではありません。Ia線維からの入力、シナプス前抑制、反復刺激による抑圧、介在ニューロン回路など複数の要素が影響します。
そのため、睡眠中にH反射が変わったときも「運動ニューロンだけが変化した」と単純に解釈することはできません。
NREM睡眠ではH反射はどう変わるの?
人を対象にした研究では、NREM睡眠中にH反射の回復曲線を調べると、覚醒時にみられる一部の促通が低下または消失することが報告されています。
1979年の研究では、正常若年成人で覚醒時とNREM睡眠を比較したところ、運動ニューロン系の興奮性は睡眠中に全体として低下し、条件刺激後100〜300ミリ秒付近にみられる二次的促通が小さくなりました。
研究者らは、その一因として筋紡錘の感度調節に関わるγ運動系、いわゆるfusimotor活動の低下を挙げています。
つまり睡眠では、筋から脊髄へ入る感覚入力の「増幅条件」そのものが覚醒時と変わる可能性があります。
なぜ筋紡錘の感度が下がると反射も変わるの?
筋紡錘は、筋の長さや伸ばされる速さを検出する感覚受容器です。
γ運動ニューロンは筋紡錘内部の筋線維へ作用し、筋紡錘がどれだけ伸びに敏感に反応するかを調節します。
覚醒して姿勢を保っているときは、外界の変化へすばやく対応する必要があるため、筋紡錘からの入力は運動制御に積極的に利用されます。
睡眠では姿勢維持や随意運動の必要性が低くなり、fusimotor活動も変化します。その結果、同じ筋伸張でも脊髄へ届く感覚入力や、それに対する反射出力が覚醒時と異なることがあります。
REM睡眠ではさらに違うの?
REM睡眠では、NREM睡眠とはまた異なる神経状態になります。
REM睡眠の特徴の一つが、眼球運動や呼吸筋など一部を除く骨格筋の筋緊張が強く抑えられる「筋無力」です。
この筋無力は、脳幹から脊髄運動ニューロンへ抑制性の影響が強く加わることで生じます。
そのため、反射回路の出力も覚醒中やNREM睡眠とは異なる可能性があります。研究によってはREM睡眠中にH反射やF波が著しく低下・消失する例が報告されています。
一方で、すべての脊髄反射が同じ方向に変化するわけではありません。反射の種類によっては閾値、潜時、振幅がそれぞれ異なる変化を示します。
痛み刺激に対する逃避反射も睡眠で変わるの?
変わります。
侵害受容性屈曲反射は、痛みを起こすような侵害刺激に対して手足を引き離す多シナプス性の脊髄反射です。
健康成人を対象にした研究では、この反射のRIII成分の閾値がNREM睡眠ステージ2で上昇し、深いNREM睡眠でも高いまま維持され、REM睡眠ではさらに上昇しました。
つまり睡眠では、覚醒時より強い刺激を加えないと反射が起こりにくくなる場合があります。
ただし、REM睡眠では反射閾値が高くなる一方、いったん反射が起こったときの振幅や持続時間が大きくなったという報告もあります。
このことからも「睡眠中は反射が単純に弱くなる」という説明では不十分です。
なぜ反射の種類によって変化が違うの?
使っている神経回路が違うからです。
H反射は比較的単純な単シナプス性回路を強く反映します。一方、逃避反射は複数の介在ニューロンを介する多シナプス性回路です。
睡眠中には、運動ニューロンへの直接的な興奮性だけでなく、介在ニューロン、シナプス前抑制、下行性疼痛調節、網様体などの活動も変わります。
そのため、ある反射では振幅が下がり、別の反射では閾値が上がり、さらに別の指標では変化が小さいということが起こります。
睡眠が深いほど反射は必ず弱くなるの?
必ずしもそうではありません。
NREM睡眠はステージによって脳波や筋緊張が異なり、REM睡眠ではさらに別の制御状態になります。
侵害受容性屈曲反射では睡眠段階が進むにつれて閾値が上がる研究がありますが、H反射振幅については研究条件によって結果が一定しない場合があります。
また、新生児や神経疾患を持つ人では成人健常者と異なるパターンが報告されています。
したがって、「深く眠るほどすべての脊髄反射が弱くなる」と一般化するのは適切ではありません。
覚醒中はなぜ反射が促通されやすいことがあるの?
覚醒中は、姿勢維持、注意、随意運動の準備などのために、脳幹や大脳から脊髄へ持続的な下行性入力が送られています。
また、視覚・聴覚・皮膚感覚など外界からの入力も脊髄運動系へ影響します。
たとえば覚醒時には音刺激によってH反射が促通される「audio-spinal influence」が報告されていますが、深いNREM睡眠では同じ音刺激が筋緊張低下やH反射抑制を伴うことがあります。
これは、同じ外部刺激でも、脳全体の状態によって脊髄への影響が逆方向になる場合があることを示します。
睡眠不足でも脊髄反射は変わるの?
睡眠不足と、実際に睡眠中であることは分けて考える必要があります。
24時間の睡眠不足後に健康成人のH反射を調べた研究では、H反射やV波の大きさに明確な変化はみられませんでした。一方、最大収縮時の拮抗筋と主働筋の同時収縮は増加しました。
この結果は、睡眠不足だからといって必ず脊髄反射の基本興奮性が低下するわけではないことを示しています。
つまり「睡眠状態」と「睡眠不足による疲労」は、神経生理学的には別の条件です。
眠っていても危険な刺激には反応できるの?
できます。
睡眠中でも感覚入力は完全には遮断されていません。十分に強い刺激は脊髄反射を起こしたり、脳を覚醒させたりします。
むしろ睡眠中に反射閾値が変わることは、不要な弱い刺激には過剰反応せず、本当に強い刺激には反応できるよう、神経系が状態に応じて感度を調節している可能性を示します。
ただし、これはすべての刺激に対する統一的な説明ではありません。侵害刺激、筋伸張、皮膚刺激などで使う回路が異なるため、反応の変化も異なります。
睡眠中の反射研究にはどんな意味があるの?
睡眠中の反射を調べると、脳から脊髄へ下る調節の仕組みを理解する手がかりになります。
覚醒中は、注意、姿勢、随意運動、感情など多くの要因が脊髄反射へ影響します。睡眠段階ごとに反射を比較することで、これらの上位中枢からの入力が減ったり変化したとき、脊髄回路がどのように振る舞うかを調べられます。
また、REM睡眠行動障害、脊髄損傷、痙縮など、運動抑制や脊髄興奮性が変化する病態を理解する研究にもつながります。
睡眠と脊髄反射の変化を整理すると?
- 睡眠中も脊髄反射回路そのものは働いている
- NREM睡眠ではH反射回路の一部の促通が低下することがある
- 筋紡錘感度に関わるfusimotor活動の低下が一因と考えられている
- REM睡眠では骨格筋運動ニューロンへの強い抑制が加わる
- 侵害受容性屈曲反射では睡眠中に閾値が上昇する報告がある
- 反射の種類によって振幅・閾値・潜時の変化方向は同じではない
- 覚醒中の下行性入力や外界刺激による促通も睡眠では変化する
- 睡眠不足と睡眠中の反射変化は同じ現象ではない
まとめ
脊髄反射が睡眠中と覚醒中で強さを変えるのは、反射弓そのものが消えたり作り直されたりするからではありません。
睡眠に入ると、筋紡錘の感度、脊髄運動ニューロンの興奮性、介在ニューロンの働き、脳幹からの下行性抑制・促通など、反射回路を取り巻く条件が変化します。
その結果、H反射では覚醒時の促通が弱くなったり、侵害受容性屈曲反射では反射閾値が上がったりすることがあります。REM睡眠では筋緊張を抑える脳幹機構も強く働きます。
ただし、すべての脊髄反射が睡眠中に単純に弱くなるわけではありません。反射の種類と睡眠段階によって、閾値・振幅・潜時の変化は異なります。脊髄反射は固定的な反応ではなく、脳全体の状態に合わせて利得を変える動的な神経回路なのです。
参考資料
- 心理学研究「催眠性睡眠の生理心理学的研究」
- PubMed: Motoneuronal excitability during wakefulness and non-REM sleep: H-reflex recovery function in man
- PubMed: Effects of sleep on spinal nociceptive reflexes in humans
- PubMed: Effects of acute sleep deprivation on H reflex and V wave

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