ストーブの近くに手をかざすと、空気に触れていなくても暖かさを感じます。真夏のアスファルトや屋根からも、近づくだけで熱気とは別の「じりじりした熱」を感じることがあります。こうした熱の伝わり方に関係しているのが、熱放射です。
結論からいうと、温度をもつ物体が熱放射を出すのは、物質を構成する原子や分子、電子などが熱運動し、それに伴う電荷の運動やエネルギー状態の変化によって電磁波が放出されるからです。温度が高いほど、一般に放射されるエネルギーは大きくなり、放射の中心となる波長も短い側へ移ります。
熱放射は、熱伝導や対流と違って、物質がない真空中でも伝わります。このため、太陽から地球へエネルギーが届くことや、宇宙空間で人工衛星が熱を放出することも、放射によって説明できます。
熱放射とは何か
熱放射は、物体の温度に由来して放出される電磁波です。電磁波には、電波、赤外線、可視光、紫外線などがあります。日常的な温度の物体では、放射の多くは赤外線の領域にあります。
たとえば人の体や机、壁、地面なども、目には見えませんが赤外線を絶えず放射しています。高温になると、放射されるエネルギーが増え、短い波長の成分も強くなります。金属を非常に高温まで加熱すると赤く光り、さらに温度を上げると黄色や白っぽく見えるのは、この熱放射のスペクトルが変化するためです。
日本の放射温度計測の解説でも、物体から放射される熱放射を測定することで、物体に触れずに温度を求められることが説明されています。
なぜ物体は電磁波を放出するのか
物質の内部では、原子や分子、電子が完全に静止しているわけではありません。温度をもつ物体では、これらが熱運動し、エネルギーをやり取りしています。
物質中の荷電粒子が動いたり、原子や分子のエネルギー状態が変化したりすると、電磁場も変化します。量子力学的には、物質が持つエネルギーの一部が光子として放出されます。多数の粒子からさまざまな波長の電磁波が放出された結果として、物体全体の熱放射が現れます。
熱平衡にある理想的な黒体では、放射の波長分布は温度だけで決まり、プランクの法則で表されます。実際の物体では材質や表面状態によって放射しやすさが異なりますが、温度と放射の関係そのものは同じ熱放射の物理に基づいています。
絶対零度でない物体は基本的に熱放射を出す
熱放射は、高温の物体だけに起こる特別な現象ではありません。絶対零度より高い温度の物体は、基本的に熱放射を出しています。
室温の壁も、人の体も、氷も、それぞれの温度に応じた電磁波を放射しています。ただし、室温付近では主な放射が赤外線なので、私たちの目には見えません。
また、物体は放射するだけでなく、周囲から来る放射も吸収します。そのため、実際の熱移動では「自分が出す放射」と「周囲から吸収する放射」の差が重要です。
なぜ温度が高いほど放射が強くなるのか
温度が高いほど、物質内部の粒子は平均的に大きなエネルギーを持ちます。その結果、より多くの電磁エネルギーが外へ放出されます。
理想的な黒体が単位面積あたりに放射する総エネルギーは、ステファン・ボルツマンの法則によって絶対温度の4乗に比例します。
E = σT⁴
ここでEは放射エネルギー流束、σはステファン・ボルツマン定数、Tは絶対温度です。この式から、温度が少し上がっただけでも、放射量は大きく増えることが分かります。
実際の物体は理想黒体ではないため、表面の放射率εを考慮して、おおよそE = εσT⁴のように扱います。放射率は0から1の範囲で表され、1に近いほど同じ温度の黒体に近い放射をします。
なぜ高温になると赤く光るのか
物体の温度が上がると、放射される電磁波の量が増えるだけでなく、強く放射される波長の分布も変わります。
黒体放射では、温度が高くなるほど放射強度が最大になる波長が短くなるという関係があり、ウィーンの変位則で表されます。
日常的な温度では最大強度は赤外線領域にありますが、物体を数百℃以上まで加熱すると、可視光の赤い波長にも十分な放射が現れ、目で光っていることが分かるようになります。さらに温度が上がると、橙、黄、白っぽく見える成分が強くなります。
この現象は、溶鉱炉や加熱された金属の色から温度を推定する考え方にもつながっています。
熱放射と熱伝導は何が違うのか
熱伝導では、物質中の原子・分子・電子の相互作用によってエネルギーが隣へ移ります。そのため、物質が存在することが必要です。
たとえば熱い鍋から金属の取っ手へ熱が移るのは、主に熱伝導です。物体内部をエネルギーが高温側から低温側へ伝わります。
一方、熱放射は電磁波によるエネルギー移動です。途中に物質がなくても伝わるため、真空中でも熱を運べます。
太陽から地球へエネルギーが届くのは、宇宙空間がほぼ真空でも電磁波が伝わるためです。
熱放射と対流は何が違うのか
対流では、空気や水などの流体そのものが移動しながら熱を運びます。暖かい空気が上昇したり、鍋の水が循環したりするのが例です。
熱放射では、流体の移動は必要ありません。たとえば真空断熱された空間でも、向かい合った二つの面は赤外線を放射・吸収し合うため、放射による熱移動は残ります。
現実の加熱や冷却では、伝導・対流・放射が同時に起こることが多く、どの経路が支配的かを分けて考える必要があります。
物体同士は互いに放射し合っている
熱放射では、「熱い物体だけが一方的に放射している」と考えると不正確です。低温側の物体も、その温度に応じた熱放射を出しています。
高温の物体Aと低温の物体Bが向かい合っている場合、AからBへもBからAへも放射エネルギーが移動します。ただし、高温側から出る放射の方が大きいため、差し引きすると高温側から低温側へ正味の熱が移ります。
単純な灰色体と大きな周囲を考える場合には、正味の放射熱流はおおよそεσ(T⁴−T surroundings⁴)の形で表されます。ここでも、周囲の温度が重要です。
表面の色だけで放射率は決まらない
黒いものほど熱を放射しやすく、白いものほど放射しにくいと考えたくなりますが、可視光での色と赤外線領域の放射率は必ずしも同じではありません。
たとえば、可視光では銀色に見える金属表面は赤外線を反射しやすく、放射率が低いことがあります。一方、塗装や酸化膜があると放射率が高くなる場合があります。
熱設計では、可視光の見た目ではなく、目的とする波長域での吸収率・反射率・放射率を考える必要があります。
キルヒホッフの法則は何を意味するのか
熱平衡の条件では、ある波長でよく吸収する物体は、その波長でよく放射するという関係があります。これはキルヒホッフの熱放射法則として知られています。
理想黒体は入射した放射をすべて吸収し、同じ温度の物体の中で最大の熱放射を出します。実際の材料では波長や角度によって吸収率・放射率が異なります。
この関係は、放射加熱を受ける材料の温度上昇や、宇宙機表面の熱設計、赤外線測定の補正を考えるときに重要です。
利用例1:放射温度計で触れずに温度を測る
熱放射の代表的な応用が、放射温度計です。物体が出す赤外線や可視光の強度をセンサーで測り、その放射量から温度を推定します。
日本の「放射温度計測の基礎と応用」では、物体からの熱放射を利用して非接触で温度を測定する原理や、熱画像装置への応用が解説されています。NISTでも、黒体放射源を基準に放射温度計を校正し、放射輝度と温度の関係を測定標準として利用しています。
非接触測定は、動いている物体、非常に高温の物体、触れると状態が変わる対象などを測るのに有利です。
利用例2:赤外線サーモグラフィで温度分布を見る
サーモグラフィは、物体表面から出る赤外線を多数の画素で測り、温度分布として画像化します。
建物の断熱不良、電気設備の過熱、機械部品の異常、製造工程の温度分布などを、対象へ触れずに広い範囲で確認できます。
ただし、サーモグラフィの測定値は放射率や周囲からの反射放射にも影響されます。鏡のような金属表面では、自分自身の放射より周囲の赤外線を強く反射して見えることがあり、正しい温度を得るには補正が必要です。
利用例3:宇宙機は放射で熱を捨てる
宇宙空間では空気がほとんどないため、地上のような自然対流で熱を逃がすことができません。人工衛星や宇宙船は、内部の電子機器が発生する熱や太陽から受けたエネルギーを、最終的には主に熱放射として宇宙へ放出します。
このため宇宙機では、表面材料の太陽光吸収率と赤外放射率を選び、必要な部分にはラジエーターを配置します。熱を外へ出したい面では赤外線を放射しやすい表面を使い、不要な加熱を避けたい面では太陽光を反射しやすい材料を選びます。
真空でも熱放射が伝わるという性質が、宇宙機の温度管理を可能にしています。
利用例4:炉やヒーターでは放射加熱を利用する
高温の炉壁やヒーターからは強い熱放射が出ます。対象物はその放射を吸収して加熱されます。
燃焼炉や加熱炉では、対流だけでなく放射による熱伝達が大きな割合を占めることがあります。日本の伝熱研究でも、炉内の高温壁や燃焼ガスからの放射熱交換を考慮した熱伝達の解析が行われています。
放射加熱は、対象物へ直接接触せず、広い面を加熱できるため、乾燥、焼成、金属加熱など多くの工程で利用されています。
利用例5:低放射率材料で熱の出入りを抑える
熱放射は、出す方向だけでなく、減らす方向にも利用できます。表面の放射率を低くすると、赤外線による熱の放出や吸収を小さくできます。
建物のLow-Eガラスでは、ガラス表面に赤外線を反射しやすい薄膜を設け、窓を通じた放射熱交換を減らします。魔法瓶や宇宙機の多層断熱材でも、低放射率の金属膜を利用して放射による熱移動を小さくします。
真空にするだけでは伝導・対流は小さくなりますが、放射は残ります。そのため高性能な断熱では、真空と低放射率表面を組み合わせることが重要です。
なぜ炎の近くでは離れていても熱く感じるのか
炎や赤熱した物体の近くでは、対流で暖められた空気だけでなく、赤外線を中心とする熱放射が直接皮膚へ届きます。
風があっても炎の正面で強く熱を感じることがあるのは、放射が空気の流れとは別に電磁波として届くためです。
火災時には、この放射熱が離れた可燃物や人体を加熱するため、安全評価でも重要です。国内の火災研究でも、ウォーターミストによって放射熱を遮る方法が研究されています。
熱放射は「赤外線だけ」ではない
日常温度の物体では赤外線が中心なので、「熱放射=赤外線」と説明されることがあります。しかし厳密には、熱放射は温度に由来する電磁波全体を指します。
非常に高温の物体では可視光の放射も強くなり、さらに高温になると短い波長の成分も増えます。太陽の表面温度では、可視光付近に強い放射があるため、私たちは太陽を明るく見ることができます。
したがって、赤外線は熱放射の代表的な領域ですが、熱放射そのものを赤外線だけに限定するのは正確ではありません。
熱放射が生じることと「熱がある」ことは同じなのか
物体が熱放射を出しているからといって、その物体から常に周囲へ正味の熱が流れているとは限りません。
たとえば同じ温度の二つの物体が向かい合っている場合、両方とも熱放射を出していますが、互いに同程度の放射を吸収するため、正味の放射熱移動はありません。
つまり「放射していること」と「放射によって正味の熱を失っていること」は別です。熱移動を考えるには、物体自身と周囲の温度、放射率、形状や向きなどを考える必要があります。
まとめ
温度をもつ物体が熱放射を出すのは、物質内部の原子・分子・電子などが熱運動し、そのエネルギーの一部が電磁波として放出されるからです。絶対零度より高い物体は基本的に熱放射を出し、温度が高いほど放射エネルギーは増え、強く放射される波長も短い側へ移ります。
熱放射は電磁波なので、熱伝導や対流と違って真空中でも伝わります。この性質によって、太陽から地球へのエネルギー輸送、放射温度計やサーモグラフィ、宇宙機の熱制御、炉の放射加熱、Low-Eガラスや真空断熱などが成り立っています。
熱放射とは、単に「熱いものから赤外線が出る」という現象ではありません。温度、物質の表面特性、電磁波の放射と吸収を結び付ける、熱移動の基本的な仕組みの一つなのです。
参考資料
- 熱物性「放射温度計測の基礎と応用」
- エアロゾル研究「火災現場におけるふく射熱伝達—ウォーターミストによるふく射熱遮蔽—」
- NIST “Radiation Thermometry”
- NASA Technical Reports Server “Thermal radiation heat transfer”

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