机の上に置いた本は、地球から下向きの重力を受けています。それなのに本は落ちません。天井からつるした照明も、重力を受けているのに静止しています。一定速度で走る車にも、駆動力や空気抵抗など複数の力が働いています。
こうしたとき、物体に「力が働いていない」わけではありません。複数の力が同時に働き、それらを向きまで含めて足し合わせた結果が0になっているのです。この状態を力がつり合っているといいます。
力のつり合いが成立すると物体が加速しない理由は、物体の加速度を決めるのが一つ一つの力ではなく、それらすべてのベクトル和である合力だからです。ニュートンの第2法則では、合力が0なら加速度も0になります。
力のつり合いとは何か
一つの物体に複数の力が働いているとき、それらをベクトルとして足し合わせた合力が0になる状態を「力のつり合い」と呼びます。
上智大学の物理教材では、力はベクトル量であり、複数の力の和が0になるとき、それらの力はつり合っていると説明されています。
式で書くと、
F1 + F2 + F3 + … = 0
です。
ここで大切なのは、力が単なる「大きさ」ではなく「向き」を持つことです。右向き10 Nと左向き10 Nは打ち消し合いますが、右向き10 Nと上向き10 Nは打ち消し合いません。後者では右上方向の合力が残ります。
なぜ合力が0だと加速しないのか
ニュートンの運動の第2法則では、物体に働く合力Fnet、質量m、加速度aの関係を
Fnet = ma
と表します。
ここで合力が0なら、
0 = ma
となります。質量mが0でない普通の物体では、加速度aは0です。
加速度が0とは、「速度が0」という意味ではありません。速度が変化しないという意味です。
したがって、力がつり合っている物体は、もともと静止していれば静止を続け、すでに動いていれば同じ速さ・同じ向きで運動を続けます。
OpenStaxでも、正味の外力が0なら物体の速度は一定であり、静止も一定速度運動もどちらも平衡状態として扱えると説明されています。
「つり合い=静止」ではない
学校の問題では、机の上の本や天井からつるした物体など、静止している例が多く登場します。そのため「力がつり合っている物体は止まっている」と覚えがちです。
しかし、力がつり合っている条件は「加速度が0」であって、「速度が0」ではありません。
たとえば一直線の道路を一定速度で走っている車を考えます。水平方向では、タイヤが地面から受ける前向きの力と、空気抵抗や転がり抵抗などの後ろ向きの力がつり合っていれば、車は加速も減速もしません。
鉛直方向でも、下向きの重力と路面から受ける上向きの力がつり合っています。
このように、静止している「静的なつり合い」だけでなく、一定速度で運動する「動的なつり合い」もあります。
机の上の本にはどんな力が働いているのか
机の上に静止している本には、主に二つの力が働いています。
- 重力:地球が本を下向きに引く力
- 垂直抗力:机が本を上向きに押す力
本が上下方向に加速していないなら、この二つの力の大きさは等しく、向きは反対です。
したがって、本に働く合力は0です。
ここで「重力が消えている」わけではありません。重力は確かに働いていますが、机から受ける上向きの力とベクトルとして打ち消し合っているのです。
なぜ机は本を上向きに押せるのか
本を机の上に置くと、机の表面は目に見えないほどわずかに変形します。本自身もわずかに変形します。
物質を構成する原子や分子が近づくと、電磁気的な相互作用などによって押し返す力が生じます。この接触面からの押し返す力が、巨視的には垂直抗力として現れます。
つまり、つり合いに登場する上向きの力は、重力を帳消しにするためだけに都合よく発生するのではありません。接触による物理的な相互作用の結果として生じ、その大きさが結果的に重力とつり合っています。
二つの力がつり合う条件は何か
大きさを無視できる質点に二つの力だけが働いている場合、それらがつり合うには、
- 大きさが等しい
- 向きが反対
- 同一直線上にある
必要があります。
たとえば、左向き10 Nと右向き10 Nが同一直線上で働けば、合力は0です。
一方、同じ10 Nでも、一方が右向き、もう一方が上向きなら合力は0になりません。
また、大きさを持つ物体では、作用線がずれていると回転させる効果が残ることがあります。この点は後で詳しく扱います。
三つ以上の力でもつり合うのか
つり合いは二つの力だけに限りません。
三つ以上の力でも、それらをすべてベクトルとして足した結果が0なら、並進運動についてはつり合っています。
たとえば、天井から二本のロープで荷物をつるす場合、荷物には下向きの重力と、二本のロープから斜め上向きの張力が働きます。
左右の張力の水平方向成分が互いに打ち消し合い、二本の張力の上向き成分の合計が重力と等しくなれば、荷物は静止できます。
このように、三つ以上の力のつり合いでは、x方向とy方向など、成分ごとに分けて考えると分かりやすくなります。
成分ごとに0なら、なぜ全体の合力も0なのか
力はベクトルなので、水平方向と鉛直方向の成分に分解できます。
二次元の場合、つり合いの条件は
ΣFx = 0
ΣFy = 0
です。
上智大学の教材でも、力のつり合いは成分ごとに和が0になる条件として表せると説明されています。
x方向にもy方向にも正味の力が残っていなければ、どの方向にも合力はありません。したがって物体の加速度は0になります。
斜面上の物体ではどう考えるのか
斜面に物体を置くと、重力は鉛直下向きに働きます。しかし、問題を解くときは重力を斜面に平行な成分と、斜面に垂直な成分へ分けると便利です。
斜面に垂直な成分は、面から受ける垂直抗力とつり合います。
斜面に平行な成分に対して、摩擦力などが同じ大きさで反対向きに働けば、斜面方向の合力も0になります。
その場合、物体は斜面上で静止できます。
一方、重力の斜面方向成分が最大静止摩擦力を上回れば、つり合いは維持できず、物体は滑り始めます。
張力はどのようにつり合いを作るのか
天井からひもで物体をつるした場合、物体には下向きの重力と、ひもからの上向きの張力が働きます。
物体が静止しているなら、
T = mg
となり、張力Tと重力mgがつり合います。
ただし、ひもが斜めの場合は張力全体が重力と等しいわけではありません。張力の鉛直成分が重力を支え、水平方向の成分は別の張力や支持力とつり合います。
このため、ロープやケーブルの角度が変わると、同じ重さを支えるために必要な張力も変わります。
つり合いと作用反作用は何が違うのか
力のつり合いと作用反作用は、どちらも「同じ大きさで反対向きの力」が出てくるため、非常に混同されやすい概念です。
決定的な違いは、力がどの物体に働いているかです。
- 力のつり合い:同じ物体に働く複数の力を比べる
- 作用反作用:別々の二つの物体に働く力の組を比べる
机の上の本では、下向きの重力と上向きの垂直抗力が本に働いています。この二力は「つり合い」の組です。
一方、「机が本を上向きに押す力」と「本が机を下向きに押す力」は別々の物体に働くため、作用反作用の組です。
つり合いの力は一つの物体上で合力を0にしますが、作用反作用の力は別々の物体に働くため、一つの物体の合力の中で打ち消し合うものではありません。
つり合いと合力はどう違うのか
「合力」は、複数の力をベクトルとして足し合わせた結果です。
一方、「つり合い」は、その合力が0になっている状態です。
つまり、
合力 = 複数の力のベクトル和
つり合い = 合力が0の状態
です。
合力が右向き5 Nなら、力はつり合っていません。合力が0 Nなら、力はつり合っています。
この区別をすると、「合力という新しい力がつり合う」という誤解を避けやすくなります。
合力が0なら、どんな物体でも完全につり合うのか
大きさを無視できる質点なら、合力が0であれば並進運動についてつり合っています。
しかし、実際の棒や板、橋、家具のように大きさを持つ剛体では、合力が0でも回転が始まる場合があります。
たとえば、棒の左右に同じ大きさで反対向きの力を、互いにずれた位置で加えるとします。力のベクトル和は0でも、棒を回そうとする効果が残ります。
この回転効果を「トルク」または「力のモーメント」と呼びます。
OpenStaxは、剛体が静的につり合うには、外力の合計が0であることに加えて、合トルクも0である必要があると説明しています。
剛体の静的つり合いには二つの条件が必要
大きさを持つ剛体が静止したままでいるためには、一般に次の二条件が必要です。
ΣF = 0
Στ = 0
最初の条件は、重心が並進加速しないための条件です。
二つ目の条件は、物体が角加速度を持たず回転し始めないための条件です。
NASAの平衡に関する解説でも、力とトルクはどちらもベクトル量であり、平衡では正味の力と正味のトルクが0になると説明されています。
学校で「力のつり合い」というと合力0を指すことが多いですが、橋や建物などの構造物では回転のつり合いも欠かせません。
なぜ重心の位置が重要になるのか
物体を支えるとき、重力は重心に集中して働くものとして扱えます。
支持する場所が重心の真下にあれば、重力による回転モーメントは生じにくくなります。
しかし支持点が重心から大きく外れると、物体を回転させるトルクが生じます。
たとえば本を指一本で支える場合、重心の真下付近なら安定しますが、端の方を支えると本は回転して落ちようとします。
これは合力だけでなく、力がどこに働くかも平衡を決めることを示しています。
つり合いが崩れると何が起こるのか
力のつり合いが崩れ、合力が0でなくなると、物体には加速度が生じます。
たとえば綱引きで、右向きに1000 N、左向きに900 Nの力が働けば、合力は右向き100 Nです。物体やチーム全体には右向きの加速度が生じます。
斜面上の物体で、下向きの重力成分が摩擦力を上回れば、下向きの合力が残って滑り始めます。
一定速度で走る車でも、アクセルを踏んで駆動力が抵抗力を上回れば前向きの合力が生じ、速度が増えます。
このように、運動の変化は「力があるかないか」ではなく、「合力が0か0でないか」で判断します。
なぜ自由物体図を描くとつり合いが分かりやすいのか
力のつり合いを考えるときは、対象にする物体だけを取り出し、その物体に働く力を矢印で描く「自由物体図」が役立ちます。
自由物体図では、対象物体に働く力だけを描きます。
たとえば机の上の本なら、重力と垂直抗力を描きます。本が机を押す力は机に働く力なので、本の自由物体図には描きません。
この整理をすると、作用反作用の力を誤って同じ物体上で打ち消したり、必要な力を見落としたりするミスを減らせます。
力のつり合いは身近な技術でどう使われるのか
力のつり合いは、静止している物体や構造物の設計に広く使われます。
- 建物:重力、柱や梁の支持力、風による力などのつり合いを考える
- 橋:車両や橋自身の重さを、支点やケーブルの力で支える
- クレーン:荷物の重さ、ワイヤーの張力、カウンターウェイトの力とモーメントをつり合わせる
- 標識や看板:重力や風荷重に対して支持部が十分な力とモーメントを負担する
- 人体:立っているとき、重力と床からの力、筋肉が生む力やモーメントをつり合わせる
現実の設計では、単純に合力0を確認するだけでなく、回転、変形、材料強度、安全率なども考えます。
「つり合っているなら何も起きていない」は正しいのか
力がつり合っている物体でも、内部ではさまざまな力が働いています。
橋が車の重さを支えているとき、梁やケーブルには引張力や圧縮力が生じています。柱にも大きな力がかかっています。
合力が0なのは、そうした力が存在しないからではなく、全体として加速度を生じさせる正味の力が残っていないからです。
したがって、平衡状態でも材料には応力が生じ、限界を超えれば変形や破壊が起こる可能性があります。
まとめ
複数の力がつり合うのは、それぞれの力を大きさと向きを持つベクトルとして足し合わせた結果が0になるからです。
ニュートンの第2法則Fnet = maにより、合力が0なら加速度も0になります。そのため、物体は静止していれば静止を続け、動いていれば一定速度の直線運動を続けます。
力のつり合いでは、同じ物体に働くすべての力を考えます。作用反作用のように別々の物体に働く力とは区別が必要です。
また、大きさを持つ剛体では、合力が0だけでは十分ではありません。回転を防ぐには、合トルクも0である必要があります。
力のつり合いとは「力がなくなること」ではなく、複数の力が同時に存在しながら、その全体の並進・回転効果が打ち消し合っている状態なのです。
関連記事
参考資料
- 上智大学「第2章 力、力のつり合い」
- OpenStax「Newton’s First Law」
- OpenStax「Conditions for Static Equilibrium」
- NASA Glenn Research Center「Equilibrium」

コメント