なぜ同じ強磁性体でも磁化が戻りやすい材料と残りやすい材料があるのか?

同じ強磁性体でも磁化が戻りやすい材料と残りやすい材料があるのは、磁区の境界である磁壁がどれだけ動きやすいか、磁化方向をどれだけ変えやすいかが材料ごとに違うからです。

磁壁が動きやすく、外部磁場を外すと磁区構造が元へ戻りやすい材料は軟磁性材料と呼ばれます。これに対して、磁壁が結晶粒界・析出物・欠陥などに強く固定され、いったんそろった磁化が簡単には戻らない材料は硬磁性材料として永久磁石などに使われます。

この違いは、ヒステリシス曲線では保磁力や残留磁化の違いとして現れます。つまり「同じ強磁性体」という大きな分類の中でも、磁化のしやすさと磁化の残りやすさは、微細組織や結晶磁気異方性によって大きく変えられるのです。

目次

強磁性体は磁区に分かれている

鉄などの強磁性体では、原子や電子の磁気モーメントが同じ向きにそろった領域ができます。この領域を磁区と呼びます。

東邦大学は、強磁性体が複数の磁区へ分かれることで、外部へ漏れる磁場に伴うエネルギーを下げると説明しています。

磁区同士の境界は磁壁と呼ばれ、外部磁場を加えると、この磁壁が移動したり、磁気モーメントの向きが回転したりして、物体全体の磁化が変化します。

磁化しやすい材料では磁壁が動きやすい

軟磁性材料では、比較的弱い外部磁場でも磁壁が動き、磁場方向に近い磁区が広がります。そのため少ない磁場で大きく磁化できます。

外部磁場を取り除くと、磁壁が再び移動して磁化が小さくなりやすく、磁化方向を繰り返し変える用途に向いています。

NIMSは、軟磁性材料に求められる代表的な特性として低保磁力と高磁束密度を挙げています。

磁化が残りやすい材料では磁壁が動きにくい

永久磁石に使われる硬磁性材料では、磁壁が簡単に移動しないような微細組織が重要です。

結晶粒界、析出物、組成の違う相、格子欠陥などが磁壁の移動を妨げると、外部磁場を取り除いても磁区構造が元へ戻りにくくなります。

その結果、いったんそろった磁化が残り、磁石として長期間働くことができます。

保磁力とは磁化を戻しにくさを表す量

保磁力は、いったん磁化した材料の磁化をゼロ近くまで戻すために必要な逆向き磁場の大きさを表します。

保磁力が小さい材料は、弱い逆磁場で磁化を反転できるため軟磁性材料に向きます。保磁力が大きい材料は、強い逆磁場を受けても磁化が残りやすいため永久磁石に向きます。

NIMSの磁性材料研究でも、軟磁性材料では低保磁力が重要な指標とされ、永久磁石では高い保磁力を得るための微細組織制御が研究されています。

残留磁化とは外部磁場を切った後に残る磁化

強磁性体へ十分な外部磁場を加えて磁化し、その後に外部磁場をゼロへ戻しても、磁化が完全にゼロへ戻らないことがあります。

この残った磁化を残留磁化と呼びます。

OpenStaxは、強磁性体では外部磁場をゼロにしても磁化が残ることがあり、その履歴依存性をヒステリシスとして説明しています。

永久磁石では大きな残留磁化が重要ですが、変圧器や電磁石の鉄心では磁化が残りすぎると損失や動作不良につながる場合があります。

ヒステリシス曲線を見ると違いがわかる

外部磁場を正方向から負方向まで変化させ、それに対する磁化や磁束密度を描くと、強磁性体ではループ状の曲線になります。これをヒステリシス曲線と呼びます。

軟磁性材料ではループが細く、保磁力が小さいのが特徴です。硬磁性材料ではループが広く、保磁力が大きくなります。

同じ強磁性体でも、ヒステリシスループの形を見ると「磁化を変えやすい材料」か「磁化を保持しやすい材料」かを判断できます。

なぜ欠陥や析出物が磁化を残りやすくするのか

磁壁が材料内部を移動するとき、理想的に均一な結晶なら比較的滑らかに進めます。

しかし実際の材料には、結晶粒界、転位、析出物、組成の異なる領域などがあります。これらは磁壁にとって障害物となり、磁壁を特定位置へ固定することがあります。

磁壁が固定されると、外部磁場を取り除いても元の位置へ戻りにくくなり、磁化が残りやすくなります。

永久磁石では微細組織が保磁力を左右する

NIMSはネオジム磁石について、磁石内部の微細組織をモデル化し、外部磁場で減磁する過程を解析する研究を進めています。

この研究では、実用磁石の保磁力が理想的な物理限界より低い原因を微細組織から明らかにし、高い保磁力を得るための組織設計を目指しています。

つまり永久磁石の性能は、化学組成だけでなく、結晶粒の大きさや粒界相の状態まで含めて決まります。

結晶磁気異方性も磁化の残りやすさを決める

磁性材料には、磁化が向きやすい結晶方向と向きにくい方向があります。この性質を結晶磁気異方性と呼びます。

特定方向へ磁化が強く固定される材料では、磁化を別方向へ回転させるために大きなエネルギーが必要です。そのため磁化は外部磁場を切っても元の向きを保ちやすくなります。

永久磁石では、この大きな磁気異方性も高い保磁力に重要です。

軟磁性材料では障害を減らして磁壁を動かしやすくする

軟磁性材料では、磁壁がなるべく滑らかに移動できることが望まれます。

そのため不純物や内部応力を減らしたり、適切な熱処理で結晶組織を整えたりして、磁壁を強く固定する要因を減らします。

磁壁が動きやすくなると、弱い磁場で大きく磁化され、外部磁場の変化にも追従しやすくなります。

熱処理で磁化の戻りやすさが変わるのはなぜか

熱処理は結晶粒の大きさ、内部応力、不純物の分布、析出物の状態などを変えます。

これらはすべて磁壁の動きやすさに関係するため、同じ化学組成の材料でも熱処理条件によって保磁力や透磁率が変わります。

軟磁性材料では損失を小さくするための熱処理、永久磁石では保磁力を高めるための熱処理がそれぞれ最適化されます。

加工や応力でも磁気特性は変わる

材料を曲げたり圧延したり切削したりすると、内部に応力や欠陥が導入されます。

こうした加工履歴は磁壁の移動を妨げ、保磁力や透磁率を変えることがあります。

そのため高性能な磁性材料では、化学組成だけでなく、加工方法や最終的な応力状態まで管理する必要があります。

軟磁性材料はなぜ変圧器や電磁石に向くのか

変圧器やモーター、電磁石の鉄心では、外部磁場が繰り返し変化します。

このとき磁化が戻りにくい材料を使うと、毎回大きなエネルギーを使って磁化方向を反転しなければならず、ヒステリシス損失が増えます。

低保磁力の軟磁性材料なら磁化を簡単に切り替えられるため、繰り返し磁化する用途で損失を抑えやすくなります。

硬磁性材料はなぜ永久磁石に向くのか

永久磁石では、外部電源がなくても磁化を長期間保つ必要があります。

そのため外部磁場や周囲の磁場変化で簡単に磁化が反転しない、高保磁力の硬磁性材料が必要です。

ネオジム磁石などでは、高い残留磁化と高い保磁力の両方を得るために、結晶磁気異方性と微細組織が精密に設計されています。

同じ鉄系材料でも用途で磁気特性を変えられる

同じ鉄を主成分とする材料でも、合金元素、熱処理、結晶粒径、内部応力などを変えることで磁気特性は大きく変えられます。

磁化を切り替えやすい電磁鋼板や軟磁性合金もあれば、磁化を保持しやすい磁石材料もあります。

「鉄だから同じ磁性」というわけではなく、材料組織の設計によって磁化の戻りやすさを調整できます。

温度が上がると磁化の保持力も変わる

温度が上がると熱運動が磁気モーメントの秩序を乱し、磁化や保磁力が変化します。

永久磁石では高温になると保磁力が低下し、外部磁場によって減磁しやすくなる場合があります。

一方、軟磁性材料でも透磁率や損失は温度によって変化するため、実際の動作温度を考慮して材料を選びます。

軟磁性と硬磁性は「弱い磁石」と「強い磁石」の違いではない

軟磁性材料と硬磁性材料という名前は、材料そのものの機械的な硬さや、単純な磁場の強弱を意味するものではありません。

軟磁性は主に「磁化方向を変えやすい」、硬磁性は「磁化方向を変えにくい」という意味です。

軟磁性材料でも外部磁場を加えれば大きく磁化できますし、硬磁性材料でも磁化量だけで性能が決まるわけではありません。

磁化が戻りやすいか残りやすいかは磁壁の動きで理解できる

同じ強磁性体でも磁化が戻りやすい材料と残りやすい材料がある本質は、磁壁や磁気モーメントがどれだけ自由に動けるかにあります。

軟磁性材料では磁壁が動きやすく、弱い磁場で磁化でき、外部磁場を除くと磁化が戻りやすくなります。硬磁性材料では磁壁が微細組織や磁気異方性によって強く固定され、磁化が残りやすくなります。

その違いは保磁力、残留磁化、ヒステリシス曲線に現れます。そして材料開発では、結晶粒界、欠陥、析出物、応力、熱処理を調整することで、この「磁化の動きやすさ」を設計しているのです。

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