ある塩を水に溶かすと冷たくなる、高温を保たなければ進みにくい反応がある、化合物を分解するために外から熱を与える――こうした現象に共通するのが吸熱反応です。では、なぜ化学反応によって周囲から熱が吸収されるのでしょうか。
吸熱反応の仕組みを理解するうえで最も重要なのは、「反応すると冷える」とだけ考えるのではなく、反応前より生成物のほうが高いエンタルピー状態にあり、その差を埋めるために系が周囲からエネルギーを受け取ると考えることです。化学結合を切る過程や粒子同士の相互作用を崩す過程ではエネルギーが必要で、新しい結合が形成されるとエネルギーが放出されます。反応全体として必要なエネルギーのほうが大きければ、その不足分を周囲から受け取り、吸熱反応になります。
この記事では、吸熱反応でなぜ熱が吸収されるのかを、系と周囲、反応エンタルピー、化学結合、活性化エネルギー、反応速度、化学平衡、熱量測定という流れに沿って解説します。
吸熱反応とは反応エンタルピーが正になる反応
IUPACは吸熱反応を、標準反応エンタルピー変化が正になる反応として定義しています。
反応前後のエンタルピー変化をΔHで表すと、吸熱反応では一般に、
ΔH > 0
となります。
これは、生成物のエンタルピーが反応物より高く、その差に相当するエネルギーを反応系が周囲から受け取ることを表しています。
日本化学会の「化学と教育」でも、高校化学における「化学反応と熱・光」は、化学反応式とエンタルピー変化ΔHを組み合わせて熱の出入りを扱う形で整理されています。吸熱反応を正しく理解するには、温度変化だけでなく、反応前後のエネルギー差を見ることが重要です。
まず「系」と「周囲」を分けて考える
吸熱反応を理解するときは、どこまでを系とし、その外側を周囲とするかを明確にするとわかりやすくなります。
たとえばビーカーの中で吸熱反応を起こすなら、反応している溶液を系、ビーカーや空気を周囲と考えられます。
吸熱反応では、系が周囲から熱を受け取ります。十分に断熱された条件なら、その熱は周囲や反応混合物自身の熱エネルギーから供給されるため、温度が下がることがあります。
つまり「冷たくなった」のは、冷気が新しく生まれたからではありません。系が周囲からエネルギーを受け取った結果、周囲側の熱運動エネルギーが小さくなったためです。
化学反応では結合を切り、新しい結合をつくる
化学反応では、反応物の原子同士の結合が一部切れ、新しい組み合わせの結合が形成されます。
一般に、化学結合を切るにはエネルギーが必要です。一方、新しい結合ができるときにはエネルギーが放出されます。
そのため吸熱反応になるかどうかは、
- 反応物の結合や相互作用を崩すために必要なエネルギー
- 生成物の新しい結合や相互作用が形成されるときに放出されるエネルギー
の差で考えられます。
反応全体で、必要なエネルギーのほうが放出されるエネルギーより大きければ、その不足分を周囲から受け取る必要があります。その結果、ΔHが正になり、吸熱反応となります。
「結合をつくるために熱を吸う」とは限らない
吸熱反応の説明で起こりやすい誤解が、「新しい結合をつくるために熱を吸収する」というものです。
実際には、結合形成そのものは一般にエネルギーを放出します。エネルギーを必要とするのは、主に既存の結合を切ったり、粒子間の相互作用を崩したりする過程です。
吸熱反応になるのは、そうした必要エネルギーの総量が、新しい結合形成などで放出されるエネルギーの総量を上回るからです。
したがって、吸熱の原因を特定の一つの結合だけに求めるのではなく、反応物から生成物までの全体のエネルギー収支を見る必要があります。
生成物は反応物より高いエネルギー状態になる
吸熱反応をエネルギー図で表すと、生成物は反応物より高い位置に描かれます。
この高さの差が正の反応エンタルピーΔHに対応します。
たとえば反応物を基準として、生成物が80 kJ/mol高い状態にあるなら、単純化するとΔHは+80 kJ/molです。
このエネルギーは反応の途中で無から作られるわけではありません。周囲から系へ移動したエネルギーが、生成物側のより高いエネルギー状態に対応しています。
系と周囲を合わせて考えればエネルギーは保存されており、吸熱反応もエネルギー保存則に従っています。
吸熱反応でも活性化エネルギーは別に必要
吸熱反応では反応全体として熱を受け取りますが、そのΔHと、反応を開始するために必要な活性化エネルギーは別の量です。
反応物が生成物へ変わる途中では、結合が切れかけたり新しい結合ができかけたりするエネルギーの高い状態を通る必要があります。その障壁を越えるために必要なのが活性化エネルギーです。
したがって、吸熱反応であるからといって「与えた熱がそのまますべてΔHになる」わけではありません。反応開始や反応速度を決める障壁と、反応前後のエネルギー差は区別して考える必要があります。
熱を加えることと吸熱反応であることは同じではない
外から加熱しなければ進みにくい反応を見ると、「加熱する反応はすべて吸熱」と考えたくなります。しかし、これは正確ではありません。
発熱反応でも活性化エネルギーを越えるために加熱が必要な場合があります。燃焼がその典型です。燃焼は発熱反応ですが、最初の着火には火花や炎などのエネルギーが必要です。
一方、吸熱反応では反応が進むほど系が周囲からエネルギーを受け取るため、反応を一定温度で継続するには外部から熱を供給し続ける必要がある場合があります。
つまり、加熱が必要かどうかと反応エンタルピーが正か負かは別の問題です。
温度が下がったことだけでは吸熱反応と断定できない
吸熱反応では温度が下がることがありますが、「温度が下がった=必ず吸熱反応」とは限りません。
液体の蒸発では周囲から熱を奪うため温度が下がりますが、これは化学反応ではなく状態変化です。冷却装置によって温度が下がっているだけの場合もあります。
逆に、吸熱反応が進んでいても外部ヒーターから十分な熱を供給すれば、反応器の温度をほぼ一定に保つことができます。
吸熱反応かどうかは、反応そのもののエンタルピー変化が正かどうかで判断します。温度変化は観察しやすい手がかりですが、定義そのものではありません。
溶解でも吸熱する場合がある
物質が水に溶ける過程でも、全体として吸熱になる場合があります。
結晶を構成するイオンや分子を引き離すにはエネルギーが必要です。一方、それらの粒子が水分子に取り囲まれて水和するとエネルギーが放出されます。
結晶を崩すために必要なエネルギーが、水和で放出されるエネルギーより大きければ、溶解全体は吸熱になります。
OpenStaxでは熱量測定の例として、物質の溶解によって溶液温度が低下するケースが扱われています。こうした現象は、吸熱という考え方が化学反応だけでなく、物理化学的な過程にも広く使えることを示しています。
熱分解では外部からの熱が結合切断に使われる
高温で化合物を分解する反応の中には、吸熱性を示すものがあります。
安定な化学結合を切り、複数の生成物へ分けるためにはエネルギーが必要です。生成物形成で放出されるエネルギーがそれを補いきれない場合、外部から熱を供給しなければ反応を維持できません。
このような反応では、炉や反応器を高温に保ち、反応に必要な熱を継続的に供給します。
ただし、すべての分解反応が吸熱とは限りません。分解の途中で別の発熱反応が起こる場合もあり、全体の熱収支は反応経路によって変わります。
水蒸気改質は工業的な吸熱反応の代表例
水素製造で用いられる水蒸気改質は、工業的な吸熱反応の代表例です。
メタンと水蒸気から一酸化炭素と水素を生成する主反応は、
CH4 + H2O ⇄ CO + 3H2
と表せます。
この反応を進めるには大きな熱供給が必要です。反応器では外側から燃焼熱などを与え、反応管を通して内部の反応系へ熱を移します。
吸熱反応を工業的に利用する場合、「反応そのもの」だけでなく、どのように必要な熱を効率よく届けるかが装置設計の重要な問題になります。
吸熱反応では熱供給が反応速度を制限することがある
吸熱反応が速く進むと、系は短時間に多くの熱を必要とします。
外部からの熱供給が追いつかなければ、反応器内部の温度が下がります。多くの反応では温度低下によって反応速度も小さくなるため、反応全体が熱供給によって制限される場合があります。
そのため大規模な吸熱プロセスでは、化学反応速度だけでなく、伝熱面積、温度差、流体の流れ、反応器材質なども重要になります。
発熱反応では「熱をどう逃がすか」が重要になるのに対し、吸熱反応では「熱をどう届けるか」が重要になる場合が多いのです。
吸熱反応と化学平衡は温度によって結びつく
可逆反応では、温度を変えると平衡組成が変化する場合があります。
吸熱方向の反応では、反応を進めるために熱を受け取ります。そのため温度を上げると、条件によっては吸熱方向が平衡上有利になります。
これはルシャトリエの原理として説明されることがありますが、より厳密には平衡定数の温度依存性として熱力学的に扱います。
工業プロセスでは、高温にすると吸熱方向が有利でも、加熱コスト、材料耐久性、副反応、反応速度など別の条件も同時に考える必要があります。
吸熱反応でも自発的に進む場合がある
「吸熱反応は外から熱をもらうから、自発的には進まない」と考えるのは正確ではありません。
反応が自発的に進むかどうかは、エンタルピー変化ΔHだけでなく、エントロピー変化ΔSと温度Tも関係し、一般にはギブズエネルギー変化ΔGで判断します。
ΔG = ΔH − TΔS
吸熱反応でΔHが正でも、エントロピーが十分に増加し、TΔSの項が大きければ、条件によってΔGが負となり自発的に進むことがあります。
したがって、
- 吸熱か発熱か
- 自発的に進むか
- 速く進むか
はそれぞれ別の概念として整理する必要があります。
触媒は吸熱量そのものを変えない
触媒は、活性化エネルギーの低い別の反応経路を与えることで、反応速度を高めることがあります。
しかし、同じ反応物から同じ生成物ができるなら、反応物と生成物のエンタルピー差は変わりません。
つまり触媒を使って反応を低温で進めやすくできても、反応一回あたりのΔHそのものが小さくなるわけではありません。
エネルギー図で見ると、触媒は途中の山を低くしますが、反応物と生成物の高さの差は変えないと考えると理解しやすくなります。
吸熱量は熱量測定で求められる
反応や物理過程がどれだけ熱を吸収したかは、熱量測定によって求められます。
吸熱反応によって周囲の溶液や熱量計の温度が下がった場合、その温度変化、質量、比熱、熱量計の熱容量などから、系が受け取った熱量を計算できます。
定圧条件で膨張以外の仕事を無視できる場合、系が受け取る熱qpはエンタルピー変化ΔHと対応します。
OpenStaxではこの関係を、定圧条件ではqp = ΔHとして整理しています。またNIST Chemistry WebBookには、多数の化合物や反応について生成エンタルピー、反応エンタルピーなどの熱化学データが収録されています。
このため吸熱反応は、「冷たく感じる」という定性的な観察だけでなく、kJ/molなどの単位で定量的に扱えます。
ヘスの法則では途中経路によらずΔHが決まる
反応エンタルピーは状態量なので、反応物と生成物が同じなら、反応がどの経路を通って進んでも全体のΔHは同じです。
これがヘスの法則です。
直接測りにくい吸熱反応でも、既知の反応エンタルピーを足し引きすることで目的反応のΔHを求められます。
この性質は、吸熱量が「途中でどんな反応経路を通ったか」ではなく、最初と最後のエネルギー状態の差で決まることを示しています。
逆反応ではΔHの符号が反対になる
ある反応が吸熱なら、その逆反応は同じ条件では発熱になります。
たとえば、
A → B ΔH = +60 kJ/mol
なら、逆向きでは、
B → A ΔH = −60 kJ/mol
です。
AからBへ変わるときに周囲から受け取ったエネルギーと同じ大きさのエネルギーが、BからAへ戻るときには周囲へ放出されます。
吸熱反応と発熱反応は別々に存在する分類ではなく、同じエネルギー差を反対向きから見た関係です。
吸熱反応はエネルギーを高い状態へ移す過程とも考えられる
吸熱反応では、外部から受け取ったエネルギーによって生成物が反応物より高いエンタルピー状態になります。
可逆反応なら、その生成物を逆反応させたときにエネルギーを放出できる場合があります。
この考え方は、化学反応を利用した熱化学エネルギー貯蔵にもつながります。吸熱方向に反応を進めてエネルギーを化学状態の差として保持し、必要なときに逆の発熱反応を利用する考え方です。
ただし、実際の蓄熱技術では反応の可逆性、速度、材料の安定性、熱伝達、コストなど多くの条件が必要で、吸熱反応ならそのまま利用できるわけではありません。
なぜ化学反応の吸熱反応では熱が吸収されるのか
吸熱反応で熱が吸収されるのは、反応によって結合や相互作用が組み替わるとき、生成物が反応物より高いエンタルピー状態になり、その差を埋めるためのエネルギーを周囲から受け取る必要があるからです。
- 吸熱反応では反応エンタルピーΔHが正になる
- 結合を切るにはエネルギーが必要で、結合形成ではエネルギーが放出される
- 反応全体で必要なエネルギーが放出されるエネルギーを上回ると、その不足分を周囲から受け取る
- 吸熱反応でも、反応開始には別に活性化エネルギーが必要である
- 温度低下は吸熱の結果として起こることがあるが、吸熱反応の定義そのものではない
- 吸熱反応では、反応を継続するための熱供給が反応速度や装置設計を左右する場合がある
- 温度は可逆反応の平衡にも影響し、吸熱方向が高温で有利になることがある
- 触媒は反応経路を変えても、同じ反応ならΔHそのものは変えない
吸熱反応を「熱を吸う反応」とだけ覚えるのではなく、反応物から生成物へ変わるときのエネルギー収支として見ると、溶解、熱分解、水蒸気改質など異なる現象を共通の原理で理解できます。吸熱とは、エネルギーが消える現象ではなく、周囲の熱エネルギーが反応系へ移り、生成物のより高いエネルギー状態へ対応する形で使われる現象なのです。
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参考文献・出典
- 日本化学会「学習指導要領の改訂と高校化学における『化学反応と熱・光』」
- IUPAC Gold Book, endothermic reaction
- OpenStax Chemistry 2e, 5.3 Enthalpy
- NIST Chemistry WebBook, SRD 69

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