ヨーグルト、漬物、味噌、しょうゆ、チーズ、酒などの発酵食品は、原料そのものより保存しやすい場合があります。このため「発酵すると腐らなくなる」と考えられることがありますが、発酵すれば自動的に安全になり、長期間保存できるわけではありません。
発酵食品の保存性が高まりやすいのは、発酵を担う微生物が乳酸や酢酸、エタノール、二酸化炭素、バクテリオシンなどを作り、pHや食品中の環境を変えることで、腐敗菌や一部の病原菌が増えにくい条件を作るからです。さらに、塩分、低温、乾燥、密封など別の保存条件と組み合わさることで、保存性が高まります。
発酵と腐敗はどちらも微生物による変化
発酵も腐敗も、微生物が食品中の成分を利用して起こす変化です。違いは、人にとって望ましい味や香り、保存性などを生み出すか、好ましくない臭いや食感、安全上の問題につながるかという点にあります。
発酵食品づくりでは、目的の乳酸菌、酵母、麹菌などが早く増え、食品の環境を自分たちに有利な状態へ変えることが重要です。目的の微生物が優勢になると、ほかの微生物が増えるために必要な栄養や空間が減り、さらに酸やアルコールなどの代謝産物も蓄積します。
2025年の発酵食品の微生物生態に関するレビューでも、有機酸、エタノールなどの発酵生成物が、食品の安全性やシェルフライフを高める重要な要因として整理されています。
乳酸が増えるとpHが下がる
発酵食品の保存性に関わる代表的な仕組みが、乳酸菌による酸性化です。乳酸菌は糖を利用して乳酸を作ります。乳酸が食品中に蓄積するとpHが下がり、酸性環境になります。
多くの腐敗菌や病原菌には、強い酸性条件では増殖しにくくなるものがあります。このため、乳酸菌が十分に増え、短時間でpHを下げることは、発酵食品の保存性を高めるうえで重要です。
日本醸造協会誌の解説でも、乳酸発酵によってpHが低下し、腐敗や食中毒の原因となる他の微生物の繁殖が抑えられることが、発酵食品の保存性に関わると説明されています。
実際に乳酸発酵で腐敗が抑えられた例
乳酸発酵による保存性向上は、実験でも確認されています。
おからを乳酸発酵させた日本の研究では、乳酸菌を増殖させてpHを約4まで低下させ、密封包装した条件では、14日後にも腐敗が生じませんでした。一方、乳酸菌を加えても好気的に培養した条件では2~3日後に腐敗がみられました。
この結果は、乳酸菌がいるだけでは十分ではなく、乳酸菌が増えて酸を作れること、さらに包装など周囲の環境を適切に整えることが重要であることを示しています。
発酵による保存性は、一つの要因だけで決まるのではなく、微生物、pH、酸素、包装、温度など複数の条件の組み合わせで決まります。
酢酸も微生物を増えにくくする
発酵食品では、乳酸だけでなく酢酸も保存性に関わります。酢酸菌はエタノールを酸化して酢酸を作ります。また、一部の乳酸菌も代謝の条件によって酢酸を生成します。
酢酸は食品を酸性にするだけでなく、非解離型の酢酸分子が微生物の細胞内へ入り込み、細胞内環境を乱すことで増殖を抑える作用を示すことがあります。
食酢が保存に利用されてきたのは、このような酸性化と有機酸自体の抗菌作用が関係しています。
ただし、酢酸に強い酵母や細菌も存在するため、酢酸があればすべての微生物が抑えられるわけではありません。
エタノールも保存性に関わる
酒類などでは、酵母のアルコール発酵によってエタノールが生成されます。エタノールは一定濃度になると、微生物の細胞膜やタンパク質に影響し、多くの微生物の増殖を抑えます。
このため、ワインや清酒などでは、低いpHや有機酸に加えて、エタノール濃度も保存性に関わります。
一方、アルコール濃度が低い発酵食品では、エタノールだけで十分な保存効果を得られるとは限りません。また、エタノールに比較的強い酵母や細菌もあるため、アルコール発酵しているという理由だけで安全性を判断することはできません。
二酸化炭素が環境を変えることもある
酵母や一部の乳酸菌は、発酵中に二酸化炭素を作ります。二酸化炭素がたまり、酸素が少なくなると、酸素を必要とする微生物が増えにくくなる場合があります。
発酵食品の保存では、密封や包装と組み合わせることで、この効果が働くことがあります。
ただし、酸素が少ない環境で増殖できる微生物も存在します。特に、低酸素だから安全という考え方は危険です。二酸化炭素や低酸素は保存性を支える一要因であり、pH、塩分、温度などと合わせて管理する必要があります。
乳酸菌はバクテリオシンを作ることがある
一部の乳酸菌は、バクテリオシンと呼ばれる抗菌性ペプチドを作ります。バクテリオシンは特定の細菌の増殖を抑える物質で、発酵食品中の微生物競争にも関わります。
日本乳酸菌学会誌の解説では、乳酸菌が生産するバクテリオシンが主にグラム陽性菌の生育を阻害し、発酵食品の保存性向上に寄与すると考えられていることが紹介されています。
海外の食品保存レビューでも、乳酸菌が有機酸、二酸化炭素、ジアセチル、バクテリオシンなど複数の抗菌性代謝物を作り、食品の保存や安全性に利用できることが整理されています。
ただし、すべての乳酸菌が同じバクテリオシンを作るわけではなく、効く微生物の範囲も物質ごとに違います。
目的の微生物が先に増えることにも意味がある
発酵食品では、酸やアルコールを作ることだけでなく、目的の微生物が食品中で優勢になること自体も重要です。
乳酸菌や酵母などが増殖すると、糖、アミノ酸、ビタミン、ミネラルなどの栄養を利用します。すると、後から侵入した別の微生物が利用できる栄養が少なくなることがあります。
また、微生物が食品表面や内部の生育場所を占めることで、ほかの微生物が定着しにくくなる場合もあります。
こうした栄養や場所をめぐる競争に、酸性化や抗菌物質の生成が重なることで、目的外の微生物が増殖しにくい環境が作られます。
塩分は発酵と保存を同時に支える
味噌、しょうゆ、漬物などでは、発酵と同時に塩も保存に重要な役割を持ちます。
塩濃度が高くなると、微生物が利用できる水の状態が変わり、多くの微生物は増殖しにくくなります。一方、耐塩性のある乳酸菌や酵母は一定の条件で活動できます。
そのため、塩は目的外の微生物を抑えながら、発酵に必要な微生物を選択する環境要因になります。
ただし、塩による保存効果は「発酵そのもの」が作る効果ではありません。発酵食品の保存性を理解するには、微生物が作る酸やアルコールと、製造時に加える塩などの保存条件を分けて考える必要があります。
乾燥や水分活性も保存性に影響する
一部の発酵食品では、乾燥や高濃度の糖・塩によって水分活性が低下しています。水分活性が低いと、多くの微生物は増殖に必要な水を利用しにくくなります。
発酵ソーセージや一部のチーズなどでは、発酵による酸性化と、乾燥による水分活性低下が組み合わさります。
このように、保存性を高める複数の要因を組み合わせる考え方は「ハードル技術」と呼ばれます。pH、塩分、水分活性、温度、酸素、抗菌物質など、一つ一つは完全でなくても、複数を重ねることで微生物が増えにくい環境を作れます。
冷蔵して初めて十分な保存性が得られる食品もある
ヨーグルト、発酵乳、キムチなどは発酵食品ですが、一般には冷蔵保存が必要です。
発酵によってpHが下がっていても、低温でなければ酸に強い酵母やカビが増えたり、発酵が進みすぎて品質が変わったりすることがあります。
乳酸発酵させたカブ漬の研究でも、保存温度によって品質保持期間が大きく変わり、低温のほうが長く品質を維持できました。
つまり、発酵は保存性を高めることがありますが、「常温保存できる」という意味ではありません。完成後の保存温度は食品ごとに守る必要があります。
発酵すれば病原菌がすべて死ぬわけではない
発酵食品では、酸、塩、エタノール、抗菌物質などによって多くの微生物が増えにくくなります。しかし、すべての病原菌や毒素が完全に排除されるわけではありません。
微生物によって酸や塩への耐性は異なり、発酵が十分に進む前に増殖する可能性もあります。また、すでに作られた一部の毒素は、発酵後も残る場合があります。
そのため、発酵は衛生管理の代わりにはなりません。清潔な原料と器具を使い、適切なスターター、温度、塩分、pH、発酵時間、保存温度を守る必要があります。
保存性が高まるかどうかは発酵条件で変わる
同じ食品でも、発酵条件が違えば保存性は変わります。
- 目的の微生物が十分な速さで増えるか
- pHが必要な範囲まで下がるか
- 乳酸や酢酸、エタノールなどが十分に作られるか
- 塩分や水分活性が適切か
- 温度が目的の微生物に合っているか
- 雑菌が多く混入していないか
- 完成後に適切な温度で保存されているか
おからの乳酸発酵研究でも、乳酸菌を加えただけでは腐敗を防げず、密封条件と十分な乳酸生成がそろったときに保存性が改善しました。発酵の成否と保存性は、微生物の名前だけではなく、環境条件まで含めて判断する必要があります。
まとめ
発酵食品の保存性が高まりやすいのは、発酵を担う微生物が乳酸や酢酸などの有機酸、エタノール、二酸化炭素、バクテリオシンなどを作り、腐敗菌や一部の病原菌が増えにくい環境を作るためです。
さらに、目的の微生物が栄養や生育場所を先に利用することや、塩分、乾燥、密封、冷蔵など別の保存条件との組み合わせも重要です。
一方で、発酵すれば食品が無条件に安全になるわけではありません。必要な酸性化が起こらなかったり、保存温度が不適切だったりすれば腐敗することがあります。したがって、「発酵で保存性が生じる」というより、「発酵によって微生物が増えにくい複数の条件が形成され、ほかの保存条件と組み合わさることで保存性が高まりやすくなる」と考えるのが正確です。
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参考資料
- 遠藤明仁「醸造食品に生息する乳酸菌」日本醸造協会誌, 2012.
- 加藤丈雄ほか「乳酸発酵を利用したおからの保存性の改善」日本食品工業学会誌, 1986.
- Microbial interactions and ecology in fermented food ecosystems. Nature Reviews Microbiology, 2025.
- Ross RP, Morgan S, Hill C. Preservation and fermentation: past, present and future. International Journal of Food Microbiology, 2002.

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