なぜ乳酸発酵では糖から乳酸ができるのか?

ヨーグルト、漬物、キムチ、サワードウなどでは、乳酸菌が糖を利用して乳酸を作ります。見た目には「糖が酸へ変わる」だけに見えますが、細胞の中では複数の酵素反応が順番に進み、炭素の流れと電子の流れが同時に調整されています。

乳酸発酵で糖から乳酸ができるのは、乳酸菌などがグルコースを解糖系でピルビン酸まで分解してATPとNADHを作り、そのピルビン酸を乳酸脱水素酵素(LDH)で乳酸へ還元することで、NADHをNAD+へ戻して解糖系を続けられるからです。ホモ型乳酸発酵では、この反応が主経路となり、グルコース1分子から主に乳酸2分子が作られます。一方、ヘテロ型乳酸発酵では別の糖代謝経路を通るため、乳酸に加えて二酸化炭素やエタノール、酢酸なども生じます。

目次

乳酸発酵は一段階の反応ではない

乳酸発酵は、グルコースが一度の反応で乳酸へ変わる現象ではありません。まず糖が細胞内へ取り込まれ、解糖系などの代謝経路で小さな中間体へ分解されます。その後、ピルビン酸という重要な中間体を経て乳酸が作られます。

代表的なホモ型乳酸発酵では、グルコースからピルビン酸までの部分は解糖系、ピルビン酸から乳酸までの部分は乳酸脱水素酵素による反応として分けて考えられます。

2021年の乳酸菌代謝レビューでも、ホモ乳酸発酵ではグルコースが解糖系を経てピルビン酸となり、その後LDHの作用によって乳酸へ変換される流れが整理されています。

最初にグルコースは解糖系でピルビン酸になる

ホモ型乳酸発酵では、グルコースは主にEmbden-Meyerhof-Parnas経路、一般に解糖系と呼ばれる経路を通ります。

解糖系では、炭素原子を6個持つグルコースが複数の酵素反応を経て、炭素原子を3個持つピルビン酸2分子へ変換されます。反応の前半ではATPを使って糖を活性化し、後半ではATPを回収します。

その結果、グルコース1分子あたり正味2分子のATPが得られます。ATPは、乳酸菌が細胞を維持し、栄養を取り込み、タンパク質を作り、増殖するために利用するエネルギーです。

つまり、乳酸菌にとって重要なのは「乳酸を作ること」そのものではなく、糖を分解する過程で生命活動に必要なATPを得ることです。

解糖系ではNADHも作られる

解糖系ではATPと同時に、NAD+という補酵素が電子と水素を受け取り、NADHへ変わります。

NAD+は、解糖系の途中でグリセルアルデヒド3-リン酸を酸化する反応に必要です。そのため、細胞内のNAD+がすべてNADH側へ偏ってしまうと、解糖系を続けられなくなります。

乳酸発酵では、このNADHを再びNAD+へ戻す仕組みが後半に組み込まれています。ここが、乳酸生成とエネルギー産生が結びつく重要な点です。

乳酸脱水素酵素がピルビン酸を乳酸へ変える

解糖系でできたピルビン酸は、乳酸脱水素酵素、英語ではlactate dehydrogenase、略してLDHの作用を受けます。

LDHは、NADHが持つ還元力をピルビン酸へ渡し、ピルビン酸を乳酸へ還元します。このときNADHは酸化され、NAD+へ戻ります。

日本乳酸菌学会誌の2022年の総説では、乳酸菌が乳酸を生産する理由として、ATPを得るための解糖系で消費されるNAD+をLDHによって再生することが明確に説明されています。

したがって、乳酸生成は単なる終末産物の排出ではありません。NAD+を再生して糖分解を続けるための酸化還元反応でもあります。

なぜNAD+を循環させる必要があるのか

細胞内のNAD+とNADHは、使い捨てではなく循環して利用されます。

解糖系ではNAD+がNADHへ変わり、LDH反応ではNADHがNAD+へ戻ります。この二つの反応がつながることで、乳酸菌は限られた量の補酵素を繰り返し使えます。

もしNADHをNAD+へ戻せなければ、解糖系でNAD+を必要とする反応が止まり、ATP産生も続きません。

乳酸発酵の仕組みは、炭素を乳酸へ変換する経路であると同時に、細胞内の酸化還元バランスを保つ経路でもあります。

ホモ型乳酸発酵では炭素は主に乳酸へ流れる

代表的なホモ型乳酸発酵では、グルコース1分子からピルビン酸2分子ができ、それぞれが乳酸へ還元されます。

そのため、理論上はグルコース1分子から乳酸2分子が生成されます。炭素数で見ると、炭素6個のグルコースが、炭素3個の乳酸2分子へ分かれるため、炭素の多くが乳酸として回収されます。

このとき正味2分子のATPが得られ、解糖系で生じたNADHもLDH反応でほぼ対応してNAD+へ戻されます。

この単純で効率のよい炭素の流れが、ホモ型乳酸発酵で乳酸が主要生成物になりやすい理由です。

ホモ型でも乳酸以外がまったくできないわけではない

「ホモ型」という言葉は、主に乳酸を作る発酵形式を表しますが、実際の細胞ではピルビン酸のすべてが必ず乳酸だけになるわけではありません。

条件によっては、ピルビン酸から酢酸、ギ酸、アセトイン、ジアセチルなど別の代謝産物へ流れる経路も働きます。

古典的な乳酸菌の糖代謝レビューでも、ピルビン酸には乳酸以外の複数の行き先があり、環境条件や菌種によって生成物の割合が変化することが整理されています。

したがって、「ホモ型=乳酸だけを100%作る」と考えるより、「主な炭素の流れが乳酸生成へ向かう」と理解するほうが正確です。

ヘテロ型乳酸発酵は別の経路を通る

ヘテロ型乳酸発酵では、グルコースが解糖系だけを通るのではなく、6-ホスホグルコン酸経路やホスホケトラーゼ経路と呼ばれる経路を通ります。

この経路では、糖の炭素が乳酸だけでなく、二酸化炭素やエタノール、条件によっては酢酸などへも分配されます。

2021年の乳酸菌代謝レビューでは、ヘテロ型乳酸発酵ではグルコースから乳酸、エタノール、二酸化炭素などが作られ、ホモ型とは異なる炭素の流れを持つことが示されています。

また、56種の乳酸菌ゲノムと糖利用性を比較した研究では、ホモ型とヘテロ型で糖代謝に関わる遺伝子構成が異なり、発酵形式が遺伝的な代謝能力と結びついていることが示されています。

ヘテロ型ではなぜ二酸化炭素が出るのか

ヘテロ型乳酸発酵では、糖代謝の途中で6-ホスホグルコン酸が脱炭酸される段階があり、そこで二酸化炭素が放出されます。

その後、炭素の一部は乳酸へ、別の一部はアセチルリン酸を経てエタノールや酢酸へ向かいます。

そのため、ヘテロ型乳酸菌が食品中で働くと、酸味だけでなくガスや香りも生じやすくなります。サワードウや一部の野菜発酵では、こうした生成物が風味や組織に影響します。

一方、包装食品では二酸化炭素の生成が膨張の原因になる場合もあり、ヘテロ型乳酸菌のガス生成が品質管理上の問題になることもあります。

ヘテロ型ではATPの収支も違う

ホモ型乳酸発酵の代表的な解糖系では、グルコース1分子から正味2分子のATPが得られます。

一方、典型的なヘテロ型乳酸発酵で乳酸・エタノール・二酸化炭素を作る場合、得られるATPは通常ホモ型より少なく、グルコース1分子あたり1分子程度です。

ただし、アセチルリン酸がエタノールではなく酢酸へ変換されると、基質レベルのリン酸化によって追加のATPを得られる場合があります。その場合には電子を受け取る別の仕組みが必要です。

つまり、最終生成物の違いは、味や香りだけでなく、乳酸菌がどのようにエネルギーと酸化還元バランスを確保するかにも関係しています。

酸素があっても乳酸発酵が消えるとは限らない

乳酸発酵は酸素を使わずにNAD+を再生できる仕組みですが、「酸素があると乳酸発酵をしない」という意味ではありません。

乳酸菌の中には、酸素を電子受容体とする代替的なNAD+再生系や、条件が整えば電子伝達系を利用できるものがあります。

2022年の日本乳酸菌学会誌では、好気条件でLDH以外のNAD+再生経路を利用すると、乳酸生成を抑えながら菌体収率を高められる可能性が示されています。

これは、乳酸生成量が「酸素があるかないか」だけで決まるのではなく、NADHをどの経路で再酸化するかという代謝全体の配分で決まることを示しています。

D-乳酸とL-乳酸はどう違うのか

乳酸には、立体構造が鏡像関係にあるL-乳酸とD-乳酸があります。

乳酸菌がどちらを作るかは、主に持っている乳酸脱水素酵素の種類によって決まります。L-LDHを主に使う菌はL-乳酸を、D-LDHを持つ菌はD-乳酸を作ります。両方の酵素系を持つ菌では、両方の異性体が生じることもあります。

この違いは、同じ「乳酸」という名前でも菌種や菌株によって生成物の性質が異なることを示しています。

乳酸菌の古典的な糖代謝レビューでも、乳酸の立体異性体形成の生化学的基盤が、乳酸菌の代謝特性の一つとして扱われています。

乳酸がたまると反応自体も変わっていく

乳酸発酵が進むと、食品中の乳酸濃度が高まり、pHが低下します。

酸性化は他の微生物を抑える一方で、乳酸菌自身の酵素や細胞膜にもストレスを与えます。そのため、発酵後半では同じ速度で乳酸を作り続けられないことがあります。

また、糖が減り、NAD+再生経路やピルビン酸の行き先が変わると、酢酸やアセトインなど他の生成物の割合が変化することもあります。

したがって、乳酸発酵の反応経路は基本構造を持ちながらも、実際の食品中では環境に応じて代謝フラックスが変化します。

アルコール発酵との違いはピルビン酸の処理にある

乳酸発酵とアルコール発酵は、どちらも糖を解糖系でピルビン酸まで分解し、ATPとNADHを作る点では共通しています。

違いはピルビン酸以降です。乳酸発酵では、LDHがピルビン酸を直接乳酸へ還元し、NADHをNAD+へ戻します。

アルコール発酵では、ピルビン酸から二酸化炭素を外してアセトアルデヒドを作り、さらにアルコール脱水素酵素でエタノールへ還元します。

どちらもNAD+を再生して解糖系を維持する仕組みですが、使う酵素と最終生成物が違うため、食品に与える味、香り、ガス生成の特徴も異なります。

食品では反応経路の違いが品質の違いになる

ホモ型乳酸発酵では乳酸が多く作られるため、比較的速くpHが下がりやすく、ヨーグルトや一部の漬物などで強い酸性化につながります。

ヘテロ型乳酸発酵では、乳酸に加えて酢酸、エタノール、二酸化炭素などが作られるため、酸味だけでなく香りやガス生成にも影響します。

同じ原料でも、どの乳酸菌が優勢になるかによって、炭素がどの経路へ流れるかが変わり、最終的な味、香り、食感が変わります。

発酵食品で菌株を選ぶことは、単に「乳酸を作れる菌を選ぶ」ことではなく、どの代謝経路でどの生成物をどれだけ作るかを選ぶことでもあります。

まとめ

乳酸発酵で糖から乳酸ができるのは、グルコースを解糖系でピルビン酸まで分解し、乳酸脱水素酵素がピルビン酸を乳酸へ還元する反応経路があるからです。

解糖系ではATPとNADHが作られます。LDH反応ではNADHがNAD+へ戻るため、細胞はNAD+を循環させながら解糖系を続け、ATPを得ることができます。代表的なホモ型乳酸発酵ではグルコース1分子から主に乳酸2分子が作られます。

一方、ヘテロ型乳酸発酵ではホスホケトラーゼ経路などを通り、乳酸だけでなく二酸化炭素、エタノール、酢酸などへ炭素が分配されます。つまり、乳酸発酵の「仕組み」を理解するには、乳酸ができる理由だけでなく、糖の炭素がどの経路を通り、ATPとNAD+の収支をどのように保つかを見ることが重要です。

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