ヨーグルト、漬物、清酒、酢などの発酵食品では、乳酸や酢酸、コハク酸、リンゴ酸などの有機酸が味に大きく関わります。一般には「pHが低いほど酸っぱい」と考えられがちですが、実際には同じpHでも酸味の強さや質が違って感じられることがあります。
発酵食品の酸味がpHだけでは決まらないのは、pHが主に水素イオンの状態を示す指標である一方、実際の酸味には、有機酸の種類と濃度、解離のしやすさ、非解離型の酸、滴定酸度、食品の緩衝能、温度、甘味や塩味など他の味との相互作用、そして舌の酸味受容機構が同時に関わるからです。
pHは「酸の総量」そのものではない
pHは、水溶液中で自由に存在する水素イオンの活動度と関係する指標です。値が低いほど酸性が強い状態を示します。
しかし、食品中に含まれる酸の総量をそのまま示しているわけではありません。乳酸、酢酸、クエン酸などの有機酸は弱酸であり、水中ですべてが完全に電離するのではなく、解離した形と解離していない形の両方が存在します。
同じpHでも、食品中にどの有機酸がどれだけあるか、タンパク質やリン酸塩などの緩衝成分がどれくらいあるかによって、酸味の感じ方は変わります。
発酵中には複数の有機酸が作られる
発酵食品の酸味は、一種類の酸だけで作られるとは限りません。乳酸菌は主に乳酸を作りますが、菌種や条件によって酢酸なども生じます。酵母発酵でもコハク酸や酢酸などの有機酸が生成されます。
食品によって原料と微生物が異なるため、有機酸組成も異なります。乳酸が中心の発酵乳と、酢酸が多い食酢では、同じ酸性でも感じられる酸味の質は同じではありません。
発酵乳を比較した国内研究でも、乳酸含量の違いと官能的な酸味強度の違いが対応しており、酸味を考えるにはpHだけでなく、実際に含まれる有機酸量を見る必要があることが示されています。
有機酸は種類によって解離のしやすさが違う
弱酸は、水中で一部が水素イオンと陰イオンに分かれます。この「解離のしやすさ」は酸ごとに異なり、pKaという値で表されます。
同じ総濃度の酸を加えても、酸の種類によって水素イオンの状態が異なるため、pHも同じにはなりません。
逆に、pHが同じように調整されていても、有機酸の総量や非解離型の割合が違えば、舌への刺激や味の持続の仕方が変わることがあります。
酸味の化学と生理に関するレビューでも、水素イオンだけでなく、非解離型酸、滴定酸度、陰イオン、モル濃度など複数の化学的要因が酸味知覚に関係すると整理されています。
滴定酸度は何を表すのか
発酵食品の品質管理では、pHとともに「滴定酸度」が測定されることがあります。
滴定酸度は、食品中の酸を一定の終点まで中和するために必要なアルカリ量から評価します。つまり、現在の水素イオン状態だけを見るpHとは違い、食品中にどれだけ酸として作用できる成分が存在するかを把握する指標です。
発酵が進むと乳酸などが蓄積し、滴定酸度が上がることがあります。しかし、食品には緩衝成分があるため、酸が増えてもpH変化が比較的小さい場合があります。
このため、「pHはあまり変わっていないのに、酸味が強くなった」ということも起こり得ます。
食品の緩衝能がpHの変化を小さくする
牛乳、味噌、しょうゆ、酒などには、タンパク質、アミノ酸、リン酸塩、有機酸塩など、酸やアルカリを加えてもpH変化を小さくする成分が含まれます。これを緩衝能と呼びます。
緩衝能が高い食品では、乳酸などの酸が増えても、pHが急激には下がりません。しかし、酸そのものの量は増えているため、滴定酸度や官能上の酸味は変化することがあります。
発酵乳や乳製品でpHだけでなく酸度を測るのは、こうした食品マトリックスの緩衝作用があるからです。
酸味は舌でどのように感知されるのか
酸味は、舌や口腔にある味蕾の中の酸味受容細胞で感知されます。近年の研究では、酸味受容にOTOP1というプロトン選択性イオンチャネルが重要な役割を持つことが分かっています。
酸性食品中のプロトンがOTOP1を通って酸味受容細胞へ入り、細胞を脱分極させることで神経信号が生じます。この信号が味覚神経を通って脳へ伝わり、酸味として認識されます。
つまり、食品中の有機酸は最終的に、酸から生じるプロトンが味覚細胞を刺激することで「酸っぱい」という感覚につながります。
それなら水素イオンだけ見ればよいのではないか
OTOP1がプロトンを感知するなら、pHだけ見れば酸味を説明できそうに思えます。しかし、実際の食品は単純な水溶液ではありません。
口に入れると、食品は唾液で希釈され、有機酸の解離平衡も変わります。食品中の緩衝物質は、唾液によって中和される過程でもプロトンを供給できます。
また、弱酸の非解離型分子や陰イオン、酸の種類による化学的性質の違いも、酸味の強さや質に関係すると考えられています。
そのため、静止状態で測定したpHは酸味に重要な情報ではあるものの、人が実際に食べたときの刺激全体を一つの数値だけで表すことはできません。
同じpHでも乳酸と酢酸は同じ味にならない
乳酸と酢酸を同じpHに調整しても、酸味の感じ方や香りは同じにはなりません。
乳酸は発酵乳や漬物で中心となる酸で、比較的まろやかな酸味として感じられることがあります。酢酸は揮発性が高く、酸味に加えて酢特有の刺激的な香りも持ちます。
コハク酸には酸味だけでなく、うま味や苦味に近い要素もあり、リンゴ酸やクエン酸もそれぞれ異なる呈味特性を持ちます。
したがって、発酵食品の酸味は「水素イオン量」だけではなく、「どの酸が存在するか」によって質が変わります。
温度でも酸味の感じ方は変わる
同じ有機酸組成でも、食べる温度によって酸味の感じ方が変わることがあります。
清酒中の有機酸を使った官能評価では、乳酸やコハク酸などの酸味強度や呈味質が飲用温度によって変化しました。複数の有機酸を混ぜた系でも、温度によって酸味の強さとバランスが変わっています。
この結果からも、酸味は化学組成だけで固定される感覚ではなく、食べる条件にも左右されることが分かります。
甘味・塩味・うま味との相互作用もある
実際の発酵食品には、酸だけでなく糖、塩、アミノ酸、アルコールなど多くの成分が含まれます。
糖が多いと酸味が弱く感じられることがあり、塩味やうま味との組み合わせでも酸味の印象が変化します。発酵食品の有機酸に関するレビューでも、有機酸と他の基本味との相互作用が食品全体の味覚に影響すると整理されています。
つまり、分析上は同じ乳酸濃度でも、甘味の強い発酵飲料と糖の少ない漬物では、同じ酸味として感じられるとは限りません。
香りも酸味の印象を変える
味覚と嗅覚は別の感覚ですが、食品を食べたときには統合されて「風味」として知覚されます。
酢酸のように揮発性がある酸は、舌への酸味刺激だけでなく、鼻への香り刺激も同時に与えます。発酵食品に含まれるエステルやアルコールなどの香気成分も、酸味の印象を間接的に変えることがあります。
そのため、発酵食品の「酸っぱい」という印象は、純粋な味覚だけではなく、香りを含む食品全体の感覚から判断されます。
発酵によって酸味の仕組みはどう変化するのか
発酵前の食品には、原料由来のクエン酸やリンゴ酸などが含まれる場合があります。発酵が始まると、微生物が新しい有機酸を作ったり、もともとあった酸を別の物質へ変えたりします。
乳酸菌は糖から乳酸を作り、一部の微生物はリンゴ酸を乳酸へ変えるマロラクティック発酵を行います。酵母はコハク酸や酢酸なども作ります。
このため、発酵では単に「酸の量が増える」だけでなく、有機酸の種類と割合そのものが変化します。その結果、pH、滴定酸度、酸味の質がそれぞれ別の動きを示すことがあります。
発酵乳で菌種が違うと酸味が変わる
同じ乳原料を使っても、発酵に使う乳酸菌の組み合わせが違うと酸味が変わります。
乳酸菌2種で作った発酵乳とヨーグルトを比較した研究では、官能評価で発酵乳の酸味が弱く、乳酸含量も少ないことが示されました。分析した有機酸組成を再現した溶液でも酸味差が確認され、有機酸組成と量が酸味強度に直接関係していることが示されています。
これは、「乳酸菌を使った食品」という分類だけでは酸味を予測できず、どの菌がどの酸をどの程度作るかを見る必要があることを示しています。
酸味が強いこととpHが低いことは似ていても同じではない
一般的にはpHが低くなるほど酸味は強くなりやすいため、両者には関係があります。しかし、pHは酸味を構成する要素の一つです。
食品開発や発酵管理では、pHだけでなく、滴定酸度、有機酸組成、糖度、塩分なども測定します。官能評価では、実際に人が感じる酸味の強さや質も確認します。
この複数の指標を組み合わせることで、「化学的には酸性だが酸味が穏やか」「pH差は小さいが酸味は大きく違う」といった現象を説明できます。
酸味を品質管理に使うときの注意点
酸味は発酵の進行を知る重要な手がかりですが、官能だけで発酵の安全性を判断することはできません。
酸味が強くても、すべての病原微生物が排除されているとは限りません。また、pHが目標値へ達していても、保存温度、塩分、水分活性など別の条件が不適切なら安全性や品質に問題が生じることがあります。
食品製造では、pHや酸度を工程管理指標として使いながら、微生物学的管理や温度管理などを組み合わせる必要があります。
まとめ
発酵食品の酸味がpHだけでは決まらないのは、pHが水素イオンの状態を示す一方、実際の酸味には有機酸の種類と濃度、解離平衡、非解離型の酸、滴定酸度、食品の緩衝能など複数の化学的要因が関わるためです。
酸味の感知では、酸から生じるプロトンが味蕾の酸味受容細胞にあるOTOP1などを介して神経信号へ変換されます。しかし、食品を口に入れたときには唾液による希釈や中和、温度、甘味・塩味・うま味との相互作用、香りも加わります。
そのため、同じpHでも乳酸中心の発酵乳と酢酸を多く含む食品では酸味の質が異なり、同じ有機酸組成でも温度や他の味成分によって感じ方が変わります。
発酵の酸味の仕組みを理解するには、「pHが下がったから酸っぱい」と一つの数値だけで考えるのではなく、微生物が作る有機酸、食品中での酸塩基平衡、緩衝作用、そして人の味覚受容までを一つの流れとして見ることが重要です。
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参考資料
- Sensory Properties and Taste Compounds of Fermented Milk Produced by Lactococcus lactis and Streptococcus thermophilus. Food Science and Technology Research, 2008.
- 島津善美ほか「清酒に含まれる有機酸の酸味に及ぼす飲用温度の影響」日本調理科学会誌, 2009.
- The chemistry and physiology of sour taste—A review. Journal of Food Science, 2007.
- The Cellular and Molecular Basis of Sour Taste. Annual Review of Physiology, 2022.

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