同じヨーグルト、同じ漬物、同じ酒づくりでも、ある日は数時間で進むのに、別の日にはなかなか変化しないことがあります。発酵時間はレシピに書かれた固定値のように見えますが、実際には温度、最初の菌数、原料の状態、pH、塩分、糖濃度などによって伸びたり縮んだりします。
同じ発酵でも必要な時間が温度や条件で変わるのは、発酵時間が一つの反応速度だけで決まるのではなく、微生物が環境へ適応するまでの時間、増殖する速さ、基質を消費する速さ、生成物が目標値へ達する速さが、それぞれ条件によって別々に変化するからです。そのため、温度を2倍にしたから時間が半分になる、といった単純な比例関係にはなりません。
発酵時間には「立ち上がるまで」と「進んでから」の両方が含まれる
発酵時間を考えるとき、最初に分けて考えたいのが、微生物が新しい環境へ適応するまでの時間と、その後に活発に増殖・代謝する時間です。
スターターを食品へ加えた直後、微生物はすぐ最大速度で働くとは限りません。新しい温度、pH、糖の種類、塩分、酸素条件などに合わせて、輸送体や酵素、細胞膜の状態を調整します。この準備期間は一般にラグ時間や誘導期と呼ばれます。
その後、環境へ適応すると増殖と代謝が活発になり、乳酸、エタノール、二酸化炭素などの生成が速まります。
したがって、完成までの時間は「ラグ時間+その後の発酵に必要な時間」と考えると理解しやすくなります。条件が変わると、この二つが同じ割合で変化するとは限りません。
温度はラグ時間と増殖速度の両方を変える
温度は発酵時間へ大きく影響します。多くの微生物では、適温の範囲内で温度が上がると酵素反応や膜輸送が速くなり、増殖速度も高くなります。
一方、低温では反応速度が落ちるだけでなく、新しい環境へ適応するまでのラグ時間も長くなることがあります。
微生物増殖の予測研究では、温度によって比増殖速度とラグ時間が別々に変化することが示されています。つまり、低温になると「増え始めるまで長くなる」うえに、「増え始めてからも遅い」という二重の影響が出る場合があります。
ヨーグルトでは温度を変えると凝固までの時間が大きく変わる
実際の食品でも、温度による時間差ははっきり現れます。
素焼き壺を用いた手作りヨーグルトの国内研究では、発酵温度を変えてpH、乳酸菌数、凝固状態が比較されました。15℃では72時間たっても凝固せず、20℃では48~72時間、25℃では24~48時間、35℃では約20時間で発酵が完了しました。
これは、温度を変えると発酵時間が大きく伸び縮みする具体例です。
ただし、15℃から35℃へ温度を上げた比率と、発酵時間が短くなる比率は単純には一致しません。微生物の増殖や適応は直線的な反応ではないためです。
温度を上げれば上げるほど短時間になるわけではない
適温までは温度上昇で発酵が速くなることがありますが、適温を超えると熱ストレスが強くなります。
高温ではタンパク質の構造や細胞膜の状態が乱れ、増殖速度が低下したり、細胞死が増えたりします。その結果、さらに温度を上げても発酵時間は短くならず、逆に長くなったり停止したりすることがあります。
したがって、発酵時間と温度の関係は「高温ほど短時間」という一直線ではなく、微生物ごとの適温範囲を中心にした曲線として考える必要があります。
途中で温度を変えると単純な平均温度では予測できないことがある
実際の発酵では、最初から最後まで完全に同じ温度とは限りません。室温の変化、品温上昇、冷却、保温などによって温度が途中で変わることがあります。
Lactobacillus plantarumを使った温度変化の研究では、培養途中で温度を変えると、その時点で追加のラグが生じる場合があり、単純に各温度での増殖速度をつなげるだけでは説明しきれないことが示されています。
つまり、20℃で10時間、30℃で10時間という履歴と、最初から25℃で20時間という条件は、平均温度が同じように見えても同じ発酵結果になるとは限りません。
温度の「履歴」が微生物の状態を変える
微生物は現在の温度だけでなく、それまでにどの温度を経験していたかの影響も受けます。
低温で保存されていた菌、高温で増殖していた菌、定常期に長く置かれていた菌では、新しい発酵環境へ入れた後のラグ時間が異なることがあります。
ラグ時間に関するレビューでは、現在の温度だけでなく、前培養環境や細胞の生理状態が適応時間を左右する重要な要因として整理されています。
そのため、同じ菌株を同じ温度へ入れても、スターターの保存状態や前培養条件が違えば発酵開始までの時間が変わることがあります。
最初に入れる菌数が違うと完成までの時間も変わる
発酵槽全体でどれだけ速く食品を変化させられるかは、最初に存在する活性な微生物の数にも左右されます。
接種量が少なければ、十分な菌体量へ増えるまでに多くの世代が必要です。適切な範囲で接種量を増やすと、発酵開始時点から多くの細胞が代謝できるため、目標pHやガス量へ早く到達しやすくなります。
前述のヨーグルト研究でも、種ヨーグルトの添加量によってpH低下や乳酸菌数の時間変化が異なりました。
ただし、菌数を増やせば無限に時間を短縮できるわけではありません。栄養量や酸素、発酵槽内の空間、生成物阻害など別の要因が律速になるからです。
pHが違うと適応時間と増殖速度が変わる
微生物には増殖しやすいpH範囲があります。
発酵開始時のpHがその範囲から外れていると、細胞内pHを維持するためのエネルギー消費が増え、増殖が遅くなることがあります。
さらに乳酸発酵などでは、自分で作った酸によってpHが下がるため、発酵後半ほど増殖・代謝が遅くなることがあります。
つまり、発酵時間を決めるpHは一つの固定値ではなく、開始時のpHと、発酵中にどこまで変化するかの両方が重要です。
塩分や糖濃度が変わると時間は単純には読めない
漬物やしょうゆでは塩分が高く、パンや一部の飲料では糖濃度が高いことがあります。
塩や糖は微生物にとって基質や食品成分である一方、高濃度になると浸透圧ストレスを与えます。細胞は水分を保つためにエネルギーを使うため、増殖が遅くなることがあります。
このため、糖を増やせば発酵材料が増えて速くなる、塩を減らせば必ず速くなる、といった単純な関係ではありません。
必要な時間は、微生物が利用できる基質量と、同時に受ける浸透圧ストレスのバランスで変わります。
同じ温度でも原料が違えば時間が変わる
発酵に必要な時間は、原料の構造や成分によっても変わります。
糖が最初から溶けている果汁では、酵母は糖をすぐ利用できます。一方、米や麦などデンプンを多く含む原料では、酵素によって糖へ分解してから微生物が利用する工程が必要です。
清酒もろみの多数の実製造データを解析した国内研究では、原料米の精米歩合が、最高品温へ達する日、もろみの発酵日数、最終アルコール濃度などと関係していました。
つまり、同じ「清酒発酵」という枠内でも、原料条件が変われば発酵日数が変化し得ます。
水分や食品構造は微生物と基質の出会いやすさを変える
液体発酵では、糖や栄養が比較的均一に分布しやすく、攪拌によって微生物と基質を接触させやすくなります。
一方、麹やパン生地、固形の野菜などでは、場所によって水分、酸素、糖濃度、温度が異なることがあります。
一部の場所では発酵が速くても、別の場所では遅ければ、食品全体が目標状態へ達するまでに時間がかかります。
このため、固体発酵では混合、手入れ、加水、送風などによって条件をそろえることが、発酵時間のばらつきを小さくするうえで重要です。
発酵中に条件が変わると「残り時間」も変わる
発酵は一度開始したら、最初に決めた時間へ向かって一定速度で進むわけではありません。
途中で温度が下がれば増殖や代謝が遅くなり、完成までの残り時間は長くなります。逆に適温へ戻せば速度は再び上がることがあります。
ただし、大きな温度変化を受けると再適応のための追加ラグが生じる可能性があるため、「途中から温度を上げれば、それまでの遅れをそのまま取り戻せる」とは限りません。
発酵時間は開始時に完全に決まっている値ではなく、発酵途中の環境変化に応じて更新される工程結果と考えるほうが正確です。
一つの条件だけを変えても別の条件が律速になる
発酵時間が単純比例しない大きな理由は、反応を遅くしている要因が一つとは限らないことです。
低温では温度が律速になっていても、適温へ上げた後には窒素不足が律速になるかもしれません。菌数を増やして立ち上がりを速くしても、後半には酸やアルコールの蓄積が律速になることがあります。
つまり、ある条件を改善すると、それまで隠れていた別の制限要因が次のボトルネックになります。
このため、発酵時間を短くするには単一条件の最大化ではなく、温度、菌数、栄養、pH、酸素などを全体として調整する必要があります。
発酵時間は「同じ完成点」に達するまでの時間として比べる
条件による時間差を比較するときには、何を完成とするかをそろえる必要があります。
ヨーグルトなら目標pHや凝固、パンなら一定の膨張率、酒なら残糖やアルコール濃度など、評価する終了点が必要です。
同じ温度条件でも、目標pH4.6までの時間と、さらに酸度を上げるまでの時間では異なります。
したがって、「発酵に何時間かかるか」という数字だけを比べるのではなく、どの指標へ到達するまでの時間なのかを明確にすることが重要です。
時計だけでなく進行指標を測る理由
発酵時間が条件に左右されるため、実際の製造では経過時間だけで終了を判断しないことがあります。
- pHや滴定酸度
- 残糖量
- アルコール濃度
- 二酸化炭素発生量
- 菌数や生存率
- 品温
- 香りや食感
これらを確認すれば、「予定時間には達したが発酵がまだ遅れている」「予定より早く目標状態へ到達した」といった違いを把握できます。
発酵時間は重要な管理指標ですが、時間そのものより、時間の中で何がどこまで変化したかを見ることが重要です。
同じ発酵でも毎回同じ時間にならない理由
同じレシピを使っても、原料温度、スターターの保存状態、接種量、室温、原料の糖や水分、塩分などには小さなばらつきがあります。
微生物増殖では、特に条件が適温から外れるほど応答のばらつきが大きくなりやすく、ラグ時間も予測しにくくなります。
そのため、家庭でも工場でも、発酵時間は絶対的な数字ではなく目安として扱い、温度やpHなどの状態を合わせて確認する必要があります。
既存の発酵時間の疑問とはどこが違うのか
「なぜ発酵には時間がかかるのか」という疑問は、微生物増殖や酵素反応に有限の時間が必要である理由を扱います。
また、「なぜ発酵の進み方は時間とともに変化するのか」という疑問は、一つの発酵の初期・中期・後期で反応速度が変わる仕組みを扱います。
さらに、「なぜ発酵にかかる時間は食品によって違うのか」という比較では、ヨーグルト、パン、酒、漬物などで完成基準や工程が違うことが中心になります。
ここで扱うのは、同じ種類の発酵でも、温度や接種量、pH、塩分、原料状態、温度履歴などの条件を変えたときに、完成までの時間がなぜ変わるかという問題です。
まとめ
同じ発酵でも必要な時間が温度や条件で変わるのは、発酵時間が単一の反応速度ではなく、微生物が適応するラグ時間、増殖速度、基質消費速度、生成物形成速度を合わせた結果だからです。
温度が低いと、適応までの時間と増殖後の速度の両方が遅くなる場合があります。適温の範囲では温度上昇で短時間化できますが、高温すぎれば熱ストレスによって逆に発酵が遅れます。さらに途中の温度変化では追加の適応時間が生じる場合があり、平均温度だけでは所要時間を説明できません。
接種量、スターターの履歴、pH、塩分、糖濃度、水分、原料構造なども、それぞれラグ時間や増殖速度、代謝速度を変えます。そのため、一つの条件を変えても別の条件が次の律速要因になり、発酵時間は単純比例しません。
したがって発酵時間は固定された待ち時間ではなく、「その条件で目標pH・残糖・ガス量・アルコール濃度などへ到達するまでの工程時間」です。同じ発酵でも条件が変われば必要時間が変わるため、時間だけでなく進行状態を測りながら管理することが重要です。
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参考資料
- 「素焼き壺でつくる手作りヨーグルトの調製条件の検討」日本家政学会大会研究発表要旨集, 2015.
- 西田淑男ほか「原料米の精米歩合による清酒発酵(清酒もろみ)の解析」日本家政学会誌, 2015.
- Swinnen IAM, et al. Predictive modelling of the microbial lag phase: a review. International Journal of Food Microbiology, 2004.
- Zwietering MH, et al. Modeling of bacterial growth with shifts in temperature. Applied and Environmental Microbiology, 1994.

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