大豆そのものより味噌やしょうゆ、牛乳より熟成チーズ、肉や魚も発酵・熟成させると「うま味が増した」と感じることがあります。
その大きな理由は、原料中のタンパク質がそのままでは強いうま味を持たなくても、発酵や熟成中に酵素で分解されると、遊離グルタミン酸やうま味に関わるペプチドなどの味活性成分へ変わるからです。
ただし、発酵・熟成すれば必ずうま味だけが増えるわけではありません。苦味ペプチドや酸味成分、香り成分も同時に変化するため、最終的な味は原料・微生物・酵素・温度・時間で決まります。
結論:タンパク質が分解され、遊離グルタミン酸や味活性ペプチドが増えるから
- 原料中のタンパク質に結合したグルタミン酸は、そのままでは強いうま味として感じにくい
- 発酵・熟成中のプロテアーゼやペプチダーゼがタンパク質を分解する
- その結果、遊離グルタミン酸やアスパラギン酸などが増える
- 一部のペプチドも、うま味やコクへ寄与する
- 麹菌や乳酸菌、酵母などの代謝によって味成分の組成が変わる
- 食品によっては苦味ペプチドや酸味も増えるため、うま味の増え方は一定ではない
つまり、発酵・熟成とは「新しいうま味を突然作る」のではなく、原料のタンパク質やアミノ酸を、舌で感じやすい形へ組み替えていく過程でもあります。
タンパク質中のグルタミン酸は、そのままでは強いうま味にならない
グルタミン酸は多くの食品タンパク質に含まれています。
しかし、タンパク質の一部としてペプチド結合しているグルタミン酸は、遊離グルタミン酸のようにうま味受容体へそのまま結合しにくいため、強いうま味を示しません。
一方、タンパク質が分解されてグルタミン酸が遊離すると、T1R1/T1R3などのうま味受容系を刺激できるようになります。
そのため、総グルタミン酸量が大きく変わらなくても、「結合型」から「遊離型」へ変わることで、感じるうま味は強くなります。
発酵中にタンパク質を分解するのは何?
主に微生物や原料由来の酵素です。
麹菌などが作るプロテアーゼはタンパク質を大きなペプチドへ切り、ペプチダーゼはさらに小さなペプチドやアミノ酸へ分解します。
しょうゆ醸造では、麹菌が作る複数の酵素が大豆や小麦のタンパク質を分解し、グルタミン酸などのうま味成分を生成します。
日本醸造協会誌の研究でも、醤油麹の自己消化によってグルタミン酸が溶出・生成することが示されています。
しょうゆでは、なぜうま味が増えるの?
しょうゆでは、大豆や小麦のタンパク質が麹菌のプロテアーゼやペプチダーゼで分解されます。
さらに、麹菌のグルタミナーゼはグルタミンをグルタミン酸へ変換し、うま味を高めます。
近年の総説では、しょうゆ発酵中のL-グルタミン酸生成には、原料タンパク質から直接遊離する経路、遊離グルタミンからグルタミナーゼで生成する経路、ペプチド末端由来の経路など複数が関与すると整理されています。
そのため、原料の大豆をそのまま食べる場合と比べ、発酵後のしょうゆではうま味成分が舌で感じやすい状態になります。
味噌でも同じことが起こるの?
はい。味噌でも大豆タンパク質の分解によって遊離アミノ酸が増えます。
日本の研究では、味噌熟成中にプロテアーゼやペプチダーゼによって大豆タンパク質からグルタミン酸やグルタミンが遊離することが示されています。
さらにグルタミナーゼ活性を高めるとグルタミン酸量が増え、官能評価でもうま味の増加が確認された研究があります。
つまり、味噌のうま味は原料大豆に含まれる成分だけでなく、熟成中の酵素反応によって作られます。
熟成すると遊離アミノ酸は本当に増えるの?
多くの発酵食品で増加が確認されています。
発酵・熟成中にタンパク質分解が進むと、グルタミン酸、アスパラギン酸、アラニンなどの遊離アミノ酸が蓄積します。
発酵食品を対象にしたレビューでも、プロテオリシスや自己分解によって味活性アミノ酸やペプチドが生じることが整理されています。
また、長期の酵母接触を伴う酒類では、遊離グルタミン酸量が高くなる例が報告されています。
「遊離グルタミン酸」が重要なのはなぜ?
うま味受容体が直接認識しやすいのは、タンパク質に組み込まれたグルタミン酸ではなく、食品中で遊離しているL-グルタミン酸です。
海外レビューでも、食品中の遊離L-グルタミン酸がうま味の主要な供給源であることが整理されています。
そのため、発酵や熟成で遊離グルタミン酸が増えることは、うま味の増加につながりやすい重要な変化です。
ペプチドもうま味に関係するの?
関係します。
タンパク質が分解される途中では、アミノ酸だけでなく多様な短いペプチドも生じます。
その中には、それ自体がうま味を持つものや、グルタミン酸のうま味を強めるものがあります。
発酵食品のレビューでは、α-グルタミルペプチド、γ-グルタミルペプチド、ピログルタミルペプチドなど、呈味へ関与する複数のペプチド群が知られています。
つまり、発酵食品のうま味は「遊離グルタミン酸だけ」で説明できるわけではありません。
しょうゆには、グルタミン酸を強める成分もある
しょうゆでは、グルタミン酸そのもの以外に、うま味を増強する化合物も見つかっています。
日本の研究では、Fru-pGlu、Fru-Val、Fru-Metやピログルタミルペプチドなど、単独では強いうま味を示さなくてもMSGのうま味を増強する成分が単離されています。
このため、発酵食品では「うま味物質の量」だけでなく、うま味を強める補助成分も味の厚みに寄与します。
発酵微生物は何でも同じ働きをするの?
いいえ。
麹菌、乳酸菌、酵母、納豆菌などは持っている酵素や代謝経路が異なります。
そのため、同じ原料でも使う微生物によって、どのアミノ酸やペプチドが増えるか、酸や香りがどの程度生じるかが変わります。
発酵食品の味の多様性は、原料だけでなく微生物の違いからも生まれます。
発酵時間が長いほど、うま味は強くなるの?
必ずしもそうではありません。
初期から中期ではタンパク質分解が進み、遊離アミノ酸やペプチドが増えるため、うま味が強くなることがあります。
しかし、長く発酵すれば味成分が無限に増えるわけではありません。微生物がアミノ酸を別の物質へ代謝したり、苦味や酸味成分が増えたりすることもあります。
したがって、最適な発酵・熟成時間は食品ごとに異なります。
発酵すると苦味も増えることがある
タンパク質分解で生じるペプチドは、すべてうま味を持つわけではありません。
疎水性アミノ酸を多く含むペプチドは苦味を示すことがあります。
発酵食品の呈味成分レビューでも、プロテオリシスによってうま味ペプチドだけでなく苦味ペプチドが生成することが整理されています。
つまり、タンパク質分解が進めば必ずおいしくなるわけではなく、「うま味・コク・苦味」のバランスが重要です。
発酵と熟成は同じ意味?
完全には同じではありません。
発酵は主に微生物の代謝によって食品成分が変化する過程を指します。
熟成は、発酵後も含めて、酵素反応、酸化、物質移動などによって味や香り、食感が時間とともに変化する過程を広く指す場合があります。
チーズやしょうゆのように、発酵と熟成が連続して進む食品では、両者を明確に切り分けにくいこともあります。
肉やチーズでも同じ仕組みが働く?
基本的には似た考え方が当てはまります。
肉やチーズでも、熟成中にタンパク質が分解され、遊離アミノ酸やペプチドが増加します。
食品発酵のレビューでは、チーズ、発酵肉、しょうゆ、サワードウなどで、タンパク質分解が味活性アミノ酸やペプチドの形成に関与すると整理されています。
ただし、原料タンパク質、微生物、酵素、塩分、pHが違うため、同じ「うま味の強まり」でも化学的な内訳は異なります。
発酵食品のうま味は、核酸系うま味との相乗効果もある
食品によっては、遊離グルタミン酸だけでなくIMPやGMPなどの5′-ヌクレオチドも存在します。
グルタミン酸とIMP/GMPは、うま味受容体T1R1/T1R3で相乗的に働きます。
そのため、発酵・熟成によって遊離グルタミン酸が増えた食品を、核酸系うま味の多い食材と組み合わせると、さらに強いうま味を感じる場合があります。
発酵・熟成でうま味が強くならない食品もある?
あります。
原料にタンパク質が少ない食品、うま味成分を作る酵素活性が低い場合、生成したアミノ酸が微生物に消費される場合などでは、うま味が大きく増えないことがあります。
また、酸味や苦味が強く増えると、分析上グルタミン酸が増えていても、官能的にはうま味が目立たない場合があります。
つまり、うま味増加は発酵・熟成の必然的な結果ではなく、原料と発酵条件がそろったときに起こる現象です。
まとめ
発酵・熟成した食品が原料よりうま味を強く感じることがあるのは、タンパク質が酵素で分解され、遊離グルタミン酸や味活性ペプチドが増えるからです。
しょうゆや味噌では、麹菌のプロテアーゼ、ペプチダーゼ、グルタミナーゼなどが、原料タンパク質からうま味成分を作ります。
さらに、発酵中にはグルタミン酸のうま味を強めるペプチドや関連化合物が生じることもあります。
ただし、発酵・熟成では苦味ペプチド、酸味、香りも同時に変化するため、「長く発酵するほど必ずうま味が強い」というわけではありません。
つまり、発酵・熟成のおいしさは、原料中のタンパク質を舌で感じやすい遊離アミノ酸やペプチドへ変換し、そのバランスを時間と微生物の働きで整えていくことで生まれるのです。
参考資料
- 伊藤考太郎「しょうゆのうま味をつくる麴菌酵素」日本醸造協会誌
- 金子秀「醤油のうま味増強化合物の単離と同定」日本醸造協会誌
- Formation of taste-active amino acids, amino acid derivatives and peptides in food fermentations – A review
- Koji Molds for Japanese Soy Sauce Brewing: Characteristics and Key Enzymes

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